お姫様のドレス、仕立てます





「お、来たみたいだな」



 巧海君が手を降っている方向を見れば、コーヒーカップとドーナツが載ったお盆を片手に、もう片手でこちらに手を振り返している女性の姿。


 年齢は二十代半ばといったところだろうか。真っ白なシャツに、ごく薄いグレーの∨ネックニット。それにパリッとした線の黒のワイドパンツ。ごくシンプルな出で立ちなのだが、首にはきれいな赤色の石が輝くラリエットネックレスの存在感があるので、決して地味ではない。むしろ、大人っぽくておしゃれだ。




「あなたが、後桜川ごさくらかわ祈莉いのりさんだね。よろしく。私はこいつの姉で、白都しらと夏海なつみといいます」

 彼女は席に座る前に、祈莉に自己紹介をしてくれた。思わず祈莉も立ち上がって、それからぺこりとお辞儀をする。

「はい、よろしくおねがいします。この度、縁あってプリティドール・プリンセスをお迎えすることになりましたので、弟さんである巧海君にはいろいろ教えてもらっていたところです」


 夏海さんは、朗らかに笑って席につく。

「祈莉ちゃん真面目だねぇ。うちの弟は絶対、同じ年のプリ姫同志ができて舞い上がって調子に乗ってるだけだよ」

「おい、姉ちゃん」

「舞い上がってるのは事実でしょ」

「そうなんだけど、今はそうじゃないだろ」

 白都姉弟によってぽんぽんと交わされる会話の応酬に、一人っ子の祈莉としては新鮮な驚きを覚えていた。同じ屋根の下に、こんな風に会話できる相手がいて毎日暮らせるのは……ちょっとだけ、羨ましいかもしれない。


「えぇと、それでだな。うちの姉がドールドレスのディーラーをしていることは、さっき話したよな」

「うん、でもディーラーってことは……ドールドレスを仕入れて売るの?」

 巧海君の言葉にこくりと頷くものの、祈莉にはディーラーという言葉の意味がまだよくわかっていない。

 その疑問に答えたのは、夏海だった。


「他ではどうかわからないけど、うちはドレスそのものの仕入れはしないなぁ。私のところはね、ドールドレスを自分たちで手作りして、ドールのイベントやWebサイトなんかで販売しています」

「……手作り、ですか」

「そう。いわばお姫様のドレスお仕立て屋さんってわけ」


 祈莉の頭の中に、歴史マンガで読んだワンシーンがよみがえる。

 あのシーンではお姫様がご贔屓にしている女性仕立屋が、新作ドレスやお帽子が入った箱を付き人達に持たせ、しゃなりしゃなりと宮殿を歩いている場面だ。

 そうそう、確かそのお姫様のドレスや髪型、それに豪華なアクセサリーを、宮廷の貴婦人達も真似して身に着けるためにたくさんの借金をして――


「私の作品画像、良かったら見てみる?」

 夏海さんがスマホをすすっと操作していた。

 差し出された画面の中に映っているのは、どこかのWebサイトらしかった。小さな画像がいくつもある。どれもプリティドール・プリンセスらしきお人形の画像だ。それぞれがすべてデザインが違う、フリルとレースで可愛らしく飾られたドレスを纏っている。


「こっちに載っているのはこういうドレスがほとんどだけど、もうちょっと下に進むとキモノドレスとか、あとはもっとリアルクローズ寄りのカジュアルな服もあるよ」

 すっ、と夏海さんの指がスマホの上を滑る。

 色とりどりのドレスに混ざって、ごくシンプルなリネンぽい生地のシャツだとか、タートルネックのセーターだとか、ベージュのダッフルコートもある。


「……なんていうか……意外っていうか……」

「あ、意外だった?」

「えっと……なんていうか、プリティドール・プリンセスなんて言うぐらいだから、オーナーの人たちは皆、メルヘンなお姫様って感じのドレスばかり着せているの、かな……って……」

 巧海君と夏海さんは姉弟して顔を見合わせて……それから、からからと笑った。


「あー。たしかにそういう系統がいい、それこそが至高だ!! っていうプリ姫オーナーもいないではないわねぇ」

「でも、まぁオーナーにもいろいろいるから、好みもいろいろなわけでさ。ファンタジーとかメルヘンのお姫様でいてほしいっていう人もいればさ、小さな隣人みたいな感覚で、なるべくリアルな女の子の服装をさせたいって人もいるんだよな」

 うんうんと腕組みをして頷いている巧海君に、祈莉は尋ねてみる。

「巧海君はどっちのタイプ?」

「俺か。俺はどっちかというとお姫様でいてほしいけど、どうせなら下々と同じような庶民の服装もしてみてほしい……! いや、だが、だがしかし、それは……!!」

「……うわぁ」


 なんとなくで聞いてみたことなのに、なぜ彼は拳を握りしめて眉をしかめてこんなにも本気で苦悩しているのか。


「ごめんねー。うちの弟、プリ姫への愛が重すぎるでしょ」

「あ、あはは……。好きなものがあるってのは。いいことだと、思いますよ……」

 苦笑いしながら「ごめん」を繰り返す夏海さん。




「でもまぁ、そうね。せっかく念願のお迎え初日だしね。ものすごーくウザいとは思うけど……ちょっとは堪忍してやってね、祈莉ちゃん」




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