第2話 ダンジョン再び
次の日、別行動だった仲間の戦士ノギルと合流した二人は、西の山麓の洞窟に向かって歩いていた。
街道に沿って緩やかな峠を登ると、遠くに洞窟へ向かう獣道の入口が見え始める。
「お前が参加してくれるとは思わなかったよ。宿で待つって言うかと思った」
シロはノギルに向かって言った。
「まあ、道は分かるし、今度は心の準備が出来てるからな」
「そうか、すまないな……お前も無理に来なくていいんだぜ」
「私は、死んでも実家が復活させてくれるからね」
「……そこは、死なないようにしろよ」
「まあ、せっかく準備はしたんだし、な」
ノギルは鉄で出来た軽鎧を身につけ、腰に長剣をぶら下げている。別行動の間に買い直したのだろうか。他には食料や雑貨の入った背嚢を背負っている。さらに長剣は新品の、それも良品のようだ。
「ノギルは保険には?」
「いや、入ってないな。というか、入ってるやつがいるとは思わなかったよ」
エルザの問いに、先頭を歩くノギルが背中越しで答えた。ノギルの後ろを魔法使いのエルザが続き、後方をレンジャーのシロが歩いている。
早朝に街を出た甲斐もあり、昼前には目的の洞窟の側へ到着した。
ざらざらとして堅そうな岩肌に、人が余裕で三人ばかり通れそうな亀裂が入っていて、奥へ向かって柔らかな陽射しが差し込んでいた。
と、その入口の脇に長身の男が一人、壁にもたれるように立っていた。革の軽鎧に、腰に小さな剣を佩き、大きな白い鞄を肩からぶら下げている。
「おはようございます。銀行ギルドから派遣されたバーンズです。職業は
そう言って、最後尾のシロに手を差し出した。
「シロです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、銀行の説明は受けられたと思いますが、私が同行しますので、よろしくお願いします」
シロが差し出された手を握ると、バーンズはゆっくりと微笑んでから言った。
「私の仕事はシロ様とパーティの皆様と、安全に目的地に到達して、目標を回収することです。有事の際以外は、シロ様やパーティの指示に従います。さっそく行きましょう」
ノギルとエルザも握手を交わしてバーンズに挨拶すると、早々に一行は洞窟の入口をくぐった。
奥で全滅したとはいえ、回数を重ね何度かチャレンジを繰り返した洞窟だったので、低階層の道筋は大体頭に入っている。
特に迷うこともなく歩き始めた。
街道とは違って、レンジャーのシロが先頭で周囲を警戒しながら進み、後方でノギルが臨戦態勢のまま付いてくる。バーンズはさらに後ろをゆっくりとした足取りで続いていた。
ノギルが何度か「護衛するから間に入らないか」と誘ったが、バーンズは「私はあくまでおまけです。極力邪魔をしないのでお気になさらず」と最後尾から離れなかった。
広かった通路は、やがて徐々に狭くなり始め、人が一人歩くのがちょうどの幅になる。
洞窟の中は昔から冒険者が多く、整備されていて、松明代わりの魔法灯があちらこちらに灯されていた。地中からの土の魔力をわずかに吸い上げ輝く、それだけ聞けば植物のような明かりで、見た目も白い花の形をしている。
薄暗い通路を迷わずに二時間ばかり歩いたところで、道が急に大きく広がり、正面に大きな門のような扉が見えてきた。
大きな魔法灯が二つ両脇に輝いている。
と、突然シロが腰の剣を抜いた。
「見つかったぞ!」
シロが鋭く叫ぶと同時に、ノギルが腰から長剣を抜き放ち、エルザもを杖を構えた。
うなり声と共に闇越しに姿を見せたのは、オオカミのような姿をした魔物二匹だった。赤く光る目が四人を照らす。
バーンズは短剣を無造作に抜いたが、後方で様子をうかがうように立ち止まっている。
立ちふさがるように並んだオオカミに、ノギルが上段から斬りかかる。同時に、エルザがもう一匹へ放った拳大の光球が炸裂し、目を眩ました。その隙に目を瞑っていたシロが飛びかかる。
ノギルの長剣はオオカミを簡単に切り捨てた。
飛びかかったシロの短剣は、正確に首元を狙っていたが、器用に首を捻ったオオカミの牙に防がれた。
短剣に噛み付かれたシロだったが力を込めて踏ん張る。
その隙にノギルが首元に血の付いた長剣を振り下ろし、戦いは終わった。
「手際がよいですね」
バーンズが少し驚いたように言った。
「慣れてるからな」
ノギルが血糊を拭いながら言った。
「この辺は何度も訪れてる。問題はこの扉の向こうだよ」
「そうですね。毎回来る度に道が変わっている、迷路の小部屋ですね」
バーンズが肩を竦めて言った。
「知ってるんですか?」
「ええ、シロ様が初めてのお客さまではないですから」
「ああ、そりゃそうだね」
エルザが感心したように言う。
「とはいえ、最深部まで同行したことはありませんが」
「そうでしょうとも。まだ、この洞窟はどのパーティにも踏破されていないはずですから」
シロは短剣をしまい、ノギルは後方に戻る。
この扉で、大体全滅した場所まで半分の道のりといったところだが、この先は迷路状になっているから時間は掛かるだろう。
シロは慣れた手つきで扉に手を掛けると、ゆっくりと押し開いた。
