第20話 皇城イターナルでの戦い6 開かれた開かずの扉

 床には一撃で意識を刈り取られた騎士団団長。

 その一部始終を目の当たりにしても、微動だにできない暗部頭。


 頭の中で組み立てた辻褄と、目の前で起きた現実が符号した。

 しかしレオハルトの思考はそれを拒否するかの様に動きを止めていた。


 荒くれ者達は騒がない。

 目の前で起きた惨状に強者としての本能が、今は動くなと叫んでいるのかもしれない。


 そんな中、オブスクーロだけが手を震わせて「素晴らしい」と感動を口から溢していた。


 大広間を中央から奥へ少し進んだあたり。

 そこでは齢六十を過ぎて老衰により他界したとされていた剣聖エクセレトスが、どの角度から見ても二十代であると思われる容姿となり自然体にて佇んでいた。


「また…黄秘薬か。」


 レオハルトの呟きに騎士達が騒然となるが、カルマンには大体の予想がついていたのであろう。

 表情を変えることは無かった。


 オブスクーロは扇子でゆっくりと顔を仰ぎながら「ホッホッホ」と笑っているが、否定も肯定もしない。

 その様子を見てレオハルトの思考が力を取り戻し、一気に核心へと手を伸ばした。


「なるほど。全体の流れが大体見えてきた。剣術のみならず道徳と礼節を重んじる人格から、万人に慕われた剣聖エクセレトス。そのような人物であってさえも、己の寿命が尽きる時に聞こえてきた悪魔の囁きには勝てなかったという事か。」


 レオハルトからの言葉を受けて、エクセレトスの歩みがピタリと止まった。


 図星を突かれた時。

 それは違うと自分に言い聞かせている者ほど、その指摘には憤怒をもって応えるものである。


 その危惧が心の何処かにあったのであろう。

 オブスクーロの扇子の動きもピタリと止まった。


 嵐の前の静けさだろうか?

 何も言わないエクセレトスの様子を見ながら近衛騎士達が唾を飲み込むと、自然体にて構えられていた大太刀が勢いよく右肩へと担がれた。


「それは全くの的外れというわけではない。しかし全ての的を得ているわけでもない。ただ、最後にどうしても叶えたい欲が出てしまったのだよ。ある男達と出会った事によってな…。」


 聞こえてきたのは予想とは違った冷静な声。

 欲が出たとは言っているが、そこにあるのは欲に溺れた者の目では無かった。

 恥を忍び何かを後悔しているかの様にも思える目であった。


「ある男達と出会って欲が出ただと?それは一体どういう…」

「話は終わりだ!」


 問いかけたレオハルトの言葉を遮って、エクセレトスの眼光から殺気が放たれた。


「無駄話をする為に…一々事情を説明する為に、この姿になったのでは無い。俺には俺の目的がある。察しの通り黄秘薬を受け取った代わりに、皇帝陛下の命を頂く。それだけのことだ!」


