第15話


 クリーム色のスープの中心にエビが入っている。

 スープの中には百合根がコーンサイズで入っている。

 かすかにレモンの香りがする。

「おいしい」

「うん、おいしい。で、天ちゃんは何を作って欲しかったの?」

「きんぴらごぼうね」

「そりゃまた和風だな」

「いえ、パンダ風ね」

「どんな風?」

「きんぴらごぼうを笹の筒、つまり竹を半分に割った容器に入れたのが完成系だったのよ」

「皿は?」

「竹の容器を大皿の上にのせるの! 細かい気配りは女性とパンダに必要だけど自分のことについては細かいことを見せない方が良いわよ」

「で、何で金平牛蒡だってわかったんだ? もしかしてしゃべれたのか」

「料理本を見ながら作っていたからよ」

「なるほど、それなら誰でもわかるな」

「いえ、その本通りに作ったのを天ちゃんが味見したら吐き出して私に向かって声にならない声を出したわ」

「つまり、不味い。もしくは、違うってことか」

「例え食べてなくても女性が作った料理を不味いって言ったらモテないわ」

「つまり、天ちゃんが求めていた味じゃなかったってことか」言葉を選んで言いなおした。

「そういうことね。で、天ちゃんは背中にしょってるカゴから写真を出したのよ」

「あのカゴにはそんなものが入っていたのか」

「写真だけじゃなくて材料も笹も何でもあの中に入っているわ」

「現代の4次元ポケットかよ」

「その通りね。特にコンニャクを食べたときはドキッとしたわ。しゃべれるんじゃないかしらって」

「しゃべったの?」

「いえ、そういうことは一度もなかったわ。けど性格は似てるのかな。気持ちを察するのは難しくなかった。あなただったら無理だったわね」

 少しで良いから僕の気持ちも察してくれ。

「で、写真には何が写ってたの?」

「竹の容器に入った金平牛蒡ね。見た感じ料理本と比べたら遥かに赤くて唐辛子が足りてないことに気がついたわ」

「天ちゃんの求めている金平牛蒡作りが始まったわけか」

「結局その日は作れなかったわ。そして3食金平牛蒡の毎日が始まったの」

「ちょ、そんなに難しかったの?」

「完成形の味がわからなかったから苦労した。あ、ちなみに天ちゃんは初日から私と一緒に寝たわ。羨ましいでしょ」星沙は笑った。

「失礼致します。こちらポワソンになります」



  *



 ポワソンは巨大なエビだった。

 伊勢エビらしい。

「おいしい」

「おいしい。で、きんぴらごぼうの味は何でわかったんだい?」

「天ちゃんが作ったのよ。自分で言うのも恥ずかしいけどきんぴらごぼう作りが最初よりも遥かに上手になった頃にね」

「なるほど」

「きんぴらごぼう作りと夜は日本語の勉強をしたわ。天ちゃんが『やさしい日本語』って本を読んでたの。他にも日本語の教材があってね。日本には行きたかったから」

「家で料理に日本語か」

「えぇ、大学では元々経済と英語を学んでいたの。それに天ちゃんがやりがいと運を運んできてくれたわ」

「それで社長になって日本に来たわけか。ってそんなに簡単じゃないだろ!」

「そうね。きんぴらごぼうの他に天ちゃんが好きな独特な料理をできるまで頑張ったわ。料理と日本語を2年ほど学んだの」

「寂しくなかったの?」

「天ちゃんがいたから全然ね」

「その後どうしたんだい?」

「2年の間に皿洗いだけじゃなくて、料理もさせてもらってたの。ある日、日本人がお店に来た。一応、都会にあるレストランだし、たまに日本人が来るから特別じゃないの。そこでその日本人が『きんぴらごぼうありますか?』ってウェイターに聞いたのかきっかけ。その店じゃ誰もお店で出せるくらいのきんぴらごぼうを作ったことがなかったの。それで、私が天ちゃん直伝のきんぴらごぼうを作って持って行ったわ」

「それで?」僕はシルバーを置いて前のめりになっていた。

「日本語で『こちらがきんぴらごぼうになります』って出したの。今思うとまだ日本語上手くなかったかも。その人は私が日本語を話したことに少し喜んでくれた。だから話を続けたの。何できんぴらごぼうなんですか? って」

「何で?」

「気分ね」

「ウソだろ」

「ウソよ」

「何で?」

「その人は、昔中国で食べたきんぴらごぼうの味が忘れられなくて仕事の合間にその味を求めて旅してるって答えたわ。私は、探しモノがある人生も素敵ですねって答えたら、ありがとうと言ってその人はきんぴらごぼうを食べたの。一口目でその人は私に、このきんぴらごぼうはどこで習ったのかって聞いてきたわ」

「恐るべしパンダ」ずっと捜し求めてる味を星沙に教えてるとは。

「可愛いパンダよ」

「失礼致します。ビアンテをお持ちいたしました」僕は慌てて少し残っていたエビを食べた。

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