第12話
レストラン『美紀』に着き、タクシーを降りる。
特別大きくはないレストランだ。
茶色と赤色の中間色のレンガ立てのレストランでツルがキレイに巻き付いている。
中に入るとまるでロフトのような2階が広がっており、1階から2階を見渡せる。
地下もあるが階段がスロープになっており入り口からでも半分地下が見える。
地下は青いガラスのフローリングでその中央にグランドピアノが存在する。
ピアノのツヤがここからでも分かる。
そのピアノの横にはスタンドマイクが立っている。
シルバーのスタンドにピアノの色に似たマイクだ。
ステンドガラスの窓があるが、外は見えない。
今は夜だから光は入ってこない。
間接照明とロウソクの光がそれぞれの持ち場を照らしている。
それらがステンドガラスに反射する。
あらゆる角度からの光が暗闇に濃艶を与えている。
ウェイターはみな、皺一つない白いカッターシャツに紺の長ズボン、黒のサスペンダーをつけている。
サスペンダーの金具が金色で眩しい。
ウェイトレスは淡いピンク色のシャツに紺と黒のチェックの膝上までの丈のミニスカートだ。
これまたサスペンダーをつけている。
「2名様ですね。お席のご希望はございますでしょうか?」黒髪のショートボブが良く似合っているウェイトレスだ。
思わず足元に目線が下がる。
もちろんそれを星沙は見逃さなかった。
僕は背中の肉を思いっきり引っ張られた。
「1階のステンドガラスの傍の一番奥の席をお願いします」表情を崩さずに店員さんの顔を見ながら答えた。
「かしこまりました。こちらをどうぞ」と言って僕らの前を歩いて案内してくれた。
薄いピンクのシャツに黒のサスペンダーが魅力的だ。
また足元に視線をうつしそうになったが、後ろからの気配を感じ取っていたので頑張って正面だけ見て歩いた。
席の前まで行くとショートボブのウェイトレスはすぐにミニクッションが背もたれに置いてある奥のイスを引いた。
星沙はすぐにそのイスに座ると店員に一瞥した。
店員は腰を落とし、星沙の目線に合わせると、お手荷物をお預かり致しますと言い、受け取り足元のバスケットに入れた。
すぐに僕のイスも引いてくれた。
「こちらの席は実は一番良い席なんですよ。店内全てが見渡せますし」座っている僕らに目線を合わせるために中腰になっている。
そうこの席は以前、星沙と来た時に彼女が選んだ席だ。
「こちらがメニューになります」ごゆっくりどうぞと言い彼女は去っていった。
星沙に目を向けると、彼女はやはり美しかった。
黒のロングウェーブの髪を片方にまとめている。
濃いピンクが主体のパステルカラーのワンピースの肩口から覗いている白く細長い腕。
ロウソクや間接照明などあらゆる光が彼女から発せられているような、不思議で妖艶な輝きが彼女にはある。
この席にいる星沙は店内の全ての人の視界に入る。
店側としても彼女はオブジェであり、店の雰囲気を造り出しているお客様なのだ。
僕が店員で星沙が客でもこの席に彼女を案内するだろう。
もちろん彼女に席の希望が無ければの話になるけれど。
人の視線に晒されてなお、自然体に表情豊かに店内を楽しんでいる彼女は余裕がある。
この余裕が美しさを生むのだろう。
この余裕は料理店の社長ならではなのだろうか。
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