第1話 聖騎士ガラード
「俺は太ももに挟まれて死にたかったぐはぁ」
醜い断末魔をあげて、また一人兵士が倒れた。
そこかしこから金属の削れる音が響き、砂と埃と血の匂いが充満する。
ここはまさに“戦場”と呼ぶに相応しい場所であった。
「この戦いが終わったら結婚するんだぐわああああああ!」
「まだだ、ここで退く訳にはいかない! 俺たちは皆の希望をぶるっひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
緑色の肌を持つ、巨大な魔族が斧を振り回すたびに、一人、また一人と兵士が吹き飛ばされていった。
「どいつもこいつもザコばっかだなぁ! せいぜいダサいなきごえでオデを楽しませろよぉ」
大きな二本の角を持つそいつは、低い笑い声をあげながら戦場を蹂躙していく。
「レッグ! フラッグ! 名前忘れたけど赤い髪の主人公っぽいやつ!」
俺は目の前で散っていった部下達の名を叫ぶ。
「「「まだ生きてます……」」」
短い付き合いだったが、三人とも良い奴だった。
それぞれが違う夢を持ち、それぞれが違う価値観を持ち、それぞれが異なる人生を歩んできた。
ひとりひとり、個性を持った人間だったのだ。
しかしここでは、数ある“誰か”の一人として、まるで消耗品のように死んでいく。
俺にはそれがとても悲しくて……彼らをゴミのように嘲笑したヤツに対して、体の奥からふつふつと怒りが込みあがってきた。
「——おい、そこの無駄にでかい劣化オーク」
「……なんだぁ?」
先程、部下達を亡き者にした魔族がゆっくりと振り返る。
緑色の肌に巨大な図体。
そう聞けば、人々は真っ先に“オーク”を思い浮かべるが、目の前の奴は違う。
オークのものよりも一回り大きな二本角。
そして最大の違いである、全身——特に顔を包み込むように生えた大きな体毛。
トロール。その中でも“グレート”の名を冠する上位の個体だ。
「おめぇ……いまオデのことを“劣化”だっていったかぁ? よりにもよって、あんの女騎士萌えのヘンタイどもの“劣化”だとぉ!?」
グレートトロールは怒りで全身を震わせ、地面を踏み砕きながらこちらに向かってくる。
周りの味方は悲鳴をあげながら逃げ出し、敵の魔族たちは『あーあ、アイツ終わったわ』と、憐みの目を俺に向けてくる。
トロール族はオークに対して、見た目がちょっと被っているので、ライバル心を抱いている。
特にオーク族が人間たちの間でメジャーであることから、間違えて『トロール? ああ、どうせオークの劣化版でしょ?』なんて言おうものなら、それはもう大変お怒りになるのである。
「オデはなぁ……魔王軍幹部のひとり、羅刹のシュテン様ちょくぞくのぶかだぞ。オデをおこらせたおめぇは、ぜんしんのホネというホネをくだいて、逆らったことをこうかいさせてやる!」
「あから様な自己紹介と説明口調どうも。それじゃあ俺も騎士の端くれだし、名乗っておくか」
右手の剣を握る力を強める。
強敵を前にして緊張で汗ばむが、歯を食いしばって奮い立つ。
腰を落とすと、剣を片手に持ち替え、機動力を重視した構えへと切り替える。
トロール族は一撃は重いが、知能とスピードは低い。
素早い動きでかく乱しながら攻撃すれば、勝機はある。
そのために敵を怒らせて冷静さを失わせたのだから。
「俺の名は“ガラード”! 騎士姫シャルマーナ様の忠実なる聖騎士だッ!」
オークが斧を振りかぶり、俺は懐に潜り込むべく勢いよく前に踏み込む。
二人の雄叫びとともに、一騎打ちが始まった。
◆◇◆
「兵士たちが帰ってきたぞー!」
がらんがらんと鐘が鳴ると、城壁に囲まれた街の門が開く。
先程まで戦っていた兵士たちが、ボロボロになりながらも帰ってきたのだ。
街の人々はそれまで行っていた作業を中断し、戦いに疲れた者たちを出迎える。
ここは要塞都市アイリス。
王都を奪われ、辺境まで追い詰められた小国コブラに残された、最後の希望である。もっとも……要塞とは言っても、街の周りを囲む城壁を含め、国民たちが大慌てで作った急増の要塞なのだが。
