第15話 皇城イターナルでの戦い1 跳開橋

「とまぁ…こんな感じの騒動が三年前にあったという訳です。」


 話を終えたヴィッツが水筒に口をつけた。


 馬車内は静まり返っている。

 三年前の大騒動をありありと思い出してしまった事も理由の一つではあるが、何よりも帝都フェアメーゲンまで間も無くの距離である。


 各々が気を引き締める状態に入っていた。

 ただ一人を除いて…。


「で?何ですか、その態度は?あなたが話してくれって言ったのでお話ししたのですが、何が気に食わなかったのですか?」


 ヴィッツが相変わらずのすまし顔で尋ねると、その視線の先には拗ねた子供の様になっているディープがいた。


 人差し指の上にダガーを立たせる様に乗せてバランスを取り、そのまま横に弾く。

 するとダガーはその場で円を描く様に回転しながら、僅かに浮き上がる。

 そして回りながら落ちてきたダガーを掌でキャッチして、また人差し指の上に乗せる。


 ヴィッツの話が槍術の秘技「乱れ桜」に差し掛かった辺りであっただろうか…。

 バッシュの活躍は目を輝かせた少年の様に聞いていたくせに、そこにヴィッツの活躍が加わると途端に拗ねた様子になってダガーを回し始めたディープであった。


 いや…思い返せばヴィッツの時だけではない。

 ターレスやクラークが活躍していた時も、微妙な表情になっていた気がする。


「だってさぁ〜〜…。」


 思わず「お前は何処のわがまま娘だ!」と言いたくなる口調と、イジイジとした様子で幻の秘技「新月」の修得者が口を開いた。


「それってもう、クライマックスを迎えちゃったって事だろ〜?ターレスに…クラークだったか?そしてヴィッツちゃんも頑張っちゃってさぁ〜。もう十分に盛り上がったじゃない?な〜んか俺、盛り上がった後の消化試合に向かう様なテンションになっちゃってさぁ〜。」


 ポカンとするボルグ達。

 「え?そこ?」という表情になっている。


 多少盛り上がる様な話し方をしてしまったヴィッツは、己の失敗に気づいた。

 話してくれと言われたから、そのまま話してしまった。


 いや、それだけではない。

 気を利かせて色々な人の視点も加味してしまった。

 それがこの男には気に食わなかったのだ。


 いつも女性のお尻を追い掛け回しているクセに、時には女性よりも扱いが難しくなる男。

 それがディープという男である事を失念していた、ヴィッツの失態であった。


「ま、まぁでも、ボスがシュバルツを仕留めた時に放ったシールドバッシュは、行動不能を狙ったものだったらしいので、そこまで深いダメージにはなってなかったはずです…たぶん。

そしてあれから三年以上経っているわけですから、シュバルツの傷は完全に癒えて更なる準備を加えたのが今回の襲撃となるはずですよ。」


 僅かに泳ぎそうになる目を、無理矢理静止させながらヴィッツが言う。

 するとディープは「本当に?」という目つきでバッシュを見た。


 その視線に気づいたバッシュが縦にゆっくりと首を振ると「ふ〜ん」と言って、ディープは多少満更でもないといった顔になった。


「それにこの先にいる敵は、全員が達人級の暗殺者だと思われます。正直怖いですが、そこにディープさんがいてくれるってだけでとても心強いです!」


 クラス・ゴールドの冒険者バンが援護射撃を放つと、同じクラスの冒険者エリスもそれに乗じた。


「そして何と言っても、これから向かう戦場は皇城ですよ!平原や街中での戦闘とは違って、華やかさが段違いの戦いになる事間違いなしです。そこで華麗に暗殺者達を仕留めて行けば…三年前以上のクライマックスに必ずなりますよ!」


 お?

 …おお!