 言い終わるのと同時に、エクセレトスの体全体の輪郭が揺れた。

 全身が粟立つのを感じたカルマンは、レオハルトの体を横から抱えて一気に飛び退いた。


 その直後、体をくの字に曲げたレオハルトの目に映ったのは、自分の立っていた位置を大きく通過する大太刀の剣閃。

 そして身を呈してレオハルトを守ろうと構えていた、近衛騎士達の体が裂かれる瞬間であった。


 レオハルトとカルマンが飛び退いた勢いのまま床を転がる。

 慌てて顔を上げると、元いた場所には五人の近衛騎士達の体が血塗れになって転がっていた。


「なんという事を…。これが歴代最高の剣聖と称えられた者の末路だと言うのか!」


 地に伏しながらもレオハルトは怒りと悲しみに身を震わせた。


「批判や罵りであれば、あの世で聞こう。もうここまで足を踏み入れた以上、退く訳にはいかぬ!」


 問答無用。

 そう語るかの様に、大太刀がここに来て初めて大上段に構えられた。


 そこから発せられるのは圧倒的存在感。

 全ての者の目を釘付けにし、野生動物であれば脱兎の如く逃げ出すであろう絶対的強者が剥き出した牙。


 それが今まさに、レオハルトの命へと飛びかかろうとしていた。


「シュバルツ様、今です!」


 大広間の中央付近でレオハルト達の脱出経路を塞いでいたグリスが、シュバルツにだけ聞こえるように囁いた。


 今、この瞬間。

 全ての者の視線はエクセレトスに向けられている。


 そして何より最も警戒するべきであるエクセレトスの意識は、標的であるレオハルトへと完全に向けられている。


 この瞬間だけは如何に剣聖と雖も、大広間全体の動きを察知する事はできないだろう。


 オブスクーロの命を取るなら今だ。

 今しかない。


 それはシュバルツの人生を狂わせた張本人。

 二十年来の恨みを晴らすべき本当の相手。


 三年前の騒動で顔面を強打したことにより、奇跡的にも思い出したのは驚愕の事実。

 

