第7話 不気味で神聖な門

 そこから最初に漂って来たのは、鎧に染み付いた汗の匂い。

 しっかりと洗浄され管理されていても、一日中動き回り警備の職務を全うすれば、その証が付着するのは当然の事である。


 多くの汗を吸収した下着や鎧が、部屋の片隅に集められていた。そこから絡み合うように発生し、広がろうとする異臭。

 しかしそれは部屋の中で滞留する事なく、壁の下に設置されている通気口から泳ぐ様に流れ出ていた。


 地下通路の到着地。

 それは想定外の場所に繋がっていた。


 謁見の間・書斎・宝物庫・牢。

 練ってきた全ての対策をあざ笑うかの様な光景が、シュバルツ目に映っていた。


「ま、まさか…。近衛兵の待機室だと?こんな所に地下通路への入り口を造る馬鹿がいたとは…。」


 皇族の脱出経路は、避難地までの安全確保が重要である。

 しかし、最重要ではない。

 最重要となるのは、その存在が他に知られない事である。


 どれだけ安全な経路を確保しておいたとしても、情報が漏れて事が起こる前に伏兵でも置かれてしまったら絶体絶命の末路を辿る事になる。


 故に要人の避難経路を造る時には人目の全く無い場所か、もしくは皇族しか入れない所に入り口を造るべきだ。


「緊急時に逃すべき皇族を、近衛兵待機室まで一度向かわせるのか?全く馬鹿げている!」


 シュバルツは荒れに荒れていた。


 皇城に隠された地下通路があるという情報は、半年前に手にしていた。

 しかし何百年、もしくは千年近く隠されていたと思われる地下通路である。


 ブルーマウンテンに出口があるというのであれば、それは歴代皇帝の眠る霊廟やその周辺。

 もしくは国営兆域の何処かであろうと調査を続け、時には兆域警備団と刃を交えることも辞さなかった。


 そんなある日、街に放っていた密偵がある少年の変化に気がつく。


 少年の名はカール。

 兆域警備団ターレスの一人息子で、目立ちたがりな性格のせいかいつも大声で歌いながら歩いていており、常に周りの目を集めていた。


 そんな少年がゆっくりと歩きながら、しかも小声でブツブツと何かを呟きながら歩いているのである。


 それはとても珍しい…というよりもむしろ見たこともない光景で、密偵でなくても何があったのか気になる様子であった。


 すれ違う街の者達に声をかけられては「何でもない」と少年は答える。

 その様なやり取りを何回も繰り返しており、何かがあったことは明白であった。


 そこで後をつけた密偵が、少年の呟きから驚くべき単語を耳で拾う。

 それは「空き地・資材・秘密・通路・地下・長い・暗い」という単語しか拾えない呟きであったが、それを何度も繰り返し呟いていたのである。


 密偵は一瞬己の耳を疑がった。

 そして同時に目から鱗が落ちる。

 我々は計画の一段目から踏み外していたのだと。


 求めていたそれは兆域の中にあると決めつけており、それを疑うことなど無かったが、探していたものは街側に造られていたのだ。


 少年カールの呟きから入手できた思いがけない情報。

 それはシュバルツ達にとって僥倖ともいえる巡り合わせであった。


 しかしそれは地下通路の探索において、名も知らない古代の製作者に見事に裏をかかれていたということでもある。

 その上ノコノコとやってきた侵入者をあざ笑うかの様に、目の前に現れた近衛兵待機室。


 暗殺を生業とする者達が、ここまでで二度も裏をかかれる形となった。

 敵の裏をかくことに優れ、逆に裏をかかれることを最も恐れる暗殺者にとって、これほど屈辱的なことは無かったのである。


 皇城から見た地下通路への入り口は壁で完全に隠されていたが、その下中央には格子状の通気口が設置されていた。


 裏から見ればすぐに分かるが下にある通気口に手をかけると、上へスライドさせられる仕組みとなっている。


 動かせる幅は、大人一人が手を広げたくらいといったところだろう。

 そして待機室から地下通路へと下りた場所には立派な馬車が置かれており、馬さえ連れてくれば直ぐに出発できるようになっていた。


「シュバルツ様、やはり下の通気口のみ取り外すことは不可能であるようです。特殊な技法で強力に接着されており、これ以上の試みは中にいる近衛兵に気づかれてしまいます。」


