第30話 皇城イターナルでの戦い16 プリマ・クラッセ
帝都フェアメーゲンの朝は早い。
さすがに未明の時間帯から活動を始める者はほとんどいないが、明け方には多くの者が起床して一日の準備を始める。
その中で一番早く起きるのが、帝都でも有名なパン屋『オスティナート』の主。
頑固で有名な中年パン職人のアンテットマン。
彼の眠りが浅くなり瞼がピクピクと動き始めた頃、皇城イターナルの正門が大きな音と共に両側に開き始めた。
皇城イターナルは巨大な城だ。
それを囲う堀が規格外のものになるのは当然の事。
だがそれにも増して圧感なのは、堀を更に囲う形でそびえる外壁である。
縦向きの長方形で皇城を覆う外壁は、その縦幅の距離がとにかく長い。
南側にある唯一の大門。
そこから初めて中に足を踏み入れた者は、必ず最初に皇城がとても小さく見える事に驚く。
そこから馬車を暫く走らせる事によって、皇城は徐々に大きく見えてくる。
左右には庭園とも平原とも言える様な広大な空間が広がっているが、視界を遮る可能性のある植物や建造物は一つも存在しない。
それは侵入を試みる者がいたとしても何処にも身を隠す所など無く、必ず監視の目に晒される事を意味していた。
言葉を崩して表現すれば、そこはだだっ広いだけの無駄な空間。
何もここまで長く距離を取る必要は無いと思う者が、少なからずいるであろう場所。
そこの入り口から皇城へ少し進んだ辺りでは、貴族から集められた私兵達が横陣を敷いていた。
その最後尾にて遠眼鏡を使用していたのはアロガン・レイ・サーペント。
彼は意外な人物達が皇城から出て来た様子を視界に捉えて、眉を潜めた。
「ほぅ…珍しい事もあるもんだ。しかも一族の命運を賭けた作戦にて、あのオヤジが失敗するとは…。」
正直なところ、アロガンは今回も自分の出番は無いと思っていた。
父親であるオブスクーロは、息子のアロガンから見ても胃が痛くなるほど用心深い。
これまでも大きな策を実行に移す時には、いつも駆り出されてきた。
そして念には念を重ねた対応の責任者を、アロガンは嫌というほど任され続けてきたのである。
しかしオブスクーロの策に穴があったり、大きな失敗があった事など一度もない。
周囲からの敵意に病的なほど敏感で、小物なのか大物なのか分からないオブスクーロ。
そんな父親が剣聖の死を偽ってまで準備をしてきた今回の皇帝暗殺作戦。
「どう考えても皇帝レオハルトの時代は終わった…と思っていたんだがな。」
遠眼鏡越しにアロガンの目に映るのは、皇城正門から出てきた近衛騎士が百人ほど。
先頭には騎士団団長のクラークらしき人物が見える。
そしてその後ろから現れたのは、兆域警備団の制服を着た者達。
墨色の布を纏った暗殺者達。
更にはバトルアックスを振り回しながら歩く、凶悪な顔の者を先頭とした冒険者達であった。
「数は…百五十といったところですかな。予想外の出来事ではありますが、全く問題になりませんな。あの人数相手に、わざわざ皆様が手を汚す必要も無いと思われます。ここはどうか、我々に手柄をお譲り頂けると大変ありがたいのですが…。」
アロガンに話しかけてきたのは、ジェネラル級傭兵団『プリマ・クラッセ』の団長ブルローネであった。
アロガン率いる五千の兵が動いても、皇帝の首へと手が届かなかった時。
その時の為の最後の保険としてオブスクーロが用意していたのが、ジェネラル級傭兵団『プリマ・クラッセ』の傭兵達三千名であった。
要するに今、皇城を包囲している兵の総数は八千。
どう考えても過剰戦力。
しかしここからオブスクーロという男が、どれだけ念には念を押す人物であるのかを知る事ができる。
そんな状況の中、アロガンは己の背後に陣取る傭兵達に心底ウンザリしていた。
傭兵団を維持するのはとにかく費用がかかる。
ジェネラル級傭兵団であれば、それはもう言うまでもない事。
そんな彼等が口にするのは「カネ・カネ・カネ」。
たった今、団長のブルローネが口にした「手柄」も、要約すれば特別手当が欲しいと言っている訳である。
今、アロガンの懐にはプリマ・クラッセと交わした契約書がある。
事前にオブスクーロから渡されていた物で、目を通しておく様にと言われていた。
七枚に渡る契約書には細々と条件などが書かれているが、その内容の殆どは追加の費用に関することばかりである。
