一、第二の星

一、第二の星



 どこからか、助けを求める声が聞こえる。

 それは遠くから、はるか遠くから聞こえてきた。次第に大きくなってはっきりと聞こえるようになったのは、一時間ほど前のこと。

 夢の中の出来事だろうか。

 先ほど薬を飲んで、今目を覚ました。左手に刺さっている点滴はまだたくさん残っていた。眠っている間に医師オルビスが替えていったのだろう。

 アースは、目を覚ますと自分の体の状態を確認した。一番大きな脇腹の傷は、まだ痛いが塞がってきている。自力ではまだ起き上がれない。人の手を借りてようやく起き上がれる程度だ。

 それを確認して、ため息をついた。ベッドの上で仰向けに寝ていると、見えてくるのは天井ばかり。それに飽きて横を向くと傷が痛む。どうしようもなく退屈だった。

 最近は自分のところに、絶えず人がいる。交代で見てくれているのか、二人は必ずいる。今はちょうどシリウスとカロンがいて、二人とも何か用事を足すためにここから離れていた。二人の位置を確認すると、一人はトイレに行っていて、一人はお湯を沸かしている。

 三人でお茶を飲むためにお湯を沸かしていたカロンが、お茶を入れてこちらにやってくる。少し、笑っていた。

「この辺に生えているいい香りの草を集めて、乾かしたものを、神父さんがくれたんだ。どれもいい効能があるらしいんだけど」

 ハーブティーを、ベッドの隣にあるテーブルにいったん置くと、カロンは照れたようにもう一度笑った。

「君はもう飽きたか。そうだよな。いつもこんな薬を飲んでいるんじゃ」

 カロンはそう言ってお茶を下げようとした。アースは、カロンの着ていた服の裾を引っ張って、彼を止めた。カロンの着ていたのはラフなセーターだったので、少し伸びたあたりで、彼は足を止めた。

「誰も飲まないとは言っていない。勝手に決めつけるなって」

 そう言って、笑いかける。すると、落ち込みかけていたカロンの表情が少し明るくなった。それを見ていると、こちらまで安心する。

 カロンがお茶をセッティングする。部屋のなかは温かいが、外は雪が降り続く冬だ。注いだお茶もすぐ冷めるだろう。

「雪が止まないな。今年は多いんだろうな」

 トイレから出て、手を洗いながら、シリウスが外を見た。こちらにやってくると、カロンの用意したハーブティーを飲んだ。

「シリウス、君は少しでいいから、空気を呼んだほうがいい」

 カロンが少し機嫌を崩した。何か、彼の気に障ることをしただろうか。シリウスは首をかしげて、アースを見た。

 シリウスがこちらを見てきたので、アースは二人にどう返したらいいのか分からなくて、混乱した。こちらはうまく体が動かない。いまだに首を動かすだけでも傷に響くのだから。「カロン、こいつを困らせるなよ」

 シリウスが、持っていたお茶をテーブルの上に置いた。

 その時だった。

 部屋の灯りが、全て一気に消えた。

 暗闇に突然放り込まれ、カロンとシリウスはどうしたらいいのか分からなくなった。非常用の電源があるかどうか、探す。カロンがベッドの下にある懐中電灯を探し当て、それをつける。すると、その懐中電灯が音を立てて壊れた。再び明かりが消え、三人は暗闇の中で何をしたらいいのか分からずに佇んでいた。

「誰かがいる」

 アースの声が、聞こえた。シリウスとカロンの体が急にこわばった。そして、二人の脳裏に同時に同じものが浮かんだ。

「西レジスタンスか」

 カロンが、セーターの中に隠していた拳銃を構える。しかし、そのカロンは何者かが上に覆いかぶさってきたために、その拳銃を取り落としてしまった。

 しかし、その瞬間、カロンのいた場所は、激しい銃撃を受けた。カロンは、暗闇に慣れた目でそれを確認し、自分に覆いかぶさってきた影を見た。

「カロン、シリウス、ここは危ない。神父さんたちを呼んできてくれ」

 アースが、声を殺して、カロンの持っていた拳銃を拾った。それを構えて、一発、暗闇に弾丸を放つ。すると、誰かが天上から落ちてきて、床に着地した。左腕に弾丸を受けたが、まだ元気だった。そのすきに、シリウスが部屋の非常電源を探る。しかし、その手をアースが止めた。

「俺たちの手に負える奴らじゃない。シリウス、頼む」

 アースの声が聞こえた。息が上がっているのが分かる。しかし、彼の声をシリウスとカロンがこの場で聞けたのは、それが最後だった。

 暗闇の中で、一体何が起きているのか、二人にはわからなかった。ただ、シリウスもカロンも、アースを一人にしてはいけない、重傷を負った彼を守らなければいけない、その思いに支配されて、ここを動けなかった。どちらかがここにいて、どちらかが神父を呼びに行くという頭は、毛頭なかった。

 突然、物音がしなくなった。不安になった二人は、焦りに支配されたその体で、非常電源を探った。床から少し離れている壁に電源のレバーを見つけると、二人で引いた。すると、部屋に赤い電気が着いて、何もない部屋の中を照らし出した。

 カロンとシリウスは、それを見て絶望した。

「なんで、こうなるんだよ!」

 シリウスが、膝をついて、床を殴りつけた。

「俺たちはいつもこうだ! 誰一人、何一つ守れない!」

 シリウスは嘆いた。それを見ていたカロンが、放心状態でつぶやく。

「神父さんに知らせないと。シリウス、僕らはいったい何をしていたんだ?」


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