第6話
リュックサックに3日分の着替えと、まだ読んでいない文庫本を5,6冊投げ込んだ。後は貴重品だけで何とかなる。
僕はスーツに着替えながら、休暇をもらうためにどう言い訳しようかと考えた。明後日は月曜日だから、仕事が始まる。
昨日も無理を言って休ませてもらった。正直に言えば休暇はもらえるのだが、人間関係や信頼に支障をきたす気がした。
何よりも言い出しにくいから、まずは電話で休みたい旨を伝え、理由は職場に行ってから伝えますと言うことにした。
そうすれば、職場に行かなければならなくなるし、行ってすぐに言わなければならない。自分を奮い立たせるために上司に電話をかけた。
「もしもし」自然と声が重くなる。
「おぅ、お前か。どうせ休みを延長したいって電話だろ?」
「えっ、あぁ、まぁ」予想外の対応に言葉が続かなかった。
「彼女が昨日帰って来なくて、とか、C国に迎えに来いとか言われたんだろ。お前があの人と付き合いだしてから、休暇延長は当たり前になってるからな。とにかく、頑張れよ。お前も色々と大変そうだからな。けど、戻ってきたら人並みに仕事はしてもらうぞ。じゃーな」
「あ、ありがとうございます」お礼の途中で、電話を切られた。
こんなにうまくいくものなのかと呆気にとられた。
こんな風に世の中のことが進めば、パンダもすぐに見つかるような気がした。
いや、あれはぬいぐるみなんだとすぐに自分に言い聞かせたが、自分の心は、これから本物のパンダを探しに行くんだとばかりに、鼓動や感情で伝えてきた。
もしも本物のパンダなら、彼女は犯罪者だし、もしパンダが自分で出て行ったとしたら……想像には限界があるが、この現実は想像を超えそうで考えるのをやめた。
パンダが連れ去られたとしたら、彼女がパンダを日本に連れてきたことを知っている組織立った何か、そう考えるのが筋が通っている。
いや、通っていないのだが、もはや現実離れしているのだから、起こりえるのだ。
冷蔵庫から缶ビールを2本取り出し、1本は一気に飲み干した。
リュックに入れた本を1冊取り出した。タイトルは『羊をめぐる冒険』だった。この主人公は羊で、僕はパンダか、とほんの一瞬だけ考えた。
もう一本のビールをあけ、本を開く。
*
読み終わると丁度良い時間になっていた。
もはや、パンダが本物で未知な世界への旅になろうとも、パンダがぬいぐるみで彼女との旅行になろうとも、どうしようもないことに変わりはないのだ。
僕は彼女に逆らえない。
会社も休んだ。
彼女と一緒になってから学んだことは、環境によって自分が変わった気がするが、実際に自分は何にも変わらないということだ。
ただ、周りの人や環境が普通か、普通じゃないかで、自分が平凡か特別かと判断してしまいがちだが、自分は何も変わらない。
例えば、千円で銀行口座をつくると窓口の対応も事務的だろう。
けれど一億円で口座をつくれば、お偉いさんが慌てて出てきて丁寧すぎる対応をしてくれるだろう。
自分は変わってないが、周りの対応が変わった。
それで自分が何か特別なような気がしてくるだけのことで、自分は自分なのだ。
千円持っていようが、一億持っていようが、本来の自分は変わらない。
そう考えると、特別な人間なんていない。
いや、彼女を見ていると存在する気がするが、少なくとも僕はそうじゃない。
つまり、パンダを探す旅だろうと彼女との旅行であろうと、僕は変わらない。
これさえ貫けば大した違いはない、はずだと自分に言い聞かせた。
彼女のマンションに着き、朝の怪しい車を思い出すと、つい周りを確認しながらマンションに入った。特別怪しい人物、パンダ、車はなかった。
*
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