その一枚目に目を通したところでアロガンは目眩を覚えた。
そして手っ取り早く今回の契約でかかる最大の金額を確認した後、それを懐にしまったのであった。
そんな中、何とか今回の報酬を最大金額にまで近づけようと、話しかけてきたブルローネ。
目の前にある金の亡者の作り笑いを見ていると、たった百五十人を相手にして被害を出すのがアロガンにはバカバカしく思えてきた。
そう…たとえ一族の命運がかかっているとは言っても、五千もの兵力で百五十に満たない敵を全力で潰すのは大人気ない。
だが傭兵団はあくまでも切り札。
これを使っては後日の調査に大きな隙を作ることになる。
しかし事前の根回しさえ徹底しておけば、不自然を自然に変える事など造作もない事。
そう考えたアロガンは面倒くさそうにブルローネに向かって右手を上げた。
そして気怠く前へと振り下ろすと、無言で傭兵達が前に出る事を許可した。
「毎度!ありがとうございます!」
満面の笑みとなったブルローネは深々と頭を下げ、己の部下達に前へ出る様にと指示する。
「今夜は稼ぎ時だ、テメェら!蟻1匹取りこぼすんじゃねぇぞ!」
分厚く敷かれた横陣が縦に割れ、そこからゾロゾロと傭兵達が前へ出た。
そこから敷かれたのは、見事に統制された鶴翼の陣。
Vの字に美しく整列した傭兵達の目には、百五十匹の鴨がネギを背負っている姿が映し出されていた。
◆◆◆
「おおお〜?奥から傭兵らしき奴等が出てきたぞ!松明の数から察するに、数は二千…いや、三千といったところか?ここに来てまだ隠し玉があるなんて、あのおっさんは本当にビビりなんだなぁ…。」
クラークの横に立っていたターレスが、口笛と共に周りを見渡している。
「そういう割には、随分と余裕がありますね。何か良い考えでもあるんですか?」
いつの間にか隣に来ていたヴィッツが話しかけると、ターレスは肩を竦めながらそれに答えた。
「いやいや、俺に策略とか戦略を求めないでくれよ、ヴィッツ。ただ…ついさっきまで俺達は、エクセレトスとやり合っていただろ?剣のみに生きたあの剣聖がもしも味方で、今ここで隣に立っていたらと考えたら…さ。」
「考えたら?」
「あんな傭兵達一人で突破して、敵大将まで難無く行っちまいそうだなぁって思ってさ。」
それを聞いたヴィッツがクスリと笑い、
「確かに、やりかねませんね。」
と遠い目を向けながら言った。
「そして俺達はそんなエクセレトスを一撃で倒したバッシュと共に、今ここに立っているわけだろ?一見追い詰められているのは俺達だが、バッシュを敵に回したアロガンって奴の方が気の毒に思えてきて…な。」
その会話を何気なく聞いていた近衛騎士達。
バッシュの実力を見ていない彼等は、何故冒険者達の士気が異常に高いのかをターレスの言葉から理解した。
同じくそれを聞いていたブルーマウンテン組は、更に高められた胸の中の戦意を抑えきれなくなった。
居ても立ってもいられずに互いの背中を激しく叩き合うと、全員が星空に向けて声を上げ始めた。
三年前の事件を共に乗り越えた者達が上げるのは、再びバッシュと共に戦えるという歓喜の咆哮。
街で共に戦えなかった事を悔い続けていた者達は、歴史を飾る一齣になるであろう戦いを前にして身を震わせた。
百五十人という寡兵が、必勝を確信した軍隊の如き士気の高まりを見せる。
背後から突然放たれた戦士達の咆哮。
それにターレスはビクリと体を震わせ、ゆっくりと振り返りながら「何?何なの?」という表情を見せた。
その背中をクラークが激しく叩くと
「お前にしては上出来だ。」
とターレスには理解できない事を言った。
「しかし、五千どころか八千近く敵がいるとは…。より厳しい戦いになりそうだな。」
クラークが目を細めて前を見ながら言うと、
「いいえ。あの傭兵達はあまり脅威にならないと、私は思います。」
と次はクラークが理解できない事を、ヴィッツが口にした。
クラークは一瞬ポカンとするが、その理由を細かく聞いている時間は残されて無かった。
鶴翼の陣を完成させた傭兵達が、前進を始めたのだから。
それでも突撃を開始する前に、その理由を知っておきたい。
だが只者では無いホビットの少年が、脅威にはならないと言い切ったのだ。
クラークは「そうか。」と一言応えると、ハルバートを敵に向けて掲げた。
