第25話 皇城イターナルでの戦い11 技と代償

 それは一見無駄な動き。

 戦いの最中に片足を後方に真っ直ぐ伸ばすなど、隙を生む動き以外の何ものでもない。


 しかしそれによって、上半身は両足を地に付けている時よりも確実に前に出る。


 その動きから生み出された力を余すことなく乗せられた斬撃。

 それは信じられない伸びと威力を大太刀の刀身に纏わせていた。


「な…なんてこった!ここまで伸びて来やがった。」


 それを辛うじて受け止めたターレス。

 少し仰け反ったが何とか持ち堪え、衝撃で痺れた手を振って払った。


 いや、正確に言えば受け止めたのではなかった。

 念の為…何となく剣舞の太刀筋に合わせておいたシミター。そこに偶然当たっただけのものであった。


 クラークとターレスは早くも傷だらけになっていた。


 カルマンは何度も弓にて剣舞の流れを止め、隙を作ろうと試みた。

 しかし変則的な動きとは、そのものが虚の動きとなる。

 それに加えて流れの中に擬剣技『おぼろ』が組み込まれており、エクセレトスの動きを全くと言ってもいいほど捉えることができなかった。


 どう見ても四人は劣勢に立たされている。

 しかしエクセレトスは全身にこびり付いている妙な違和感を、振り払えないでいた。


 カルマンの矢を再び『おぼろ』にてエクセレトスが躱した。

 その動きを先読みしていたかの様に、クラークのハルバートが頭上に落ちて来る。


 しかしそれはエクセレトスの超反応によって受け流された。


 大太刀の刀身を滑り落ちていくハルバート。

 そこで溜めた力を利用した横薙ぎが、クラークに向けて放たれた。


 その剣閃はクラークの首元へ軽々と滑り込むはずであったが…


「むぅ?」


 必殺とも言えたエクセレトスの横薙ぎ。

 その太刀筋に割って入ったのは、ターレスのシミターであった。


「すまんな、ターレス。助かった。しかし…何となくヴィッツの言った事が分かってきた気がするな。」


 クラークの言葉にカルマンが頷いた。


「ああ。もっと俺達の反応を一つにする事ができれば…これなら剣聖とも十分に戦えるぞ。」


 クラークとカルマンは不思議な感覚に身を委ね始めていた。

 二人は指示された通りに、ヴィッツの動きに合わせて立ち回っているだけ。


 しかし実際に受ける感覚はというと、全体が自分に合わせているかの様な一体感を感じるのであった。


 攻めるべき時にクラークが前に出て、守るべき時にターレスが前に出る。

 それがまるで自分の両手の如く動く感覚は、二人の心に不思議な高揚感をもたらしていた。


 そんな中、エクセレトスが四人を試す様に剣舞の中から変則的な突きを放った。


 その技の起りに反応したヴィッツが、瞬時に左肩を前に出す。

 

