第19話 皇城イターナルでの戦い5 驚愕の真実
「こんな夜分に私兵を引き連れてゾロゾロと…。真夜中の大広間にて、何の余興があるというのだ?オブスクーロ。」
整然とした態度でレオハルトが問いかけた。
しかし動揺を悟らせない様に努めているのだろう。
奥歯を少しだけ噛み締めている。
長年貴族達の頂点に君臨し続けてきたラーズ帝国宰相オブスクーロ。
彼はある意味において、皇帝であるレオハルトよりも力を持つ。
皇族と貴族との間にあるのは主従関係であり、そこに全く確執が無いとは言えない。
権力を傘にやりたい放題する皇族は必ず出てくるし、かといって真面目で誠実な皇族であっても貪欲な貴族にとっては邪魔になる時がある。
その橋渡しを二十年以上担ってきたオブスクーロ。
彼に恩義を感じていない皇族はいないと言っても過言では無いし、また本人もそうなる様に努めてきた。
貴族に至っては言うまでも無い。
もしオブスクーロが宰相の座を降りると口にしたら、ほとんどの貴族が辞めないでくれと懇願するであろう。
そう言われるだけ彼は皇族との間に入って貴族達を守り続けて来たのであり、彼がいるからこそ貴族間での大きな争いが起きずに済んでいたのだから。
そのオブスクーロが皇帝に刃を向ける。
それはあってはならない事だ。
間違いなく国が二つに割れてしまう歴史的大事件である。
では何故、オブスクーロが行動を起こしてしまったのか。
レオハルトはその理由に察しがついている様であった。
「陛下。私とてこんな事をしたかった訳では無いのですよ。」
オブスクーロは右手に持っていた扇子を開いて口元を隠し、レオハルトの顔を見ながら口を開いた。
「しかし…こうなってしまった理由は、陛下が一番ご存知だと思いますが?」
ーーやはり情報が漏れていたか。
レオハルトの心の中で舌打ちが響く。
レオハルトが極秘裏に進めていた計画。
それは宰相の指名制を撤廃する事であった。
ラーズ帝国において宰相がその職を辞する時、次の宰相を指名する事ができる制度が二百年程前に定められた。
しかもそれは何故か、宰相の独断を絶対条件とするものであったのである。
これがあるからこそ宰相は跳梁跋扈する貴族社会の中で大きな権力を手にしている訳であり、それは同時に最悪の人物が次の宰相に指名される可能性を大きく含むものであるとも言えた。
実際に歴史を振り返れば残虐で貪欲な者が宰相の座に就き、多くの民の血と涙が大地を湿らせた時代があった事を簡単に知る事ができる。
それは決して珍しい事ではなく、頻繁に起きている歴史的事実であるのだから。
ほんの一握りの貴族だけが甘い汁をすすって、その代償のほとんどを国民が支払う。
そんな制度をレオハルトは皇太子の時から何としてでも変えるべきであると考えていた。
しかし、これこそがレオハルトの最も嫌悪するしがらみの結晶。
二百年前の皇族がこの制度が定められるのを阻止できず、今も尚続いているという眼前の事実。
計画を知られたら確実に潰しにかかってくる。
それが分かりきっているからこそ、レオハルトはこれまで細心の注意を払って計画を進めていた訳であるが…。
「しかし…不甲斐無いですねぇ。これではクラークの命まで奪わないといけなくなったでは無いですか。」
オブスクーロの視線が、謎の人物へと向けられた。
「それに関しては完全に俺の失態だ。例え足を引っ張られていたとしてもな。埋め合わせにもう一つだけ依頼を受けるとしよう。それでどうだ?」
「ほほう!それはそれは、十分な埋め合わせになりそうですな。結構結構。作戦とは完全達成が最も好ましいのですが、不測の事態を乗り越えてというものもまた美しいものですからね。」
上品に笑うオブスクーロを見ながら、レオハルトは敵が狙っていた形を大体理解した。
レオハルトを暗殺するにしても、暗部頭であるカルマンを素通りする事は不可能。
かと言って騎士団団長のクラークまで亡き者にしてしまっては、事が大きくなり過ぎるのだ。
