第29話 皇城イターナルでの戦い15 数と質

 間髪入れずに、二つ目の雷が落とされる。


 意のままに雷を操る存在。

 人は古来からそれを『雷神』と称し、敬ってきた。


 雷神エクセレトス。

 もし如雷にょらいという技にて多くの猛者達を葬り続けたのなら、その様に称えられる未来が待ち受けていたのかもしれない。


 しかし…。

 しかし一つ目の雷は、バッシュが突き出したタワーシールドによって事もなく弾き返された。


 それはどの様な素材を使用して創り上げた盾だったとしても…。

 どれだけ規格外の大盾だったとしても…。

 人が手で持つ盾である以上、バッシュの腕には使用不能になる程の衝撃が通ったはずである。


 だがその手応えは、まるで皆無。

 尋常では無い威力を…いや暴力を秘めたタワーシールドは、まるで格下の斬撃を打ち払うかの様に雷を弾き返して突き進んできた。


ーー認めぬ!

  認められぬ!

  認めてたまるかぁああ!!


 寸暇を惜しまず剣を振り続けた人生。

 その全てを注ぎ込んだ二つ目の雷は一つ目のそれよりも遥かに眩く、そして神々しくさえあった。


 だがその技の最中。

 バッシュの両足が大理石の床を窪ませているのを、エクセレトスはその目で見た。


 それは盾と共に踏み込んでいる左足だけが、作り出しているのでは無い。

 確かにバッシュの両足が両方とも床を窪ませていたのである。


 エクセレトスはバッシュの放つシールドバッシュの起点が、踏み込みを担う左足の『震脚』にある事を知っていた。


 七年前のあの日。

 バッシュと戦い、生まれて初めて敗北を喫した日。

 その時もバッシュ左足は地面を窪ませるほど、強く踏み込まれていたのだから。


 ではどの様にして、そこからあの凄まじい暴力を盾に纏わせたのか?

 それは剣聖エクセレトスがどれだけ解析を試みても、答えに辿り着くことはできなかった。


 しかし片足での『震脚』だけで、あれだけの暴力を盾に纏わせたのだ。

 では両足による『震脚』を起点としたシールドバッシュは、一体どれだけの力を秘めたものとなるのか…。


 エクセレトスは一瞬で全身の毛が逆立つのを感じた。

 理不尽な暴力を纏ったタワーシールドが迫ってくる。


 タワーシールドはバッシュの姿を立ったまま隠す事ができるほど大きい。

 しかし今、エクセレトスの目に映るタワーシールドはその様な規格のものではない。


 難攻不落の城…。

 いや、大自然の中に悠然と佇む山麓か。


 その様な印象を受ける荘厳な存在が今、エクセレトスに向けて牙を剥き出しているかの様であった。


ーーい、一体…一体どうやって…

  そこまでの境地に達したというのだ!

  震脚を継ぎ足したというのなら、技そのもの

  を継ぎ足した『ニ如雷ににょらい』の方が完全にそれを

  上回るはず。


  それだけでは無いというのか…。

  『質』とお前は言ったな?

  ワシが理解していないその『質』とやらが、

  この訳の分からない理不尽な暴力を、その大

  楯に纏わせていると言うのか!!


 二つ目の雷と山麓を想わせる大楯が、真正面からぶつかり合う。


 先に発生したのは二度目の衝撃波。

 激突音は空気の波に行手を遮られ、一歩遅れて周囲へと走り出した。


 衝突の瞬間、エクセレトスの脳裏に浮かんだのは何処までも続く地平線。

 母なる大地。

 そこを突き破ろうとたった一人で飛びかかる、孤独な剣士。


ーーこれが世界との繋がりなのか?

  バッシュ…お前が口にした、求めるべき技の

  『質』なのか!


