第二の星 2

 どこからだろう。

 金属と金属が擦れあう音がする。

 火花が散りそうなほどに強く擦れて、耳をつんざいていく。その金属の激しい音の中に、小さく、誰かが助けを求める声がした。

 しかし、その金属の音は、助けを求める小さな声を連れて、突然去って行ってしまった。静寂に支配される暗闇が目の前に訪れて、アースは目を開けた。

 今まで、気を失っていた。シリウスやカロンたちを守るだけで精いっぱいで、自分のことにまで気が回らなかった。

 眼前を見ると、そこには白い壁以外何もなかった。床に寝かされていて、周りを確認すると、そこは四面の部屋で、ドアが一つある以外は何一つ置かれていなかった。ここは何も聞こえない、何も見えない、そして、何も感じない部屋だった。

「やはり、お分かりになりますか」

 後ろから、声がした。振り返ろうとすると、傷が痛んだ。左肩にある傷も痛む。手が後ろ手に回っていて、縄で縛られている。

「力が出ないでしょう。その縄はまだ実験段階ですが、あなたのような方にはうってつけだ」

 どこかで声が聞こえた。聞いたことのある声だ。誰だったか。記憶を探っていくと、ある人物にたどり着いた。

「ジョゼフ」

 その名を呼ぶのは何年ぶりだろう。ジョゼフと呼ばれたその人物は老人で、少し腰が曲がっていた。しかし、床に寝ているアースを見下ろすには十分だった。

「やはりお分かりになりますか、アース・フェマルコート王子殿下。そう、私はジョゼフ。あなたと、あの少女をだまして、お二人をひどい目に合わせた張本人です」

 そう言って、老人は口元だけで笑った。

「今の気分はどうですかな?」

「最悪だよ」

 アースは、吐き捨てて、老人から目を逸らした。長い間上を見ていられない。

 老人は、アースのセリフを聞いてまた笑った。

「これから、私はあなたをまた、実験台にしなければなりません。この部屋の意味がお分かりなら、あなたはもう気が付いているはず」

 この部屋は、閉ざされている。

 外界からだけではない。アースがおよそ知りうるこの星のシリン達の情報のすべてからも閉ざされていた。

 先ほどまで聞こえてきた金属音も、誰かの助けを呼ぶ声も、全てはこの星のシリンのものだった。

「地球のシリンの持ちうる情報は、この暁の星の情報を凌駕する」

 何も言わなくなったアースの代わりに、老人がそう言って、屈んできた、そして、アースの頭に何かを付けた。それは細かいチップのようなもので、細い鉄の輪にくっついていて、外すことができなかった。

 老人は、アースの耳元でささやいた。

「あなたには、この星を滅ぼしていただきます」

 ジョゼフは、そう言って笑い、部屋の外に出ていった。頭につけられたチップからは、今のところ何も感じない。しかし、老人の言葉から、彼が一体何をしているのか、何をしようとしているのか、だいたいの想像はついた。

 地球のシリンは、使いようによっては大量殺戮兵器になってしまう。

 それは、この星にいるシリンの情報をはるかに凌駕する情報を持った性質のためだ。小さい容量の容器に、それを超える量のものを入れて蓋をすれば、逃げ口を失ったそれは容器をパンクさせる。暁の星よりも質量が大きく、戦争や貧困の歴史の深い地球のシリンがそれをやれば、この星のシリン達はもたない。

 先ほどの金属音も、助けを求める声も、これを示唆していたのなら?

 アースは、腕を後ろに回されて肩に痛みを抱えながらも、身をすくめた。

 どうにもならない。

 逃げられない、変えられない、戦えない。

 すべてが大きなストレスになって自分に襲い掛かってきた。

 そんな時、突然、目の前の白い壁が、なくなった。

 驚いて周りを見ると、四面だった壁がすべて取り払われて、床だけが白く残っていた。

 周りには、何のために集められたのだろう。何十人もの人間たちが困惑した表情でこちらを見つめている。多くの人たちは食事をしたり、ゲームをしたり、思い思いのことをしてその場で過ごしていた。しかし、その平穏な時間はすぐに引き裂かれてしまった。

 アースの頭の中に、激しく擦れあう金属音が響き、激しく頭を、いや、彼の意識の中にある、奥底の情報を全て引き出してしまった。声を上げることもできず、また、苦しみもだえることもできなかった。

「情報拡張機」

 いつの間に隣に来ていたのだろう。

 ジョゼフが、嬉しそうにこちらを見ている。

 こんなことはあってはならない。拡張された地球のシリンの情報が、そこにいたすべての人間たちに襲い掛かっていた。ある人は血を吐いて倒れ、こと切れた。ある人は立ったまま動かなくなった。ある人は、体中から血を吹いて死んだ。

 地獄だった。

 そんなものを見せられても、なぜ自分は正気を保っていられるのだろう。叫ぶこともなく、泣きじゃくることもなく、ただ淡々と目の前の惨劇を見続けている。

 だが、そんな状態も長く続かなかった。

 アースは、自身も大きなダメージを食らっていた。体から力が抜け、ここで死んでいったすべての人間たちの意識の影響を受けて、気を失った。

 老人は、何かを言うためにそこに残ったが、アースが気を失ってしまったため、その場から去った。四面の部屋は、元の部屋に戻っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る