扉の向こうは、一軒の家が収まりそうな広さの部屋で、天井も少しだけ高い。部屋のあちらこちらに扉が付いていて、その種類も木の扉や鉄の門扉など同じ物は二つとない。部屋の真ん中には魔法灯が点いているが、お世辞にも明るいとは言えない物だった。
「さて、どうする?」
「いいさ、いつも通りシロに任すよ」
ノギルが答え、エルザも何度か頷いた。
シロは一度首を傾げると、少しだけ考えてから左手の方にある木の扉を押した。
扉の向こうには同じような部屋が広がっていた。
シロは部屋の中に入ると、順番に扉を見つめていく。扉の向こうの気配を探り、経験を重ね合わせながら扉を選んでいくのだ。エルザとノギルは黙ったまま従うように進んで行った。
扉の先に小部屋が続く。
テンポよく何部屋かを通り過ぎていったところで、シロの足が止まった。
「……マズったなぁ」
「囲まれたか?」
ノギルの言葉にシロは首を縦に振った。
「任せる」
「バーンズさん、すみませんね」
「いえ、お気になさらず。お困りになられた際は、一声いただければお力になります」
シロは頷いて、右にあった鉄の扉に手を掛け、一気に開いた。
扉の向こうのから現れたのは、大量のネズミの魔物だった。一頭あたりが人間の子供ほどもあり、数がやたらに多く、四人は魔物の波に一気に飲み込まれた。
力はさほど強くないので抗うことが出来るが、とにかく数には敵わない。
「走るんだ!正面へ」
シロが短剣を振り回しながら駆け出す。近くにいたエルザの手を引っ張り、後ろへも檄を飛ばした。そのまま三部屋ほど突っ切る。
なんとか群がる魔物を振り解き、部屋の扉を閉めたときには、シロもエルザもへたり込んでしまった。
同時に駆け込みながらも飄々としているバーンズが、はたと思い出したように言った。
「無事でよかったですが……ノギルさまがいらっしゃいませんね?」
「え?……え!?」
エルザが顔を上げたが確かに姿が見えない。
「……これくらいの魔物に?やられるわけがないさ」
シロは立ち上がった。魔物が体当たりでもしているのか、背後の鉄の扉から激しい音が聞こえている。
「大丈夫だよ。こんなこと前にもあったし、その時も無事だった」
「まあ、万一のことがあったとしても、帰りに連れて帰られればよろしいかと」
バーンズが慇懃に言った。シロは少し眉をひそめたが、気にしないようにと頭をひとつ振ると、再び扉に向かって歩き始めた。
幸いにネズミの大群に襲われてからは、大した危険もなく進むことが出来た。単体の獣や魔物と出会うことはあっても、エルザの魔法やシロのスキルでたいしたこともなく切り抜けていく。
外では日没が近づいたであろう時間になった頃、小部屋の迷宮を抜け、岩壁の広い通路へ抜けた。
天井は高く幅も王都の大通りよりも広い。緩やかに下っていて、どこか遠くで水の流れる音がしている。等間隔に魔法灯が立っていて、辺りをぼんやりと浮かび上がらせている。
「もう少しだね」
エルザが緊張したように言った。生き返れるとしても、やはり死ぬのは気持ちいいことではない。
「うん、見覚えがあるよ」
シロはあたりを警戒しながら答える。
魔物もテリトリーがあるとはいえ、その範囲は広いはずだ。ドラゴンがそのままいるとは考えにくかったし、自分たちの亡骸を拾ってくれた冒険者が通ったのだから、安全なはずではある。とはいえ、一応警戒はする。
「あ、ありましたね」
急に周囲の壁に傷跡や抉れた跡が見え始めたと思うと、すぐにドラゴンに負けた場所が見つかった。ぼろぼろになった袋が落ちていて、小物や腐った食料が散乱している。
「随分と激しい戦いだったんですね」
「ドラゴンがこんな手前にいると思わなくて」
シロは自分の荷物に見当を付けると、冒険者カードを探すためにかがみ込む。エルザも自分の荷物を探し当てたようだ。魔法灯があるとはいえ、あたりは薄暗い。
「あった」
少しの間荷物を探っていたシロが声を上げた瞬間、背後に気配を感じ振り返る。
と、そこにははぐれて姿を消していたノギルが抜き身の長剣を振りかぶって立っていた。
「?」
「すまないな」
殺気を感じるがシロの身体は動かない。
うなりと共に、シロの身体に長剣が振り下ろされる。目を瞑った瞬間、甲高い音がしてノギルの長剣が弾かれた。
いつの間にか横にいたバーンズの短剣がシロを守っていた。
「魔物以外に殺された場合は復活は出来ないはずですが?」
「金が必要なんだ。そのカードと証書を寄越して死んでくれ!」
「昨日のカジノの借金ですか?」
「なっ?」
嘲笑するバーンズに、ノギルが長剣で斬りかかってくるが、バーンズは全てを短剣で捌ききる。そして、隙を見せた一瞬、回し蹴りを腹部に炸裂させた。
ノギルの身体が吹き飛ぶ。
「お、お前、ただのマッパーじゃないのか?」
「マッパーですよ」
バーンズが笑顔で答える。
と、同時に咆哮があたりの空気を振るわせた。赤い二つの目が闇に浮かび上がる。
「ドラゴン!」
シロが叫んだ瞬間、吹き飛ばされ倒れていたノギルの身体が持ち上げらた。巨大な顎に挟まれている。
まるでデジャヴだ。
「マッパーでもレベルと経験が違うんですよ」
バーンズは笑顔を崩さないまま、けれども酷く冷たい声でそう言うと、短剣を握ったまま、無造作に飛びかかった。
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