平和ボケしている皇族であっても皇帝と騎士団団長、そして暗部頭の三人が同時に暗殺されるという歴史的事件にはさすがに危機感を感じるであろう。
そこからオブスクーロの責任を追求してくる可能性も出てくる。
そして何より次期宰相候補ではない有力貴族が皇族と手を組み、ここぞとばかりに一発逆転を狙ってくる事も考えられる。
クラークの目には何も証拠を残さず、皇帝と暗部頭を消し去る。
これがオブスクーロの求める理想的な結果であったはず。
しかし不測の事態に何の備えもしない人間が、長年宰相の座に座り続けられる訳はない。
取り返しのつかない失態を犯せば、たとえ宰相といえども更迭は免れないのであるから。
その場合にだけ、次期宰相の選出は投票制になる。
失敗とは真実では無くても事実にすることができる。
それを狙って日々暗躍するのが候補外の有力貴族達だ。
その全てを三十年もの間、躱し続けてきたのがオブスクーロ。
手腕は決して偽物ではない。
そんな男が起こり得るであろうこの事態に、何の対策も講じていないわけが無いのである。
「では!」
オブスクーロがパンと両手を合わせた。
「予定変更です。此処にいる皇帝側の人間全員に死んでもらいましょう。一人として目撃者を残しておいてはなりません。これは必須条件です。」
謎の人物が静かに頷くと、オブスクーロは後ろで気怠そうに立っていた私兵達にも声をかけた。
「貴方達も協力してレオハルトの首を取りなさい。ここでの失敗は許されませんからね。」
すると私兵の長らしき人物が、欠伸をしながらそれに応えた。
「へーいへい。かぁ〜〜〜っ…、寝みいな畜生。野郎ども!どうやら仕事のようだ。気合い入れろ!じゃねぇと明日の酒は無しだからな。」
すると私兵達が各々背伸びや肩を鳴らしながら口を開いた。
「カシラにこそ一番気合いが必要何じゃ無いんですかい?さっきだって何回起こしても起きなかったし。」
「いやいや、この時間に起こしてカシラが目を覚ます方が奇跡ってもんだろ?ま、運悪く起こすことになった今日の当番はしばらくの間、自分の顎でをメシを噛めないだろうけどな。」
ゲラゲラと私兵達が笑う。その様子は兵と言うよりも、ならず者の集まりと言った方がピッタリと当てはまりそうであった。
しかしそんなふざけた様子を見たレオハルトもカルマンも、そしてクラークでさえも厳しい表情を崩さなかった。
オブスクーロの私兵五十人。
サーペント家に従う形を取り常駐もしているので私兵とされているが、その正体は少数精鋭で有名なカーネル級傭兵団であった。
名はヴィペール傭兵団。
総数は六百である。
一つ上の階級のジェネラル級傭兵団は最低構成人数が千人と定められているので、少数精鋭での道はそこに届かない。
しかしヴィペール傭兵団はカーネル級でありながらも実力的にジェネラル級傭兵団と対等に戦うことができると言われており、実際にその実力を示した事もある。
それだけの実力を備えているのにも関わらず、ヴィペール傭兵団に依頼を出すものは少なかった。
何故か?それは六百名の団員の全てが、腕に覚えのある荒くれ者達で構成されているからであった。
傭兵団と認定されている以上、誰にでも噛みつく訳では無い。
カーネル級にまで到達しているということが、傭兵団としての依頼達成率が確かなものであるということの証拠でもある。
しかし乱暴な振る舞いに見た目の汚さなどから、世間体を重視する多くの貴族から忌避される存在となっていたのであった。
では何故そんな傭兵団が四大貴族の筆頭とされるサーペント家の私兵として認められ、皇城内での宿泊まで許可されるのか。
理由は二つある。
一つ目はヴィペール傭兵団団長ルヴィドによって、荒くれ者全員が完全に統制されているということ。
『力あるものが上に立つ。』
分かり易い団の掟が示すように、団長の言葉はヴィペール傭兵団内では絶対の力を持つ。
そしてそれに見合う力を備えているのがルヴィドという人物であった。
