LIBERTY エリック王 番外編

檀ゆま

エリックとトノ

 木にそっと触れる。

 様々な情景が真っ暗になった世界に映し出された。

 燃え盛る町で少年が大切なそれを抱える姿、待ち焦がれていた男性の姿を見て木の傍から駆け出す女性、日向ぼっこをして寝そべる親子。

 映像がただ移り変わるだけじゃない。感情が憑依するようで、胸が詰まる。


 目を開くとトノの声がした。

「なにか見えたかの?」

 足元にいる彼を摘み上げる。

「見えた。これは木の記憶なのか?」

「ちと違うな。エリックが見たのは、人間の想いの残骸じゃよ。この木が保有してると考えれば、木の記憶と言っても良いかも知れんがの」

「想いの、残骸?」

「人間とはやっかいなものよ。考え、悩み、苦しむ。その感情とやらを、その場所に残していくのじゃ」

「そうか。人の想いは消えないんだな」

 なんだかそれは嬉しかった。

 時の流れは、俺の存在を置き去りにしてしまうように思っていた。人は、忘れる生き物だ。忘れなければ生きていけない。

「エリックよ、本当によいのか? お前は人ではない。人の王になる義務はない筈じゃ。我ら精霊もお前ならばついていく。今ならば生まれた場所にも戻れよう」

 俺の目と髪が黒いという理由で捨てた生まれ故郷。憎いとは思わない。けれど、そこで生きたいのかと問われれば、答えは否だ。

「俺は人を守りたいと思う。トノが言うように人間はやっかいだ。違う存在を敬ったかと思えば、掌を返して排除しようとする。何かと比べて己が優らなければ苦しむ。どんな時にもストレスを感じる。全ての生き物の中で、これ程やっかいなものはないだろう。それでも俺は人が好きなんだ」

 トノは俺の掌から、ひょいとジャンプした。

 地面に到達する前に土埃が舞い上がり、手の甲を咄嗟に目に当てた。自然と呼吸も止まる。

「エリックよ。我ら精霊の姿をお主はヒト型に見えておるな?」

 土埃は収まったがトノの姿はない。ただ声だけが響く。

「本来我等に姿はない。見えるように、理解が及ぶように姿を見せておるだけじゃ」

「そうか。姿を形作るのは面倒なのか?」

「どう思う?」

「俺には分からないよ。でも面倒なら、姿なんてなくても構わない。俺はトノが好きだから」

 小さな土埃が立ち上がり、消えると、いつものトノがそこにいた。体よりも大きいこの杖も、本来はないと言う事なのか。

「触れられる感覚はの、姿がなければ得られぬ。儂はセフィリアに撫ぜられるのが好きじゃ」

「なんだ、俺なら今すぐしてやれる」

 座り込む。人差し指でトノを撫ぜてやる。

「お前の指ではなく、セフィリアの細く柔らかい指がよいのじゃ! いい香りもするしの!」

「我儘言うな」

 文句をぶつぶつ言いながらも、トノは俺の指を払い除けない。

「エリック。お前はその侭でおれよ」

「うん。そろそろ戻ろうか。セフィリアが心配する」

 トノはいつものように俺の手に乗っかった。

「帰ろう」

 そう言って、歩き出した。

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