第28話 皇城イターナルでの戦い14 レーグルの掲げた誇り

 廊下の奥から慌ただしく近寄って来る複数の足音。

 鎧の音も重なっているせいか、一人一人の立てる音が随分と喧しい。


 乱した息と共に近づいて来たのは、皇城西側を警備する近衛兵が七人。

 メイド達の助けを呼ぶ声を聞いて、駆けつけたのであろう。


 先頭を走っていた近衛兵が部屋の前まで来るとすぐに全員が揃い、開けっ放しになっている扉から一斉に部屋へ飛び込んだ。


 部屋の入り口付近にいたのは二人のメイド。

 ベティとエイミーであった。


 激しく怯えた様子で二人とも震えており、床に座り身を寄せ合っている。


 奥には逃げ場を失ったミリアがいた。

 部屋の隅で立ったまま震えており、膝はガクガクと痙攣している。


 そして部屋の中央付近。

 そこには斬られた喉から血を撒き散らし、倒れ伏しているメイドが一人。


 僅かに見える横顔には眼鏡がかけられており、一目でそれが皇城西側を取り仕切るメイド長である事を知る事ができた。


 その手前には、この部屋にいるはずの無い人物が一人。

 入り口に背を向ける形で、銀色の髪を乱したダークエルフが佇んでいる。


 左手のダガーからは血が滴り落ちており、西メイド長を手にかけたのが誰であるのかを明らかにしていた。


「何者だ、貴様!武器を捨てて大人しく投降しろ!」


「うわ!メ…メイド長!!この野郎…殺してやる!」


 複数の敵意がディープに向けられる。

 しかしディープは何も聞こえていないかの様にそれを流し、倒れ伏した眼鏡のメイドへ歩み寄った。

 そしてスッとしゃがむと、顎先を力強く掴んだ。


「何をするつもりだ!動くな!」


 近衛兵の槍がディープの横腹へと迫るが、それはダガーにて造作もなく打ち上げられた。


 勢いよく天井に突き刺さる近衛兵の槍。

 それと同時に、ディープの右手が勢い良くメイド長の顔の皮を上へ引き剥がした。


「ヒィイ!!」


 ベティとエイミーが同時に悲鳴を上げる。

 ミリアは脚の支えを失い、床へとずり落ちた。


 目の前で実行されたあまりにも残酷な出来事。

 これにはさすがに近衛兵達も凍りついた。

 しかし…


「えっ?」


 引き剥がされた皮の下から出てきたのは、あまりにも予想外のもの。

 西メイド長とは全く別人の顔。

 地味で彫りは浅く、特長の少ない初老の女の顔がそこにあった。


 驚きと戸惑いの声が飛び交う中、ディープは積年の恨みがここに晴れた事を確認した。


 しかし、その代償は高くつくだろう。

 メンティーラへの殺意に心を支配され、明らかに新月に入り込み過ぎたのだから。


「わ…訳が分からないが、とにかく武器を捨てろ!」

「動くな!…誰かもっと応援を呼んでこい!」


 近衛兵達の怒号にも似た声が、ディープの耳を圧迫する。


ーーサッキカラウルサイナ…。

  イッソゼンインダマラセルカ…。


 ディープの心が更なる漆黒へと堕ちていく。

 視覚は色を失い、灰色と輪郭だけの世界をその目は映していた。


「貴様、聞いているのか!」


 状況に焦れた近衛兵が、怒り任せに槍を突き出した。


ーーヤルカ…。


 ディープの瞳が深く沈み、ダガーを握る左手に少しの力が加わった。


 しかしその時、ディープの脳裏にある男の顔が鮮明に浮かび上がった。

 すると不思議な事に時が流れを止めたかの様な感覚に入り、ディープの意識は眉間から脳内へと吸い込まれた。


 そこで次々と思い出される過去の出来事。

 それが一瞬の内に時系列を追いながら、矢継ぎ早に再生された。


「おい、そこのクソ餓鬼!この世を見下した目をしやがって…。そんなに生きる事がつまらねぇなら、俺の所に来い。血反吐の吐き方と、この世の楽しみ方を教えてやる!」


「そういえば、名前を聞いて無かったな。…ディープ?ブハ!!…いやいやいや、悪い。だが今のお前はディープっていうよりチープって感じだな。…おい、みんな!新入りのチープだ。生意気なクソ餓鬼だが、面倒を見てやってくれ!…あん?チープが気にいらねぇのか?それなら早く一人前になって、俺にディープって呼ばせて見せろよ!」


「こりゃあ驚いた。チープお前、才能があるな!くくく…よし。明日から修錬を倍に増やすぞ。」


「え?何だって?…バカ野郎!分かってねえなぁ、チープ。いいか?女の照れ隠しは全て体で受け止めてやる。これが紳士の嗜みってやつだ。よく覚えとけ!」


殲滅者ターミネーターか…。いや、俺も一時期は目指した事があったけどな。あれは何ていうか・・ならない方が良い気がすると言うか、なれない方が良い気がするというか…。バカ野郎!負け惜しみじゃねぇよ!

