第2話 フォルクローレ

 語る者達が集う街「ヒストリア」。


 歴史浅いこの街に訪れた者達がまず驚くのは、門から真っ直ぐ続く大通りである。

 そこに長々と並ぶ露店は大変賑わっており、それは流通の拠点となる都市が放つ熱気にも全く引けをとらない。


 手前からまず並んでいるのは料理の店。

 各国代表もしくは各種族代表を自称した専門店が郷土料理を所狭しと並べ、色と香りと活気のある声で道行く人の心を鷲掴みにする。


 この街を訪れた者の中には目を輝かせた少年の様に「全ての店の料理を制覇してやる」と意気込む者も少なからずいる。

 だがそれを達成したと名乗り出た強者は、今のところ存在していない。


 入り口近くで多くの人が足を止めてしまっては当然通行の邪魔になると思われる。

 しかし必要以上に設けられている大通りの幅が、混雑時であっても馬車での交互通行を可能にしていた。


 各露店の裏に併設してあるテーブル席では、子供と商人、騎士と冒険者、エルフとホビットなどが当たり前の様に席と食事を共にしており、相席はこの街の文化と言わんばかりである。


 それは歴史の歩みから見れば異様ともいえる光景。

 これを見ることができるのは世界広しといえども、この街だけであろう。


 そんな街の門へ人間族の男とエルフ族の女が長旅を終えてたどり着いた。


「ひゅ〜。相変わらず凄え活気だな、ここは。」

「この熱気に触れるだけで、長旅の疲れが吹き飛んじゃうんだもん。ホント不思議よねぇ。」


 人間族の男は背中に見事な大剣を背負っているが、近くで見ると柄や刀身に経年の歩みを見る事ができる。

 しかもかなり使い込まれている様子から、それは長年の良き相棒といったところか。


 大剣を振り回すにしては少し小柄な様にも思えるが、全身は質の良い筋肉に覆われている。

 瞬間的な爆発力は相当なものであろう。


 身に着けた黒色の鎧には模様かと思われるほどの無数の傷がついている。

 それが乱暴に天を見上げる黒髪のボサボサ頭と絶妙なバランスをとっていた。


「あ!あそこのドワーフ族がやってる串焼き!あれを食べるために、この一週間肉を控えてきたんだから。」


 いきなり走り出したエルフ族の女は、種族としては珍しく髪が短く切り揃えられていた。

 背中には白銀製のショートボウを背負っており、腰には敵に接近を許してしまった時の為のダガーが二本備えてある。


 身に着けている軽鎧はミスリル製。

 売れば相当な値がつくものであると思われる。


 そしてその容姿はというと、多くの男がひと目で美人と判断するハードルを軽く超えるものであった。


 言動や動きからは可愛らしさが滲み出ているものの、総評としてはほとんどの男が「可愛い」ではなく「美人」という表現方法を取ると思われる。


「おいおい、ララノア。エルフは菜食主義だって、いつか言ってなかったっけか?」


「前世で言ってたかもね〜。細かい事は気にしちゃダメよ〜、ローグ。」


「前世でも組んでたのかよ、俺たち…。っていうかララノアの前世って、俺の前前前世でも届かないんじゃないのか?」


 この世界の人間の平均寿命は六十歳。それに対して長命なエルフの平均寿命は五百歳であり、人間の約八倍以上の時を生きることになる。


 ララノアと呼ばれた女性は見た目こそ若く見えるが、エルフ族ではベテランの戦士達を軽くあしらい、それどころか有事には軍を率いることができる程の実力と実績を持っている。