 …しかし、このままではレオハルトが。

 いや、今更何を言っている。

 ここで恨みを晴らさねば本当に道化となって、そのまま死んでいくこととなるぞ。


 そんな葛藤がシュバルツの見開かれた瞳の奥で、激しく鍔迫り合いを起こしていた。


 悩んでいる暇などない。

 次の瞬間にでもレオハルトは剣聖の大太刀にて一刀両断され、その人生に終止符を打たれてしまうのだから。


 それは計画通りの運びであったはずだ。

 現時点は順調に事が運んだ結果であるのだ。


 そしてこの瞬間を狙わなければオブスクーロの命を取ることが不可能な事も、シュバルツは十分に理解している。


 もし今オブスクーロを討たなかったら、シュバルツの手には何も残らない。

 満を持してレオハルトの暗殺に向かったが、逆に足を引っ張り失態を演じただけという事になる。

 それは正に道化の姿だ。


 グリスは歯噛みした。

 ここで自分が動ければ、シュバルツが迷う必要など無かったのだから。


 しかし未だにカルマンの渾身矢を凌いだ代償としての、両腕の痺れが抜けていない。


 二十年もの長き間、苦渋を舐めさせられた怨敵を討てるこの瞬間。

 そんな時に両腕の自由を奪われてしまって何もできないでいる自分。


 今すぐにでもそんな自分を呪い殺したくなり、歯茎からは血を滴り落とした。


 シュバルツの瞳には、エクセレトスの動きを凝視しているオブスクーロの姿が映っている。

 しかし脳内に浮かんでいるのは二十年以上前の出来事。


 ケントニス・ディ・ロードが爵位を含む全てを剥奪されて皇城を出て行く時、皇太子であったレオハルトがそれを呼び止めて応接間で話をした時の事であった。


 そこは一見普通の応接間であったが、防音対策が最高レベルで施されている部屋。

 他の者に聞かれたくない話や、機密事項などを口にする時などに使われる部屋であった。


 しかしシュバルツは前皇帝アヴァール・ディ・ラーズの命により、そこでの会話を盗み聞く事のできる空間を確保していたのである。


 シュバルツはケントニスが皇都を去る前に、その部下である特殊遊撃部隊隊長サルマンをラーズ帝国暗部隊へと引き抜こうとしていた。

 その話をまずはケントニスに通しておこうと思い、後を追いかけたのだが…。


 そこで目にしたのは、レオハルトに引き止められていたケントニスの姿。

 不審に…というよりも不思議に思ったシュバルツは、後をつけて応接間での会話を盗み聞いたのであった。


 そしてそこでの会話の中から、レオハルトの隠された本心を耳にする事になる。

 これに対してシュバルツの目からは自然に涙が溢れ出た。


 父に対して常に従順であり、何を見ても何を言われても一切の口答えをしなかった皇太子レオハルト。


 聡明である事は分かっていたが、いずれは残虐で貪欲な父親似の皇帝となるであろうと周囲に思われていた。

 いや聡明であるのだから、父親よりもより一層質の悪い皇帝が誕生するのではないかと皇都内で囁かれていたのであった。


 これに関してシュバルツは概ね同意であった。

 アヴァールは少し納税が遅れた事に対する腹いせとばかりに、ある村に常駐していた警備兵を全員撤収させた事があった。


 それから一週間後…その村の者達は全員殺されており、遺体には無数の切り傷や拷問の跡が残っていたと報告された。


 それを聞いたアヴァールは鼻で笑い、殺された住民達を汚く罵った。

 それをレオハルトは薄い笑みを浮かべながら聞いていたのである。


 その姿を見たシュバルツは次代への希望を持つべきではないと悟ったのであった。


 しかし応接間で交わされた会話の内容は、レオハルトに対する認識が大きく的を外していた事を伝えてきたのである。


 その内容とはレオハルト自身がアヴァールの悪政を何とか正したいと思っており、今はそれにただ従うだけの愚息を演じているという事。


 数年の内には行動を起こすから、事が成就した暁にはケントニスの様な人物にこそ自分の側にいて支えて欲しいのだという事。


 その為にもあまり遠くに行かずに、大きな動きがあったらすぐに皇都に戻って来られる街などに潜んでいて欲しいという事などであった。


 シュバルツは気配を殺しながらも、壁越しに涙した。

 ここにいたのだ。

 自分が命をかけて仕えるべき主人が…と。


 己に対する間違った情報が流れている事を察知できずに、紆余曲折あってシュバルツは暗部頭としてアヴァールに仕える事となった。


 だが玉座に座っていたのは風評通りの人物で、命を捧げるほどの器はアヴァールに無かった。


 しかし意に沿わない働きをすれば即刻クビを跳ねられる。

 それは前任までの暗部頭が辿った末路を知った事により、明らかとなった。


 ならば心を殺して立場の現状維持に専念するしかない。

 それしか生きる道が無いのだから。


 しかし希望がない訳では無い。

 やがては新たな皇帝の時代がやって来る。

 次代の皇帝にこそ、心からの忠義を尽くそう。


 そう願って止まなかったが、その希望は一度地に堕とされた。


 だがしかし…それは布石だったのだ。

 絶対的権力という名の暗雲を晴らす為に、必要な行動だったのである。


 己の目は節穴か!

 暗殺者とは相手の心理を読むのに長けている存在ではないか!

 何故、皇太子の真意に気づけなかった!


