第24話 皇城イターナルでの戦い10 絡み合う歯車
未明も半ばを過ぎた皇城イターナル。
三階にある中央大広間から西側階段を降りた二階の廊下。
そこをできるだけ足音を消しながら疾走する一つの影。
もしできることなら、すぐにでも一階にまで駆け降りたいといった様子。
しかしそれは叶わぬ願い。
その為の階段はまだ遠くにあるのだから。
皇城イターナルは容易に敵の侵入を許さない造りとなっている。
それは逆に言うと、容易に脱出することもできない造りになっているということ。
勿論、要人達がすぐに脱出できる為の経路は用意されているが、そこに向かう為には三階中央大広間を東側から出なければならない。
もし本気で逃げる気なら、何がなんでも東側大扉から飛び出すべきであった。
いや…もちろん逃げる気は本気であったのだ。
しかし、あまりもの恐怖に気が動転してしまい、一番近くにあった西側大扉から飛び出してしまった。
「何で?…何で何で何で…、あいつがここに?!」
メンティーラの呟きが、誰もいない廊下で小さく木霊する。
「くそ!何であそこでグリスが狸を狙う?…いや、そもそも…何でシュバルツの洗脳が解けちまってるんだ!」
メンティーラが狸と言って指すのはオブスクーロの事。
普段は媚び諂い常に頭を下げているが、裏ではいつも狸親父と言って見下していた。
「白秘薬は重ねがけする事によって、効果が永続するんじゃなかったのか?あのエセ研究者…次に会ったら殺してやる!」
しかしその研究者は暴走したトロールに殺されてしまい、もうこの世にはいない。
その事はメンティーラも知っているはずであるが、何かに殺意を向けなければ心が折れてしまいそうになるほど、背後から迫る恐怖に怯えていた。
メンティーラは知っている。
今、自分を追跡している男とまともに戦ってはならない事を。
メンティーラは知っている。
ディープと呼ばれたダークエルフが、幻の秘技『新月』の修得者である事を。
「ブフー…っゴッ、ゴホッ!…ブフー!フー!」
時には男達の目を釘付けにする絶世の美女となり、それを完璧に演じきる変装の達人。
そんなイメージをカケラも見せない息遣いで、メンティーラは走り続けた。
しかし、スタミナの配分など考えている場合では無い。
今は一刻も早く、周囲に誰もいないというこの最悪の状況から抜け出さなければならないのだから。
脚を縺れさせながら廊下の角を曲がるメンティーラ。
少しでも速く曲がれる様にと内側の壁に手をかけるが、足が滑ってしまい転倒する。
慌てて体を起こそうとするが、意思と体の波長が噛み合わずに再び転倒した。
…コトッ…
その時、背後にある廊下奥の暗闇から小さな物音が聞こえた。
ビクリと震えた後、メンティーラは恐る恐る音がした方を見た。
…誰もいない。
…いや、いないとは言い切れない。
もしディープが新月に入っていれば、視界で捉えたとしても認識する事はできないのだから。
「ヒ…ヒィッ!」
見えない追跡者から発せられる恐怖。
その冷気が心に浸透するのを避けるかの様に、メンティーラは走り出した。
皇城二階の西側には、昼夜を問わずに常にメイド達が控えている部屋があったはず。
そこまで行ければ、時間を稼ぐ事ができる…。
メンティーラはそう考えていた。
たとえ新月の修得者であったとしても、変装を見破る技術まで卓越しているわけではない。
それは全くの別ジャンル。
実際、大広間に入ってきたディープはメンティーラの存在に気づけていなかった。
そしてグリスが予想外の動きをしなければ、最後まで正体がバレる事はなかったであろう。
縺れる脚は、まるで暴れ馬の様に制御が利かなかった。
それでもメンティーラは必死に前へと進む。
暫く進むと、廊下の奥から歩いて来る一つの気配を察知した。
息を潜めてその正体を注意深く視認すると、それは一人のメイドであった。
右手にはカンテラを持っているが、その中の灯りは消えている。
それはこれから定時連絡の為の合図を送りに行くのではなく、送った後の帰りである事を物語っていた。
行き先はおそらくメイドから見て二つ目の扉。
閉まりが悪いのか少しだけ開いており、中の明かりが漏れ出ている。
部屋の中から微かに聞こえてくるのは数人の話し声。
暗部頭のカルマンの顔を見た事があるとか無いとか、メンティーラにとってはどうでもいい内容が聞こえてきた。
ーーこれだ!