 何かが降りてきている。


 あからさまなディープの変化に、全員が驚きを隠せない。

 そこに入るトドメの一撃。


「皇帝からは帝国の裏の部分に当たるから詳しくは話せないと言われたが、それでもシュバルツという人物は幻の秘技とされる新月の習得に固執していた時期があったという事だった。

色々と気になる部分のある人物だが、上には上がいるという事を教えてやるといい。

これから向かう戦い。その主役となるのはお前だ、ディープ。」


 決して空気を読んで発言した訳ではないバッシュの一言。

 それは機嫌を取る為に言った訳でもなく、心の底から本気で思っている事だからこそ言われた者の心を激しく打つ。


 全員が無言でディープの様子を見つめる。

 ヴィッツは自分が蒔いた種とはいえども少々嫉妬し、エリスは自分にその言葉が向けられてたら惚れてただろうと何故か頬を赤らめた。


「ま…まぁ、バッシュの旦那がそう言うんなら?まぁ頑張らなくも無いんだけど?

ん?…んん?な〜んかやる気が出て来ちゃったなぁ〜。頑張っちゃおうかなぁ〜?」


 お前は何処の変態淑女なんだ?と全員が心の中でツッコミを入れる。

 決して口にはしない。

 ふりだしに戻る事だけは絶対に避けなければならないのだ。


 フェアメーゲンまであと少し。

 バッシュ達の乗る馬車だけが、戦いに向けての集中力を欠いていた。


 そう…面倒くさいダークエルフのせいで。


◆◆◆


 深夜を迎えた近衛兵待機室。

 ここを出て廊下を奥へと進むと、近衛兵や使用人の為の食堂がある。


 その二つの部屋を繋ぐ廊下では、ラーズ帝国暗部部隊の者と近衛兵が数人横たわっていた。


 いずれも日々の修練を重ねた腕に覚えのある強者である。

 しかし、たった一振りの斬撃によって全員が命を絶たれていた。


 そしてまた暗部の者の命が二つ、今まさに絶たれようとしている。


「ごっ…は…っ…。」


 喉に突き刺さったのは一本のダガー。

 声を出すために息を吸い込んだところを狙った投擲であった。


 今は食堂内の光源をほとんど破壊されており、場所によっては敵の姿が全く見えなくなる闇の中である。


 更には障害物も無数にあるこの状況下で、的確な投擲を可能とする侵入者。

 それは紛れも無く皇帝の命にまで手が届き得る存在であった。


 今、侵入者に気づいている暗部は残り一人。

 何としてでも暗部頭か、城外にいる騎士団団長に侵入者がある事を伝えなければならない。

 しかし…


 左腕を斬り落とされた暗部の一人は、止まらない出血のせいで徐々に薄れていく自らの意識に焦っていた。


 近衛兵待機室の奥の壁がいきなり動いたと思ったら、浮いたその僅かな隙間から次々と姿を現した者達。

 それぞれが暗殺者なのか剣士なのか分からない雰囲気を纏い、現れたその動きの速さはまさに疾風。


 あまりにも予想外の出来事。

 例え警備が任務だとしても、予想外を想定内にして働くのが勤めだとしてもだ。


 一体誰が部屋の奥の壁が、上へスライドするかもしれないと想定しておくだろうか。


 呆気に取られた七人の近衛兵は、剣に手をかける間も無く斬り捨てられた。

 妙な物音に気付いた暗部の五人が間も無く駆けつけるのだが、彼等は一つの大きな過失を犯してしまう。


 それは異変があった事を、五人の暗部のみが持つ情報としてしまった事。

 もし一人でもその情報を持って暗部頭か騎士団団長クラークの元へ向かっていれば、取れる対策の幅が一変していただろう。


 ただ、その動きに対しての神経は研ぎ澄まされており、数人の侵入者が危険を冒しての突入体勢をとってはいたのであるが…。


 ラーズ帝国暗部部隊。

 隊員が全員入れ替わっており、警備の敷き方も別物ではある。


 しかし場所が皇城である以上、要所はあらかじめ決まっており、警備網の変化には限界がある。