 シュバルツは地団駄を踏みたい気持ちを必死に抑え、体を震わせた。

 ここで騒ぎでも起こそうものなら近衛兵と暗部隊に直ぐに気取られ、こっちの優位が瞬く間に消されてしまう。


 皇帝の首を確実に掻き切る為には、初動は必ず奇襲。

 そして外への援軍要請は完全に防ぐ。

 この二段階は絶対条件となる。


 もし事を急いて初動で発見されてしまったら、瞬く間に近衛兵達による命がけの防衛線が張られてしまうだろう。

 そうなればいかに特殊暗殺部隊といえども、その刃を皇帝に届ける事が難しくなる。


 この状況を普通に考えれば、待ちの一手である。

 夜になって寝静まるのを待ち、最低限の近衛兵しか活動していない時間帯を狙って動くべきだ。


 しかしシュバルツの頭からは、後顧の憂いがどうしても離れない。

 三年前の作戦失敗。

 その原因となった一人の重戦士。


 あの場で猛威を奮った理不尽な戦闘力は、今思い出しても手の震えが止まらなくなる。


 現在の時刻は、日が暮れて間もなくといったところ。

 警備が薄くなる理想の時間までは、あと半日といったところであった。


「第三部隊からの報告は入っているか?」


「は!これから間もなく追跡者達と接触するとの事でしたので、現在は戦闘中と思われます。」


 あの場所からここまで、暗殺者の脚で一日弱。

 馬車で半日といった距離だろう。


 後は第三部隊がどれだけ時間を稼げるかであるが、導師を十人組み込んである部隊である。

 早々と遅れを取るとは思えなかったが…。


 状況は前門の虎、後門の狼…いや死神か。

 しかし背後の死神を恐れて目の前の虎の尾を踏んでしまえば、挟み撃ちの末路に落ちるしかない。

 そうなってしまっては最早、特殊暗殺部隊も何もない。

 ただの道化だ…。


 シュバルツは思慮を重ねた末に、半日待機する事を決断する。


 事態は不本意ながら背水の陣となった。ならばせめて、標的だけは確実に仕留める。

 そう決意した暗殺者達は、一旦下がり闇の中へと消えてゆく。


 今夜は新月。

 夜の帳が闇を最も色濃く広げる日。

 暗殺者として、これほど命を捨てるのに相応しい夜はない。


 しかしシュバルツ達は知らなかった。

 背後に迫る大楯の戦士と共に、別の新月が近づいて来ていることを。


◆◆◆


 いくつもの刃が交わる音。

 それが連続で反響すると、大きな戦が起きている様な錯覚に陥る。


 特殊な舗装が施されている地下通路。

 そこで発生する金属音は、けたたましい音へと変化して耳の奥を突き刺した。


 金属音一つだけでも不愉快であるのに、反響して戻ってくる音まで加わると思わず耳を塞ぎたくなる。


 ここまで大きく金属音が鳴り響くことは、通常の戦闘ではまずあり得ない。


 地下迷宮などでの戦闘にしても、多少は壁などに音が吸収されているのであろう。

 ここまでの金属音が発生することは無かった。


 反響の激しい空間の中、部隊と部隊がぶつかり合って双方が頭をクラクラさせている。


 こんな経験など冒険者であっても未経験であり、それは暗殺者達にとっても同じ事のようであった。


 何よりも耳が痛い。

 それはこの場にいる全員の曇った表情が、如実に物語っていた。


「み…耳が痛えぇぇえ!!お耳が痛いよぉぉお!!」


 地面に伏して右へ左へと転げ回っているダークエルフが、グズる子供の様な声を上げている。

 両手は耳を塞ぐ為に使われており、それはこの場において確実に死を迎える体勢であった。


 しかし、その様子を見て誰も動かない。

 そして仲間も文句を言わない。


 そんな奇妙な光景の原因となっているのは、周辺に転がっている無数の死体にあった。


「我々の動きが読まれているだと…。何者だ、あいつは!」


 地下通路のより一層開けた空間に、暗殺者達が五十人程潜んでいた。