 再び雷が大楯によって弾かれた。

 仰反る形となったエクセレトスの肉体は迫り来る脅威に対し、でき得る限りの防御をとろうとする。


 しかしエクセレトスの心が…その意思が…

 無駄な試みを全て却下した。


盾で殴るシールドバッシュ!!』


 放たれた大砲の弾の様に、猛然と吹き飛ばされるエクセレトス。

 その体はレオハルトへと襲いかかっていた傭兵達と衝突し、次々と弾き飛ばした。


 しかしそれでも勢いは衰えず、そのまま更に吹き飛ぶと北側の壁に激突して漸く動きを止めた。


 大混乱の乱戦となっていた戦場が、一瞬で静止状態となる。


 オブスクーロは震える扇子を床へ落とした。

 ルヴィドを筆頭とした傭兵達は、森でドラゴンと遭遇した時の様な目でバッシュを見ていた。


 レオハルトは「ハ…ハハ…」と苦笑を漏らし、ターレスは打ち上げ花火を見た後の様に爽快な口笛を鳴らした。


「終わりだ。双方、武器を収めろ。」


 バッシュが一言で場を仕切った。

 するとその言葉の意味が全体に染み渡り、傭兵達の手に持つ武器が次々と床に落とされていった。


 その様子を見たルヴィドが血相を変えて口を開くが、それを遮るかの様にオブスクーロが騒ぎ立てた。


「きさまら!何で武器を手放す!まだ何も終わってなどいないぞ。早く武器を拾え!そしてレオハルトの首を取るのだ!!」


 大広間に怒号が響くが、傭兵達の目に力は戻らない。


 紛れもなく自陣における最大戦力であった剣聖エクセレトス。

 そのエクセレトスがたった一撃で敗北を喫してしまったという事実は、あまりにも大きい。


 それはたとえ歴戦の傭兵達であったとしても、その戦意を刈り取るには十分な事実であった。


「き…きさまら〜!!」


 落とした扇子を素早く拾ったエクセレトスは、苛立たしくそれを太ももへ打ちつける。


「これ以上は無様にしかならないぞ、オブスクーロ。」


 オブスクーロの頬をヒクヒクと痙攣らせたのは、レオハルトであった。


「一度も戦場に立った事のないお前には、理解できないのだ。剣聖エクセレトスが負けるとはどういう事なのかを。そしてエクセレトスを一撃で倒すバッシュという戦士が、無傷でこの場にいるという事が一体何を意味するのかを。」


 そこまでレオハルトが口にした時、大広間西側の扉から恐ろしい勢いで一つの影が飛び込んで来た。


「ディープ!!」


 それ見たターレスが思わず名前を口にすると、同時にルヴィドが「終わった…」という表情になった。


 ディープは激しく息を切らしているが目を見開いて部屋中を見渡し、自分が飛び出した後の展開を確認している。


「変人がやっと帰って来ましたか…。」


 ジト目で横を向き、敢えてディープと視線を合わせないヴィッツ。

 そしてバトルハンマーを抜いているバッシュの姿と、北側の壁辺りで倒れ伏しているエクセレトスをディープは視界に捉えた。


「ぷはぁああ〜!」


 最悪の結果が回避できている事を確認したディープは天井を見上げ、そこで大きく胸を撫で下ろした。


「だ…旦那、間に合ってくれたのか…。」


「ディープ…。メンティーラには追いつけたのか?」


 一瞬キョトンという表情になるディープ。

 その後、視線だけをヴィッツに向けるが「まだ話していませんよ」とばかりに首を横に振るのを目にした。


 バッシュはメンティーラが皇城にいた事を知らない。


 しかしエクセレトスの様な危険人物がいるにも関わらず、ヴィッツをその場に残してディープが行方をくらませたのだ。


 その原因。

 そうなった経緯。


 それ等を順を追って考えると、一つしか無い答えに辿り着くのは難しい事では無かった。


「へ…へへっ!」


 ディープは笑顔と共に、血だらけになっている右手の親指を立ててバッシュに見せた。


 そして深呼吸を一つ大きる取ると、一瞬でヴィッツの横へと移動した。


「ただいま〜。ヴィッツちゃん!良い子にしてたかい?」


 ディープが左手でヴィッツの頭を撫でると、澄まし顔の中からジト目が向けられた。


「ええ!良い子にしてましたよ。我を忘れて暴れ回る様な『オトナ』にはなりたくありませんから。」


「そんな意地悪言わないでよ〜!何でも好きな物買ってあげるからさ!…ほら、いずれは手に入れたいって言っていた『龍の髭』っていう槍?あれをお詫びにプレゼントするってのはどうだ?」