 シュバルツはありとあらゆる言葉で己を罵った。


 今、レオハルトに近づく訳にはいかない。

 自分がレオハルトの演技を見抜けなかったのと同じく、レオハルトも自分の演技を見抜くことはできていないであろうから。


 そして何よりも、皇帝から指示のない皇太子と暗部頭の接触は危険すぎる。

 しかしレオハルトが行動を起こすその時には、必ずや全てを打ち明けて助力させてもらおう。


 シュバルツはそう心に誓ったのである。


 そして応接間での会話の内容を、シュバルツはアヴァールに報告しなかった。

 もし報告していれば、この後に国外追放とされたのはアヴァールではなくレオハルトだったかもしれない。


 だが…、レオハルトが行動を起こす事となる前夜。

 シュバルツは宰相オブスクーロに呼び出された。


 アヴァールの許可が出ている事を確認したシュバルツは、渋々オブスクーロの部屋へ訪れた。

 しかし特別な要件がある訳ではなく、暗部頭としての経験や屈託の無い意見などを聞きたいのだと言う。


 部屋にいたのはオブスクーロとメイドが一人。

 初めて見る顔だったが、それはそれは美しい娘であった。

 しかしその表情は笑みを浮かべてはいるものの、どことなく影があり暗かった。


 オブスクーロは好色家としても有名であった。

 街で見かけた若い女をメイドという名目で何人も囲う貴族というのは、何も珍しい話ではない。


 メイドの側で当たり前の様にオブスクーロは微笑んでいた。

 それに対してシュバルツは心の中で舌打ちをし、勧められた席へと座った。


 するとメイドによってテーブルに一つの飲み物が置かれた。

 それと同時にオブスクーロが「まぁとりあえずこれを飲んでくつろいでくれ」と言う。


 シュバルツは一瞬躊躇った。

 しかしどう考えても飲まないという選択肢を選べない。


 これを飲まないという事は、宰相を信用していないと言っているのと同義である。

 もしくは自分にやましい事があると自白している様なものでもあるからだ。


 シュバルツは仕方なく机に置かれたグラスを取った。

 するとグラスの中に入っていた液体が一瞬で気化し、シュバルツの鼻と口から体の中へと入っていった。


ーー謀られた!


 シュバルツは机と椅子を倒しながら立ち上がったが既に意識が朦朧としており、体が言う事を聞かなかった。


 右へ左へと回り静止しない視界の中、シュバルツが見たのは下卑た笑みを浮かべるメイドの顔。

 メイドの顔そのものは見たことのない顔であったが、その笑みの作り方が記憶に引っかかった。


ーーあいつはまさか…!


 そこまで考えた時、シュバルツの思考は急激に力を失っていった。


 何が何だか分からなくなっていく中、シュバルツの瞳に映っていたのはメイドが隠し持っていた華美な装飾の付いた白い器。


 そしてオブスクーロが背後からもう一つの白い器を取り出して、それをメイドへと渡す様子であった。


「シュバルツ様!私が皇帝の盾となりますので『あれ』を貸して下さい。その隙にシュバルツ様はオブスクーロを!」


 グリスの切羽詰まった声が、シュバルツを記憶の世界から引き戻した。


 随分と細かく思い出していたが、現実は一瞬しか歩みを進めていなかったらしい。


 エクセレトスはまだ大上段に構えたまま動かない。

 最後にせめてもの礼儀をとでも言うのであろうか。

 レオハルトに覚悟を決める時間を少しだけ与えている様である。


「シュバルツ様!」


 しかしその終わりがいつ来るのかは分からない。

 繰り返されるグリスの小声がシュバルツの耳を打つ。


 しかしその時、シュバルツは微笑んだ。

 そこにあったのは全ての覚悟を決めた者の顔。


 そしてその微笑みは、まるで息子を慈しむ父親としての表情であった。


「シュ…シュバルツ様?」


 グリスは狼狽えるが、その表情からシュバルツが何をしようとしているのかが理解できた。


 お前にそんな物を飲ませられる訳がないだろう?

 そんなシュバルツの心の内が、声という形を成さずともありありと伝わってきたのである。


 するとシュバルツは道具袋から華美な装飾の付いた黒い器を取り出した。

 グリスは知っている。それが改良薬などではない事を。


 最早言葉での制止は意味をなさない。

 しかしまだ両腕は動かず、物理的に止める事もできない。


 シュバルツは器の蓋を一瞬で開けた。

 そして…間髪入れずに一気に飲み干した。


「ーーーーっ!!」


 グリスは声にならない悲鳴をあげた。

 それでも感情の波を周囲に流すわけにはいかない。

 心で大声を出しても、口の中で全てを噛み殺した絶叫であった。


 次の瞬間、エクセレトスの姿が陽炎の様に揺れた。

 レオハルトの目の前でダガーを構えているカルマンは、全く反応できていない。


 エクセレトスであれば、一太刀で二人を両断する事など容易いであろう。


 二人の目の前の床が窪む。

 それにカルマンが辛うじて反応するが、もう遅い。

 目の前に姿を現したエクセレトスの大太刀は既に走り始めている。


 その時、凄まじい衝撃と共にカルマンの体が横に突き飛ばされた。

 何が起きたのか分からずに混乱するカルマン。


 体が回転してしまった事によって一瞬エクセレトスの姿を見失った。

 それと同時に耳を突いた衝突音に「何故?」が、カルマンの頭の中を埋め尽くした。


 クラークが受け止めたのか?

 可能性があるとしたらそれしか考えられない。


 ならばそうなのであろうと理解するが、回転する視界の先に未だ倒れ伏しているクラークが映った。


ーーなんだと!


