第4話

 玄関の鍵を閉め、キッチンに戻る。

 ご飯に目玉焼きに味噌汁を一人分作る。

 パンが残っているかどうかも確認する。

 テーブルを片付けて丁寧に拭いた。

 いつでも朝食を準備できるようにする。

 テレビをつけた。

 ニュースを見ながら、僕は身支度をする。

「おはよう」後ろから声がした。

「おはよう」振り向いて返事をする。

「あっ、天ちゃんがいない!」彼女が叫んだ。

 あのパンダのぬいぐるみは天ちゃんと言うのか。

「昨日、寝る前にちゃんと見といてって言ったでしょ」彼女は睨んだ。

 確かに言っていたけど、意味がわからない。

「天ちゃんはすぐにどっか行っちゃうの」と言い、彼女は玄関に向かった。

「あら、鍵かかってるわね。そっか、天ちゃんは頭いいと思ってたけど、鍵をかけて出て行けるほどとは思わなかった」彼女は一人で嬉しそうに頷いていた。

「どういうこと?」僕は尋ねた。

「天ちゃんは頭が良いパンダなのよ」右手の人差し指を立てながら満足そうに言う。

 そういうキャラ設定なのか。

「ちなみに朝起きて、窓が開いていて、鍵も開いていたよ。両方閉めたのは僕」と説明した。

「あら、鍵の場所がわかるほど、頭よくなかったのね」彼女は残念がった。

「朝食すぐに準備できるから、食べたら警察に電話しよう」

「準備できてるとは、流石ね。けど警察はダメ。あなたが探すのよ」人差し指で刺された。

 顔が引きつった。

「ならテーブルで待ってて、すぐに朝ご飯だすから」僕はキッチンに向かう。

 ご飯をテーブルに置くと、見るや否や彼女は、

「今日は、パンの気分なの。わかる?」と言い放った。

「すぐに持ってくるよ」と言い、ご飯をテーブルの端に寄せる。

 キッチンからクロワッサンと牛乳を持ってきてセッティングした。

 皿の配置、パンの角度まで気を使う。

 僕が高級レストランのウェイターだのブライダルスタッフで働けているのは、彼女のわがまま……いや、彼女のおかげと言っても良い。

「いただきます」僕が座るや否や彼女はさっそく食べだした。

「いただきます」僕も続く。

「朝ごはん食べ終わったら、すぐに帰って旅行の準備しなさい。夜の7時までにはここに戻ってくること」

「いや、これが済んだら貴重品チェックして警察に電話だろ?」僕は真顔で答える。

「私のお願いが聞けないの?」少し潤んだ目でこちらを見てくる。

 演技だと思っていても、僕の心と口は、意思に反して動く。

「すぐに帰って、準備するよ」

「ありがとう。嬉しい」彼女の目が輝いて微笑んだ。

 僕も微笑んでしまう。

「で、何で旅行の準備なの?」

「それはまたここに戻ってきたらわかるわ」真面目な顔に戻った。

「何か特別必要なものはあるかな? 何泊くらいするの?」

「何泊になるかわからないわ。あなた次第ね。あなたの能力次第」

 ものすごく嫌な予感がした。

「必要な物は特に……あ、天ちゃんは笹の葉が好きね。それでおびき出すのもいいわ」笑顔で語る彼女を前にして、確認しなくちゃならない。

「あの、天ちゃんってぬいぐるみだよね?」

「天ちゃんは頭が良いパンダよ。ぬいぐるみじゃないわ」一瞬、頭が痛くなったが、つじつまが合った。

 だが、パンダを日本に連れてきてはいけなかった気がしてならない。

 法律的に。

「あのさ、旅行って言うか、旅? 天ちゃんを見つけるまでの?」身体中から汗が吹き出る。有り得ないが、彼女といると何でも有り得てしまう。

「もちろん」笑顔を見るともう何も言えなかった。



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