話を戻して――いつものように戦闘から退却した俺たちは、広場に座り込んで休憩しつつ、事後処理に努めていた。
深手を負った者はその場で治癒術師の治療を受け、回収された死体は教会へと運ばれる。蘇生魔法――なんて便利なものは無いので、供養して埋葬するためだ。
「レッグ……フラッグ……名前忘れたけど赤髪の主人公っぽい奴……安らかに眠ってくれ……」
「「「まだ生きてます……」」」
なんてやり取りをしつつ、疲れたので仰向けで寝転がっていると、急に周囲がざわめき始めた。
何事かと体を起こすと、その要因は眼前に現れた人物にあると瞬時に理解した。
「ひ、姫様!?」
「ふふ……楽にしてくださって大丈夫ですよ、ガラード」
ふわりと肩まで届く長い銀髪を後ろで束ね、全身を王家の紋章が刻まれた鎧で包んだ少女。
三人の護衛と共に現れた彼女こそ、この国の王女にして俺の主、シャルマーナ姫様である。
「な、なんでこんな所に?」
「みなが命を賭して戦っているのです。労いの言葉ひとつかけないで、何が王女でしょうか」
姫様は真剣な表情で先程まで戦場であった地帯を遠く見つめる。
そして俺の方へと向き直ると、身を屈め、その細く透き通るような指先で俺の両手を優しく包み込んだ。
擦り切れた痛みが少女の温もりで優しく塗り替えられる。
「……こんなに傷だらけになって――。……無事に帰って来てくれて、ありがとうございます」
そのままシャルマーナ姫様はこつん、と俺の指先へおでこをくっつけると、心底安心したように柔らかな笑みを浮かべた。
美しい……。
その笑顔はあまりにも眩しく、戦いで疲れ切った心が思わず奮起してしまう程だった。
――だってそうだろう。
普通に生きていたら目にする事さえ敵わない程の高貴なお方――それも絶世の美少女――からこんな言葉をかけられたなら、誰だってテンションが上がる。
「うおおおおお! 姫様、ご命令とあらば今すぐにでも、魔族の奴等に殴り込みに行きますよ!」
「ええと……ゆっくり休んでくださいね?」
おっといけない。
姫様が反応に困ってらっしゃる。
俺は立ち上がりかけた体を戻して、体育座りでその場に直った。
姫様はこほん、と咳払いすると、俺と視線を合わせるために同じく座り込む。
それにならって護衛達も再び身をかがめる。
「先の戦闘の詳細、アストールより聞きました。まずは生きて帰ってくれて何よりです」
「……申し訳ございません。ただ兵を減らしただけで、何の成果も得られませんでした」
「何を言うのです。元はと言えば、無謀な策を命じた私の責任です。むしろ謝るのは私の方。あなた方を危険な目に合わせてしまい、誠に申し訳ありませんでした……」
深々と頭を下げる姫様を慌てて止める。
この国の立場はとても危うい。
元々小国だったことに加え、同じように魔族に抵抗している国々から、地理的に孤立してしまっている位置にある。
つまり周りは全て敵なのだ。
そのため他国の支援を受けられぬまま魔王軍と戦う羽目になり、王都は落とされ、国王様や有力な軍師や騎士達は軒並み戦死してしまった。
残された王族はシャルマーナ姫様ただ一人。
領土もこの要塞都市アイリスだけ。
幸い、魔族の本軍は他の大国と戦っているため、首の皮一つ繋がった状態で、かろうじて守れている。
しかし、この街はあまり農作物を育てるのに適していないため、近いうちに食糧が底を尽いてしまう。
それを防ぐため、今回、魔王軍に占領された近くの農業都市を奪還すべく戦いに挑んだのだが……結果は惨敗。
収獲と言えば、偉そうなグレートトロールの首1つ。
相変わらず苦しい状況が続いたままである。
「きっつい状況だよなぁ……」
俺は兵士ひとりひとりに声をかけて回る姫様の後ろ姿を眺めながら、ぼんやりとつぶやいた。
女勇者が敗北した、エロ同人誌の続きみたいな世界の騎士道物語 藤塚マーク @Ashari
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