 ヴィッツの動きがピタリと止まった。

「…くれるんですか?」


 ニヤリと笑ったディープが答える。

「おう!ピンクのリボン付きでな。」


「厄介な素材集めに、それを製造できる名匠探し。費用も半端なものにはなりませんよ?」


「ふっ…。よく覚えておきな、ヴィッツちゃん。紳士に二言は無いのだよ…。」


 ヴィッツの向ける真剣な視線を、戯けた表情で迎え撃つディープ。


「し…仕様がないですね。今回は特別にそれで手を打つとしましょう。」


 するとディープの腕がヴィッツの首へと回され、その顔を胸元に引き寄せた。


「そうとなったら…やっぱり特別な名前を考えないといけねぇなぁ!そのまま『龍の髭』ってんじゃあ、ちょいとジジイ臭い。やっぱ龍だからドラゴンだろ?そこに男の象徴的な意味合いを組み合わせて…『ドラゴンマグナム』!いや『夜のドラゴン』とか…」


「それなら『ドラゴンジュニア』とかどうでしょう?分かる人には分かると思うのですが…。」


 何やら二人の世界へと入っていくディープとヴィッツ。


 アホになった二人が下らない相談をあれこれとしていると、南側大扉の方から多くの足音が近寄って来た。


 団体での移動としては、トップスピードに近いものであっただろう。

 その勢いは少しも衰えることなく、一気に九十名の近衛騎士とボルグ達が大広間へ雪崩れ込んで来た。


「陛下!ご無事ですか!!」


 近衛騎士の一人が安否を尋ねると、レオハルトはそれに手を上げて応えた。


「これで本当に終わりだな、オブスクーロ。数という意味においても、此方が圧倒的に上回る状況となった。これ以上はもはや無意味。大人しく投降しろ!」


 レオハルトの鋭い眼光が、オブスクーロに刺さる。


 しかしそこにあった表情は予想外のもの。

 先ほどまでまき散らしていた憤怒は一転し、オブスクーロは下卑た笑みをそこに浮かべていた。


「ふん!数において圧倒的に上回っただと?それはこっちのセリフよ!後処理が面倒な事になるから、実行はできるだけ避けたかったが…。一家断絶になるよりは遥かに良い。全てはサーペント家の為。ワシはここで生き絶えたとしても、ワシの有能な息子達が後は上手くやってくれる事だろう!」


 突然訳の分からない事を言い出して、オブスクーロは笑い出した。

 それに対してレオハルトは「何のことだ?」と問いかける。


 オブスクーロは気が狂ったかの様に笑い続けており、レオハルトの問いに答えない。


 代わりに答えを口にしたのは、先ほど大広間に入ってきた近衛騎士であった。


「陛下、報告があります。クラーク団長が警戒レベルを六に引き上げた事により、約三千名の兵達が急ぎ駆け付けて現在皇城を包囲しております。しかしその様子があまりにも不自然であり、話しかけても誰も返答せず、知っている顔も一人もおらず…。近衛騎士の鎧を目にしても、誰一人として道を譲ろうとする者がいませんでした。」


「なにっ?」


 レオハルトが驚きの声を発するが、そのまま近衛騎士は報告を続けた。


「そして今頃は更に二千名の兵達が駆けつけ、合計五千名にて皇城を包囲していると思われます。もしも…もしも新たに駆けつけた二千名も妙な兵達だとすると…」


「ハハハ…ハァッハッハッハ!!」


 オブスクーロの笑い狂う声が一段と響きを増し、近衛兵の報告を遮った。


「今、皇城を包囲している兵達は、全てワシの息がかかっている貴族の私兵達だ!後日の調査に引っかからぬ様に、二十を超える貴族の家から分担して編成してある。その総数は、今の報告にあった様に五千だ!

そしてそれを取り仕切るのは、アロガン・レイ・サーペント。我が家の跡取り息子よ!レオハルトは知っているであろうが、あやつはワシに似て頭が回る。討ち漏らしなど決してしない。

