第14話
「失礼致します。こちらがアミューズになります」ショートボブのウェイトレスは音も立てずに料理を出した。
皿の上にカクテルグラスのような透明な皿がのっておりそれに料理が入っている。
一番下が淡い橙色のゼリーでその上にトロロがのっている。
さらにトロロの上には細身に切られた鯛と2切れのオクラがのっている。
さらに一番上にはトビウオの卵を塩漬けにしたオレンジ色のつぶつぶがある。
いわゆる「とびっこ」だ。
ほのかにワサビの香りが漂う。
「いただきましょ」星沙が先に口を開いた。
僕らは手を合わせていただきますを言い食べ始めた。
「大学を辞めて親元を離れた。次は何をしたの? 覚えてることだけでいいよ」さっきの話の続きを切り出した。
「先に親元を離れて一人暮らしを始めたわ。大学の学費と家賃、生活費は全て自分で払うことにしたの」
「何のために?」
「自分のために。退屈な毎日だったから自立しようと思ったのね」
「すると大学に行きながら皿洗いのバイトで生計を立てようとしたことが始まり?」
「皿洗いだけじゃなく、英語で地元についての記事も書いていたわ。不定期だったけどそっちの方が稼ぎになった」
「そんなこともしてたの?」何やら皿洗いだけが浮いているように思えた。
「大学では成績が良かったの。学費がほとんど免除になるくらいね。で、その大学に仕事がきて成績上位者の私に話が来た。わかる?」
「わかる」
「で、一人暮らしを始めたのはいいけど何もあまり変わってないのよね。振込み、掃除、その他もろもろ雑用が増えたくらいね。また退屈になりそうだなーと思ってたら……」
「たら?」
「天ちゃんが我が家に来たのよ。一人暮らしは寂しいから私は大歓迎だったわ」
「えっ、ちょっとそこのところをもっと詳しく……」
「失礼致します。こちらオードブルになります」とショートボブの子は丁寧に僕らの右側から音も無く皿を置いた。
*
オードブルは30cmほどの大皿にエビとホタテとアボガドなどの野菜が盛られている。
確かこれは「カナダ産オマール海老と帆立貝のマスタード風味」だった気がする。
「いただきます」僕らは両手を合わせて言った。
「おいしい」
「うん、おいしい。で、どんな風に天ちゃんが来たの?」
「夜中にね、キッチンから音がすると思ったら天ちゃんがいたの。それも料理雑誌と睨めっこしながら」
「勝手に君の家の台所を使っていた、と?」
「そう。小さい身体でしょ? 流し台の上に立っていて必死に料理しているの。包丁なんて天ちゃんの1.5倍くらいの大きさがあるのによ。両手で抱えてるの」
少し想像してみた。
可愛い気もしたが狭い現実しか見てこなかった僕には、シュールだとしか言いようがない。
というか怖いか。
「で、大皿が2枚用意してあったのよ。私と食べたいのか。天ちゃんの好きなパンダと食べたいのか、単に大食いなのかは分からなかったけど、可愛いし、きゅんきゅんしちゃって話しかけたのよ」
「何て?」夜中に自分の家の台所を使うパンダに何て声をかけるんだ。
「私が作ってあげようか? って」
「普通だな」
「天ちゃんとの出会いに特別な言葉がいるのかしら?」
「えっ、いや。すまん、話続けて」思わぬところで切り返されて慌てた。
「天ちゃんはこっちを向いて、瞳をうるっとさせて、こくんと頷いたわ。包丁を両手で抱えながらね」
「つまり、言葉が理解できたってことか」
「きっと伝えたい思いは伝わるのよ。心がある同士なら」
「とにかく伝わった。それでいいね」言葉か心かの議論が始まると大切なことを聞きそびれるかもしれない。
「何を作るの? って聞いたの。もししゃべれなかったら材料から判断しようかと思って近づいたわ」
「心が通じ合えばメニューも分かるんじゃないのか?」
「それは話が別ね。言葉にしないと分からないのよ。女心とパンダ心がわからない男ね」
心の中ではっはっはっと笑った。
「失礼致します。スープになります」とショートボブの女性はテーブルの上にスープを置くと蓋を開けてくれた。
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