二つ目の理由は、団長ルヴィドが長年サーペント家に貢献し続けてきたという事。
ヴィペール傭兵団を立ち上げたルヴィドはカーネル級にまで団を膨らませた後、サーペント家の抱えることとなった問題や火急の案件などを悉く解決していった。
その期間は約十年ほどにもなる。
言動や風貌などの諸問題を抱えてはいるが、団としての犯罪歴は無い。
それに加え確かな実力と長年の実積を評価され、サーペント家の私兵としての承認を得ることに成功したのであった。
十分な実績のある傭兵団を私兵とする。
それにはとてつもない費用が発生する。
しかしその雇い主はラーズ帝国宰相オブスクーロ。
財に困ることなどない人物であった。
カルマンが得た情報によると、オブスクーロとルヴィドの間には公にされていない深い関係があるとの事。
しかしサーペント家のガードは恐ろしく硬く、確たる証拠を得ることはできなかった。
「んで、オレ達はどっちを受け持ったらいいんですかい?」
ルヴィドが欠伸を噛み殺しながら尋ねると、謎の人物はクラークに背を向けた。
「俺への依頼は皇帝の首を取ることだ。とにかくその邪魔をさせるな。」
「了解。…とは言ってみたものの、相手は騎士団団長クラーク様かよ。さすがにここは俺が気張らねぇといけねぇなぁ…。」
ルヴィドがクラークをチラ見して、部下達に指示を出す。
「十人俺と共に来い!五人は宰相の護衛。残りはあの人の援護だ。とにかく全員殺せ!」
ヒャッハーという意味不明な返事と共に、ヴィペール傭兵団の精鋭が武器を抜く。
剣に槍、メイスにモーニングスター、そしてバトルアックスなど全く統一性のない武器が構えられるのと同時に、全員の表情が戦士の顔へと変化していった。
ーーまずい!どう考えても戦力が足りない。
クラークとカルマンは必死に突破口を探るが、どう考えても手札が足りず奥歯を噛みしめるしか無かった。
ルヴィドは強い。
決してクラークより強い訳ではないが、ルヴィドの持つ剣技の性質が厄介なのであった。
更に能力を向上させたクラークとはいえども、瞬殺して突破という流れにまでは持ち込めないだろう。
そしておそらく、それが狙いだ。
そこに加えてヴィペール傭兵団から選び抜かれたのであろう精鋭五十名。
シュバルツが率いる暗殺者達もまだ十人はいるだろうか。
それだけでもカルマンと、ここにいる近衛騎士だけで防ぎきれるものではない。
それに加え…直接レオハルトの命を狙うのは、圧倒的武力を持つ謎の人物。
たった一回武器を交えただけ。
それだけなのに正直なところクラーク自身、勝てる気がしていなかった。
「まさか、先ほどの技は『
クラークが何か呟いているが、その言葉に一瞬だけ反応した謎の人物がレオハルトへと歩みを進めた。
間に割って入ろうとクラークが前に出るが、ルヴィド達に阻止されてしまう。
「あっちの要件はすぐに終わっちまうだろうさ。だからここで少し大人しくしておきな。」
憎まれ口を斬り捨てるかの様に、天を見上げたハルバートがルヴィドの脳天を目掛けて振り下ろされた。
それを愛用の大剣で防ごうとするルヴィド。
しかしまともに受けたのでは大剣ごと真っ二つにされてしまう。
そう思えた瞬間、ほとんど音を立てずにハルバートは受け止められてしまった。
「チッ!相変わらず、やりにくい剣を使う奴だ。」
その言葉を聞いたルヴィドがニヤリと笑うと、次はハルバートによる連撃が浴びせられた。
その全てが大剣にて受けられるが、やはり微かな衝突音しかそこからは聞こえてこなかった。
『
それは力の流れを分析し、活用する事に秀でている世界三大剣術の一つである。
しかしそれを実践のレベルまで高められる者はあまりにも少なく、机上の空論をモットーとする流派と罵られる事も少なくない。
柔よく剛を制す。
美しい言葉であるが、体現することができるのは達人の域に足を踏み入れた者のみだ。
しかしそれができて漸く『
ルヴィドはこの
しかも大剣にて
そして
それはクラークやターレスが修めている剣術であり、世界で最も道を志す者が多い剣術。
