第16話


 ビアンテはカモの胸肉とロースとフォアグラが一つの皿にのっていた。

 ゴボウとシイタケもついている。

「おいしい」

「おいしい。で、その後どうなったの?」

「他に何か作ってって言われて天ちゃん直伝の料理を持って行ったわ。それで可愛いのに習いましたって答えたの。するとその日本人は近々、中国でオープンするレストランで店長しないかって誘ってくれた」

「返事は?」

「結局そのレストランに行ったわ。失うものもなかったし楽しそうだったから。レストランは『芽衣』って名前だった」

「それから売れに売れて日本へ?」

「いえ、しばらくそこで頑張ったわ。日本客も多くてね。そこのコックのほうが私より料理が出来たし、マネージャーのほうが経営に詳しかったわ。そこでは何でも勉強になった。その頃には良いマンションに住めるようにもなってたけど相変わらず大学生が住むようなアパートに住んだ」彼女は懐かしむように微笑んだ。

「その時の習慣かな? 今も普通のOLが一人暮らししてるようなマンションに住んでる」

「そうね。贅沢な暮らしよりも質素な暮らしのほうが自分らしくいられそうな気がするから」

「そうか。けどお金があるんならもう少し防犯には気をつけたほうが良い。君はそっちの世界じゃあまりにも有名すぎる。それに美人だ」

「ふふ、ありがとう。そこも自分らしく願望ね。例えば今ナイフを持った男がここに入って来ても倒す自信があるわ」冗談を言う時の星沙ではない。どうやら本気でそう思っているらしい。

「天ちゃん直伝?」

「そうね。天真爛漫拳法を習ったの」

「何だそれ!?」

「打ちたいように打ち、蹴りたいように蹴る」

「名前のまんまじゃないか!」

「私はすでに師範代なのよ」ボクシングのシャドーのように拳を振り回している。

「失礼致します。デザートをお持ち致しました」星沙は拳をしまった。


       *


 デザートはモンブランケーキとイチゴのムースだ。

 もちろん僕がモンブランケーキで彼女がイチゴのムースだ。

 ケーキではモンブランが好きで星沙とデザートを食べるときは必ず注文している。

 僕は必ず最後にクリを食べるのだが、あるランチで最後の一口のためにとっておいたクリを星沙がフォークで一刺ししたときは思わず怒ったほどだ。

「おいしい」

「おいしい。それからどうなったの?」

「『芽衣』で頑張って、帰ったら天ちゃんに色々教えて貰ったわ」

「天真爛漫拳法とか?」

「天真爛漫拳法とかね。で、芽衣が有名になったのか、オーナーのケンさんが有名だったのかわからないけど、中国や日本でバリバリ稼ぐ人達がたまに来るのよ。すると私が呼び出されて、メニューに無い料理を注文されるの。注文される料理は決まって天ちゃんが教えてくれた料理なのよ。そしてお客さんが求めている味なの」

「天ちゃんは願いを叶えてくれるパンダなのかな?」

「いえ、天真爛漫パンダね。どうしてそう思うの?」

「だって天ちゃんが教えてくれたことが星沙の願いを叶えることにつながってるじゃないか。料理や日本語を教えてくれたり、それでチャンスを掴んでる。あ、でも星沙の努力ありきなのか、僕じゃとてもそこまで出来ない」

「すると願いを叶えてくれる方法を教えてくれるパンダってことで良いんじゃない?」

「なるほど。僕はそう思うね。願いをポンッと叶えてくれるよりも正しい努力の仕方と願いへの最短距離を教えてくれるほうがよっぽどいい。自分の力のような気がする」

「あなたがそう思うんならそうなのよ」

 店内に音楽が響き渡っていた。

 腰をひねって後ろを見ると地下のピアノに黒のドレスを着た紺色の長いストレートの髪をしている女性が座っていた。

「『A Whole New World』ね。I can show you the world~♪」星沙の声は透き通っていてピアノのように響いた。

「Shining, shimmering, splendid~♪」

「もしよろしければ下にマイクがありますのでそちらで歌ってください。女性パートがあいています。みなさんもお聞きになりたいはずですよ」店長と思われる男は僕らに向かってそういうと微笑んだ。

 星沙は歌いながら頷き、僕を見て手を差し出した。

 とてもキレイな手だ。

「それではこちらです。男性がお手を引いてくださいませ」と軽く会釈をして店長と思われる男は先を歩いた。

「とんでもないことになったね」と僕はささやいた。

「私は歌えて嬉しいわ。あなたは堂々としていればいいの」僕は星沙の手を取った。

 地下のガラス張りのフロアまで案内されると星沙は一人でマイクまで行って、ピアニストに会釈すると続きを歌った。

 彼女の声とピアノはぴったりと合わさって店内の全ての人の心に響き渡った。

 夢のような3分間だった。

 演奏が終わると拍手が喝采した。

 ちなみに男性パートはピアニストが歌っていた。僕ではない。


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