大陸にいるシュバルツという名の天才影法師も、若い頃にマジになって目指したらしいが、結局はそいつでさえも手が届かなかったって話だ。

…そう言えば、お前がミルト共和国の長期依頼に出ている時、そのシュバルツが一人育てて欲しい奴がいるって便りを送って来てな。面倒くせぇから法外な入門料を提示して断ろうと思ったら、何と…本当に払いやがったんだよ!

そしてその後に来た奴が生意気な奴でなぁ。名前はカルマンといったか。歳は丁度お前と同じくらいの奴だったよ。な〜んか隠している特技があるみたいだったが、あれはいずれ要注意人物になるだろうな。

…あ?お前とどっちが要注意だって?…くはははは!何だ?焼きもちかよ!大丈夫だって!お前以上の要注意人物なんざ、色んな意味でいる訳がねぇだろ?」


「やったじゃねぇか、ディープ!そうだ。それが双月だ。これでお前も影法師シャドーマスターだ。あの時のクソ餓鬼がまさか…ここまで成長するとはなぁ。…バカ野郎!泣いてねぇよ!俺が泣くわけねぇだろ!」


「ディープ。知っていると思うが、レーグルが掲げる唯一のポリシーは『不必要な殺しをしない事』だ。ただそれだけなら熟達した暗殺者が、当たり前の心構えとするところなんだが…。俺達の掲げるそれは、もう少し奥が深い。

動物も魔獣も、植物も昆虫も、口にする食材でさえも。でき得る限りこの手で命を奪わない様に心掛けるのが、俺達レーグルだ。

ただでさえ暗殺を生業とする俺達だからな。せめて少しは釣り合いを取ろうって事さ。そんな事しても自己満足の域を出ることは無いがな。

ま…形の歪んじまった妙な不殺生戒だと揶揄される事もあるが、これを守れねぇ奴はレーグルじゃねぇ!それだけはこれから先も、常に心に携えていてくれ。」


「ディープ…。お前と過ごした日々は…楽しかったぜ。最高だった。俺にガキがいたら、お前の様に生意気な奴だったんだろうな…。死ぬ…なよ、ディープ。生きてくれ…。レーグルを…たの…む…。」


ーーガイム!!