 それらを踏まえて推測すると、ララノアは大体二百歳前後の戦士であるとローグは考えていた。


 そこで毎回人間族に生まれ変わっていたらという条件を乗り越え、平均的な寿命を全うできていたらという前提付きで考えると…。


 ローグの言うように前前前世ではララノアの前世どころか、若き頃のララノア本人と組んでいた計算になってしまう訳である。

 勿論それは、人間の感覚で言う若き頃であるが…。


 何の意味もない計算の世界から帰ってきたローグ。

 その横ではララノアが既に三本の串焼きを両手に持ち、満面の笑みを浮かべていた。


 口には既に一本の串焼きを咥えられていたが、ローグはいつものことだと気にも留めずに目的地へと歩みを進める。


「ローグ、まずは宿屋に行くの?」


 ローグはやれやれといった感じで、首を横に振った。


「ララノア。それは一見当たり前の提案に聞こえるが、とにかく俺は一瞬でも早く行って場所を確保したいんだ。宿屋でのんびりしているうちに、テーブル席が埋まってしまったら…俺は…俺は…!」


「ま、まぁ、気持ちは勿論分かるわよ。ただ予想より早い時間に到着できたんだしさ。そして今回は結構な長旅で、魔獣の素材も思いの外かさばってるでしょ?だから売るなり置くなりしないと、何かと邪魔になると思ったのよ。」