 しかしその内の四十人近くが既に地面に転がっており、ピクリとも動かない。


 本来であれば、松明の明かりのみでの戦いになるはずであった。

 しかしホビット族の発明品『光る塗料』を詰め込んだ玉を、開戦直後にヴィッツがいくつも放り投げた。

 すると昼間の様にとまでは流石にいかないが、十分に視認して戦える明るさが確保されたのである。


 それに加え、明らかに地下には必要のない巨大な物体。

 一定の間隔で、青白い微光を放つ門の様なもの。…いや、それは明らかに門であろう。


 皇城へと続く通路とは、無関係な位置に大きな門がそびえ立っていた。

 中央には見たことのない紋章が刻まれている。


 原理は分からないが、その大門は一定の間隔で微光を放った。

 それが暗殺者達が度々試みる視界からの雲隠れを、より一層困難にしていたのであった。


 明らかに劣勢となった暗殺者達は動揺していた。

 情報によれば所詮は寄せ集めでしか無く、三人の要注意人物以外は取るに足らないとされていたのだから。

 三人とは、フルプレートの戦士バッシュにホビット族のヴィッツ。そして兆域警備団員のターレスという名の者達。


 しかし情報には一切無かった目の前でふざけているダークエルフ。

 この謎の人物一人に、二十人以上の手練れ達が命を刈り取られてしまったのである。


 それに加え全体が寄せ集めとしての雰囲気を発しておらず、むしろ統制のとれた部隊の持つ圧力を発している様にも見えた。


「お前達は下がっていろ。我々が出る…。」


 戦闘中、暗殺者達の中に妙な行動を取る者達がいた。

 それは約十人程であったが戦闘中にも関わらず腕組みをし、武器も構えずに全く動こうともしなかった。


 戦闘で生き残った残りの三名を下がらせて、不動であった十人が前に出た。


 すると先程まで駄々を捏ねていたディープが徐ろに立ち上がり、首と肩を回し始めた。


「高みの見物は終わりかい?十人の導師ちゃん。」


 はいぃ?と仲間達の見開かれた目が、ディープと前方へ交互に向けられた。

 それだけ導師が十人も揃うという事は、異常な事であるのだ。


 その一瞬の動揺を見逃す事なく、二人の導師が二手に分かれて風の如く駆け出した。

 そして再び追跡部隊の前で合流すると、先頭で大楯を持つ戦士に飛びかかった。


 二人の導師が発する強烈な殺気に身が竦み、周りの者達は誰も動けない。

 そのまま戦士の首元を目掛け、刃が一瞬で迫った…が、何かに一撃で弾き飛ばされた。


 場を一瞬で沈黙が支配した。

 吹き飛ばされた導師の身体が宙を舞い、力無く地面に落ちる。


「あらら〜…。定石通りのいい動きだったが、そこから引けるカードは生憎とジョーカーなんだよ。」


 ディープが口にした定石とは暗殺者達が叩き込まれている常套手段であった。


 要人を確実に仕留めるという教育を徹底的に施されている彼等は、対集団戦においては隊の長を最優先に潰す戦法を嫌という程叩き込まれている。


 この場で圧倒的な戦闘能力を見せつけたのは、ディープであった。


 しかし先頭に立っているのにも関わらず、悠然と構えている一人の戦士。

 この戦士こそが寄せ集め部隊の中心人物である事を、導師達は見逃さなかった。


 吹き飛ばされた二人の導師はピクリとも動かない。

 導師という凄腕の達人を二人同時に吹き飛ばしたという事に、仲間内からは驚きの声が上がった。

 だが残った導師達の驚きは、それを遥かに凌ぐものであった。


ーー奴が要注意人物の一人、バッシュだ。

  間違いない。

  間違いはないが…まさかここまでの

  猛者とは!


 慌てた導師達は気を取り直し、残りの人数で鶴翼の陣を敷した。

 それに対するのはバッシュを先頭にした魚鱗の陣。

 導師達が正面衝突を恐れていることは、明らかであった。


ーーしかし、一体何をした?