メンティーラは歪んだ笑みを浮かべ、その目を妖しく光らせた。
カンテラを持ったメイドが一つ目の扉の前に差しかかる。
その瞬間、メンティーラは背後へと回り込んで口を塞いだ。
そして器用に足だけで扉を開けると、身動きを封じたメイドと一緒に体ごと飛び込んだ。
……………。
深呼吸五つ程の時間が過ぎただろうか。
カンテラを持ったメイドが、何事も無かったかのように扉から出てきた。
丁寧に扉を閉めた後、隣の部屋の前に立つと上品に背筋を伸ばしてノックする。
「カンテラを回して、戻ってまいりました。」
すると部屋の中から「お疲れ様です」という声が聞こえた。
メイドは堂々と中に入って振り返る。
そして一瞬だけ廊下の奥に注意を向けると、閉まりの悪い扉をしっかりと閉めた。
薄暗い廊下には、窓から月明かりが差し込んでいる。
閉まりが悪くなっていても、そこは皇城の一室。
扉には高級な素材が使われ、そして十分な厚みが備わっている。
廊下にメイド達の話し声は聞こえてこない。
聴力に優れた動物や魔獣であれば違うのであろうが、少なくとも人間の聴力では静寂を感じることしかできない。
月明かりに照らされ、宙に舞う少量の埃がその姿を見え隠れさせている。
そこに突如飛び込んできたのは、一つの影。
姿は無い…というよりも認識できない。
少しだけ廊下の軋む音が鳴った。
閉まりの悪い扉といい、皇城の老朽化が少し進んでいるのかもしれない。
透明の影は鼻から少し強めに、数度空気を吸い込んだ。
混ざり物の多い匂いが鼻の奥を突く。
それは何かを隠そうとしている上塗りの匂い。
視線の先には二つの扉。
匂いは微かに手前の扉へと流れているようだ。
ノブがゆっくりと回る。
傍目から見ると、それは中からノブが回されているようにしか見えない。
閉まりの悪い扉は、ラッチ錠が少し動いただけで廊下側に開いた。
部屋の灯りが廊下に漏れ出て、窓から射し込む月明かりに合流する。
中にいたのは、十人のメイド。
皇城西側で不寝番を務める者達であった。
◆◆◆
西側の大扉は片方だけが開いている。
そこから大広間に入ってすぐの所には多くの首が転がっており、その体であったであろうと思われるものは三つにも四つにも斬り裂かれていた。
大扉の横では一人の暗殺者が傭兵姿で座り込み、頭を抱えて震えていた。
「な…何だったのだ、あれは?」
オブスクーロが手に持つ扇子と一緒に声を震わせた。
その前に立つルヴィドは固まっていた。
それはまるで魔獣に睨まれた草食動物の様に。
ディープの実力を知るターレスは、更なる高みを見せられて驚愕していた。
しかしその力の恐ろしさを知るヴィッツは、この事態を早くバッシュに伝えなければならないと思っていた。
「正に至高の暗殺者よ。あれはおそらく、
エクセレトスの賞賛と笑い声が大広間に響く。
「ワシは今まで影の者達を好きにはなれなかった。しかし先程の素晴らしきシュバルツの技。そして幻の存在とされた
そこまで語ると、エクセレトスは半開きの大扉を暫く見つめた。
そして振り返り、カルマンや未だ地に伏しているクラークを見渡して言った。
「…で?どうするのだ?ワシを封じることができたかもしれぬ
エクセレトスが再びレオハルトへと向きを変えた時、その間を堂々と横切るホビットの姿が目に入った。
ヴィッツはクラークへと近づき、鞄から華美な装飾の付いた黒い器を取り出した。
「これを半分だけ飲んで下さい。瀕死状態で使用すると能力は二倍になりませんが、万全の状態で戦える様になる筈です。」
聞いた事のない黒秘薬の使い方に、クラークは一瞬訝しげな表情をする。
しかし黒秘薬を差し出したホビットの後ろで、ターレスがゆっくりと首を縦に振るのが目に入った。
クラークは意を決して黒い器に口をつけた。
どの道、他に手段は無いのだ。
飲む以外の選択肢を選ぶべくもない。
ヴィッツは横目でエクセレトスを警戒していた。
しかしその心とは裏腹に、エクセレトスの邪魔は入らないという確信があった。
この人物は敵を倒す事よりも、強者と戦う事を優先させる種類の人物。
才に恵まれ、自分よりも強い者と戦う機会の少ない人物にこの傾向は多い。
ならば最短で皇帝の命を奪う事よりも、ここから何ができるのかという興味の方が勝つはずだとヴィッツは読んだのであった。