そして皇帝を暗殺した者を討ち取ったとすれば、ボロさえ出さなければ功績の方が確実に上回る。

現時点で窮地に立たされているのは我々では無い。たとえ剣聖による暗殺を回避できたとしても、お前達全員が今日死ぬ事に何も変わりは無いのだ!」


 更に続くオブスクーロの笑い声が、駆けつけた近衛騎士達を動揺させる。


 そんな中、レオハルトは手を口に当てながら現状を整理していた。


 現在の皇帝側の戦力は、近衛騎士が約百名に駆けつけてくれた冒険者達が三十名ほど。

 たとえそこに墨色暗殺者達を加えたとしても百五十にも届かない。


 そこに皇城で生き残っている近衛兵をかき集めて加えたとしても、おそらく合計二百といったところが精々であろう。


 二百対五千。

 数字だけを見れば絶望的だ。


 用意してある脱出経路から帝都の外に出て、オブスクーロと対立関係にある貴族の下で一度態勢を整えるのが上策であると思われる。


 しかし相手は約三十年もの間、宰相を勤めてきたオブスクーロ。

 決して隙など見せない男。

 脱出経路は全て潰されていると考えるべきだ。

 そして…


「お前達はどうやって皇城に侵入してきたのだ?」


 レオハルトがボルグ達を見て率直な疑問を口にすると、それに答えたのはヴィッツであった。


「私達は初代皇帝が造ったとされる地下通路を通って、ここまで来ました。それは信じられない事にブルーマウンテンの街から皇城まで続いており、現在も使用が可能な状態でした。」


 それを聞いたレオハルトは大変驚くが、それに構わずヴィッツの言葉は続く。


「しかし、地下通路を発見したのはシュバルツ達暗殺者集団。捜索を指示したのは、そこにいるお偉いさんでしょう。となると…」


「その地下通路もおそらく…既に塞がれてしまっているであろうな。」


 ヴィッツが切った言葉を、目を細めたレオハルトが続けた。


 するとオブスクーロが「良くできました!」と言わんばかりの表情で、扇子を掌の上でポンと鳴らした。


「そうだ!お前達に残されている道は、皇城を真正面から出て行くという道しかない。そこには五千もの兵が、お前達の命を奪う為に待機している。これでどちらが窮地に立たされているのかを理解できたかね?」


 見た瞬間に殴りたくなる様なドヤ顔をするオブスクーロ。

 それを敢えて無視するかの様に視線を逸らし、レオハルトはバッシュを見た。


 それに気づいた周囲の者達が、同じくバッシュへと視線を移す。


 若返った剣聖エクセレトスを、たった一撃で倒した最強の戦士。

 その戦士の発する言葉に己の命運を託し、祈る様に見つめた。


「要するに皇城を正面から出て、そこにいる五千の兵から陛下の命を守り通さなければならないという事だな?」


 バッシュが確認を取る意味も含めて、現状を一言に纏めた。


 ニヤリと笑ったオブスクーロが、扇子でバッシュを指し示す。


「そうだ!そんな事できる訳が無い。たとえエクセレトスを倒したお前がいたとしても、五千もの兵の前では…」


「何も問題はない。」


 バッシュの言ったことが余りにも予想外だったのか…理解できなかったのか…。

 オブスクーロは口をパクパクとさせていた。


 レオハルトは「よし!」と眼光を光らせ、バッシュの実力を知るボルグ達は腹の底から戦士としての咆哮を轟かせた。


 何故問題無いのか。

 そして何故、戦士達が声を上げて闘志を漲らせているのか。


 理解できない近衛騎士達とオブスクーロは唖然とするしかなかった。


 そんな最中、ディープとトランス状態に入っているヴィッツは心の中で「キャー!カッコいい!!」と絶叫し、乙女心をくすぐられたメイド達の様にキラキラとした目でバッシュを見ていた。


「ヴィッツ、クラーク団長の傷を診てくれ。彼の力はここからも必要になる。」


「…はい!」


 一瞬でトランス状態から戻り、クラークへと走り寄るヴィッツ。


 ヴィッツが元いた場所では「俺の事も必要だと言ってくれて構わないぜ?」と言わんばかりの顔で、ディープが銀色の髪をかき上げていた。


「ば…馬鹿か?お前は。たったこれだけの人数で五千もの兵を前に…一体何ができるというのだ!」


 オブスクーロは手に持つ扇子をワナワナと震わせている。


 バッシュはレオハルトやボルグ達と今後の戦術について話し合っていたが、それを中断してオブスクーロへと向き直った。


「お前に説明をする義理は無いが、冥土の土産に一つ教えておこう。五千名の敵と対峙する時に、その全員を討ち取らなければ勝てないと考えるのは愚の骨頂だ。」


「ふ…ふん!それくらいは分かっておるわ。いくら戦場に立った事が無いとしてもな。しかし兵の数が脅威となるのもまた事実。この明らかなる劣勢を、お前は一体どうやって覆そうと言うのだ!」