 ディープの瞳に少しの光が戻った。

 だがすぐに漆黒がそれを包囲し、虚な目つきへと再び引き摺り込んだ。


 近衛兵の槍がディープの背中へと迫る。

 そこに込められた殺気に、当たり前の如く体が反応を始めた。


ーーダメダ…オサエ…ラレナイ…


 既にディープの体は、一瞬で近衛兵の命を刈り取る準備を整えていた。

 後は心からのゴーサインを待つのみ。


 それを必死に食い止めるが、ディープの心を漆黒に染める何かが抗う力そのものを奪っていく。


 ダガーを握る左手が、斬撃に最も適した握力に至った。

 それと同時にディープの体は一瞬で反転を終え、槍を躱して近衛兵へと飛びかかった。


ーーヤメ…ロ。…ヤ…メテ…クレ…


 抗う心の抵抗も虚しく、ダガーは近衛兵の首へと走る。

 もはや制御は不可能。


 殲滅者ターミネーターの名が示す通り、この場にいる全ての…いや、この城にいる全ての命を刈り取るまで、漆黒の衝動は暴れ回るだろう。


ーーレーグル…デ…ナクナルノ…ナラ…


 レーグルとして生きられないのなら。

 レーグルとして生きることを辞めるくらいなら…

 この命に最早意味など無い。


 ディープの持つ鋼の信念が、辛うじて左腕の制御を一瞬だけ取り戻した。


 しかし残された手段は一つしかない。

 それは己の命を断ち、殲滅者ターミネーターそのものをこの世から消し去る事。


 最早それしかディープがレーグルであり続けられる選択肢は無かった。


 近衛兵へと向いていたダガーが、一瞬でディープの胸元へ引き寄せられた。

 その刃先は正確に心臓へと向けられているが、心が発した己への殺意に体が反応する。

 そしてそこからの回避を試みるが…間に合わない。


 瞬時に右手が割って入った。

 しかし躊躇無く掌を貫いたダガーは勢い衰えず、そのまま胸へと突き進んだ。


 だがその時…またしても時が止まる様な感覚が全身を包み、ディープの脳裏で過去の映像が再生された。


 そこには一人の男が立っていたが、先ほどディープがガイムと呼んだ男ではない。


 そこにいたのは、白のフルプレートを纏う戦士。

 今となってはとても見慣れた存在。


 だが珍しく傷だらけの状態であり、フルフェイスヘルムはひしゃげた状態で横に転がっていた。


 その戦士の瞳にはダガーとマチェットを両手にした人物が映っており、命あるもの全てに反応して斬り刻んでいる。


 そこに向けて戦士は大声で叫び続け、諦める事なく何度も静止を試みていた。


「やめるんだ、ディープ!メンティーラはもうここにはいない。これ以上命を奪うな!戻って来い、ディープ!」


「駄目だヴィッツ!俺より前に出るな!まだ戻ってこられるはずだ…。いや、戻すぞ!あの男を、こんな所で死なせはしない!」


「俺だ、俺を見ろ!…そう…そうだ。周りを見るんじゃない。俺だけをみろ。お前の相手は俺一人だ。俺がお前を戻してやる。レーグルを誇りとしたお前に…俺が戻してやる!」


「死ぬのか?ディープ。レーグルを誇りとしたお前が、この現実に耐えられなくなるのも無理はない。しかしな、ディープ。この前とは違い、今のお前は自分の意思でレーグルの戒めを破ろうとしている。その事に気付いているか?」


「命を奪う事を生業とするが故に、命を尊重する。仕事以外では絶対に他の命に危害を加えないという歪な不殺生戒。これがガイムの掲げたレーグルの誇りだったはずだ。では今、お前がダガーを自分の胸に突き立てようとしているのは…仕事なのか?」


「レーグルとしての誇りを失わせるのは、意識を乗っ取られ殺意の衝動に支配されてしまったあの時のお前じゃない。

自らの意思で自らの命を断とうとしている今のお前が、レーグルとしての誇りを失うんだ。

…忘れないでくれ、ディープ。妙な形のものではあるが…レーグルの掲げる不殺生戒にて尊重するべき命の中には、自分の命も含まれているという事を。」


ーーバ…バッ…シュ…。…バッシュ!!


 ディープの目に光が戻る。


 そう、あの時。

 これから何があろうとも。

 何が起ころうとも…。


 レーグルとして生き、その誇りを胸に生き抜くと誓ったではないか!


 ガイムに。

 バッシュに。

 そして何よりも自分自身に!