「行くぞ、お前達!冒険者達の手助けを得ようなどと思うな!ここは皇城。俺達が支配するべき戦場だ!一人残らず最後まで俺についてこい!バッシュの世話にならずとも、俺達が逆賊アロガンのクビを獲るぞ!!」
近衛騎士達の轟かせた裂帛の気合いと共に、クラーク達が突撃を開始した。
「おーおー。クラークちゃん張り切っちゃってもう。こりゃあ俺達の出番は無いかもなぁ…。」
ディープが意味深かく、ボルグ達をチラ見した。
「て…テメェら!近衛騎士なんかに敵将の首を譲るんじゃねぇぞ!暗くジメジメした道を通って遥々やって来たんだ。敵将を討ち取るのは、俺達ブルーマウンテンの…」
「ウォォオオオオオーー!!」
ボルグが大声で冒険者達を急き立てると、それが終わるのを待たずに戦士達が声を上げて突撃を開始した。
「お、おい!待ってくれ!最後ぐらい俺に…先頭を行かせてくれぇえええええ!!」
最後尾にて走り出すボルグ。
それを見たヴィッツが、ディープにジト目を向けた。
「煽るだけ煽っておいて、あなたは行かないんですか?ディープ。」
「おいおい。人聞きの悪いこと言うなよ、ヴィッツ。せめて先に走り出さないと、足の速い戦士さんに置いていかれる事になると思っただけさ。」
ドヤ顔でディープは銀色の髪をかき上げた。
「お前だって目の前の傭兵達が脅威にならないなんて言って、クラークちゃんを煽ってただろ?気休めなんざ絶対に言わない事は知っているがな。…何か根拠を掴んでいるんだな?」
「根拠と言えるほど確かなものではありませんよ。ただ…ボスの説明を聞いた後のオブスクーロは、確かに敗北を認めていました。傭兵団という最後の切り札があるのにもかかわらず。それと目の前の現状に、多少の違和感を感じただけです。」
ヴィッツの澄まし顔を見ながら、ディープが呆れた様で笑う。
「おーおー。ホントに末恐ろしいボーイだこと。一体どう捻くれたら現場での些細な機微を、その歳で紐解く事ができるようになるんだか…。」
ディープが演技めいた動きで首を横に振っていると、その隣にバッシュが立った。
そしてバトルハンマーをゆっくりと引き抜くと、二人に視線を向けて口を開いた。
「俺達も行こうか。二人とグリス達暗殺者は、できるだけ死者が出ない様に立ち回ってくれ。俺はクラーク団長の後を追う。できるだけ活躍してもらいたいが、彼は怪我人だ。どこまで戦えるか分からない。もしも突撃を止められて被害が出始めたら、その時は仕方がない。俺が前に出て、アロガンを討つ。」
それを聞いて、無言で頷いたグリスと墨色暗殺者達。
それぞれがマチェットとダガーを両手に持つと、音もなく移動を開始した。
「へいへーい!」
「了解です、ボス!」
バッシュから指示を受けて、親に褒められた子供の様に浮き足立ったのはディープとヴィッツ。
先に走りだしたグリス達を追い越す様な勢いで、地を這う二つの彗星が前へと飛び出した。
それに気づいたグリス達が、意地になって移動速度を跳ね上げた。
冒険者達に追いつこうとしているのは、決して前を譲ろうとしない数々の彗星達。
その信じられない光景を作り出す一人一人の猛者が、中身は成長しきれていない子供であるなどと敵兵には想像もできないだろう。
バッシュはその様子を優しく見送ると、正門が完全に封鎖されたのを確認して、そこから猛獣の如き追走を始めた。
◆◆◆
Vの字に広げられた鶴翼の陣。
その最奥を目指して近衛騎士達が疾走する。
先頭を走るのは五大国に名が轟く、ラーズ帝国近衛騎士団団長クラーク。
数で圧倒しているとは言っても、決して楽観視できる相手では無い。
しかしジェネラル級傭兵団『プリマ・クラッセ』の団長ブルローネには秘策があった。
全ては特別報酬を手に入れる為。
もしもクラークを捕縛…もしくは討ち取る事ができたなら、報酬は最大金額にまで大きく近づく事になる。
「重装備兵を前にだせ!」
指示を受けたのはフルプレートを装着した五百名の傭兵達。
一人一人がタワーシールドを持ち、右手にはバトルハンマーを構えている。
それは何処かで見た…もしくは遭遇した戦士を模しているかの様な姿であった。
一人の手練に前線を突破されて、散々な目に遭うという経験をいくつも持つブルローネ。
彼は対強者用の対策を傭兵団の中に実装させていた。
「とにかく先頭を走る団長クラークを足止めしろ!後ろを走る近衛騎士や冒険者など問題では無い。突撃を止めたら陣の左右を閉じて、一気に圧殺するぞ!」
