楽しい今日を






「……あの、夏海さん。ここのWebサイトのURL教えてもらえますか?」

「いいよー。SNSとか、どれかやってるかな。よければそっちに送るよ。なければメルアド教えてちょうだいな」

「わかりました」


 祈莉はスマホを操作し、学校の友達との連絡用にと使っているメッセージアプリを立ち上げて、連絡先の交換をする。

 夏海さんは短い挨拶文章と可愛らしいスタンプの後に、サイトのURLを貼り付けてくれていた。これでさっきのWebサイトが――かわいいプリ姫達やお洋服の画像がいつでも閲覧できるだろう。


「ああっ、姉ちゃんずるい!」

 とそこで、ついさっきまで『難題』に楽しく悩んでいた巧海君が横槍を入れてくる。

「む。ずるいって何よ」

「俺も、プリ姫の同志とSNSつながりたい……!!」


「なんていうか……我が弟ながら……こうなるともう一周回って健全だわ……」

 夏海さんは、なぜかテーブルの上に崩れ落ちるように頭を抱えていた。


「祈莉、祈莉、俺とも連絡先交換しよう」

「うん。わかった。このメッセージアプリでいいよね」

「それで大丈夫だ」


 スマホを操作して連絡先の交換が終わると、アプリの画面に巧海君のアイコンが新しく追加された。

 アイコンは、祈莉にも見覚えのあるゆるーいデザインのキャラクターぬいぐるみ。……確か、どこかのサッカーチームのキャラクターだったはずだ。彼はサッカーが好きなんだろうか。それはそれで、彼の見た目のイメージ通りといえるだろう。

 巧海君からも、さっそく何かメッセージが送られてきた。


「これは……って、なに、これ……」


 なにこれというよりほかにない。


 彼から送られてきたのは「ようこそ、プリ姫の世界へ」というメッセージと、スタンプが一つ。それは、『プリ姫』と書かれた看板のある水辺から生えた無数の手によってひきずりこまれている、デフォルメされた人物が描かれたスタンプ。


「巧海……あんたね、ようこそもへったくれもなくプリ姫沼に引きずり込む気じゃないの。っていうか、いつプリ姫公式スタンプなんて買ったのよ。それ、姉ちゃんにも送りなさい」

「い、いいじゃないか。夢にまで見た、プリ姫の同志との連絡先交換。しかも同じ学校のクラスメイトっていう、夢以上の状態なんだしこれぐらい。あ、えーと、スタンプは第三弾まで買ったんだけど、どれがいいかな」


 ……プリ姫公式。

 ということは、このスタンプも願生伯父さんが社長として仕事したのだろう。

 しかも少なくとも第三弾まで売り出されている。



 なんだかちょっとだけ遠い目で、祈莉は窓の外を見る。伯父の会社がある方向を。

 あぁ、夕陽がまぶしい。






「すっかり陽が落ちちゃったけど、祈莉ちゃんのおうち門限とか大丈夫?」

 コーヒーショップでいろんな話をしているうちに、五月の太陽はとっくに沈んでしまった。 駅への道を歩きながら、前を行く夏海さんは気を遣って尋ねてくれる。

「門限、多分うちはないです。普段もまったく意識してなくて。……いつもはお夕飯の時間に間に合うように帰ってますね」

「え。……えっと、あのさ……もしかしなくても、祈莉ちゃんて……いや、そりゃそうか、あの後桜川社長の親戚さんだっていうし……そういうことだよね」

 彼女は振り返って、目を見開いて驚いたような顔をしてから、向き直って何か呟いて納得した様子だ。


「なぁ姉ちゃん。今日はでっかい方の車で来たんだし、祈莉も一緒に乗ってったらいいんじゃないか?」

「そりゃあ、かまわないけど……」

 巧海君の提案に、もう一度夏海さんは振り返って祈莉を見た。

「祈莉ちゃんは、どうしたい?」


 その問いかけに、祈莉は歩きながらちょっとの間悩んだ。

 今日は、家に連絡すればお手伝いさんが車で迎えに来てくれることになっている。だから、この場は断ってもいいのだ。

 だけど――


「……一緒に乗せていってもらえますか?」


 だけど、まだこの人たちと一緒にいたい。

 一緒にいて、お話がしたい。


 楽しかった今日を、終わらせるのがまだもったいないと思ってしまったのだ。


 ……家には、お迎えは大丈夫ですってスマホで連絡を入れておけばいい。


「それなら、車の中で話が出来るな!」

 隣を――車道側を歩いている巧海君がにっ、と晴れやかな笑顔を降らせてくる。


「うん、そうだね」

 祈莉もそれに応えて、口元を緩ませた。

 今日の『楽しい』をもうちょっとだけ続けても、バチはあたらないだろう。



「あんたたちねぇ、運転手は私なんだよ。なのにプリ姫の話で楽しく盛り上がられてたら、運転に集中できなくなっちゃうじゃないの」

「夏海姉ちゃん、安全第一だぜ」

「……ぐぬぅ、覚えていろ」

「ふふふっ……ふふっ」


 ……あぁ、笑うってこんなに優しくて楽しい時に、自然に出るモノなんだ。


 さっきから、それとなく歩調を合わせながら車道側を歩いてくれている巧海君。

 少し前に先導するように歩いて、祈莉にあれこれ話しかけてくれる夏海さん。



 そして、肩にかかっている紙袋の重み。自分だけのお姫様――シュゼットが存在している重みを感じながら、祈莉は彼らと一緒に歩いていった。




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