  タワーシールドに隠れて、全く動きが

  見えなかったが…。


 バトルハンマーで迎撃したのを見逃したのではないか?と導師達は考えた。

 いや、むしろそれしか無いのである。あれほど人が吹き飛ぶ攻撃を加えるには。


 しかし攻撃の予備動作すら見えないのはおかしいだろう?という疑問が残っている。

 そこに対する答えが全く見えてこないという事実が、導師達の心を乱していた。


「ホント集団戦だと、チョウチンアンコウみたいになっちまうよなぁ…旦那は。」


 先頭で悠然と構え、目立つ姿に近寄って来た敵を一瞬で喰らう。

 バッシュが先頭に立って待機する魚鱗の陣を、ディープとヴィッツは密かに『チョウチンアンコウの陣』と呼んでいた。

 勿論、バッシュはその事を知らない。


「怯むことはない!導師クラスの暗殺者が複数いても、明かりのある場所で、陣形を組んだ戦士達を蹂躙できるわけじゃないんだ。」

 バッシュの飛ばした檄によって、全員の目に火が入る。


「己の中で敵を大きくするな!明かりのある場所で暗殺者に遅れをとるのなら、戦士など必要とされなくなるぞ。敵の姿がその目で見えるか?見えるなら最早、ここは奴等の戦場じゃない。ここはあくまでも…俺達の戦場だ!!」


 空間に響く戦士達の咆哮。

 有志達の集まりとは雖も、寄せ集めである事に変わりはなかった。


 戦闘が始まっても未だに、隊の域には到達していなかった者達。

 それが今ここに来て、重要な作戦を遂行するに相応しい精鋭部隊としての産声を上げたのである。


 今、侵入してきた駒が成った。

 成られてしまった。


 その様子を見て二、三人の導師が舌打ちを鳴らした。

 事態が劣勢となった今、付け入る唯一の隙を潰されたのだ。それも仕方がない。


 双方の距離が徐々に狭まる。

 戦士達は陣形を保ったまま、一歩また一歩とゆっくりと歩みを進める。


 そして抑えきれない闘争心を、足の動きに合わせて「オウ!オウ!」と咆哮に変えて発した。

 追跡部隊の士気は今ここに来て、最高潮に達したのであった。


 事態を重く見た導師の一人が、後ろに下がっていた暗殺者に一瞬視線を送った。

 それに気づいた三人の暗殺者が奥に向かって走り出すと、八人の導師は一度散開して追跡部隊に向かって走り始めた。


「はいは〜い。告げ口する子は嫌われちゃうよ〜っと。」


 それは一瞬の出来事。

 三人の暗殺者達は奥に続く通路に入ることもできず、自らの首を宙に舞わせていた。


 それに気づいた導師達は舌打ちをするが、一瞬で気を取り直して魚鱗の陣へ突撃した。


「なん…だ…と?」


 しかし激突の瞬間、四人の導師の胸に一瞬で風穴が開いた。


 驚愕の事実を目の前にして、二人の導師が一瞬動きを止めてしまう。

 それを飛び出したターレスが、裂帛の気合いと共にシミターで斬りつけた。


「よ〜く〜も〜カールをーーー!!」


 正に一刀両断。

 親の子を思う気持ちは技にも乗るという事を証明した、実に見事な連撃であった。


 残された二人の導師は暗殺者独自の戦闘術にて奮戦したが、相手は陣形を完成させ視界を確保している戦士達。

 ここまで悪条件が揃ってしまっては、導師といえども実力の半分も出すことはできない。


 最終的には士気の上がった追跡部隊の圧力に押され、捕縛された後にあえなく討ち取られた。


 戦闘とは真に怖いものである。

 結果的には精鋭部隊の圧勝という形となったが、ボタンの掛け違えが一つでもあれば状況は一変していたであろう。


 導師を十人も揃えた第三部隊は、それだけの戦力を秘めていたのだから。


 しかし…四人の導師の体に風穴を開けたのは何だったのか?