 するとバッシュは小さくため息をつき、そこからゆっくりと口を開いた。


「では一つ尋ねよう。先ほどから五千五千と、やたらと数を振り翳して繰り返しているが…。その五千の兵とやらは行儀良く、縦に真っ直ぐ一列に整列しているのか?」


「はぁ?何を馬鹿な事を…。」と声を漏らすオブスクーロ。


「この巨大な城を包囲するのであれば、兵は必ず横へと伸びる事になる。すると当然、大将までの間に兵の厚みをそこまで作る事はできない。それはたとえ、五千人もの兵を集めていたとしてもな。」


 オブスクーロの動きが止まり、レオハルトはその先にある答えを確信した。


「そして集めた五千の兵の中には、剣聖エクセレトス以上の猛者がいるのか?」


 そこまでバッシュの説明を聞くと、目に見える数字のみが戦略ではない事を理解したのだろう。

 オブスクーロの表情が一変した。


「そうだ。剣聖エクセレトスの実力を知るお前なら、こんな説明を受けなくても分かったはず。戦術において数とは、時に策士の目を曇らせる。今のお前がその典型だ。五千の兵を指揮するのは、お前の息子だと言ったな?ではもう一度尋ねよう…。お前の息子に辿り着くまでの間。そこに割って入る…数だけは五千いる兵達の中に…」


 オブスクーロの体がガタガタと震える。

 一歩一歩と後ろに退がりながら、力無く首を横に振っていた。


「俺を止められる奴がいるのか?」


 バッシュの言葉が終わるのと同時に、オブスクーロの体が床へと崩れ落ちた。


「やばい!鼻血が出る…」


 その一部始終を見ていたディープは鼻を摘みながら天井を見上げ、首筋をトントンと叩いた。


 ヴィッツはリアルに鼻血を吹き出し、一瞬でそれを拭って澄まし顔に戻った。


「とは言っても、後顧の憂いは完全に断っておくべきだろう。オブスクーロとその私兵を拘束し、地下牢に入れておけ!」


 レオハルトが指示を出すと、キレの良い返事と共に近衛騎士達が動き出す。


 オブスクーロは抵抗しない。

 それどころか立ち上がる気力さえ失った様で、近衛騎士に抱えられながら大広間を出て行った。


 武器を取り上げられたルヴィド達は借りて来た猫の様になっており、バッシュとディープをチラチラと見ながら近衛騎士達に連行されて行った。

 その後を念の為にカルマンが付いて行く。


 すると応急処置を終えたクラークが、バッシュに近寄って来た。


「バッシュ殿。意識がある時という意味においては、初めてお会いする事となる。三年前につづき今回までも…本当に助かった。ラーズ帝国近衛騎士団団長としてお礼を言わせてくれ。そして私個人からも…。誠に…かたじけない。」


 クラークが頭を深々と下げると、バッシュはフルフェイスヘルムを脱いでそれに応じた。


「クラーク団長。堅苦しい話し方はやめてくれ。俺の事はバッシュでいい。それに三年前も今回も、結果的に間に合いはしたが、辛うじてそこに手が届いたというものだった。この二つの結果へ辿り着く為の大きな要因となったのは、クラーク団長…紛れもなくあなたの存在だ。あなたが現場にいなければ、この結果に手は届かなかったと俺は認識している。」


「バ…バッシュ…」


 クラークは一度上げた頭を再び下げ、暫くそのままの状態で身を震わせていた。


 その様子をターレスは遠目に見ていた。

 そして面白いものを発見したと言わんばかりの悪戯顔でクラークに近づき、背後へと回り込んだ。


「ムフフフ…クラーク!まさか泣いてるのかぁ?」


「…うるさい!黙れ…ターレス…」


 顔を上げようとしないクラークを見たターレスは、次はニヤニヤと笑いながらその肩を叩き始めた。


「お前にしたら珍しく負けが続いたもんなぁ。バッシュ、こいつこう見えて結構落ち込んでるんだ。完敗が二回も続くなんて、団長になってからは初めての経験なんじゃないかなぁ。そんな時に優しい言葉で慰めちゃあダメだよ。ほら!騎士団団長ともあろうお方が、子供みたいに泣きじゃくって…」


