第6話 くだんがでた

 僕の故郷は、まぁ、とりあえずド田舎ですよ。


 ***さんもよく「うちの郷里はド田舎だ」とか言ってますけど、24時間営業してるコンビニがあるんでしょ? そんなのまだまだ、全然都会っ子ですよ。


 ともかく、学校や買い物は隣町に行かないと始まらない。うちの方は田んぼや畑ばっかりで、一軒酒屋さんがあるんですけど、そこで文房具とか日用品とかも売ってるという……のどかではありましたね。手前味噌ですけど、いいところではあるんです。


 そうそう、「くだん」の話でした。僕はそれ、こっちに出てきて一番驚いたことでして。


 皆結構、くだんって知らないんですよね。それは予想してたんですけど。


 僕の学科に、日本文化研究とかいう題目で勉強してる奴がいまして、そいつがくだんを知ってたんですね。でも、僕の郷里でいうくだんの話をしたら、「お前、それは変わってるぞ」と言われたんです。で、一般的なくだんってのはどういうものなんだと聞きまして、今度は僕が驚いたんですね。


 頭が人で体が牛の化け物。まぁ、これはいいんですけど。「予言をして、3日くらいで死ぬ」っていうじゃないですか。しかも、戦争とか流行病とか、悪いことの予言をしていくんでしょ? これが僕、初耳だったんです。


 くだんって、うちの村ではいいことを招く守り神なんですよ。あ、ほら、驚いた。違うだろ、という顔ですね。


 でもね、その詳しい奴ってのが言ってたんですけど、確かに昔はくだんって、豊作を予言するって言われてたらしいんですよ。しかも、その絵姿を飾っておくと色々ご利益があるという。めでたいものだったんですね。それが明治、大正と時代が進むと、疫病を予言する、非常に短命である、という特徴が目立つようになっていくそうで。


 だから、うちの村での「いいことを招く守り神」っていう言い伝えも、あながち根拠のないものではないらしいんです。


 それで、うちの村にちょっとしたお祭りみたいなものがありまして。昔は不定期開催だったらしいんですけど、今は夏にやりますね。


 それがですね、「くだんがでた」というやつなんです。正式名はあるのかなぁ。皆「くだんがでた」って言ってますね。


 元々は農作物がとれないとか、病気が流行ったとか、そういう時にやったらしいですね。要は村人皆で、くだんが出たふりをするんです。


 色々やりますよ。互助会の大人が集まって、くだんが出たぞぅって言いながら、藁半紙のプリントみたいなのを配り歩いたり。子供とかも、集まると「くだんがでた」って言いながら騒ぐんですよ。もちろん、皆嘘ってわかってますよ。でもなんか、楽しいんですよね。


 さっきも言ったとおり、うちの村ではくだんって縁起のいいものなんですね。だから「うちの村ではくだんが出たぞ。だから大丈夫なんだぞ」っていうふりをして、病気や不作を招くものを遠ざけるための行事だそうです。


 なんか、理に適ってるような、適ってないような……でもまぁ、その、妙に楽しいんです。さっきも言った通り。


 どれくらいの年月、やってたもんなんでしょうねぇ。友人に言わせれば、「くだん自体が江戸末期くらいにできたものだから、そんなに古いお祭りじゃないはず」ってことなんですけど。でも、明治時代あたりからだって、毎年やってりゃそこそこの回数になってますよねぇ。


 やっぱり、言霊っていうの、あるんですかね。言い続けているうちに、虚が実に転じるというか。


 うちの村ね、ほんとにくだんが出るっていうんですよ。


 10年くらい前かな。うちの村の「くだんがでた」が珍しいって、東京から大学教授だかの、偉い先生が来たことがあるんです。撒いてるチラシを大事そうに仕舞ってて、それが印象に残ってます。


 村には宿泊施設なんてないですから、僕の家に泊まってたんですよ。村長っていうのじゃないですけど、まとめ役的な立場の家だったんで。優しそうなおじさんで、僕に「坊ちゃん、勉強ってのは後でちゃんと役に立つんですよ」と言ってきたりしてね。


 でね、ある朝起きてきた時に、妙な顔してるんですよ。「ここらじゃ本当に出るんですか」なんて言って。


 先生、なぜだか朝早くに目が覚めたそうなんです。もう明るいな、なんて思いながら障子を開けたら、そこはすぐにうちの畑なんですけど、そこに大きいものが立ってる。物置小屋くらいの、黒々としたものがいたっていうんです。


 ありゃ牛かな、と、先生すぐに思ったそうなんですが、角らしきものがない。でも牛が逃げたんだったら大変だ、家の人に知らせなきゃと思って、じーっと見てたそうなんです。そしたら、そいつがのそのそ窓の方へ近づいてきた。


 大きな牛の体に、人の顔が付いたモノだったそうです。


 つやつやした毛皮が、朝日に光っているのまで見えたと。顔はねぇ、普通の顔らしいんですけど。どこかで見たような、誰かに似てるような、でも思い出せないっていう、不思議な感覚だったそうです。


 それがね、「みたな」とはっきり言ったんですって。そして、また畑の方へのっしのっしと歩いていったそうです。はっと我に返ったら、もういなかったと。


 悔しそうでしたねぇ。あの時写真にでも撮っていたら、と。




 変なのは、村の人は見ないんですよ。くだん。


 よその人だけが見るんです。


 おかしいですよね。「くだんがでた」を知らない人が、「変なもんが出た!」と言って慌ててるんですよ。で、村の人が「くだんってのは、本当はいないもんだよ」って笑う。

 何なんでしょうね。僕は「くだんがでた」の嘘が凝り固まって、何かを生んだ気がしてるんですけど。


 最近でも見た人いますよ。実はね、僕の彼女が見たんです。僕の実家に遊びに来てくれたんですが、朝っぱらからもう、「なんか出た!」なんつってね。大騒ぎでしたよ。


 うちの親なんかは、やっぱりよその人は見るんだねぇ、私らもいっぺん見てみたいねぇ、なんて笑ってましたけどね。ははは。


 うちの村ではこんな感じですね。くだん。

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