第13話

 彼女に向けてメニューを広げる。

 彼女は飲み物だけ決めて僕にメニューを向けた。

 僕も飲み物を決める。

 シャンパンにした。

 ウェイトレスに視線を向ける。

「何を飲む?」ウェイトレスが来る前に彼女に聞く。

「シャンパンね。おめでたいから」そう言って彼女は無邪気に笑った。

 店員にシャンパンを2つ頼む。

 それから料理を選んだ。

 今日のオススメのメイン料理を聞いて、それに合う前菜、料理に合うワイン、デザートなどを選んでいく。

 後は基本的に星沙の気分次第だ。

 店員が去ると、星沙が口を開く。

「緊張してるの?」彼女は僕を見て細い目で微笑んだ。

「そうだね。君とデートだからね」緊張はしてないつもりだった。

 自分の仕事はブライダルのキャプテンやホテル内の高級レストランのウェイターだ。

 だからこういう店には入り慣れている。

「だって、席に案内されるとき私より前を歩いてたわ」と彼女は上機嫌に笑った。

 しまったと思った。

 こういった店では女性を堂々と先に歩かせなければならないのだ。

 今までミスをしたのは大学一年の頃に背伸びして入った初めてのホテル内のレストランでのデートの時だけだった。

 やはり面と向かって彼女にまたお礼を言うのが照れくさくて動揺していたんだろうか。

「しまったって顔してるね。それでご飯を食べていけるのかしら? ウェイターさん」彼女は終始にやにやしてる。

「出直してマックの接客から始めるよ」と答えた。

「ファーストフードの接客をバカにしないのよ。10年ちょっと前にお皿洗いから始めたのが懐かしいわ」と彼女は一人でうなずいた。

「皿洗いからどうやって中国でレストラン展開をしたんだい?」付き合って半年ほどだが、まだ聞いていなかった。

 聞いてはいけないような。

 話したかったら話すだろうなと感じたり、考えたりしていたからだ。

「大学生で皿洗いのバイトをしていた時ね。退屈な毎日で自分を変えようと思って、大学を辞めて親元を離れたの。気がついたらここにいたのよ」

「いや、大事なとこ省略しすぎじゃないか」

「そうかな?」

「そうだよ。少なくとも僕は納得しない」

「それだけ必死だったってことね。小さいことは覚えていないんだけど、そうね……」

「失礼致します。こちらがシャンパンになります」と言いショートボブのウェイトレスは、シャンパングラスをそれぞれの席に丁寧に置き、シャンパンを注いだ。

 シャンパンを切るときの動作にキレがあり、1滴もこぼさなかった。

 ショートボブの彼女はラベルを僕ら2人から見える位置にシャンパンを置いて軽く会釈して去った。

 僕はグラスを手に取り、

「乾杯」と言った。

「何に?」

「僕らの出会いに」

「何それ?」

「いいじゃないか、なら何にするんだ」

「私達の出会いに」と言って星沙はグラスを手に取った。

「同じじゃないか」

「違うわ。私がメインなの」

「星沙に乾杯」と言い僕はグラスで彼女のグラスに軽い口付けを交わした。

 もちろん彼女のグラスより低い位置でだ。

「いつも ありがとう」勢いで言うつもりが、何故か自然に言えた。

 良いことなのだが、驚いた。

「私こそ ありがとう」星沙はもう一度僕のグラスにそっとグラスを合わせた。

 今度は同じ高さだ。

 彼女といると自分がどんどん素直になっていく。

 彼女の素直さがうつっているんだろう。

 僕は昔から何でも考えてから行動してきた。

 意味のないことはしたくない。

 だからと言って全て損得勘定で動いているわけではない。

 人のためになるかどうか。

 どうやって喜ばせればいいか。

 どうやったら笑ってくれるかなどを考えすぎるのだ。

 星沙の笑顔を見ていれば、まわりも笑顔になる。

 すると人を幸せにするのは難しいことでも考えることでもないのではないかと思えてくる。

 大切なことを教えてくれる星沙の天真爛漫さに心の中で乾杯をしてグラスに口をつけた。

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