 己の目で確認しない事には拉致があかないと悟ったカルマンは、回転方向に体を捻り片膝をついて着地した。


 そのまま急いで視線を戻すと…視界に入って来たのは、更に理解し難い光景であった。


 突き飛ばされる直前までカルマンが立っていた場所。

 入れ替わる様にそこにいたのは、マチェットとダガーを交差させたシュバルツ。


 レオハルトを守るかの様に前に立ち、驍勇無双の振るった渾身の一太刀を見事に受け止めていた。


「はぁ?」


 最初に声を出したのはオブスクーロであった。

 お、お前…何やってるの?

 そんな感じで震える扇子をシュバルツに向けている。


「ほぉ!これを受け止めるとは…。貴様、何かに手を出したな?」


 エクセレトスは一瞬驚くが、その表情には賞賛と喜びが混ざっていた。


 その時、シュバルツの目が細く光った。

 それを直に受けたエクセレトスの背筋に、一瞬冷たいものが走る。


 大太刀を力で弾き返したシュバルツは、仰け反る形になったエクセレトスに向かいダガーを投擲した。


 それは恐ろしい速さでエクセレトスの目前へと迫った。

 しかし殺気そのものに反応できるエクセレトスは、軽々と大太刀で上へと弾く。


 大広間に響く衝突音。

 それがエクセレトスの耳に入った時には、目の前にあったシュバルツの姿が消えていた。

 同時に背中が騒つくのを感じたエクセレトス。


狼月ろうげつか!」


 凄まじい技のキレ。

 決して投げられたダガーに気を取られた訳ではない。


 しかし、視界から敵を姿ごと見失ってしまった。

 それは天賦の才に恵まれていたエクセレトスにとって、初めての経験であった。


 敵は背後にあり。

 そう判断したエクセレトスは、振り返る動きを利用して後方に袈裟斬りを放った。


 伝わって来たのは確かな手応え。

 しかしそれは人の体を斬ったものではなく、鉱物や金属を斬った時のものであった。


 真っ二つに斬られていたのは業物のマチェット。

 一目でそれと分かる刀身の輝きが、シュバルツの持っていたものと一致する。

 しかしシュバルツ本人の姿はそこにも無かった。


 前後左右にはいない。

 ならば上か下かの二択だ。


 だがここに来て、初めてエクセレトスは焦った。


 それも仕方がない。

 必殺まで手が届くかどうかという決定的瞬間において、シュバルツの気配を全く察知する事ができなかったのだから。


 それは理屈としてあり得ない事だった。

 どれだけ熟達した影法師が繊月に入り闇に潜んでいたとしても、それでもエクセレトスの研ぎ澄まされた察知を潜り抜ける事はできない。


 事実、シュバルツと共に行動してきた今この瞬間まで、グリスはおろかシュバルツの使った繊月さえもエクセレトスは全て見破っていた。


 上か下か?

 外したら確実に狩られる。

 剣聖と雖も、その肉体が鋼でできている訳ではないのだから。


 刹那の間において、エクセレトスは今一度気配を探った。

 歴戦の猛者達による隠し技や不意打ちに至るまで、その全てを看破してきた絶対的察知が今、シュバルツの姿を……捉えられない。


 全てを捨て去る決意に至ったシュバルツの覚悟。

 それはここにきて漸く渇望してやまなかった開かずの扉を、心の力でこじ開けた。


 上方へ弾かれて回転しながら宙を舞っていたダガーが、突如ピタリと静止した。

 狼月の動きを陽動として使ったシュバルツは、エクセレトスの頭上にいたのである。


 しかしその存在は剣聖にさえも察知されず、距離を置いて見ているルヴィドやカルマンという達人たちにさえも認識されていない。


 完全に止められた生命の波長は、たとえそれを視界に捉えていたとしても認識のピントを狂わせてしまう。

 光明無き月を視界に入れられたとしても、その存在は闇によって認識できない。


 その状態の月を、人は「新月」と呼ぶ。

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