第9話 あの子のはなし
アッキー、心配かけてごめんね。私が子供堕ろしたって知ってるの、彼以外はアッキーだけだったから、色々しゃべっちゃった。ありがとね。
うん、もう大丈夫。もういいんだ。
彼とはもう連絡とってないよ。奥さんがいるのは知ってたし、それで我慢できるつもりだったんだけどなぁ。妻子持ちと付き合うなって、アッキーが言ってた通りになっちゃった。
うん、子供には悪いことしちゃった。私も悪いんだよね。病院から帰るときに、バスの中で泣いちゃった。悲しくて寂しくて、ほんとに悪いことしたなって思って。
ほんとねー、バカだったなぁ。私ってバカだね。
しばらくは家でぼーっとしてたなぁ。会社も辞めちゃったからね。彼がいるから居辛いし。やることないと色々考えちゃうからしんどいけど、何もする気にならないんだよね。私、このままなーんもしないで、年とって死んじゃうのかなーとか思いながら、なんかさ、死んだ子がその辺にふよふよしてるような気がしてきたりして。
だってさ、ずっとお腹の中にいたんだもんね。何ヵ月も一緒にいたんだもん。なんか、こう、すぐにはいなくならないような気がして。
そう考えると、不思議なんだけど、もう一人家にいるような気分になってくるんだ。
なんかさー、私、ドアとかちゃんと閉まってないと嫌なのね。でも半開きになってることがたまにあったりするの。
あとさ、ハサミとかが定位置になかったりして。まぁ、どっちも私がボケーッとしてたんだろうけどさ。
でも思い込みってゆーのかね。そのうち、部屋の中で子供の声みたいなのが聞こえるようになったり、急に肩が重くなったりし始めたんだよね。で、私もちょっと変だったからさ。堕ろした子なのかな、というか、その子だったらいいなー、とか思ったんだ。
そんでさ、人形を買ったの。赤ちゃんの格好した、ミルク飲み人形っていうの? それを毎日だっこして、服変えて、離乳食作ったりとかはないけど、自分のご飯をちょっと取り分けてあげてね。
で、ここにおいでって声をかけてた。いつまでも見えないまんまでふよふよしてるより、形があった方がいいなーと思って。
その生活が、うーん、1ヵ月はやってたなぁ。その頃はなんか、アッキーにも全然連絡しなくなってたんだよね。あ、心配してくれてたの? ほんと、色々ごめんね。
あのね、人形の顔がどんどん変わってきたんだよね。
目の色が明るめの茶色だったんだけど、どんどん黒くなってくるし。口がだんだん開いてきて、唇とかも真っ赤になったんだよ。口の中に歯があるのが見えてたからさ、私の思い過ごしばかりじゃないと思うんだ。
顔立ちもそりゃ人形だから、きれいな左右対称の顔してたんだけど、だんだんバランスがおかしくなっちゃって、右目だけ妙に大きくなった。口元は歪んでるし、なんか泣いてるみたいに見えてきてさ。
それでも抱っこして、お世話して、毎日一緒に寝てたんだ。
そんでさ、先月の23日なんだけど。人形を抱っこして、ベランダから外を見てたんだよね。そしたら腕の中で声がしたんだ。
はっきりしゃべったんじゃなくて、「やー」みたいな声。びっくりして落としそうになっちゃった。そしたらこんなちっさい手で、私の服を掴んでるんだよ。まぁ、人形の指が引っかかっちゃっただけなんだろうけど。
でもそん時にさ、なんか、ああ、私すっごい間違ってたなと思って。人形をこんなことにしちゃ、いけなかったんだろうなって。この子どうしようって色々考えたんだけどさ。
小さいブランケット買ってね。それに包んで、彼の家に行ったの。
そんで、こっそり縁の下の、奥の方に置いてきた。
そしたら、なーんかスッキリしちゃったというか、憑き物が落ちたっていうか。それからなんか、元気なんだよね、私。
もう連絡とってないからなぁ。どうしたかなぁ、彼。
あはははははは。はぁ……。
ねぇアッキー。
私、死んだら地獄に行くのかなぁ。
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