 すると四人の描く陣形が、全く時差を感じさせずに少し右に回った。

 それはこれまでのぎこちない動きではなく、今までで最も一体感を伴うものとなった。


「おお!」


 エクセレトスの驚嘆の声と同時に、繰り出された突きがターレスによって打ち落とされた。


ーーそうか。そういう事か。


 エクセレトスは少しだけ距離を取った。

 そして傷つきながらも、何かを感得しようとしている四人の姿をジッと見つめた。


ーー四人の長所を備えた一人の強者を、陣という

  形にて表現…いや、出現させようとしている

  わけか。


 エクセレトスは好奇心の虜になっていた。


 そんなものをたとえ想像したとしても、机上の空論としかならないはず。

 しかし、目の前の四人は徐々に…だが確実に波長を合わせてきている。


 この戦術の要となるのは、中央の人物。

 その些細な動きさえも目視せずに、気配だけで察知できる三人を揃えるということが大前提となる。


 そしてクラークとカルマンの二人は、その大前提を難なくクリアできる達人だ。

 問題は残された一人だが…


 エクセレトスはターレスを凝視した。

 想定外の能力を発揮した戦士。

 それは三人の中で一人だけ格が一つ落ちると見えた人物。


 しかしそれは大きく的を外していたようだ。

 何故ならば、未だ四人の誰にもエクセレトスは致命傷を与えられていないのだ。


 その事実によって、盾の役割を担うターレスの能力が証明されたといえるだろう。


ーーこんな所で、才能に恵まれた防御型戦士と出

  会うとは…。


 世の中には当然の如く、戦いの才能がある者とない者が存在する。

 戦いの才のない者は他の分野に才があるという事であり、戦いの才がある者と比べて全てで劣っているということでは無い。


 そして戦いの才能に恵まれた者は幼い頃から段飛ばしで成長し、周囲を圧倒することが多い。


 更には周囲から頼りにされるという事も相まって、防御よりも攻撃の質が研ぎ澄まされていくことがほとんどである。


 エクセレトスが指導してきた多くの弟子達の中にも、剣士としての稀なる才能を有する者が何人かいた。


 そしてその者達のタイプを見ていくと、やはり攻撃型に部類されるものばかりに成長したのであった。


 攻撃は防御も兼ねるので、それは決して悪い事ではない。

 しかし世の中には才能ある者に幼い頃から苦渋を舐めさせられても、不退転の修練によって防御型として大器晩成する者がいる。


 才能有る者は早熟で、攻撃型としての大成を果たす。

 才能無き者は晩熟で、防御型の可能性を残す。


 これがエクセレトスが弟子育成で経験した、基本の流れであった。


 では才能ある者の近くに、それを超える才能を持つ者がいたとしたら?


 二十年に一人の才を持つ者が、五十年に一人の才を持つ者に毎日喧嘩を仕掛けて、ボコボコにされ続けたとしたら?


 その様な特殊な環境で育った場合にだけ、才能に恵まれた防御型は誕生する。


 このタイプは危険では無いのだが、とても厄介だ。

 本来攻撃に注ぎ込まれるはずの才能の作用が、まずは守りを固めねばと徹底して防御に注ぎ込まれて成長してきたのだから。


 ターレスは戦士として見ると、クラークに一段も二段も劣る。


 しかしその防御能力だけをみると、クラークよりも二段も三段も上のものを備えているという不思議な戦士であるわけだ。


 この手のタイプを討ち取るのに最も有効な手段。

 それは武器破壊である。しかし…


 エクセレトスはターレスが手に持つ、大きめのシミターを凝視した。

 それはエクセレトスの大太刀を何度も受けているが、刃こぼれ一つしていない。


「お主のそのシミター…。ドゥーロが混ぜ込まれているな?」


 それを聞いたターレスは「何の事だ?」という顔になるが、その問いに答えたのはクラークであった。


「さすがです…さすがだな、エクセレトス。その通りだ。こいつの使うシミターには、ドワーフ族が開発した特殊合金ドゥーロが三割混ぜ込まれている。」


 三割。

 その言葉を聞いた周囲からどよめきが起きた。


 通常、武器の強化として混ぜるドゥーロの割合は一割である。

 そして人間族が武器として扱える限界値は二割とされている。


 それを三割…。

 それは魔族や魔物であっても扱うのに苦労する代物である。


 そしてそれを通常の武器の如く扱うターレスはクラークの影に隠されがちだが、明らかに怪物級の戦士であった。


「お…お前!このシミター、やたら重くて腕が疲れると思ってたら…。何でそんなのよこしやがったんだ!」


 ターレスがシミターを構えたまま、クラークに突っかかった。


「お前、ブルーマウンテンで武器が破壊されて死にかかっただろ?あの時だってシミターが砕けなかったら、まだまだやれたはずだ。だから今回はとにかく頑丈な武器をと思って、それをやったんだよ。あ…それは特注だが別に大切に使わなくていいぞ。余程のことがない限り傷一つ付かないからな。」


ーーそう…それが問題なのだ。


 エクセレトスは目を細めた。

 武器破壊が狙えないとなると、盾の役割に徹するターレスを封じるのは少し手間がかかりそうだ。


 だが攻撃の才に秀でたクラークとカルマンが攻撃に徹しても、それでもエクセレトスを倒すにはまだ火力不足。


 エクセレトスは中央で陣形のコントロールに集中するヴィッツを見た。


ーーシミターの戦士はターレスといったか。

  この小僧は一緒に来たのだったな。

  という事は…


 ヴィッツと呼ばれた少年は、ターレスに盾となる事をイメージしろと言った。

 それは偶然、適材適所が当てはまったのか。

 それとも全てを理解してこの配置を指示したのか…。


ーー新しい時代を担う才能と出会うのは、実に心

  躍るものよ。

  しかし此奴は少々格が違うものを持っている

  な…。

  