 ローグは一旦足を止め、ここ数日ソーセージの様に張り詰めている収納袋をじっと見つめる。


 そして逸る気持ちを渋々納得させ、まずは宿屋へ荷物を置きに行くことに同意した。


◆◆◆


「いらっしゃ…おお!久しぶりじゃないか、お二人さん。まだしぶとく生きてたのかい。」


 宿屋に入って開口一番、縁起でもないことを言ってきたのはこの宿の女将である。


 大変に恰幅の良い中年の女性で、戦闘経験は一度も無いとあくまでも本人は言っているが、纏っている空気は歴戦の戦士に引けを取らない。


「二年ぶりですね、女将さん。」

「女将以上の魔物に背後から襲われでもしない限り、ヤラれはしねぇよ。」


 二人は慣れた足取りで宿屋の奥へ進み、テーブル席に腰掛けた。


「あらあら…暴力の剣士と周辺国家にその名を轟かせているあんたが、たかがゴブリン相手に背後を取られたくらいで遅れを取ると言いたいのかい?」


 ニヤリと笑いながら、女将は席へぶどう酒を持ってくる。

 それを聞いたローグは、ゴブリンはゴブリンでもゴブリンチャンピョン…いや、ゴブリンロードあたりの事だなと、心の中でツッコミを入れた。


 ぶどう酒はあたかも事前に注文を受けていたかの如く運ばれてきたが、二人ともそれを当たり前の様に自然に受け取る。


「こんな感じのやり取りも、懐かしいなぁ…。」


 ララノアがぶどう酒を一口飲んでしみじみと言うと、同時にローグはそれを一気に飲み干し、勢いよくグラスを机に置いた。


 すると何故か二杯目のぶどう酒が既に机に置かれている。

 その横に立つ女将の満面のドヤ顔を見たローグは、微かな敗北感を感じた。


「変わらないねぇ、あんた達は。ま、その方が安心するんだけどねぇ。でもその飲み方は体に良くないから、そろそろやめときな!あんたももう若いとは言えないだろ?」


 こんな感じで酒を飲む時はいつも注意されるが、駆けつけ二杯目の酒は必ず用意されている。

 この女将がぶっきら棒で口うるさいのは表面上だけ。


 内側には優しさと包容力が溢れており、隠しても隠しても滲み出てしまう様が何とも心地良い。

 それもあってか二人がヒストリアに滞在する時には、必ずこの宿を拠点にしていた。


「女将さん、しばらく世話になるわね。」


「あいよ。それで今夜の食事は…って、そんなの聞くだけ野暮ってものだね」


「フフフ、さすが女将さん。荷物を置いたらスグに『フォルクローレ』に向かうから、そこで済ませるわ」


 フォルクローレと呼ばれたそれは、この街の酒場を中心として四年に一度、三日三晩に渡って盛大に行われる特殊な祭りの事である。


 一年の針が四回まわって夏が歩みを緩め、作物の収穫も終わり秋の輪郭が見え始める頃、世界中を旅した吟遊詩人達がこの街に集う。


 それは各国の勢力や活動状況、未だ広く認知されていない魔物や魔獣の情報、辺境で語り継がれている伝承や民話…。

 とにかくジャンル無しのありとあらゆる情報が、この街に集まるという事でもある。


 吟遊詩人達は面白おかしく表現することはあっても、決してゼロからの作り話だけは用いない。

 必ず現実からの情報を土台とし、そこから個性を輝かせて言葉を綴る。


 それはいつからか吟遊詩人達の中での鉄の掟となっており、それがあるからこそ詩人達の言葉にはとてつもない価値がつく。


 それを自慢の喉を震わせて旋律と共に伝える者もいれば、一人が舞い一人が唄い、他の者が音を合わせて伝統芸能の如く仕上げてくる者達もいる。


 情報の時差をなかなか解決できないこの世界において、フォルクローレという祭りは宝山にも等しい価値を有しているのであった。


 そして尚且つ、娯楽を楽しみながら貴重な宝を手にすることができる訳であるから、人が集まるのは当然のことであるといえる。

 だからこそ一流の冒険者ともなれば、この機会を見逃すはずもない。


 クラス・プラチナの冒険者の中でも上位に位置するローグとララノアは、この時期の指名依頼や誘いを全て断わり、ヒストリアへと足を向けたわけである。


「あ〜!!ローグのおっさんだ!」


 荷物を部屋に置いて宿屋から出ようとしたところ十才くらいの少年にローグは声をかけられたが、その歩みは止まる素ぶりすら見せない。


「あれ?ローグのおっさん!…おっさん!!…チッ、ローグにいちゃん!」


 白々しく響く踵の音を両足で立てた後、ローグは満面の笑みと共にゆっくり振り返った。


「おお!リッチじゃないか。近くに居たんならもっと早く声を かけろよ。」


 顔を引きつらせている少年の横で、ララノアがボソリと呟く。


「現実を認めない三十路間近の男が、こんなに痛々しいなんて…。」


「んん〜?ララノア、何か言ったのかなぁ?これからは年齢通りの表現で呼んで欲しいって事なのかなぁ?」


 エルフは長命であるから、人間の感覚で年齢通りの表現をされても適切なものにはならない。


 平均寿命五百歳から逆算すれば、むしろララノアは人間族における二十代後半と言う事ができる。

 しかし…だだをこねている中年近辺の男が求めているのは、そんな理屈ではない。


「に、にいちゃん!いつ来たんだい?…いや、それよりも約束覚えてるかい?」


 どもってしまった呼びかけに多少の不快感を感じるが、ローグはとりあえず質問に答える。


「ついさっき到着したばかりだが、約束って大きくなったら戦い方を教えるってやつか?…いやいや、まだ早えだろ。それに俺が教えられるのは大剣での戦い方しか無え。何せこれしか使ったこと無いからな。そしてお前が教えて欲しいのは、盾を使った戦い方だろ?」


