第5話 大鴉

 冬の夜は大鴉が出るから外へ出るなというのに、酒を買わなければ家に帰れない。


 子供の足で酒屋まで往復すれば、帰る頃には暗くなる。それでも買っていかなければならない。


「もう遅いから、泊まっていったらどうなんだい」


 酒屋の奥さんはそう言ったけれど、早く帰らないと父が母と妹を殴るのだ。そう答えると、奥さんは何とも言えない顔をする。


 徳利を抱えて酒屋を出る。もう太陽は山の向こうに落ちている。何度も来た道だから、どんなに暗くても歩けるけれど、冬の夜には大鴉が出る。


 早く帰らなければ。


 足を踏み出すと、ちゃぷんちゃぷんと徳利の中で音がする。徳利を抱えていなければもっと早く歩けるけれど、これを持っていかないと意味がない。


 見る間に辺りが暗くなる。誰も表を歩いていない。


 ほんの数日前に、隣のおばさんが大鴉にやられて死んだ。家の子供がおばさんと喧嘩をして、腹が立つので納戸かどこかに隠れていた。日が落ちても子供が出てこないので、おばさんはてっきり外へ行ったと思って、表に子供を探しに出た。家から表通りに出たところで、大鴉に頭を突かれて死んだ。朝になってぼろぼろの死体が見つかった。


 大鴉はとても大きいので、大鴉につつかれた頭は粉々になってしまう。それで死なない人間はいないから、その後どんなに体を食われても、ちっとも痛くないらしい。


 生きているうちに食われるのは怖いが、痛くないならそこまで怖くない。


 水音がする。大きな側溝があって、ここには蛇の群れがいる。なぜだか知らないが、大鴉はその蛇は食わないらしい。ここに落ちて死ぬ方がなんぼか嫌だろう。


 背中がじっとりと汗ばんで、思わず徳利をぎゅっと抱きしめる。やっぱり死ぬのは嫌だ。もう家に帰らずに済むけれど、母と妹が殴られる。


 でも一番怖いのは、家に着いたら母と妹がいなくて、父とふたりになることだ。母と妹が殴り殺されていたらどうしよう。


 何かがはためく音がして、背中に強い風がどっと当たった。たまらず前に転ぶと、腹の下で徳利が割れた。


 両手を冷たい土についた。涙が後から後から溢れた。もう知らないと叫んだとき、目の前がようやく真っ暗になった。

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