エクセレトスは…ヴィッツの読み通り動かなかった。
ターレスは傾けられている黒秘薬を、下からそっと冗談で上に持ち上げてみたいという衝動と戦っていた。
黒秘薬を半分飲むと、クラークはすぐに立ち上がった。
体の動きを確かめて、本当に万全の状態になっている事に驚いている。
「ただ、この作用の反動で明日から一週間はまともに動けないと思いますが…まぁ頑張って下さい。」
ヴィッツが悪びれる事もなく澄まし顔で言うと、クラークの顔が「えっ?」という表情で固まった。
「それで?そこから何かが変わると思っているのか?」
エクセレトスの鋭利な殺気が、ヴィッツに向けられた。
しかしそれでもヴィッツの澄まし顔は変わらない。
それを見たエクセレトスは小声で「ほぉ?」と呟き、心の中で好奇心が燻るのを感じた。
「ターレスさんは私の左前に立って下さい。クラークさんは右前に。カルマンさんは私の背後から援護をお願いします。」
テキパキと述べられるヴィッツの指示に、戸惑いながらも三人が従う。
カルマンはどうして自分の名前が知られているのかが気になったが、自然に身体が指示通りに動いてしまった。
「これは私の師匠が考案した、絶対的強者を討ち取る為の戦術です。クラークさんは剣、ターレスさんは盾。カルマンさんは間合いを調整し、時には攻撃を繰り出す脚の動きをイメージして弓を引いて下さい。重要なのは中央にいる私の体の向きに陣形を合わせる事です。些細な動きでも陣の向きを私の体の向きに合わせる事を、厳守して動いて下さい。」
ヴィッツの説明を受けて、三人の頭に疑問符が浮かんだ。
それもそのはず…。
ヴィッツの口にした戦術は表現の仕方と重要とされた部分だけが特殊であって、大まかには何も特別なものに聞こえなかったからだ。
しかしクラークは要するにヴィッツを守りながらも攻撃に徹しろって事だなと理解し、カルマンはとにかく前衛の援護に努める事にした。
ヴィッツの事を唯一知るターレスは「任せとけ!」と頼もしく言ったが、指示の意味は全く理解していなかった。
指示通りの陣形となった四人が、エクセレトスと対峙する。
それは一見、珍しい陣形というわけではない。
ヴィッツが前衛二人と後衛一人に挟まれた、言わば基本的な陣形である。
しかし、何故かそこからエクセレトスは異質な雰囲気を感じ取った。
ーー何だ?この感じは…
体験した事のない心のざわつきに、エクセレトスは戸惑っていた。
「こんな時に何なんだが…、ヴィッツの師匠って有名な人なのか?」
エクセレトスの動きを警戒しながらも、ふとした疑問をターレスが口にした。
するとそれに対して、驚くべき答えがヴィッツの口から発せられた。
「私の師匠の名は、エムロードと申します。」
驚きのあまり、エクセレトスから視線を外してヴィッツを見てしまう三人。
しかしそれは流石に隙を見せ過ぎであった。
少し癪に触ったのか、その隙を完全に突く形でエクセレトスが一瞬で間合いを詰めてきた。
「くっ!」
後方で援護の位置にいたカルマンが、その動きにいち早く気づいた。
しかし、もう遅い。
エクセレトスは余裕を持って身を回転させ、十分に遠心力の乗った横薙ぎがターレスの死角から迫った。
「はぁああ!!」
だがその時、ヴィッツの声と共に五つの閃光がターレスの頬を掠めて、エクセレトスへと襲いかかった。
「おお!お…おお?」
エクセレトスは一つ目を横薙ぎでそのまま追撃し、大太刀の角度を変えて二つ目の閃光を捌いた。
しかし三つ目がその後ろから現れた時には目を見開いて驚いたが、これも難無く受けきる。
だが四つ目と五つ目はさすがに予想外であったのであろう。
たまらず上半身を仰け反り、辛うじてこれを躱した。
退がりながら体勢を整えるエクセレトス。
右の頬には一筋の細い切り傷がついていた。
「い、今のは…エムロードが得意とした槍術の絶技『乱れ桜』?」
カルマンが驚きの声を発し、クラークは絶句していた。
自分達が兄と慕った人物の得意技を、ホビット族の少年が目の前で放ったのだ。無理もない。
しかしターレスは「そういえばあの技、エムロードも使っていたなぁ」と、今更思い出した様であった。
「聞き捨てならなぬ名前と一緒に斬り捨ててやろうと思ったが…。そうか、お主はあやつの弟子か。尋常ではないキレを見せる槍は、道理であるという事だな。」