 皇城を隅から隅まで知る元ラーズ帝国暗部隊暗部頭シュバルツ。

 地下通路の存在は知らなかったのだが…。


 今、皇城にとっての最悪の存在が侵入者として戻ってきたのであった。


「ふん!ラーズ帝国の暗部も緩くなったものよ。ワシがいた時であれば既に防衛線が敷かれ、外に警戒を向けている近衛騎士達が雪崩れ込んで来ていたであろう。」


 侵入者達は全員墨色の布で全身を覆っていた。

 だが、シュバルツだけは顔を覆う布を外している。


 左腕を失った暗部隊員は更に薄れてゆく意識の中、最後の力を使って敵の首魁らしき者の顔へと視線を向けた。

 さぞ欲にまみれた下卑た顔をしてるのであろう。

 この世で最後に見るものとしては好ましくないが、冥土の土産だと思い焦点を合わせると…


「なっ…。」


 そこにあったのは遠くを見る様な目。

 感じ取れる感情は、口調や語った内容とは真逆のものであった。


 表情こそ歪んだものを作り出しているが、目はその演出に加わっていない。

 いや…加われていないのか。


 死を目前に控え、五感が研ぎ澄まされているのだろう。

 隠しきれていなかったのは悲しみ。そして寂しさ。

 それを男の目から確かに感じ取った後、暗部隊員の心は意識を手放した。


◆◆◆


 ラーズ帝国皇都フェアメーゲン。

 その中央奥に位置する皇城イターナルは、周囲を広く深い堀が囲っている。


 そこにある可動橋は三つ。

 メインとなるのは南側にある大型の跳開橋ちょうかいきょうである。


 この橋は食事会や特別な会合などが無ければ、日没と共に中央から二つに別れた橋が両側へと跳ね上げられる。


 二つ目は東側にある引込橋ひきこみばし

 こちらは常時掛けられているものであり、主に近衛兵や使用人などが行き来する為に使う。

 しかし有事の時には皇城側へと引き込まれ、敵の侵入を完全に防ぐ事ができるようになる。


 そして三つ目は北側にある跳開橋ちょうかいきょうであるが、こちらは中央で分かれる形ではなく全体が城側へと跳ね上げられる形のもの。


 これは緊急脱出の際などに使われるものであり、普段は常に上げられているものであった。


 それぞれの跳ね橋が降りる場所には、常時近衛騎士と近衛兵達が滞在する詰所が設置されており、そこから一定の距離ごとに皇城の堀を更に囲む形で設置されてる。


 他国の侵攻を皇都フェアメーゲンまで許した事は一度もない。

 だが国以外にも敵は多く存在する。

 警戒は常に必要だ。


 しかし都外や城内に向けられている見張り塔に変わった動きはなく、夜の賑わいを見せていたフェアメーゲンの都も漸く寝静まった様である。


 今夜も何事もなく日付けは変わったが、日がまた昇るまでには一眠りが必要だろう。


 南側の大型跳開橋のそばにある騎士団詰所。

 そこには皇都の夜空を見上げる近衛騎士団団長クラークがいた。


 三年前、墓守り達の街ブルーマウンテンで起きた大騒動。

 その時に黒秘薬らしき物を飲み干した敵の首魁シュバルツから、武人として再起不能となる傷を両腕に受けた。


 最近では時折耳にする様になったバッシュという冒険者の助けにより、皇帝の命こそ守る事はできた。

 しかし己の力で守り通せなかったという私憤は心を穿ち、涙という涙を人知れず流し尽くした。


 そしてクラークに追い打ちをかけたのが、切断するべきであると診断された己の両腕。

 壊死が始まり、全く感覚を取り戻すことのない両腕は、今後命に危険を及ぼす可能性が出てくるとの事であった。


 長年苦楽を共にし、技を武へと昇華させてきた相棒達との突然の別れ。

 それはただでさえ穴が開きかけていたクラークの心を軽々と打ち砕き、そして磨り潰した。


 ベッドの上で痩せこけ、覇気を無くした帝国最強の騎士。その姿を涙無しに直視できる者はいなかった。


 そんなある日、侍医を供に病室を訪れたレオハルトが、華美な装飾の付いた赤い器を取り出した。