「いや色々考えてたら、盾を持って大剣も振り回せたらカッコイイなぁと思ってさ…。」


「お前、戦いを舐めてるだろ…。彼の英雄バッシュですら、手に持つ一番大きな得物はバトルハンマーだったんだぞ。」


「えええ〜!やっぱり無理があるかなぁ。もしできたら超カッコ良くて、目立つと思ったんだけどなぁ。」


「お前、結局目立つのが目的じゃねぇか…。ほら、次のフォルクローレが来たら少しずつ戦い方を教えていってやるから、今は子供らしく遊びながら身体をつくっていけ!」


「ちぇ〜。子供扱いしやがって…。ま、仕方ないか。母ちゃん!大鍋の蓋借りていくよ!」


 母ちゃんと言われて反応したのは女将である。


「持ってっても良いけど、壊すんじゃないよ!あと、ちゃんと洗って返しときな。」


 二年前の記憶をなぞる様なやり取りにヤレヤレと思い、ふとローグは窓から外の様子を伺う。


 元気よく外に出て行ったリッチの先には、五人の子供達が遊んでいた。

 その中の四人は木の板に取っ手を付けたものや鍋の蓋などを盾の様にして構え、そこに木刀を持った一人が見るからにヤル気なく立ち向かっていた。


「おーい!俺も入れてくれよ〜。」


 そこに大鍋の蓋を持ったリッチが合流する。

 そしてすかさず木刀を持った少年へと駆け寄り、ある技を真似て放った。


「シールドバッシュ(盾で殴る)!」


 軽く響いた木の音と共に少年の木刀が弾かれ、そのまま宙を舞って地に落ちた。


「へへん!どうだ、オレのシールドバッシュは。凄え威力だろ!」

「おいおい、リッチ!新しく入るんなら最初は剣士役からって決まってるだろ。」


 木刀を弾き飛ばされた少年が、少し怒った様子でリッチに言いよった。


「ええ〜!折角大鍋の蓋を持って来たんだから、いいじゃねぇかよ〜。剣士役なんてやりたくねぇよ。」

「ぶぶー。ダメです〜!盾役やりたいんなら、まず三回は剣士役をやってからじゃないとダメなんです〜!」


 そうだそうだと声を揃える少年達の圧力に負けてリッチは渋々大鍋の蓋を置くと、差し出された木刀を受け取った。


 いつ見ても本当に奇妙な光景である。

 普通は十歳くらいの男の子であれば、真っ先に剣を手にしたがるもの。


 そして名のある剣士に対しては恋慕にも近い憧れを抱く。

 この年代のごっこ遊びに於いての剣士役とは、本来ご褒美的な扱いをされてもおかしくないはずである。


 しかしこの街の子供達の中では、罰ゲーム的な位置付けになってしまっている。

 妙な関係図に思わず苦笑いしてしまうが、それと同時にこの街に帰って来たという安心感がローグの心を温める。


 外では盾役の少年達に追い掛け回され、タジタジになりながらもリッチが木刀を振り回していた。


◆◆◆


 二人がギルドに到着すると既に人の波が発生しており、ローグは己の考えが甘かった事を呪った。


「な…なに?この人の海は…。毎回参加者が増えてきてたけど、それにしても今回の増え方は異常としか言いようが無いわね。」


 ララノアが目を白黒させて言うと、肩を落とし項垂れているローグが無気力に推測を口にする。


「フォルクローレの価値がまた広く認識されて、認められたって事だろうな。その証拠に昔は商人や冒険者が大半だったのに、前々回くらいからは貴族の姿もチラホラ見えてきてたからな…。」


