そうだ、写真撮ろう
「あ……そうだ、お写真とらなきゃ」
ほわほわと巧海から送られてくる写真を幸せな気持ちで眺めていた祈莉だが、ふと我にかえった。
さっきから眺めるばかりで、自分では写真を一枚も撮っていないことに気づいたのだ。
「デジタルカメラとかは……パパなら持ってるだろうけど」
父ならカメラを持っている。やたら大きくてレンズの部分がまるでバズーカみたいにながーーい、奇妙なカメラ。
けれど、祈莉はそれを借りに行く気にはなれなかった――どうせなら、なるべく自分の持ち物で楽しみつくしたいのだ。
「でも、スマホで綺麗に映るのかなぁ……」
祈莉は自分のスマホを手に取って、元々入っていたカメラアプリを起動させる。
以前、父が「写真をより綺麗に撮るには光が大事なんだ」と言っていたのを思い出したので、部屋の照明は一番明るくて白いものに調整。
「お、おぉ…………。カメラアプリの顔認証機能って、お人形にも機能してくれるんだ……こんなの初めて知ったよ」
スマホ画面の中では、ドール――シュゼットの端正なお顔を囲むように四角が点滅表示されている。ドールの顔も認証してくれるのは最先端のスマホだからこそなのか、それとも顔認証という機能は人間の顔っぽいものなら何でもかんでも作動してしまうモノなのか。
かしゃ、かしゃ、かしゃ、かしゃっ。
心の赴くまま、何枚かシャッター部分を押してみる。
そして早速撮れた写真をアルバムアプリで確認してみた、のだが……。
「……なんだろう、これなら肉眼で見た方がずっと可愛い……」
ため息とともに、祈莉は最初の写真が失敗であることを認める。
今、目の前にいるシュゼットは……今にも呼吸をしはじめそうなほどのリアル感があって、体温を感じられそうなほどに肌が綺麗で、そして目にも星のようなきらきらとした光があって――
「あぁ……なるほどそっか……そうだよね……光か」
祈莉は自分の言葉に納得して頷く。
多分、光が足りないのだ。
失敗写真は、被写体たるシュゼットがカーテン付き本棚の中に居て、なおかつ撮影者である祈莉が影となってしまっている。
そのせいでせっかくの美しいグラスアイにも光が入らず、アイホールが暗くなってしまい、目に生気が感じられないのだろう。
しかし、既に部屋の照明は明るさが最大。
そして今は日没後、太陽光にも頼ることもできない。
「……ここは、巧海くんに聞いてみるか」
ぽちぽちと、メッセージアプリに文章を打ち込む。もちろん、彼のお姫様であるプリ姫ミルフィーユへの賞賛の言葉も忘れない。多分、とてもとても大事なことだ。
いのりーん@パフェ食べたい:ミルフィーユのお写真見たよ。可愛いね。
いのりーん@パフェ食べたい:ドールドレスも凄く可愛いし、写真も綺麗だよね。
タクミ@春眠などなかった:だろ、だろ。可愛いだろー? このドレスは姉の作なんだ。お迎え用にってこっそりつくってくれてたみたいだ!
いのりーん@パフェ食べたい:巧海君、写真うまいけど、もしかしてすごく良いカメラとか使ってたりする?
タクミ@春眠などなかった:まさか。スマホのカメラだよ。
いのりーん@パフェ食べたい:さっき初めてシュゼットを撮影してみたんだけど、うまくいかなくて。これは光が足りないのかな。とりあえず撮った写真送るね。
祈莉がその失敗写真を送ると、巧海はそれを見てくれたようで、既読マークがすぐにつく。そして、彼は何やら長文を打ち込んでいるらしく『文章入力中』の表示が出続けた。
タクミ@春眠などなかった:そうだな、これは祈莉が言うとおりでまず光が足りないんだと思う。夜間、一般的な部屋の照明だけだとドールを可愛く見せるにはなかなか難しい。だから光を増やすのがまず手っ取り早い。つまりは照明設備だ。あとは、白いコピー用紙なんかで簡易レフ板をつくるってのも良いぞ。ドールの顔を明るくすることでより美人さんに映るようにするんだ。ちなみに自然光はものすごくドールを可愛く見せてくれる。自然光最強だ。でも、プリ姫のお肌は直射日光にはとてもとても弱いからそれは気をつけてあげてほしい。紫外線はお肌の敵なのは、人間もドールも同じだ。
随分と長い文章が送られてきて、これで終わるのかと思ったが……『文章入力中』の表示はまだ出たままだった。
……それから少しして、短い着信音とともにようやく続きのメッセージが届く。
タクミ@春眠などなかった:あとはポーズやカメラの角度も探ってみると良いと思う。同じ光でも、グラスアイに光が入る角度もあるだろうし、自分が影にならないように写すこともできるだろうし。あ、あと! シュゼットも高貴で美しい可愛い! お召し替えはまださせないのか? オレは姫の写真を跪いて待機してる!
……多分、これは返信しなくていいメッセージなのだろう。
一秒でも早く、まともな写真を撮ってお届けするほうが彼も喜ぶはずだ。そのはずだ。
「なにはなくともまずは光。光あれ、だね」
まずは本棚の外へシュゼットを移動させないといけないだろう。
ぐるりと部屋の中へ視線をめぐらし、それなりの高さとある程度の大きさを持つ、平らな場所を探す。
「……ここにしよう。というかもうここしかない」
祈莉がターゲットにしたのは、勉強机だ。ここなら。
真っ白なデスクに載っていたペン立てや辞書やらノートやらを手早く脇に寄せていく。
ついでとばかりに、ウエットティッシュで机の上を拭き清めて、準備完了。
「おいで、シュゼット。もう一回写真撮らせて」
本棚部屋で座っていたシュゼットは、心なしかむくれたような表情に見える。……なんだか、祈莉の心は罪悪感でちょっとだけちくちくした。
「レフ板……は白いコピー用紙なんかでいいんだっけ……」
白いコピー用紙は今この部屋には無いので、学校用カバンから罫線無しの無地ルーズリーフを引っ張り出す。勉強用として買ったものの、使いみちがなかった品ではあるが――買っていて良かったと思う。
その無地ルーズリーフの束を両手で掲げ、シュゼットのお顔に向けてみる。
すると、彼女の顔は明るくなり、グラスアイにも光が入って、より美しく魅力的にみえるようになった。
「光、凄い……」
感心して呟きつつ、さてスマホカメラのシャッターを……と思ったところで、祈莉は気がついた。
「……えーと?」
問:祈莉は今、両手でレフ板代わりのルーズリーフをシュゼットに向かって掲げています。そして、スマホはポケットの中です。さて、この状態でスマホカメラを用い、シュゼットの写真を撮影するにはどうしたらいいでしょうか?
「……ん……?」
ルーズリーフを片手で持ち、もう片手でスマホを持つ。
これが最適解に思える。
しかし、そうするとうまく光をあてることができなくて、スマホもいい場所でシャッターを切れなくて……。
「無理、こんなの無理無理ーー!!」
ルーズリーフとスマホを投げ出した祈莉の悲鳴が、日曜夜の後桜川邸にこだました。
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