「今からエルフの赤秘薬を処方する。異論は無いなクラーク。」


 それを聞いたクラークの瞳が、数日ぶりに動いた。

 そこからは様々な感情が瞳の中でぶつかり合っているのが見て取れた。


 しかし、そんな貴重な物を下賜して頂くわけにはいかない。

 これは陛下や皇族の為に使うべき物だと、小さく震えた声ではあったがキッパリとクラークは断ったのである。


 それを聞いたレオハルトは侍医を退室させた。

 暫くしてから開いていた窓を閉めると、そのままガラス越しに見えるフェアメーゲンの都を眺めながら、ゆっくりと口を開いた。


「そう言うなクラーク。剣が折れてしまった王に一体何ができるというのだ。恥ずかしい話だが、お前の容態を聞いてからというもの、満足に寝られた事など一度もない。

それはな…それはお前という剣が無くなったからという事ではないぞ。私がこれから進む未来には、どうしても…どうしてもお前が必要なのだ。お前こそが必要なのだ。

これに関しては体裁やしがらみなど、どうでもいい。そう、どうでも良いのだ。それでお前を失わずに済むのであれば!頼む…。頼む、クラーク…。これを使ってくれ…。」


 それはクラークをしても初めて耳にする弱々しいレオハルトの声。

 赤秘薬を持つ手は小さく震えていた。


 よくよく考えてみれば意識を取り戻してからというもの、落ち着いてレオハルトの顔を見たのはこれが初めてかもしれない。


 そこにあったのは憔悴しきった男の顔。

 カサカサの肌に少し下がった目尻。


 それはとても帝国の頂点で権力を振るうことのできる人物の顔ではなかった。


「…陛下、酷い御顔になってますぞ。」

「何を言うか。お前ほどではない。」


 沈黙した後、二人は笑った。

 失笑の様な小さな笑いが暫く続き、やがて堰き止められていた物が外された様に笑い狂った。


 部屋の外で待機していた侍医は何事かとドアノブに手を掛けたが、聞こえてきた声に何かを察して手を離した。


 今、皇城の外にて星を見上げているクラークの右腕には、しっかりとハルバートが握られている。

 しかもそれは三年前に扱っていた物よりも大きく、そして重い物だ。


 赤秘薬の使用後、回復の経過を見守っていた侍医は困った顔でクラークに一つの可能性を説明した。

 人間の体とはとても負けず嫌いであり、一定以上の負荷を与えると次は同じくらいの負荷を受けても動じない様にと、回復の際に体を強化するらしい。


 再起不能となるダメージを受けたクラークの両腕は、赤秘薬からの摂理を曲げる助力を得て回復する事ができた。

 その時、体の持つ負けず嫌いが異常なほど発揮され、通常の強化を遥かに超えた強化が両腕に施されたのではないかという事だった。


 しかし、完全に回復したクラークが実感したのは両腕の強化だけに留まらなかった。

 脚も肩も、腰にも背中にも力が漲っていた。


 怪我の功名とでも言えようか。

 三年前の騒動はクラークという怪物を一旦どん底にまで落とした後、武人としての境地を一つ…いや二つほど上のステージにまで押し上げる結果となったのであった。


 これまでの経緯を星を眺めながら思い返したクラークは、そろそろ床に着こうかと踵を返す。

 詰所の前には二人の近衛騎士が待機しており、クラークと外の警備を代わるのを待っていた。


 クラークが二人に向かって手を上げようとした時、東側の詰所の方から一人の騎士が走って来るのを目の端で捉えた。

 何やら慌ただしい空気を発している様にも見える。


 クラークが上げかけた手を下げて走って来る騎士の方に向き直ると、脚を止めるよりも先に騎士が口を開いた。


「団長、報告です!東側の窓からカンテラが回されませんでした。遅れてしまった事を考慮して暫く監視しましたが、やはり回されません。定刻前より三人の目で確認を心掛けていた為、間違いは無いものと思われます!」