「…ターレス。お前は今ここで死にたいらしいな!」


 クラークからヘッドロックされ、頭部を拳骨でグリグリとされるターレス。


 しかし冗談にならないほどの力がこめられているのか、絶叫を上げながら本気で脱出を試みている。


 そんな二人の様子を見たヴィッツはため息をついた。

 そして澄まし顔で二人に近づくと、声を張った。


「クラークさん!赤秘薬で応急処置したとはいっても、せめて皇城の外に出るまでは大人しくしていてください。傷が開いてしまいますよ。そしてターレスさん!今、カールくんが奥にある陛下専用の医務室へと運ばれて行きましたが、一緒に行かなくていいんですか?」


 二人の動きがピタリと止まった。

 だが次の瞬間、ターレスがゴリラにも似た力を発揮してクラークを突き飛ばし、「カーーーーール!」と叫びながら北側にある侍医の部屋へと走り去っていった。


「い…いたたた…。な、何なんだ、あいつは…。」


 処置を受けたばかりの腹部を押さえるクラーク。

 そこにヴィッツのジト目が圧を加える。


「は、ははは…。」


 クラークは苦笑する。

 しかしヴィッツからの圧は収まる気配が無い。


 それを助けるかの様に、バッシュが口を開いた。


「現状とこれからの事を説明するぞ。一度開けた東側の勝手口は、ボルグ達が再び封鎖したとのことだ。念のため、地下通路からの入り口もこちらから破壊して封鎖する事にする。これで後顧の憂いは完全に無くなるという事だ。」


 全員が静かに頷いた。


「陛下には皇城内にて、護衛と共に安全な所で待機して頂く。そして我々が城外に出た後は、正門を再び封鎖してもらうようにお願いした。」


 バッシュの口にしたそれは、退路を断って攻撃に全てを注ぎ込む背水の陣であった。

 その戦術の恐ろしさを知る者達に、少なからずの動揺が走る。


「数だけを見れば圧倒的に不利な状況だ。守りを心がけても、穴だらけの防衛線しか張れないだろう。というより…そもそも守る必要は無いそうだ。陛下から聞いた話によると完全に封鎖された皇城は内側から開けない限り、一ヶ月は敵の侵入を防ぎ続けられる造りになっているとの事だ。」


「おお〜!」と驚く声が、ブルーマウンテンから来た者達の口から発せられた。

 それを聞き、クラークは満更でも無いといった顔をした。


「それならば籠城して、他の有力貴族が動くのを待つのはどうかという案も出た。しかし先ほどオブスクーロが言っていた様に、サーペント家にいる息子達は調略に優れているらしい。籠城したら此方は全く外部と接触を持てなくなる。そうなったら自由に動き回れるサーペント家の方に、有力な貴族達も次第に流れていくだろうということだ。」


 全員が真剣な目つきでバッシュを見つめる。

 ここで籠城という腰の引けた戦いなどするつもりは無い。

 全員の目がそう言っている様であった。


「だからこそ俺達は外に打って出る!この戦いの決着を先延ばしになどしない。外に出たら一点突破にて反逆の将とされるアロガン・レイ・サーペントを一気に討ちに行くぞ!

相手は五千人いるらしいが、何も恐れる事はない。大義なき将の率いる兵など、どれだけの数を集めようが単なる有象無象に過ぎないのだから。

敵将は数さえ集めれば戦いに勝てると勘違いしている未熟な貴族だ。そんな輩に、大義を掲げる戦士が如何に恐ろしい存在であるのかを…その目に叩きつけてやろう!!」


「おおぉぉおおおおおおお!!!」


 大広間を震わせるような雄叫びと共に、戦士達が移動を開始した。


 全員が大広間から一斉に出て行く。

 ところがバッシュはその流れをゆっくりと逆走し、倒れ伏すエクセレトスの前に立った。


 その様子を入り口からヴィッツとディープが眺めている。


 大広間にはシュバルツの体に手を添えて黙祷を捧げるレオハルトと、エクセレトスの遺体を近くから見つめるバッシュの二人のみ。


 今二人は胸中にて、どんな想いを巡らせているのか。

 それをわざわざ口に出して聞くのは、野暮というものだろう。


 ヴィッツとディープは視線を合わせると互いに頷き、静かに階段へと歩いて行った。

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