要するにどれだけクラークが圧倒的に強くても、相性の問題でその差を極限まで埋められてしまう相手がルヴィドなのであった。
やはり一筋縄ではいかない。
焦りを必至に抑え、冷静さを保とうとするクラーク。
しかしそうしている間にも、謎の人物の足が一歩また一歩とレオハルトへと近づいていく。
その時、四人の近衛騎士が隊列から飛び出した。
軍が編成されれば斬り込み隊へと配属されるであろう、騎士の中での猛者達である。
全員が走りながら深く息を吸い込むと、ハルバートを構えて一斉に謎の人物へと攻撃を仕掛けた。
どの攻撃にも凄まじい圧が纏われており、全て受けるのはまず不可能。
これはさすがに一旦退がるしか無いと思われた。
だが、しかし…
「ハァアア!」
謎の人物が振るったのは、大太刀による横薙ぎの一閃。
襲いかかるハルバートの圧の中を散歩するかの様に悠然と進み、直撃するかと思われた瞬間の出来事であった。
その動きの美しさは、まるで踊り子が観客の目を強烈に惹きつける舞。
寝る間も惜しんで繰り返し錬磨された剣の型は、礼節を重んじる所作と呼ぶに相応しかった。
横薙ぎの勢いに逆らうことなく体を回転させた謎の人物は、一切の無駄を省いた動きで体勢を元に戻し、何事のなかったかの様にまた歩き始める。
その背後では止まっていた時間が突然動き出したかの如く四人の体から血飛沫が舞い、そして崩れ落ちた。
いずれも胴を横に一刀両断されている。
その動きを見てクラークは確信した。
墨色の布に覆われてどうやっても顔を確認する事はできないが、やはりあの人物は…。
「な、何者なのだ…、お前は。」
レオハルトが目の前の絶望に声を漏らした。
「剣聖…エクセレトス…。」
クロードが弱々しい声でその名を口にしたが、皇帝側の人間にはハッキリと聞こえた。
それは耳にしただけで背筋に戦慄が走る大物の名前。
「な!なんだと?…い、いや馬鹿な!あの御仁は二年前に老衰にて亡くなっているはず。クラークは葬儀にも参列したではないか。その他にも我が帝国から参列しに行った者が…。」
そこまで口にしたレオハルトが、突然言葉を切った。
そういえばエクセレトスの葬儀を仕切っていたのは、何故かオブスクーロであった。
二人の間に親交があったとは聞いていない。
これだけ目立つ立場の二人が深く親密な関係であったとすれば、それが全く耳に入ってこないことの方が逆に不自然である。
カルマンから聞いた話ではオブスクーロの方から一方的に遺族側に申し出て、費用の全てを受け持つことを条件に葬儀委員長を務めさせてもらったという事であった。
歴代最高の剣聖と名高いエクセレトス。
その葬儀を執り行ったという名誉は宰相であっても欲する程のものなのだなと苦笑し、特に気にかける動きではないと判断したものだが…。
レオハルトが視線を向けると、オブスクーロの口元が明らかに歪んでいる。
「まさか…、あれはこの日の為の芝居だったというのか?その為だけに剣聖の死を偽り、あれだけ盛大な葬儀を催したというのか!」
信じ難い事実である。
クラークから聞いていた剣聖の人物像は、オブスクーロの陰謀に手を貸すようなものでは無かった。
ましてや己の死を偽り、周りを欺く様な行いは嫌悪する人物であったはずである。
もし本当に今、目の前にいる人物が彼の剣聖であるとするなら、オブスクーロとの間に一体何があったのか。
たとえ剣聖とは言えども六十過ぎの老体。
老い先短いはずであるのにも関わらず、何故皇帝暗殺の依頼など受けたのか。
この件に関してはまだまだ隠された謎があるとレオハルトは考えた。
「カルマン!陛下をお連れして皇城を出ろ。ここは俺が命を捨ててでも時間を稼ぐ。」
声を置き去りにするかの様に、クラークが一瞬でルヴィドの目の前まで移動した。
ハルバートが床を擦る様に走った後、突如天を撃ち抜くかの如く放たれたそれは『
横に構えられたルヴィドの大剣とハルバートが激しく交差する。