「がはっ!…グ?…ぎっ!…ググ…がっ!」


 突然、ディープの体に異変が起きた。

 しかし飛びかかった時の勢いは衰える事なく、近衛兵に衝突して床へと落ちた。


 するとそこで暫く痙攣し、大きくのたうち回り始めた。


 傍目から見たそれは、まるで一つの体の中で二つのものが暴れ回っているかの様。

 吟遊詩人が新月の夜に好んで語る「心霊現象」そのものの姿が、そこにはあった。


「ゴ!…ぎっ!…く…が……がぁぁああああああああああああああああ!!」


 それは部屋中を…いや城中を震わせる様な大音声。

 とても耐えられずにその場にいた全員が両手で耳を塞ぎ、そして歯を食いしばった。


 それからどれだけ経過したのであろうか。

 やがて両手両耳を震わせる振動が収まると、耳鳴りだけが存在する静寂が訪れた。


 両目を閉じて震えていたベティが恐る恐る片目を開けた。

 するとそこには、先ほどまでもがき苦しんでいたダークエルフが立っていた。


 銀色の髪は更に乱れ大きく呼吸も乱しているが、目には煌々とした意志が宿っている。


「何だっ!な…何なんだ、お前は!」


 近衛兵が再び槍を構えてディープに問いかける。

 しかし槍の穂先は震え、膝はガクつき腰も引けていた。


 額に手を当て、呼吸を必死に整えるディープ。

 そして問いかけた近衛兵をジロリと睨むと、息を切らしながら言葉を紡いだ。


「今…大広間にて…皇帝陛下が命を…狙われている。俺は陛下に雇われた…護衛の一人だ。」


「何!お前が護衛?いや、それよりも…陛下が命を狙われているだと!」


 ディープは深呼吸を一つ大きく取ると、次は近衛兵の顔を真っ直ぐ見て再び口を開いた。


「ここに倒れている女の名はメンティーラ。変装の達人として有名な暗殺者だ。眼鏡をかけたメイド本人は、近くの部屋の何処かに押し込められているはずだ。すぐに探すと良い。だが、それよりも皇帝陛下の命が危ない。すぐに人数を集めて駆けつけるべきだ。」


 近衛兵とメイド達の間に動揺が走る。

 それは無理もない。


 皇帝の命が危ないのであれば、何を捨ててでもすぐに駆けつけるべきである。

 しかしそれを口にした人物が不審者では無いという証拠。

 それがここには何一つ無いのだから。


ーー何も嘘は言っていないし、ここはとりあえず

  大丈夫だろう。

  護衛も用心棒も、表現としてはあまり変わり

  無いしな。

  その辺はヴィッツのしたたか小僧が、既に皇

  帝と契約を結んでいるだろうし…


「あっ!!」

「ヒィ!!」


 突然ディープが大声を出すと、一番近くで槍を構えていた近衛兵が腰を抜かした。


 もう嫌だ!

 こんな奴とはこれ以上関わりたくない!

 そんな表情で、横に首を振り続けている。


 それを飛び越えてディープは廊下へと飛び出た。

 そして来た道を戻る形で走り出すと、瞬く間にトップスピードへと到達する。


ーーくそっ!!バカか俺は!

  昔の恨みを晴らす為に、今ある大切なものを

  犠牲にするのか?

  ヴィッツにあの剣士の相手はまだ無理だ。

  あと五年もすれば、奴の驚愕する顔が楽しく

  拝めるかもしれないが…


 恐ろしいスピードで皇城の廊下を一つの影が走り抜ける。

 足音や気配を駄々漏れにした疾走は、メンティーラ追跡時を遥かに超える速さを生み出した。


 壁に掛けられた絵画は外れ、脇に置かれている壺が振動で落ちる。


 ディープは気づいていない。

 心の中での言葉だったとしても、 ヴィッツの事を『大切なもの』と表現してしまった事を。


 もし誰かに聞かれていたら、頑としてシラを切り通すだろう。

 ヴィッツが聞いたら「気持ち悪い事を言わないで下さい!」と、汚い物を見るような目と共に言われるかもしれない。


 ディープは走る。

 形振り構わず中央大広間へと。


ーー旦那…、どうか間に合っていてくれ!

  …くそっ!くそくそ!

  この大馬鹿野郎がぁあああ!!


