エリックとマリア

 その少女はいつも俯いていた。

 口数は少なく、人と目を合わさない。遠慮がちにこちらを見たかと思えば、俯いてしまう。

 そんな彼女と話してみたいと思っていた。

「ねえ」

 漆黒のローブ越しにも分かるその細い肩がびくりと震えた。突然声をかけて怯えさせてしまったようだ。

「君は、どうしてセフィリアと一緒に来たの」

 聞きたいことはそんな事じゃない。

 あれ。俺は彼女に何を話して欲しいというのだ。

 彼女の笑った顔を見た事が無い。

 けれど、詰まらなさそうにしているように見えないのだ。

 何を考えているのか、彼女の目に俺はどう映っているのか知りたい。

「俺は、君の事が知りたいんだ」

 何かを話したいんじゃない。

 ただ彼女の事を知りたい。

 彼女の顔が僅かに上がる。首を傾げて、こちらを見上げている。

 全身に纏う烏木のような色の布から垣間見える肌は真っ白で、さらりとした緑の黒髪が揺れる。

 ああ、この子は俺と同じ色の瞳を持っている。

「私は何もないの」

 長い睫毛が影を落とす。

「私は不幸を招くのだそうです。空っぽで人に何も与えられない癖に不幸だけは呼び寄せる。私みたいな者をあなたが知る必要はない」

 不吉の象徴として捨てられた俺が、それを気にせずにいられるのは傍にいてくれた人達のお陰だ。

 傍にいる事を許してくれた。当たり前のように普通でいてくれた。

 こちらに背を向けて歩き出そうとする彼女の腕を咄嗟に掴んだ。あまりにも細い腕を強く握ってしまい、直ぐに力を抜く。

「俺は不幸じゃない。だから、君は不幸なんて招かない」

 セフィリアは、彼女をとても優しいのだと言っていた。大好きなのだと笑っていた。

 俺の手を振り払うでもなく、彼女はそこにいる。

「マリア」

 名を呼ぶと、小さく彼女の体が震えた。それが腕を取った手から心臓まで伝染して、胸がぎゅっと締め付けられた。まるで空気が薄くなってしまったみたいだ。

「私は、自分が怖いの。時折記憶が飛ぶの。何をしているのか分からない。大好きな人を傷つけでもしたら、そう考えると怖いの」

 空気は薄くなったんじゃない。きっと異物が混じって重たくなってしまったのだ。

 その異物の排除する方法はなんだろう。

「大丈夫。俺が傍にいる。だから君は誰かを傷つける事はない」

 ゆっくりと彼女はこちらを向いた。

 ローブから溢れた細い髪が光を浴びて淡く色を放つ。

「君はもっと笑ったほうがいい。苦しい顔をすれば苦しくなるし、悲しい顔をすれば悲しくなるんだ。誰かを幸せにしようと思うなら、君が幸せでなくちゃいけない」

「笑って、いいの?」

 大きな瞳から涙がこぼれ落ちた。

 なんだかその姿がとても綺麗だと思った。

「勿論だよ。君の笑顔を見れたら皆きっと笑顔になる」

 涙を拭おうとしない彼女の頬にそっと触れる。涙を掬い上げて、俺は彼女に歯を見せた。

 マリアはぎこちなく、笑った。

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