ここでクラークとカルマンの頭に、二つの大きな疑問が浮かんだ。
一つ目はエクセレトスがエムロードを知っているかの様に話す事。
そして二つ目は、エムロードに弟子など決していなかったという事。
もしエムロードに弟子がいたとしたなら、それはクラークにカルマン、そしてターレスの三人しかそう名乗れる者はいない筈であった。
「聞きたい事があるのは分かりますが、今は目の前の敵に集中して下さい!考え事をしながら対処できる相手でない事は、お分かりでしょう?」
そうだ。
どうしても気になる事ではあるが…。
目の前に立つ最悪の敵を倒さなければ、答えを知っても全てが終わってしまうのだ。
クラークとカルマンの目に気が入った。
ターレスは「手の掛かる奴等だ」と、何故か上から目線で肩を竦めた。
「お手並み拝見といこうか!」
エクセレトスの体がフワリと宙を舞い、四人に迫る。
それは今までの視界から消える様な動きとは違い、まるで優雅に舞う踊り子の如き動きであった。
ーーあれはヤバい!
四人は急に、己の体の奥が騒めいたのを感じた。
動きが緩和されたのであるから、一見すると警戒を緩めても良さそうに思える。
しかし今のエクセレトスの動きは明らかに剣舞。
しかもただ事ではない優雅さと美しさを、その動きに纏わせている。
美しさとは何も人の心を魅了させるだけのものではない。
動きが美に到達するという事は、無駄が完全に削ぎ落とされているという事。
もしくは清濁全てを飲み込んで、見事に調和されているという事。
カルマンの命を奪いかけた『
しかしその残像に隠れて、極められた
時折エクセレトスが見せる姿がブレた後の突撃も、『
しかしそれ等はあくまでも合わせ技。
エクセレトスの剣舞はその次元にない。
舞うという一見無駄な虚の動きを土台として、剛剣がそこを踊り狂うのである。
それは最早合わせ技と表現できるものではなく、完全に調和された一つの美。
それが今、無数の斬撃の形をとって四人の命へと迫るのであった。
◆◆◆
「お…、おーい。…おーい。」
城の東側。近衛兵の食堂にある勝手口。
そこからボルグが悪人顔を外に出して、小声で周囲に呼びかけている。
勝手口のある場所はすぐに見つかった。
しかし何故か恐ろしく強固で重量のある壁が、五つ重なる形でそこを塞いでいた。
破壊は不可能。
動かそうにもビクともしない。
ボルグは仕方なくそこを一度諦めた。
そして皇城の中を探索したのだが、一階東側にいる兵士は皆殺されていた。
時間が過ぎていくだけで何も進展しない。
そんな状況に焦ったが、一度厨房に戻ると奥の食器棚に隠される様に突き刺さっていたクランクを発見する。
そこからは全員が交代で行う大作業となった。
ここでもまた時間が経過したが、何とか五つ全ての壁を上げることにボルグ達は成功した。
内側から開けるのにもこんなに手間がかかるのだ。
外からこの仕掛けを破る事は絶対に不可能。
その場にいた者は全員、そう思ったと言う。
勝手口から外に顔を出すと、城外を照らしているはずの灯りが全て消されていた。
今、この辺りにある灯りは食堂内から漏れ出るもののみである。
その光は小声で周囲に呼びかけているボルグの後頭部から、前に出る形で外に飛び出していた。
それによって丁度ボルグの顔だけが見えにくい状態になっており、その事に本人は気づいていない。
「おーい、誰かいないのか?…おーい。…おーい。…っ、オーーーイ!!城の兵は居ないのかぁああ!?」
不審者に間違われて、いきなり攻撃されてしまうかもしれないとビビっていたボルグ。
そんな自分に嫌気がさしたのだろう。
突如、逆切れしたかの様に大声を出した。
すると押し寄せるかの様に、幾つもの鎧と人の動く音が勝手口へと近づいて来た。
そこにある顔は皆険しい。
それは明らかに不審者を警戒している顔であり、手に持つ槍は前に突き出せる形をとっている。
「お…落ち着いて聞いてくれ!怪しいかもしれないが怪しい者じゃない!」
しどろもどろになり、訳の分からない説明を口にするボルグ。
「お…、俺はボルグだ!ブルーマウンテンで冒険者をやっている。とにかくはまず話を聞いてくれ!」
何故、ブルーマウンテンの冒険者がここに?
何故、この緊急事態に皇城の中にいる?
そんな顔をした近衛騎士達が、槍を構えながらボルグに近づいた。
そこで注意深く不審者を見てみると、その顔は中年で彫りは深く、手入れなど一切されていない傷だらけの髭面。
しかも背後から漏れ出る光のせいで陰影のバランスが偏っており、影から覗いている目は明らかに人殺しのもの。
そして口は獣が獲物を見つけた時の様に、不気味に少しだけ開いていた。
そこにあったのは、どう見ても誰が見ても極悪人の顔。
そしてそれこそが間違いなくボルグの顔であるのだが…
「嘘をつけ!不審者!よもやその顔で騎士を騙せると思ったのか!」
無念…ボルグ。
お前は何一つ悪い事をしていない。
間違った事などしていない。
間違っていたとすれば…新月を修得していたとしても何も不思議ではない、その凶悪な顔だけであった。
近衛騎士達の槍がボルグへと迫る。
「くっ、くそっ!やはり駄目なのかよ!」
ボルグが慌てて背中のバトルアックスに手をかけた。
槍を躱しながら引き抜いて構えると、それを見た一人の近衛騎士が声を出した。
「ま…まて!バトルアックスに犯罪者然とした顔だと?……お前、まさかブルーマウンテンの冒険者ボルグか?」
「だから初めからそう言ってるだろうが!俺はブルーマウンテンでクラス・プラチナの冒険者をやっているボルグだ!」
ボルグが大声で再び名乗ると、それを知る数名の近衛騎士達が近寄って来た。
そして少し距離を置いたところから、恐る恐るその顔を確認したところ…
「ボ…ボルグじゃないか!お前何やってるんだ?ここにいるだけで大罪になるんだぞ。ただでさえ顔は凶悪犯なのに、本当に牢に入りたいのか?」
「おおっ!本当にボルグだ!相変わらず恐え顔してるな。」
「え?あれが話に聞くボルグか?…どう見てもテロリストか殺人犯にしか見えないぞ。」
近衛騎士達からの随分な言われように、拳をワナワナと震わせるボルグ。
しかし、今は耐えねばならない。
こんな夜分にここにいるだけで大罪となるという部分だけは、否定しようの無い事実なのだから。
まずは状況を説明して地下通路を直接見せ、自分達の潔白を証明しなければならない。
「俺達はブルーマウンテンの街から地下通路を通って…」
ボルグが事の経緯を口にするのと同時に、数え切れない数の松明と兵が正門の方から現れて皇城の堀を囲んだ。
その圧倒的な兵の数にボルグ達は息を飲む。
緊急事態に招集した兵であることは分かる。
そこにある空気が張り詰めているのは当たり前のこと。
しかし、何故であろうか…。
ボルグには自分達を包んだ雰囲気が、それとは全く異質なものである気がしていた。
駆けつけた兵士達からボルグ達に向けられているのは、あからさまな敵意であった。
しかしそれはボルグ達にだけではなく、堀の内側にいる近衛騎士達にも向けられている様に感じられたのである。
視界を埋め尽くすかの様に、兵達が皇城を囲んでいる。
それは命を狙われた皇帝の下に急ぎ駆けつけたというよりも、誰一人としてここから外には出さない包囲網の様であった。
この動きは不審者を取り逃がさない為のもの。
そう考えるのが順当であろうが、この夜分に緊急召集された兵にしては慌てた様子が全く見られない。
全員が配置についたのであろう。
兵の動く音が止んだ。
不自然な静寂が周囲を包む。
ボルグと話していた近衛騎士が、ゴクリと唾を飲み込んだ。
それは一体、何を物語っているのか。
月明かりの無い闇の中、等間隔で並ぶ松明の火が不気味に揺れていた。
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