 魚鱗の陣の中央にいる人物に目を向けると、ドヤ顔で奇妙な形の槍を構えるホビット族の少年がいた。


「ジャジャーン!六節槍ヘラクレス、ここに推参!」


 あれ?冷静で大人びたあの少年は何処に行ったの?と誰もが突っ込みたくなる光景がそこにあった。


 ヘラクレスと命名された異形の武器は、長槍の形状に六つの節目を備えて、中には鎖が通っていた。

 一言で言えば伸縮自在の槍といった武器。


 三節棍に更に節目を入れて、先っぽに槍をくっ付けた物と言った方が分かり易いかもしれない。


 しかしそれを自在に操るとなると、笑い話では済まされなくなる。

 どれだけの修練を積み、どれだけ武器との会話を繰り返し…。

 そしてどれだけ実践にて叩き上げれば、一瞬で四人の導師の胸に風穴を開ける事ができるようになるのか…。

 想像するのも恐ろしくなる。


「おいおい、そいつの名前はヴィクトリーだって決めただろ?…いや、やっぱりマイケルも捨てがたいな…。」


 ディープが遠くからツッコミを入れた。


 ヴィッツは己が開発した武器をその手に持った時、もしくはその話題に触れる時。

 性格が年相応の少年に戻ってしまう。


 以前、六節槍をやたらと羨ましがられることに気を良くしたヴィッツは

「長くて硬くて、必要な時に伸びるもの。それは男の象徴を表す重要な定義だ。それを満たすものには、必ず名前を付けなければならない。それがオ・ト・ナの嗜みってやつだ!」

というディープの意味不明な主張を、鵜呑みにしてしまった。


 ディープは言う。

「ヘラクレス・マイケル・ハルク・ヴィクトリー」

 この中からどれかを選び、一人前となった男は己の息子の名とするのだと。


 それに少しの説明を加えると、

英雄ヘラクレス理想マイケル屈強ハルク勝ち組ヴィクトリー

となるのだそうだ。


 目を輝かせながらもなかなか選べないヴィッツに付き合い、二人は夜通し六節槍に付けるべき名前を話し合ったのである。

 要するに二人とも、アホであった。


 逃げる暗殺者の後を追った為、ディープは少し離れた場所にいた。

 戦闘が終わってバッシュ達のいる場所に戻ろうとした時、首筋に微かな空気の流れを感じた。


 鼻で数度強めに空気を吸い込むと、新鮮な空気の匂いを感じる。

 それは地下通路独特の籠った空気の匂いでは無かった。


 空気の流れを手繰るように歩みを進めると、そこには大人一人が入れるくらいの穴が開けられていた。

 白秘薬で得られた情報通りであれば、これは地上へと続いているのであろう。


「取り敢えず、旦那には報告しておこうかね…っと。」


 ディープが馬車のある方に歩るいて行くと、バッシュとヴィッツが立ち止まっており、薄く発光する不思議な大門を見上げていた。


「何というか…チグハグな印象を受ける門ですね。まず引いて開ける形の門であるというのに、何処にも取っ手がありません。開ける為の仕組みすら、何処にも見当たりませんし。そして何よりも、発光する青白い光からは暖かく神聖なものを感じますが…門そのものからは不気味で邪悪なものを感じます。」


「ああ、そうだなヴィッツ。俺もお前と同じ印象を受けていたよ。この門は一体何の為のものなのか。そして門を開けたその先には何があるのか。知りたいことは沢山あるが…。取り敢えず中央の紋章だけは、ノートにでも記録しておいてくれ。他は後回しにするしか無いな。後で皇帝に報告する事にしよう。」


「生きていれば…の話だろ?旦那。」


 いつの間にかディープは二人の側にまで来ていた。

 その指は馬車の近くでこちらの様子を伺っているボルグ達を差しており、「みんな待ってるぞ」との意を告げていた。


 バッシュとヴィッツは視線を合わし、無言で頷いた。

 そしてもう一度不思議な門を見上げ、その場を後にする。


 その時バッシュは一瞬だけ門の内側にある何かの気配を感じた。

 いや、感じたような気がした。


 ディープとヴィッツが気づいた様子はない。

 ならば自分の勘違いかと気を取り直し、馬車への歩みを進めた。


 不気味な門は静かにそびえ立ち、去って行く戦士達を見下ろしていた。

 まだその時ではない。そんな言葉を誰かが呟いていた。

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