そこからはやはり大きな衝突音は聞こえて来なかったが、さすがに衝撃を相殺しきれなかったのであろう。
大剣をその場に残して体だけが浮き上がり、ルヴィドは弾かれる様に後方に吹き飛ばされた。
「ぐはぁ!」
吹き飛ばされながらも何とか空中で態勢を戻し、ルヴィドは這いつくばる形で着地した。
しかしみぞおちに強い衝撃が残っており、両腕が痙攣を起こしている。
「こいつは想像以上のバケモノだな…。」
苦笑いを浮かべるルヴィドの前へ部下達が割って入るが、その隙を突いてクラークは剣聖と思われる人物へと迫った。
間にいた傭兵達が反応するが間に合わない。
高速移動の勢いを乗せたまま、またしてもハルバートが垂下された状態から天を見上げて翔け上がる。
「ゴアぁああああ!」
響き渡る魔獣の咆哮。
常人であればそれだけで腰を抜かしてしまうであろう鬼気。
「…舐められたものだな。」
しかし謎の人物は微塵も気圧される事なく少し腰を落として大太刀を構えた。
次の瞬間、空気が削られる音と共にハルバートの切っ尖が天へと振り抜かれた。
だがクラークの両腕には何の手応えも残っていない。
「今し方見せたばかりの技で、『ワシ』を討てると思ったのか?クラークよ。」
それを表現するなら教科書通りの動き。
初心者が基礎として最初に習う基本の一つ。
しかし違いを述べるなら、それを繰り返した回数。
積み重ねた年月。
そしてそこに込められた剣への恋慕か。
それは筋力と体重とが美しくも見事に上乗せされた、芸術的な横薙ぎであった。
「やはりあなたは…!」
慌てて引き戻されたハルバートの柄と、大太刀の横薙ぎがクラークの目の前で交差した。
響き渡る大きな衝突音。
何とか受ける事には成功したが、態勢が崩れていたクラークの両脚は踏ん張りが利かずに横に掬われる形となった。
支えを失ったクラークの体は、ヘソの辺りを中心としてその場で横へと回転する。
加えられる力に抗う術を失った体は、風車を思わせる形にて勢いよく回った。
そして無防備になったクラークの頭部は大理石で造られた床へと吸い込まれ、そのまま恐ろしい勢いにて叩きつけられた。
床への衝突と共に、メキメキッという痛々しい音が周囲の者の耳に届く。
そして逆さまの体勢で一時停止していたクラークの体は人形の様に力を失い、頭部に従う形でゆっくりと床へと転がった。
その様子を見て顔を青ざめたのは近衛騎士達だけではなかった。
奇声を発しながら騒いでいた荒くれの傭兵達も、同じく真っ青な顔になり絶句していた。
少しだけの沈黙が訪れる。
その間もクラークの体はピクリとも動かなかった。
「な…何なのだあの膂力は?何故あれだけの威力が出せるのだ?」
技の冴えや技の美しさならまだ納得ができる。
しかし受けたハルバートごとクラークを薙ぎ払ったあの威力は明らかにおかしい。
決して六十代の老体から生み出せる威力では無かったのだ。
あれは、そう…例えるのであれば六十歳まで寝る間も惜しまずに錬磨した技を、全盛期の肉体で放ったかの様な威力。
そんな夢物語の如き力を纏った横薙ぎであったのだ。
「まさか!」
レオハルトの頭の中で点と点が信じられない形で結びついた。
慌ててシュバルツを見ると、そこにあったのは遠くを見る様な寂しげな顔。
その似つかわしく無い表情が、何故か最悪の予想が的中している事をレオハルトに確信させた。
その時、墨色の布が謎の人物の足元にゆっくりと落ちた。
クラークの放った
その証拠に謎の人物の頬には一筋の切り傷が付いており、血が滲み出ていた。
「ほう…。ここまで腕を上げていたかクラーク。お前が騎士ではなく剣士としての道を志していたなら、もっといい勝負ができたであろうな。」
そう言った謎の人物の顔は、六十を過ぎた老人のものではなかった。
そこにあったのは力漲る二十代中盤の男性の顔。
肉体的には正に全盛期真っ盛りであろう剣士の顔であった。
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