必勝を疑わない傭兵達の雄叫びが響き渡る。
その時、最後まで動かなかった戦士が皇城から離れて移動を開始した。
ーーあれが入ったら陣の先端を閉じて、包囲へと
移行するか。
ブルローネがそう考えた時である。
信じられない事に先端の傭兵達が陣を崩し、一斉に本陣の方へと移動を始めた。
「はぁ?…な、何をやっている!どうしてあいつ等はこっちに戻って来るんだ!」
本陣にも前に出た五百人の重装備兵にも、動揺が走る。
しかし陣を解いて移動を開始したのは、先端の兵達だけでは無かった。
最後尾を走る戦士の姿が近づくごとに、次々と各部隊が陣を放棄して移動を始めていた。
いや…その様子は移動というよりも敗走に近い。
そんな中、重装備兵達とクラーク率いる近衛騎士達が激突した。
数十人が瞬く間に吹き飛ばされ、あっという間に前線を崩された重装備兵達。
そこに先程の動揺が加わっているせいか、全体の動きがどうにもぎこちない。
しかし、ここで数がものをいう。
さすがに怪我を抱えたクラーク一人の武力で、五百人もの重装備兵を一気に突破するのは難しかった。
ターレスも前に出て奮戦するが、突撃の勢いは完全に止められてしまったのである。
その様子を横目に見ながら、足の速い者達が慌てふためきながらブルローネのいる本陣へと帰ってきた。
「だ…だんちょ…、やば…やば…いっす…。」
戻って来た傭兵は息が切れているのと慌てているのが合わさって、しどろもどろにしか言葉を発せなかった。
「ああ〜?何だテメェ!何で帰って来やがった!これじゃあ特別報酬どころか、罰金を払うハメになっちまうだろうが!!」
ブルローネは抑え切れない怒りを爆発させる様に、目の前の傭兵へと掴みかかった。
しかし次に傭兵が口にする言葉を聞くと、その手をすぐに離す事になる。
「バ…バッシュが…。バッシュがいやした!最後尾にてこちらに向かって来ているのは…あのバッシュです!」
いつの間にか掴み上げられていた傭兵の体が、ストンと地へ落ちた。
「…へ?」
ブルローネはキョトンとした声を上げ、恐る恐る奥へと視線を向けた。
それはまだ豆粒ほど小さくにしか見えない。
だが目を凝らしてよく見ると、確かに白のフルプレートを装着した戦士がこちらに猛然と走って来ている。
「う…うわぁ!!何だよ!やっぱりいるじゃねぇか!あのジジイ、嘘つきやがって!いつもと違って何で最後尾にいるんだ?…に、逃げろ!全員退却だ!あいつと戦うんじゃねぇ!抗戦するな!武器も鎧も殴り捨てて、帝都の外までとにかく逃げろ!!」
大声にて出されたブルローネの指示が、周囲へと連呼された。
その中には当然、怪訝な表情になる者もいたが「バッシュ」という単語を聞くと一目散に走り始めた。
いきなり逆走を始めた三千もの兵の波。
全ての兵の最後尾にいたアロガンは、理解不能な事の展開に目を剥き出すしか無かった。
次々と私兵達の間を擦り抜けて行く傭兵達。
唖然とするしか無い状況の中、血相を変えて走って来たブルローネがアロガンに気づいた。
「アロガン卿!申し訳ないが我々は撤退します!これは決して契約違反ではありませんので、あしからず!」
そそくさと走り去ろうとするブルローネの襟首を、アロガンが乱暴に掴んだ。
「貴様!こんな失態が許されると思っているのか!どう見ても明らかに契約違反だろうが!それに敵前逃亡は、一発でギルドから資格剥奪を受ける事になるぞ!」
ジタバタと手足を動かしていたブルローネであったが、資格剥奪という言葉を聞いてアロガンを見た。
「い…いえいえ、アロガン卿。それはおかしい。どちらかというと、そちらの方が契約違反でしょう!私は何度もオブスクーロ公に確認し、念のため契約書にも記載していたのですから。最後尾からこちらへと向かって来ている戦士。あれがバッシュです!契約通り…いや、そちらの契約違反の為、我々は全ての権利と責任をここに放棄し、即刻撤退させて頂きます!」
襟首を掴んでいたアロガンの手が、強引に振り解かれた。
そしてすぐさま乱雑に一礼をすると、ブルローネは外壁の外を目指して走り去って行った。
交戦中で周囲の声がよく聞こえなかった重装備兵達は、クラーク率いる近衛騎士達を包囲していた。
更にはそこに加わろうとしている冒険者達に対しての壁も完成させていた。
気を取り直した後の一人一人の動きは、激突時とはまるで別物。
