水色の日記帳
「無理だ。わかった……とりあえず機材無し、人手も無しできちんと可愛い写真はかなり難しいことがよくわかった」
祈莉はぐったりとベッドに寝転びながら、スマホを操作する。
腕が四本欲しい。三本でもいいから。と、これまでの人生にないほど強く思いながらも、どうにかこうにか撮れたプリティドール・プリンセス――シュゼットの写真。
指がカメラにかかってしまったり、へんてこな角度からだったりの失敗もあるが、さっきの全体的に暗い画面の写真よりはうまくいっていた。
「……あ、これ。奇跡的に可愛い」
今にも呼吸し始めそうな生命感、美しく輝くお肌、そして、星のようにキラキラした瞳。ポーズやカメラの角度も、他の写真とくらべて『善いものだ』とわかる。
スマホカメラというのは大したもので、容量が許す限り何枚でも撮影できる。そして、たくさん撮れば素人でもたまたま運良く可愛く撮れる『奇跡の一枚』というものは存在する――らしい。
祈莉は現代文明に深く感謝しながら、巧海へぽちぽちと写真を添付したメッセージを送った。
いのりーん@パフェ食べたい:巧海君。シュゼットの写真、頑張って撮影してみたよ!
いのりーん@パフェ食べたい:ドレスはデフォルトのままだけど、さすがにコレ以上撮影する元気ない……。
いのりーん@パフェ食べたい:でも、奇跡的に可愛く撮れたのがあるから、送るね。
「……うわぁ」
送信して五秒も経たないうちに、既読マークがついたことに祈莉も思わず驚愕の声が漏れる。そして『文章入力中』の表示があったかと思うと、怒涛の勢いでメッセージが流れた。
タクミ@春眠などなかった:尊い!
タクミ@春眠などなかった:可愛い。高貴可愛い!!
タクミ@春眠などなかった:祈莉のシュゼットも可愛すぎるので、自分は本当に生きていてよかった!!
タクミ@春眠などなかった:なんでこんなにプリ姫は可愛いんだ……。
「……うわぁ」
メッセージを読みながら、また思わず声が漏れた。
この人、なんでこんなに面白いのに学校では特にそんな面を見せることもなく、ありふれた格好いい男子としてしか扱われてないんだろうか。祈莉的にそれはすごく謎だ。
「面白いなぁ、巧海君は」
せっかくなので、『奇跡の一枚』以外にも、比較的可愛く撮れたものを送りつけていく。
タクミ@春眠などなかった:うああああ……やめてくれ、ドールの可愛さ供給過多で倒れる……。
タクミ@春眠などなかった:可愛さと尊さが溢れ出して溺れ死ぬやつ。
いのりーん@パフェ食べたい:仕方がない、今日はこの辺で勘弁してあげましょう。
正直に言えば、出せるようなクオリティの写真がもう無いのだが――それは言わぬが花だろう。
祈莉はベッドから起き上がると思いっきり伸びをして、そして今にも空腹のメロディを奏でそうなお腹をさする。
どうしてだろうか、久々にお腹が空いた、という感じがした。いっぱいエネルギーを使ったからだろうか。
「それじゃ。お夕飯とお風呂行ってくるね、シュゼット」
本棚のお姫様にひとこと残してから部屋を出る。なんとなく、それがこの『二人暮らし』での礼儀であるような気がしたのだ。
「良いお湯でしたー……ただいま」
祈莉が自室に戻ってきても、プリ姫シュゼットがいることになんだか安心してしまう。彼女はただ、変わらずそこにあるだけなのだが。
本棚の前でにへらっと微笑んでから、名残惜しい気持ちでレースのカーテンを閉めておく。
さて、プリ姫シュゼットをお迎えしてしまったからには、伯父から受けたお仕事もきちんとしなくてはいけない。
ということは、今日のこともちゃんと記録した方がいいだろう。そう考えた祈莉は机に向かって、小型のノートパソコンを手に取りかけた。
……しかし、何かが違うと考えて、そのノートパソコンは元の場所に戻す。
こういうのは、パソコンで打ち込んだ文字よりももっとふさわしい記録の仕方があるのではないだろうか?
部屋を見回した祈莉は、さっき本棚から取り出されて積み上がっていた参考書や問題集の中にあるノート類に目を留めた。
それは、ハードカバーの可愛らしい水色表紙のノート。いつぞや、友人達と大きな文房具店に行って、そして周りの勢いに押されるまま買ってしまったものの、使い道もなくしまい込んでいた品だ。
――うん、お姫様の事を書く日記帳なんだから、やっぱりこういうのでしょう。
形から入る人間と笑いたくば笑え、と思いつつも、水色のノートを開く。
まずは今日の日付と曜日。
それからざっくりと見出しとして『お姫様をお迎えに』という文字を、二、三行のスペースを使って大きく書く。
「今日は……願生伯父さんのお店に行って……バイトを引き受けて……シュゼットをお迎えして……巧海君にドール世界の水先案内人になってもらって、あと、夏海さんに会って、いっぱいお話しして…………」
水色のノートに書きこみながら、なんて充実して楽しい一日だったんだんだろうと振り返る。
願生伯父へ提出する記録としてのノートということで、見やすさ重視でボールペンの黒一色で書きはじめたが……そのうちもっといろんなペンを使ってもみたいという欲求も出てきた。
それに、せっかく撮影したんだから、プリ姫シュゼットの写真もプリントアウトして載せてみたい。
このノートはきっと可愛くて――そして楽しいノートになるだろう。
それを思うと、祈莉はわくわくしてしまう。
次の日が月曜であるにもかかわらず、祈莉の部屋には随分遅くまで明かりが灯っていた。
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