 クラークは眉を少し潜めた。

 人の目、人の体、そして人が決めた規則の下で行われている事である。

 見えなかった、忘れていた、カンテラの火が消えていた等、可能性は無数にある。


 しかしクラークが騎士団団長となってからの約十年間、定時に行われる合図の確認が取れなかった事など一度も無かった。


 判断を鈍らせる雑多な思考を、クラークは一瞬で切り捨てた。


 「詰所にいる騎士を全員起こして武装させろ。警戒レベルを一旦五まで引き上げる。陽動の可能性もある。半分は残って周囲の警戒に当たって外からの侵入に備えよ。残りの半分は南側の開跳橋に集合だ!」


 は!という複数の声が夜陰に響き、クラークは一人先に皇城の東側へと走り出した。


 警戒レベル五というのは、皇帝に危険が及ぶ可能性ありという段階である。

 六でそれの確定。

 八以上では、皇帝や皇族の帝都脱出も視野に入れられるようになる。


 カンテラでの合図がたった一回無かっただけ。

 そんな事でと言われればそれまでの事であるのだが、それでもクラークは警戒レベルを五にまで引き上げた。


 何かの手違いであれば、それはそれで良い。

 口うるさい皇族や貴族の顔が何人か頭に浮かんで来たが、そんなのは些末な事だ。


 あまりにも騒ぐ様なら、少しばかりの殺気を当ててやればよい。

 全てにおいて優先されるのは皇帝の命であるのだから。


 クラークの移動速度が一段、二段と跳ね上がっていく。

 皇城は広い。

 それを囲う堀は、字の如くそれに輪をかけたもの。


 堀の角をなぞる様に曲がり東の引込橋へと向かうと、数名の騎士達が何やら騒いでいた。


 何か異変でもあったのかと、更に移動速度を上げて近づいていくと…。

 そこに常時掛けてあるはずの引込橋が無かった。


 橋の向かいへと視線を移すが、先は真っ暗で何も見えない。

 東口を常時照らしている街灯が故障でもしたのか…。

 いや、もう楽観的な思考は捨てるべきだ。決断の遅れは最悪の事態を招く事となる。


「警戒レベル六だ!俺が城内に入って城側南の跳開橋を下ろす。お前達は南側詰所の跳開橋を先に下ろして待機していろ!」


 そう走りながら叫ぶとクラークは東側詰所へ入り、ロープを担いで出てきた。

 そしてそれをハルバートの尻の部分へと固く結び十分な距離を取ると、城側へと向かって走り出した。


「む、無理ですよ、団長!」


 クラークが何をしようとしているのか騎士達にも分かったのだろう。

 城側へと向かう途中、そんな声が聞こえたが取り合わない。


 今は一刻を争うのだ。

 超人の域に達しているクラークの脚力は風の如き助走を見せ、堀の手前では獣の様にしなやかな跳躍を生み出した。


 しかし、それでも全く届かない。

 それもそのはず。

 堀の手前と向こうでは、先ず以ってその高さが同じではないのだ。


 人や物の出入りに支障が出ない程度にではある。

 しかしそれでも確実に城側の方が高くなっているのだ。


 掛けられた橋の上を歩けばその差を感じる事はほとんどないが、実際に計ると大人一人分の平均身長くらいは高低差がある。


 そこに加わるのが幅の広さ。

 それは中型の荷馬車十台分くらいあるのではないかと思われる。


 どれだけの外敵を警戒すれば、この幅の堀を造ろうと思えるのか。

 常人には到底想像できるものではない。


 それでも三分の二程度の所にまで飛び込んだクラークの脚力は、やはり異常と言える。

 そしてそこから投げ込まれたロープ付きハルバートは、一瞬で城壁の上に到達し引っかかった。


 その一連の作業は体の降下が始まるよりも先に終わり、力を増した両腕によってクラークはサーカスの演目を想わせる動きで対岸へと上がって行った。


 端的に結果を言えば、難攻不落と言われた皇城の堀を難無く攻略したということである。


「こ、これってさ…。色んな意味で問題になるんじゃないのか?」


 一人の騎士がボソリと呟いたが、それに返す言葉を持つ者はその場に居なかった。

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