  同じ年頃のワシと比べても、此奴は随分と先

  に進んでいる様にも思える。

  もしも…そう、あと五年もすれば…


『マダ…ゴネん早い…』

 先ほどディープが口にした言葉。

 それが突然、エクセレトスの思考に割って入った。


 エクセレトスはそこに込められた意味を、ここに来て悟った。

 そして込み上げてくる喜びを抑えられず、少しだけ表情を綻ばせたのである。


「そう…そうだな。まだ五年早い。少年よ、時期早尚であったな。」


 そう口にすると、エクセレトスは横薙ぎの構えを大きくとった。


 エクセレトスは満足していた。

 命を引き換えにしたシュバルツの絶技を受け、伝説とされた殲滅者ターミネーターとも手合わせができた。

 その上、次の時代を牽引する突き抜けた才との邂逅も果たした。


 欲を言えばもっとこの状況に浸っていたいが、さすがに時間をかけ過ぎたようだ。


「いつまでも何を遊んでいるのだ!さっさとレオハルトの首を取れ、エクセレトス!」


 ワナワナと扇子を震わせるオブスクーロの声が響いた。

 横にいるルヴィドはグリスを警戒し、大剣を構えたままであった。


「もう少し時間をかければ、その陣を用いた特殊な試みも実を結ぶのであろうが…。依頼主がああ言っているのでな。悪いが終わりにさせてもらうぞ!」


 言い終えるのと同時にエクセレトスの姿がブレた。


ーーおぼろだ!


 間髪入れずにヴィッツの左肩が前に出た。

 それとほぼ同時に前に出たターレスが、幻影から飛び出てきた横薙ぎを見事に受け流した。


 しかしその瞬間、ターレスの全身を妙な違和感が覆った。


ーー大太刀は何処に行った?


