二三月五日

 昨日は朝まで酒を飲んでいたようで気が付いたら朝十時前だった。もう一寝入りしようかと寝がえりをうったと同時に「そういえば、」と思う。そういえば、朝方酒を飲みながら理容院を予約した。何時に予約していたっけかなとインターネットの予約履歴を確認すると本日、朝の十時だった。まずったナと急いでシャワーを浴び服を着替えて十時ちょうどに家を出る。家から徒歩五分ほどで到着する店のため、さほどの遅刻にはならないだろう。

 店に到着したのは十時過ぎである。「遅くなりましたが」と謝罪し名前を告げると、カバンとコートを取られて席につかされた。メガネを外して鏡台に置く。「本日はどうしますか」と聞かれ、「適当にカットだけ」と答えたところ首にケープを巻かれ両耳を切り落とされてしまった。床に落ちる自分の耳を確認しアララララと思っていたところ、担当してくれるらしい理容師と鏡ごしに目が合い「遅刻をされたので」と口パクをされた。いや、普通に話していたかもしれないが、耳がなくなったわたしには聞こえなかっただけかもしれない。遅刻には耳を切り落とされるペナルティがあるんだねえとがっかりしながらも、目の前に出された雑誌を手に取りページを開く。関西のうまい店や観光地なんかをまとめたものである。雑誌に載るような店は苦手なので山とか川とかの特集はねえんかなあとパラパラめくっていたが頭に振動を感じ始める。なんだろうなと鏡に目線を戻したところ、わたしの頭にバリカンが走っていた。もう半分ほど髪はなくなっており、ここで止めればとんでもないアシンメトリーの髪型になってしまう。まあここらで気分転換に坊主になってしまうのもアリかと思い再度雑誌に目を落とす。しばらくすると頭に感じていた振動がなくなり綺麗に髪の毛がなくなっている。理容師と鏡ごしに目が合い「だいぶ雰囲気が変わりましたね」と口パクをされ、お前が変えたんだろうと思ったが何も答えないでおいた。理容師はわたしの首に巻いたケープをとり、首周りに落ちた髪を払い落としたあと鏡台においておいたメガネを渡してくる。しかし、耳がなくなっているためかけられない。困ったナと思いなんとなしに理容師の顔を見上げたところ、笑いながらわたしにカメラを向けている。なんなんだと気を悪くしたが、とにかく会計をやってしまおうと椅子から立ち上がりメガネをポケットに入れてレジに向かう。数千円を支払い店を出たあと、この店の口コミでも投稿しようかと携帯電話でインターネットブラウザを起動させ、店舗のページを開く。そこには「耳なし芳一ができた(笑)」とのコメントと一緒に、先ほど撮影された私の画像がアップされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る