とても各々が重装備であるとは思えないほどキビキビと動き、隊としての練度が恐ろしく積まれていることをそこから知る事ができた。
だがおそらくそれだけでは無い。
これまで余程痛い目に遭ってきたのであろう。
戦力の要となるクラークを封じる動きが、恐ろしいほど完成されているのである。
そしてもう一つの脅威となり得るターレスとの連携も先読みされ、全て封じられてしまっていた。
「な、何だこいつら!クラークを封じる事に一点特化していやがる。重装備なのもやべえ!ただでさえ攻撃しにくいのに、そこからキビキビと動きやがって…。」
ターレスが動揺を口から漏らした時であった。
クラークが五人の重装備兵を吹き飛ばし、続けざまに三人を斬り伏せた。
思わず後退る重装備兵達。
それを睨みつけるクラークの右手にはハルバートが持たれており、左手にはロングソードが握られていた。
それを見たターレスが呆れた様に言う。
「や〜っと出しやがったか。っていうか怪我してるんだから、勿体ぶらずに最初から使えってんだ。」
ハルバートとロングソードを両手に持ち、獣が暴れるかの如く乱舞する。
それがクラーク本来のスタイルである。
ハルバートを両手で構え、型によって培った技を一つ一つ繰り出す行儀の良い戦い方。
それは騎士団団長としての体面を保つ為のものであり、本来の力を三割程度しか引き出せない。
ブルーマウンテンにおけるシュバルツ戦では、ロングソードをターレスに渡してしまったので使用不可能に。
エクセレトス戦に於いてはまず、ロングソードを構える前に意識を刈り取られてしまった。
次にヴィッツを含めた四人での共闘戦では、暴れ回る事など問題外であったので敢なく封印した。
全力を出せずに…もしくは出す前に敗北を喫したという事実。
それは戦士として生きたまま、腹の中の臓物を引き出されるよりも耐え難い事。
「さぁ…、暴れるとしようか!」
フラストレーションを溜めに溜め、真っ赤に血走ったクラークの目。
そこから放たれた野生の殺気。
それが重装備兵達の背筋を凍りつかせた時、雪崩の様に逆走してきた者達の騒ぐ声が聞こえてきた。
「撤退だ!!全員撤退!敵の最後尾にバッシュがいる!バッシュがいるぞー!!」
その声が漸く重装備兵達の耳へと入った。
するとネジの止まったカラクリ人形の様に、全員の動きが完全に静止した。
「今、バッシュと聞こえたが?」
「ああ、おれも聞こえた。ラッシュでもダッシュでもない。『バッシュ』と言ってたな。」
「奇遇だな。俺も確かに…」
重装備兵達が顔を合わせる。
「う…、うわぁぁあああああああ!!」
フルフェイスヘルムの中を反響し、そこから漏れ出す叫び声。
それと共に全員がその場にバトルハンマーとタワーシールドを投げ捨てると、重装備兵達は一目散に退却して行った。
ポカンとその背中を眺める近衛騎士達。
必殺の構えは行き場を失い、硬直するしかないクラーク。
その横にディープが追い付くと、優しく肩を叩いて口を開いた。
「せーっかく本気を出そうとしたのに、残念でしたぁ。まぁここは、うちのヴィッツちゃんの言った通りになったって事で!しっかし…、格好良かったなぁ。『さぁ!暴れるとしようか!』って団長さんが言ったら、みーんな一目散に逃げて行っちゃうんだもんなぁ〜。」
プププとディープが笑い声を噛み殺す。
思わずつられて吹き出した近衛騎士の部下を、クラークは鬼の形相で睨みつけた。
顔を真っ赤にしたクラークは前を向いた。
そして頬をヒクヒクと痙攣らせると
「待てこらぁぁぁああああ!!待たんかあああ!!」
と叫びながら一人で突進を開始した。
「ぶふーっ!!最高!彼最高!…何?何なに?クラークちゃんてば、いじられキャラなの?可愛いキャラなの?」
両手で口を押さえながら笑うディープの姿を見て、ターレスが呆れた様に言う。
「いやいや。あそこまでクラークをいじって無事でいられるのは、ディープぐらいのもんだからな…。」
怒り狂いながら飛び出した魔獣を、近衛騎士と冒険者達が必死に追いかける。
傭兵達が全員撤退し、開けた前方へと目を向けるアロガン。
プルプルと震えるその右手には、ジェネラル級傭兵団『プリマ・クラッセ』と交わした契約書が握られていた。
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