 ターレスは左から来た横薙ぎを、右上へ逸らす形で受け流した。

 その手応えは確かにあった。


 だからこそ今、この瞬間…大太刀はそこにあるはずである。

 そして当然エクセレトスの体勢も、それに従ったものになっているはず。


 そう考えて視線をエクセレトスの手元に向けた瞬間、右にいたクラークがターレスの方へと吹き飛ばされて来た。


「なっ!」


 躱す間もなくターレスはクラークの体に弾かれ、共に吹き飛ばされた。


 大太刀はハルバートにて何とか受ける事ができた様であった。

 しかしその直後に浮かされた体は体勢を崩し、吹き飛ばされるのと同時にクラークの横腹を抉っていた。


 ヴィッツは槍を超低空に構える形で固まっていた。

 ギリギリのタイミングで躱せはしたが、正直危なかった。

 その為か、額には冷や汗が吹き出している。


 妙な気配を察知したカルマンは念の為、バックステップにて距離を取った。

 その最中、エクセレトスの動きを全て視界に収めたカルマンは驚愕していた。


「ま、まさか…。何故…。何故、剣士のお前が双月の呼吸を…。」


 その言葉を聞いたヴィッツが、思わず心情を漏らす。


「やはりそうでしたか。ホントに…化け物ですね、この人は。」


 ターレスが大太刀を受け流した瞬間、エクセレトスは双月の呼吸にて動きをキャンセルした。

 そして逆からクラークを薙ぎ払ったのである。


 至近距離で対峙していたターレスとクラークには、何が起きたのか分からなかっただろう。


 そして体捌きを極めたエクセレトスが扱う双月は、一介の影法師が使うものとは威力も速さも別物であった。


 クラークの傷は致命傷では無い。

 しかしそのまま戦闘を続行できる程、浅くも無い。

 それはこの時点でヴィッツの試みが失敗に終わった事を意味していた。


ーーあとせめて三合…

  いや、二合打ち合えていれば…


 ヴィッツは歯がみした。


 全員が形を感じ始めていた。

 この四人で完全に形を成すことができれば、相手が若返った剣聖であっても互角以上に戦えた筈であった。


 失敗の原因は明白。

 それはターレスに対する過小評価。


 研ぎ澄まされた闘気を纏うクラークとカルマンと比べて、どこかムラのある闘気を纏うターレス。

 そこからターレスの反応と対応は、二人よりも多少遅れるものであるとヴィッツは思っていた。


 しかし実際に蓋を開けてみると、一番鋭くヴィッツの動きに反応したのはターレスであった。

 指示通りの役割に徹し、ヴィッツに一番命を預けていたのもターレスだった。


 それは能力の問題では無い。

 三人の中で唯一ヴィッツを知り、共にした時間が生み出した心の力。


 それこそが信頼。

 それこそが成せる動きであった。


 『ヴィッツ。この戦術が力を発揮するのに最も重要なのは、能力じゃない。それが何かは…分かってるって顔だね。』


 かつて聞いた師の言葉が、ヴィッツの耳を打つ。


 …そう。分かっていたはずだったのだ。

 しかも即席での試みなら尚更の事。


 幼馴染みの三人を表面的な能力で見るのではなく、四人全員の心の繋がりを優先して観るべきだったのだ。


 そしてターレスはヴィッツが思っていた以上に、その命をヴィッツに預けていた。

 己の全てを任せていた。


 ヴィッツはたまらず六節槍を両手で握り締めた。

 許せない…。

 未熟な己が…。


 心の奥から湧き上がる怒りが、ヴィッツの胸中で煮えたぎっていた。


 その時、重傷を負ったクラークをその場に残し、ターレスがヴィッツの前に出て再び構えた。


「まだだ!まだやれるぜ、ヴィッツ。なぁに、心配するな。クラークの奴は見た目通りの化け物だからな。少し休ませれば、すぐに戻ってくるさ。」


 それを見たエクセレトスの目が優しく細められた。

 そこにあるのは死を覚悟しても尚、立ち向かおうとする戦士への敬意。


 陣が崩れた以上、盾の役割として攻撃を受ける事はできない。

 一人の戦士として、エクセレトスの攻撃を受けなければならないのだ。


 それは即ち、ターレスの確実なる死を意味していた。


 エクセレトスの大太刀が大上段に構えられる。

 そこから放たれるであろう技を全ての者が理解し、ターレスに向けられたエクセレトスの敬意を感じ取った。


ーー駄目だ!ターレスさんを死なせるわけにはい

  かない!


 ヴィッツの脳裏を、ターレスの息子であるカールの顔が過った。


 子供には親がいなければならない。

 自分の様な存在が増えてしまう出来事が、また目の前で起きようとしている。


 そんな事は容認できない。

 何としても…己の全てを捨ててでも、それは阻止しなければならない。


ーーもう『あれ』を使うしか…。

  ボスと師匠にはキツく言われてましたが仕方

  ないでしょう…。


 ヴィッツの目に一瞬で覚悟が宿る。

 それと同時に身をかがめて後方に重心を移し、槍を超低空にて構えた。


 それはエクセレトスの横薙ぎを躱した時にとった構え。

 いや、それよりも若干重心が浮いている構えであった。


 エクセレトスの片眉が少しだけ上がった。

 ターレスの背後から突然、噴き出すかの様に放出された闘気。


 無数の針で全身を刺される様な質の闘気には心当たりがあり、顔の表面はチリチリと焼かれる様な感覚を受けていた。


 エクセレトスは知っていた。

 その闘気が何を意味するのかを。


ーーその若さで…、未来を代償とするか!


 才ある者が成熟の時を待たずして、その命を脅かされた時。

 己の未来を代償として、未修得であるはずの技を無理矢理に繰り出す事がある。


 体に重度の負荷をかける事になる試みの代償は、筆舌にし難い。


 しかし大き過ぎる代償と引き換えに未来に修得するはずの技を、今という一瞬にだけ手元に引き寄せる事に成功する事がある。


 その様な時は決まって、同じ質の闘気を放つ。

 それは今、ヴィッツの全身から放出されている闘気と同じ性質のものであった。


 ヴィッツは今、己の才を全て殴り捨ててでも、未完成であるはずの技を完成形として繰り出そうとしている。


 そしてヴィッツの持つ稀有なる才能。

 それはもしかしたらエクセレトスさえも凌駕するものかもしれない。


 その才能の全てを代償として繰り出される技。

 それは一体どれだけの絶技であることか。


ーーす…素晴らしい!