 ローグの言う様に、二人は少し前からお忍び姿で来ている貴族の姿を何回も目にしていた。


 祭りの空気を乱さない様に…という配慮をした衣装を選んではいるのだろう。

 しかし身に染み付いた所作や言葉遣いはどうしても隠せないらしく、その正体に気づいていない者はいなかった。


「そんなとこに突っ立ってないで、ここにでも座れ。」


 後ろから発せられた、記憶にある野太い声。

 その主を二人は見た。


 カウンターの中で丸太の様な二つの腕で、繊細にグラスを拭きながら声をかけて来た大柄の男。

 この男こそ酒場のマスターであり、それと同時にこの街のギルドマスターも務めているという世界で二人といない立場の男である。


 その事については、以前ギルド本部から問い詰められた事があったらしい。

 だが「酒場はオレの趣味でやっている」の一点張りで無理やり通したとのこと。


 しかもその酒場を中心に「フォルクローレ」という価値ある祭りが開催されるわけであるから、ギルドとしては特例を認めざるを得なかったというわけだ。


 その経歴は冒険者の最高峰・マスタークラスにまで登りつめた人であったとか、ジェネラル級大傭兵団を率いて暴れまわり「暴虐将軍」と呼ばれて恐れられていたとか…。


 更には森で偶然出会ったオークをデコピンで吹き飛ばしたとか、どれが真実か分からないものばかりである。


 だが確実に言えることがあった。

 それはこの男だけは決して怒らせてはならないということ。


 ローグとララノアは初めてマスターに会った時、それを肌で感じ取ったのであった。


「今からテーブル席を探したって見つからねぇよ。お前らの為にそこのカウンター席を空けておいてやったから、今回は諦めてここから楽しむんだな。」


 マスタークラスの冒険者とは存在する五ヶ国の大国が、それぞれ一人ずつ承認することのできる特権クラスである。

 だからこそ規格外の実力を持つ者こそが承認されるのであるが、政治的な色が強く表に出てしまうのもまた事実であった。


 なので一つ下の階級であるクラス・プラチナは、実力のみで登ることのできる冒険者の最高峰と言える。


 しかしとてもそれとは見えない覇気の消えた顔になってしまっていたローグは、空いているカウンター席を視界の端に捉えて、辛うじてこの世界に帰ってきた。


「…悪いなぁマスター。言葉に甘えるよ。ちくしょおお!」

「あ、ありがとうマスター。色んな意味で助かったわ…。」


「いいって事よ。ローグはどうしても中のテーブル席で、祭りの熱を直に感じたかったんだろうがな。しかし全体を見渡せるこのカウンター席から楽しむフォルクローレってのも、知っておいた方がいい。どんな話にどんな奴らがどんな反応をしているのか。それは中に入ったテーブル席からじゃ、微々たるものしか知ることはできない。ここからのフォルクローレもまた格別なものになるはずだ。」


 冒険者としても大先輩で、多くの経験に裏付けされたマスターからの助言。


 それを聞いたローグは徐々に溜飲が下がっていくのを感じ、背中を優しく叩くララノアの後押しを受けて気持ちを切り替えた。


「それじゃ、マスター。気持ちを盛りあげていくために、とりあえずぶどう酒とつまみをいくつか見繕ってくれ!」

「私はぶどう酒と肉と肉と肉〜。」


「ララノアは相変わらずだな…。ローグは駆けつけ二杯がお決まりだったよな。…お、見てみろ!今回先陣を切る吟遊詩人が、舞台に上がるぞ。」


 舞台へ目を向けると、灰色のローブを身に纏った女性が舞台への階段を登っている。

 それは左手にハープを持った基本的な姿の吟遊詩人。


 しかし纏われた薄い生地が身体のラインにピッタリと沿っており、胸と腰の主張をあらわにしていた。


 詩人は中央に置いてあった椅子の前まで進むが、座らずに全体に向けて優雅にお辞儀をする。

 そのままハープの音色を少し鳴らして注目を集めると、ゆっくりと物語りの歩みを口にした。


「それは大陸の西方。ラーズ帝国の庇護を受けるアムール山脈。その麓で、墓を守る者達が住む街『ブルーマウンテン』。この様に私は確かに聞いたのである。それは大きな盾を持った戦士の英雄譚。」


 その瞬間、酒場全体が大きく揺れ、天上に向けて突き上げる様な怒涛の歓声があがった。


 それは長年探し求めていた宝物をようやく見つけられた時の様な…。

 行方を探していた家族との再会を果たすことができた時の様な…。

 待ち望んでいたものに対する歓喜の咆哮。


「は…はは…。やっぱ目玉となる話への食らいつきはスゲェな…」

「うん!でも…フォルクローレの始まりは、やっぱりこれじゃないと!」


 二人は一気に最高潮に駆け上がった会場の熱気に驚きながらも、これから聞くことのできる物語に胸を踊らせる。


「しかも墓を守る街の話ってか…新作を頭に持ってくるとは ニクい演出しやがる。ほら、一杯目はオレのおごりだ。お前ら飲め飲め!」


 絶対強者の満面の笑みはやっぱり怖いものなんだなとローグは思うが、奢られたぶどう酒は有難く頂戴する。


「話一つでマスターの機嫌まで良くしてしまうとは…スゲェ人だよな!英雄バッシュって人はよ。」


「そりゃそうよ!人間嫌いの時代を生きたエルフ族の長老達でさえ、英雄バッシュの話はお金を払ってでも聞きたがるんだから。」


 爆発した歓喜の声に吟遊詩人は心地よく耳を傾け、物語を進めるべき時が来るのを静かに待つ。


 やがてゆっくりと、そして徐々に静寂しじまが訪れる。


 物語への扉は吟遊詩人の艶やかな唇と共に開かれ、フォルクローレが始まった。

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