 地を這う彗星の如く、西側廊下を走り抜けるディープ。


 メンティーラを追う為に先程通ったばかりの廊下であるが、今のディープにはなかなか先の見えてこない恐ろしく長い廊下に思えていた。


 そんなズレた感覚に翻弄されていても、脚は恐ろしい勢いで床を弾き続けている。

 すると目の前に三階へと続く、使用人用の折り曲がり階段が見えてきた。


 ディープの腰と脚が、走りながらもタメを作る。

 そして階段の下まで到達するとそれを解き放ち、壁と手すりを激しく蹴りながら一気に三階まで駆け上がった。


◆◆◆


 皇城南側の二階廊下は騒然としていた。

 それもそのはず。

 本来であればこの時間、休みなく見回りを続けているはずの近衛兵達が至る所で倒れ込んでいたのだから。


 その中には暗部と思われる者の姿もあり、その全てが一撃にて命を奪われていた。


 その様子からは、侵入者達が恐るべき戦力を備えていることを伺い知ることができる。

 ただ…妙な角度に視点をすり替えて見ると、せめて苦しまぬ様にと尽力したものと見ることもできる。


 それは勿論、この惨状を目の当りにしているメイドや使用人達が思い至れるところではない。


 皇帝側の戦力と呼べる存在。

 それは自分達を守ってくれるはずの存在でもある。

 その近衛兵が無残にも倒れ伏している中、メイド達のあげる悲鳴と嘔吐く声が南側二階廊下を埋め尽くしていた。


「ど…どうしたら良いんだよ〜。どれだけ言っても手を放してくれないし、バッシュさんは一人で先に行っちゃうし…。」


 そんな所に姿を現したのが、バッシュと共に皇帝の下へと向かっていた主力部隊十六名であった。


 道中を進む中、不穏な何かを感じ取ったバッシュは突然「すまん、先に行く」と言って隊を飛び出した。


 その後は勿論バッシュの後を追った主力部隊であったが、フルプレートを着用しているとは思えないバッシュの脚の速さに全く付いていけなかった。


 そして一心不乱に追走した結果、現在地を見失って迷いに迷う事となってしまう。


 そして漸く元来た道へと戻ることができた主力部隊。

 そこからはヴィッツが進みながら付けていた特殊塗料を見逃さない様にと注意深く進み、南側二階廊下でメイド達と遭遇したのであった。


 最初は驚かれ、恐ろしく耳の奥を突く金切り声もあげられた。

 しかし兆域警備団達が制服を着用していたことが功を成し、緊急事態に駆けつけた援軍であると納得させることに成功する。


 だが問題はそこからであった。

 この緊急時に近衛兵が一人もいないという状況で、メイドと使用人達は怯えきっていた。


 その為であろう。

 一刻も早く皇帝の下へ行かなければならないと言うと、一所懸命に頭を縦に振るのだが…縋り付いた手は全く放されなかった。


 少しだけ落ち着きを取り戻したメイドに聞けば、少し前に白の全身鎧を着た戦士が目の前を走り抜けて行ったと言う。


 戦士の向かった先には、三階大広間の前に続く階段があるそうであった。


 ここで足止めをくらっている場合じゃ無い。

 部隊を分けるしか無いか?

 三人残せば…いや、墨色暗殺者達の実力を考えると五人でも心許ない…


 そんな考えを兆域警備団員の一人が巡らせていると、自分達が通ってきた東側の方から多くの足音が聞こえてきた。


「こっちだ、急げ!このまま進めば三階大広間に出る。陛下のお部屋はその先だから、ボルグの言うことが本当なら…んん?」


 そこから姿を見せたのは、皇城への侵入口を探していた近衛騎士達。

 その数は百名。

 そしてその中にはボルグ達『状況説明部隊』の姿もあった。


「ボルグ!」


 兆域警備団の一人が呼びかけると、近衛騎士達の中からボルグが出てきた。


「お前達…こんな所で何してるんだ?」


 ボルグが問いかけると、少しバツの悪そうな表情になる主力部隊の面々。


「バッシュさんがいきなり先に行ってしまって…」

「いや、それよりも…」


 弁明する口を塞ぐ様な口調で、ボルグの言葉がそれを遮った。


「皇帝陛下の下へ急ごう!皇城を包囲する兵達の様子が明らかにおかしいんだ。ここにいる近衛騎士達が話しかけても無言で、何も取り合おうとしない。しかも千人以上はいるのに、何処にも知っている顔が見当たらないらしいんだ。もしかすると予想外の大物が、今回の件に関わっているのかもしれない…。」


「予想外の大物?」


「いいから行くぞ!死人に口無しだ。陛下の暗殺を一旦阻止できても、結果的に全員の口を封じられたら全てはお終いだ。結局事実なんて、生きている奴らの都合の良い形にいくらでも変えられてしまうんだからな。」


 信じられない方向へ曲がった事の展開に、血相を変えた主力部隊達も歩みを進める。


 近衛騎士達は十人がこの場に留まり、残り全員で皇帝の下へと急いだ。


ーーこりゃあ地下通路を戻る事も検討しておかな

  きゃいけねえかもな。

  しかしブルーマウンテンまで逃げ切れても、

  次は国から追われる事になるか…。

  ちっ!マジで八方塞がりかよ!


 眉をひそめながらも、ボルグは力強く前へと進んだ。

 何はともあれ、まずは皇帝の暗殺を絶対に阻止しなければならない。

 そしてそこからは…


 ボルグの脳裏に、白のフルプレートを纏う戦士の姿が浮かぶ。


 もし最悪の展開を迎えたとしても、あの戦士と共に大立ち回りをして最期を迎えるのなら…それも悪くない。

 そう考えると不思議と全身に力が漲ってきた。


 絶望の影を宿しかけていた目は一転し、肉食動物の様に力強くギラついた。


 皇帝の下へと進む一行の脚が、段々と速くなる。

 廊下の角を数回曲がり、近道となる部屋を横切った後しばらく進むと…そこには三階大広間へと続く階段があった。

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