  この世は何と素晴らしいのだ!

  何と素晴らしい出会いが溢れていることか!


 エクセレトスは今、悦の極みに至っていた。

 もはや冥府魔道を歩む事に、微塵の後悔も残されてはいない。


 若返ってでも、生きてて良かった。

 その喜びに身を浸していた。


ーーおいおい、何だこりゃあ…。


 ターレスは背後から突如、己を貫く様に発せられた闘気に驚いていた。


 後ろにいるのはヴィッツだ。

 それは間違いない。


 しかしそこから発せられている闘気と気配。

 それはクラークさえも軽く凌駕する強者を連想させた。


 命そのものを燃やして捻出している。

 そんな印象を受ける鬼気迫った闘気。


 背中でそれを感じたターレスは「子供に何て事をさせているんだ!」と、腹の底から噴き出る怒りに身を震を震わせた。


 あまりにも大人びているので結びつかなかったが、よくよく考えてみるとヴィッツの歳は息子のカールとほとんど変わらない。


 会話の中で今年十三歳になると言っていたので、それに間違いはない。


 ホビット族と人間族による成長の違いはあるだろう。

 しかしこの世に生まれ出てから経過した時間に、差はほとんど無いのだ。


ーー目の前のコイツは、カールを斬ろうとしてい

  るのと同じじゃないか!


 ターレスの中の煮えたぎる怒りが、そのまま闘気へと転換される。


 怒りが戦士を次のステージへと押し上げる事は珍しくない。

 それが今正しくターレスの身に起こり、その眼光はエクセレトスへと突き刺さっていた。


 カルマンは影法師らしからぬ体勢で、強弓を引いていた。

 そこに影の者としての形は微塵も無い。


 それは弓兵…いや…狩人の如く、一撃で獲物を仕留める為の体勢で弓を構えている。


 己の持つ最大火力。

 全身全霊。

 それを一つの矢に注ぎ込む。


 防御や回避など、最早どうでもいい。

 この少年の命は奪わせない。


 そんな決意を周囲に伝えるかの様に、強弓は限界を超えてその身を逸らせていた。


ーー二人の強者が更なる覚醒を果たしたか…。

  他者を覚醒へと導く資質もまた、稀有なる才

  能よ。

  実に惜しい!

  惜しいが…相手が悪かったと思って諦めるの

  だな。


 大上段に構えられた大太刀に、再び何かが重なった。


 その技の起こりに反応したヴィッツは、身を屈めた己の後ろ足に全神経を集中させた。


ーーすみません、ボス。

  戒めを破ります。

  でも悪いのは、暴走してしまったダークエル

  フですからね…。


 大太刀が雷の形にて走り出した。

 それと同時にヴィッツの後ろ足が、大理石の床に亀裂を生んだ。


 ターレスはシミターを振り上げながら叫んだ。

「絶対に、ヴィッツはやらせねぇええ!!!」


 次の瞬間。

 訪れたのは予想外の静寂であった。


 いや…正確にはターレスのシミターが見事に上へと空振りし、静寂を斬り裂く音だけが周囲に届いた。


 走り始めたはずの雷は初動だけを残し、その場で完全に動きを止めていた。


 ヴィッツの腰は浮きかかっていたが、何とか前足にて動きを止める事に成功した様だ。


「ぇえええ〜〜??」


 勢い余ったターレスは体勢を崩し、あえなく尻餅をつく音が響いた。


 何が起きたのか分からず、周囲の者達が僅かにどよめく。

 お互いにチラチラと目を合わせるが、理解している様子の者は一人もいない。


 そして再び周囲の者達が視線を戻すと、エクセレトスとヴィッツは同じ方向を見ていた。


 そこは大広間の入り口付近で待機している、墨色暗殺者達の更に向こう側。

 撤退を考慮しての事であろうか、大きく開けられたままの南側大扉。


 そこには白のフルプレートを纏い、タワーシールドを左手に持った一人の戦士が立っていた。


 それを見たエクセレトスの目が、むき出すように開かれている。


 戦士は少し乱れた息を整えるかの様に、大きく息を吸った。

 そして細く息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。


「ヴィッツ。その技はまだ駄目だ。使っちゃいけない。それを使うのはまだ…そう、五年早い。」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る