第7話
彼女の部屋に入ると、彼女はテレビを見ていた。
僕に気が付いた彼女はこちらも見ずに
「時間ぴったりね」とだけ言った。
腕時計を見ると18時過ぎだった。
「ぴったりかな?」19時だったはずだ。
「喉渇いたからお茶とって」と今度はこちらを見て、笑顔で言った。
「かしこまりました」とだけ答える。
「予想とぴったりなのよ」と彼女は答えた。
お茶を二人分テーブルに置くと、僕もテレビを覗き込んだ。
野球中継だった。
それもまだプレイ・ボールされる前の球場だった。
選手達の練習の光景が映し出される。
ファールかホームランか見分けるための長いポールも映し出される。
選手の練習に戻る。
背番号52がキャッチボールをしていった。
「ねぇ、野球に興味あったっけ?」疑問に思うや否や聞いてみる。
「あっ、見て! 見て!」と彼女は僕の左肩を右手で叩きながら、左手でテレビ画面を指差した。
「何かあるの?」聞きながら画面を見るが、観客席が映し出されているだけだった。
身を乗り出してみるが観客の個別の顔がぎりぎり判別できるくらいの映り方だった。
ウォーリーでも探すのか。
「右下のほう。あの麦わら帽子」彼女はテレビ画面を指差した。
僕は驚きのあまりに声を失った。
何と、あのパンダが麦わら帽子をかぶって座っているのだ。
「天ちゃんいたよ」笑顔で彼女は振り向き、僕の驚いた顔を覗き込んだ。
「いやいやいやいや、ありえないでしょ」精一杯そう言った。それしか言うことがないのだ。お茶を手に取ろうとするが、手が震えていたためやめた。
「それじゃー、さっそくドーム行こう。ヤフードーム」といって彼女は立ち上がった。
「ちょっと待って、何でパンダが麦わら帽子をかぶって野球観戦してるんだ?」視線を彼女からテレビ画面にまた戻すが、練習風景に戻っていた。あれは、一瞬の錯覚ではないか。そう思いたくなる。30cmほどのぬいぐるみが1座席を陣取って座っていた。
「天ちゃんはソフトバンクホークスのファンなのよ。対戦相手の西武ファンじゃないから安心して」彼女は嬉しそうに一人で肯いた。
どこの球団を応援しているのかなんてどうでもいい。
「答えになってない。なぜ、パンダが人並みに行動していて、周りの誰もが気が付かないんだ。タオル売った奴とゲートを通した奴は何をやってるんだ」少し早口に口調が強くなってしまった。
「天ちゃんは頭が良くてアクティブだから何でもできるのよ」笑顔でそう言うと真剣な表情に変わった。
「周りの誰も気付かない? 世の中の人なんて自分に都合がいいことにしか目を向けないの。それか自分を見てる人ね。中にはちゃんと天ちゃんを認識した人がいたかもしれないけど、その人達は世界というものを理解してる」そこまで言うと星沙の表情が和らいだ。
言っていることに理解はできそうだけど、起こっている現実に納得はできそうにない。
「天ちゃんは可愛いからみんな許してくれたんじゃないかしら」と言って彼女は微笑んだ。
「よりによって何で麦わら帽子のパンダが映るんだ?」状況が飲み込めなくて、どうしようもない自分がいる。質問も本当に聞きたいことからピントがズレてきている。
「そんなに麦わら帽子をかぶってる動物が珍しいの? 私、テレビで麦わら帽子をかぶった白い犬をよく見かけるけど?」彼女は微笑んだ。
「白い犬?」
「そう。凛々しい顔をした白い犬」彼女は肯いた。
それはきっと、お父さんだ。某携帯会社CMのお父さん……。
「さぁ行こうか」僕は立ち上がった。
これ以上の質問を重ねても無駄な気がした。
彼女に全て聞こうとしても教えてくれないだろうし、分からないだろう。
自分なりに理解して自分で納得するしかないのだ。
そのために経験しなければならない。
まずは天ちゃんに会う。
「リュック持って行った方がいいわ」と彼女は僕のリュックを差し出した。
「そんな予感がするんだね?」ヤフードームに着いてすぐに、天ちゃん発見にはならないということか。
「そのリュック似合ってるから」と親指を立てた。
「あ、うん。そうか、ありがとう」僕は苦笑した。
*
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます