楽園の雫

 鈴の音を聞いた瞬間、それが誰か分かった。

「ドミニクさん。こんにちは」

 その老人は、黒のシルクハットを持ち上げてニコリと笑みを浮かべた。

「やあ、ジェイ。こんにちは」

 シルクハットに燕尾服、整えられた白い口髭がよく似合っている。モノクルを付けているように見える左目は、ウォルフマンと同じく機械の目だ。

 スッと背筋を伸ばして歩く彼に、ステッキを持たせればさぞかし絵になるであろう。思わずそれを期待しまうところだが……手には古風な旅行鞄が握られている。

 中には工具が詰め込まれており、彼は店で使っている機器の定期点検に訪れたのだ。

 カウンター席へ座り、ハットを外して尋ねた。

「調子はどうですかな?」

「えっと……」

「両方」

「僕はなかなか良い感じです。機械の方は……ビールの泡が荒いというクレームが一件。生成プログラムとプリントデータは変えてないので、多分機械の方かと……」


「ふむ……、一杯貰えますかな?」

 程なく――ビールが注がれたグラスを手に取り、くるりと一周眺めて口を付けた。

「どうですか……?」

「うん……確かに。これはいけません」

 ドミニクはそのままゆっくりとビールを飲み干し、席を立った。

「それでは、拝見させていただきます」

「はい。よろしくお願いします」

 上着を残し、鞄を手にジェイと入れ替わりにカウンターへ入った。マットを敷き、取り出した工具を一つずつ丁寧に並べて行く。

 ジェイはカウンター席に座り、その様子をぼんやりと眺めた。

「どうかなさいましたか?」

「え? いえ、なんだか……デジャヴを見ているような……変な感じがして」

「ひょっとしたら、貴方は何か技術系のお仕事をされていたのかもしれませんね。分野は違えど、そういう方々は私の仕事や道具に興味を持たれます」


 ドミニクは手際よく、しかし丁寧に、カウンターに取り付けられた機器の調子を確かめた。彼の動きは非常にゆったりと見えるが、とても真似できない早さと正確さで次々と作業を終えて行く。その不思議な光景に見入っていたジェイであったが……鈴の音で我に返った。

「ヤッホー……あ! ドミニクちゃん久しぶりー!」

「やあ、エリー。相変わらず元気が良いね」

「すみません、エリーさん。少し待ってて頂けますか?」

「えへへ、あたしね、これ見るの好きなんだ。何でか分からないけど、凄く落ち着くんだよねー」

 ジェイの隣に腰を下ろし、一緒に作業の様子を眺めた。

 ふと……ドミニクは手を止め、鞄から酒瓶とカップを取り出した。

「ちょっと変わった物を手に入れましてな、よろしければどうぞ」

 ポンッと栓が抜かれ、嗅いだことのない甘い香りが漂った。赤ワインのような見た目だが、香りは随分と違う。

「ネモリスで発見された果実で造った酒です」


「えっと……」

「最近見つかった、木がいっぱいの星だよね?」

「ええ、水と森に覆われた惑星です。第二の地球との呼び声が高いですな」

 トクトクとカップを満たしながら、ポツリと付け加えた。

「……戦争中に発見されなくて本当に良かったです」

「戦争中だったら……?」

「間違いなく戦場になったでしょうな。場所が場所ですからな……アーバンノックとエンペラー、DGの三つ巴の戦いになったでしょう。そして勝者が誰であれ、水は奪われかつての地球のように干からびた事でしょう」

 キュッと栓を閉じ、ジェイを促した。

「じゃあ、遠慮なく」

 瞑目し、ゆっくりと確かめるジェイをエリーが覗き込んだ。

「どう?」

「うん。初めての味。とても美味しいです」

「一口いい?」

 ジェイの手からひょいとカップを取り上げたエリーは、おや? っと眉を持ち上げたドミニクへ答えた。

「あたしも飲めるようになったんだよ」


「これは失礼を。ジェイ、グラスお借りしてもよろしいかな?」

「これでいいよ。これがいいの……えへへ」

 モジモジと口を付け、ジェイの手へ戻した。

「……なるほど」

 一方、ジェイの興味はドミニクの話の方へ移っていた。

「地球って、人類が誕生したっていう星ですよね? どうしてそんなに荒れちゃったんですか?」

 僅かな間を置き、ドミニクは尋ねた。

「……初めて生成機をご覧になった時、どう思われましたか?」

「便利な物だなと……」

「処理機で分解した物を、同じ質量の違う物に再構成できる。今ではそこにプリンターを繋げて、一気に製品にする事も可能になりました。誰もが当たり前に使っているこの技術が発明された当時、『遂に人類は賢者の石を手に入れた!』と、それはそれは大変な騒ぎになったそうです。

 しかし、実は作れない物が一つだけありました」

「お水が作れなかったって、レンちゃんが言ってた」

「水が?」


「ええ、何故か水だけは作れなかったんです。なので昔の生成機には必ず水タンクが付いておりました。何を作るにも水は必須で、生成機の発明以降地球の水は徐々に減り始めていました。

 そして爆発的に進んだ宇宙開発がそれに拍車をかけ、ついに地球は干からびてしまいました……。水資源を巡る長い長い戦いの始まりです」

「それが、三十年前まで続いていた戦争?」

「母殺しの呪い……ある友人の言葉です。我々は、自身を産み育んだ母を殺し、呪いを受けたのだと」

 ドミニクは、作業の手を止める事なくゆっくりと語った。

「生成技術が世に出た当初、多くの人々がこれで争いは無くなると考えました。あらゆる物を資源として無限にリサクルでき、争いの種は消えたと思ったのです。

 無限と思える資源を手に入れ、宇宙への進出は爆発的に進みました。多くの企業や国、コミュニティが次々とコロニー船を打ち上げ、それらを拠点に周辺の星々の開拓も進みました。

 地球の人口は減り、やがて各コロニーが独自の自治を行うようになると、それまでの国という概念は大きく変化しました。企業やコミュニティが国に取って代わり、独自に建設したコロニーを国土とした、多種多様な無数の国が誕生し、人々は国を選ぶ自由を獲得したのです。

 より自分の理想に近い国を探し、転職や引っ越しでもするように属する国を替える。有史以来自分達を縛ってきたものから解放され、更には無限の資源を手に入れ、人類は遂に戦争を克服したのだ……当時はそんな時代の到来を誰もが信じたそうです。


 ……ですが、ご存知の通り人類は争い続けたました。水資源を有する企業を中心に再び旧来の国家を形成し、無限であるはずの宇宙に国境線を引き、百年もの間殺し合いを続けたのです。

 アーバンノック、エンペラー、ウェイブス、アドラ、カリナス、DG、パッと名の浮かぶ名だたる大企業は、何れも宇宙進出黎明期に水資源の確保に成功した企業です」

「水が作れるようになったから戦争は終わったんだって、レンちゃんが言ってた」

「なるほど……。それで……その呪いを解いたのは誰だったんですか? 水の生成技術は何処が作ったんです?」

「分かりません」

「え?」

「今から二十八年前……今でもよく覚えています。ある朝、びしょ濡れの父に起こされバケツの水をかけられました。生成機で水が作れるようになったと言って、部屋中水浸しでした」

「ある日突然作れるようになったんですか?」

「ええ、プログラムをアップデートしたら水が作れるようになったんです」

「どういう事ですか……?」


「戦後に様々な追跡調査が行われ、最初に水の生成プログラムが拡散されたのはエンペラー本社の衛星通信網だと言う事が分かっています。そこから各企業の通信網に流し込まれたそうです。誰が作ったのかは未だに分かっていません」

「エンペラーの幹部の誰かなんじゃないかって言われてるんだよね?」

「あくまでも噂の域を出ない話ですが……、当時その通信網は幹部クラスの者しか使えなかったという話でして……それなりの地位にある者の関与があったのではないかと囁かれております」

「その人が作ったのでは?」

「そこは分かりません。あくまでも噂です。そしてもう一つ」

「あたしも聞いた事あるー! えっと……都市伝説っていうのかな? 実は、水の生成プログラムは遥かに昔に完成していた。っていうやつでしょ?」

「よくご存知で。ある研究者が開発に成功したものの、一企業による独占を恐れてプログラムを持って逃げた。そんな噂が、戦時中から一部の人間の間で囁かれていたようです」

「へぇ、じゃあ都市伝説ではなく本当だった……っていう可能性も?」


「二通り言われていますな。一つは噂のプログラムを発見し、隠蔽や独占されぬようにばらまいた。もう一つは、開発に成功した誰かが、やはり隠蔽や独占を避ける為にばらまいた。

 何れにせよ、心ある者の心ある決断が戦争を終結に導いたのです。そして今度こそ、人類は無限の資源を手に入れたのです」

 点検を終えたドミニクは、そっと道具を仕舞いカウンターを出た。

「では、私は客に戻りますかな」

「ご苦労様です。どうぞ、お掛けになって下さい」

 ドミニクと入れ代わりに、ジェイはカウンターへ戻った。

「何に致しましょう?」

「では、エデンドロップを一口ほど」

「畏まりました」

 ジェイは一瞬首を傾げたが、直ぐに注文に応えた。グラスに僅かな水を生成し、ドミニクへ差し出した。

「この技術は、いずれは何処かの企業が開発し、戦争は終結に向かったでしょう。しかしその場合、終わり方は悲惨なものになったでしょう。それは想像に難くありません……」

 グラスを胸に当て、祈るように目を閉じた。 

「何処のどなたかは存じませんが、時折こうして感謝を捧げるようにしております」

 グラスを空け、息をついたドミニクは――ニコリと笑みを浮かべた。

「では、ビールをいただけますかな?」


 ――ジョッキを受け取り、ドミニクは口髭の下にもう一つの髭を生やして幸せそうに息をついた。

「エリーさんは何時ものですか?」

「んー……その前に、あたしもエデンドロップを一口」

 ドミニクがしていたようにグラスを胸に当て、瞑目したエリーは首を傾げた。

「あれ……? あたしは何に祈れば良いのかな? 人間は創造主であり庇護者である神に祈るんだよね? じゃあ、あたしは人類に祈れば良いのかな? それともあたしを設計した人? 直してくれたジェーン?」

「何を祈るのですかな?」

「うーん、お水には直接ありがとうって言えるけど、生成技術を確立した人には伝えられないから……。だから、人は神様に頼んで伝えてもらうんだよね? だからあたしもそうしようと思ったんだけど……誰か人間に頼んで代わりにやってもらうべきなんじゃないかなって」

「どうして?」


「だって、アンドロイドが神様に祈るって変だよ。あたしの創造主は人間なんだから、あたしが祈るべきは人なんじゃないかなって。それで、人から神様に伝えてもらうの」

「どうして伝えたいのですかな?」

「んー……、あたしは人間ほど水を必要としないから気にした事なかったけど……水はすごく尊い物で、これを生成する技術を確立した人にありがとうって伝えるべきだと思ったから」

「それで十分です。神へ捧げるものばかりが祈りではありません。人間かアンドロイドかも関係ありません。あなたがそう思った、その心こそが祈りの本質。形ばかり模しても、そこに心がなければ祈りとは呼べません」

 ジェイはグラスに水を生成し、胸に抱いてゆっくりとエリーへ頷いた。

「僕もそう思います」

 ジェイに続き、エリーも祈るように目を閉じた。

 やがて――目を合わせた二人はグラスを空け、照れ臭そうに微笑んだ。


 エリーはいつものドリンクを受け取り、ストローを刺しながらぼやいた。

「でもやっぱり変な感じー。あたし教会にもお寺にも行った事ないのに……なんか形だけ真似してるみたいでムズムズする」

「そんな事はありません。形は、言わば箔付け。神へ祈る作法をなぞる事で、これが極めて真摯な祈りであると示しいるに過ぎません。最も大事なのは、やはり心です」

「ふーん」と唸っていたエリーは、ふと思い付いたように尋ねた。

「お願い事をするのと祈るのは違うの?」

「そうですね……、私の解釈で良ければ」

「いいよ、教えて」

「何か願い事がおありのようですな?」

「えへへ……ちょっとね」

「祈ると願うは同じもので、その対象によって言い方を変えているだけだと考えています。

 祈るは他者の為に何かを願う行為、願うは自分の為に祈る行為。私はそう解釈しています」

「なるほどー……」

 頷いたエリーは、また別の疑問が浮かんだようだ。

「そもそも祈りって何なの?」


「……自分ではどうにも出来ない事、手の届かない事であると理解しても、それを理由に見てみぬふりや忘れてしまう事もできない。そう思った時、それを言葉で伝えることが出来れば良いですが……故人や概念が相手ではそうする事も叶いません。先程の様に、そもそもの伝える相手が分からない、こんな場合も然り。

 しかし想いというものは積もります、良いものも悪いものも……心の底へ、少しずつ少しずつ……。それはいつしか心を圧迫し、余裕を失い……やがて壊れてしまいます。

 積もった想いを溶かし、外へ出す事。それが祈りの役割であると考えています」

「なるほど……。人間はエラーログをそうやって処理してるんだね」

「あくまで私の解釈ですがね」

「でも……たしかに、真剣に何かを祈ると……何となく心が軽くなる気がしますね」

「祈りは神と人を繋ぎ、想いは人と人を繋ぐ。見えぬ糸で人々を繋ぎ、然るべき人と人が繋がった時、まるで花が開くように、奇跡や出会いを与えてくれる。この歳になりますと、そう感じてしまう事が多々あります」


 ドミニクは目を細め、優しげな笑みを浮かべた。

「日々誰かの幸せや健康、願いや想いが届くように祈りを捧げ、願い事は……そうですな、十の内一つぐらいにしておきましょう。そしてその誰かも同じように、誰かの事を祈る。そしてその誰かもまた……。

 そうしていつか――何処かで、誰かが自分の事を祈ってくれている。世界がそうなれば、素敵だと思いませんか?」

「……なんかドミニクちゃんカッコいい。私もエラーログを消す時は何か祈りながらやるようにするよ!」

 にこりと微笑んだドミニクは、照れ臭そうにハットを被った。

「では、次の仕事がありますので私はここらで……」

「はい。お仕事以外でも、是非いらして下さいよ」

「ええ、その内お邪魔致します」

 立ち上がったドミニクは、例の酒をカウンターに置いた。

「レンにも飲ませてみて下さい。それでは、レンによろしく」

 店の内装も相まって――ハットを軽く持ち上げ踵を返した一連の動きが、クラシックな映画を見ているような、そんな気分にさせた。


 カラン、と揺れた鈴が動きを止め、エリーは椅子を回してカウンターへ向き直った。

「ジェイちゃんはどんな事を祈ったり願ったりしてるの?」

「そういう事はあまり聞かないんですよ」

 エリーはプッと頬を膨らまし、ストローへブクブクと空気を送り込んだ。

「じゃあエリーさんは?」

「あたしないもん。祈ったのなんてさっきが初めてだもん。ずっとあたしアンドロイドには関係ないと思ってたし」

 プクプクと弾ける気泡を見つめていたジェイは、ふと顔を崩した。

「そんな事無いですよ。何か意図をもって行動することはあるでしょ? ああなれば……とか、こうなれば良いのに、とか」

「それはあるけど……」

「それも祈りや願いだと思いますよ。ドミニクさんが言ってたでしょ? 格好は箔付け」

「……そっか」

 ジッとジェイを見つめたエリーは、不意に顔を崩した。

「えへへ……。あ、そうだあと八は個何か祈らないと……」

 その時、カランと鈴が鳴った。


「あれ? ボス?」

 小振りな空飛ぶ円盤――お散歩ドローンに繋がれたシバがトコトコと入って来た。

「なんだ……まだ見分けがつかないのか? その覚えの悪さはにはガッカリだ」

「もう……なんでそんなに突っ掛かるんですか」

「別に、私は何時も通りだ。エリーおはよう」

「おはよう、レンちゃん」

 エリーとは全く違う声音で挨拶を交わし、ひょいとソファーに上がり後ろ足で耳を掻いた。

 ジェイはため息を漏らし、カウンターにポップアップさせた書類をスクロールした。

「そのドローンの説明書を見たんですけど、ほらここ、使用を控えて下さいって地域にエデン星系が入ってますよ」

「だからなんだ? 誰も散歩に連れて行ってくれないんだから仕方ないだろ」

「平たく言うと、治安が悪いから危ないって書いてあるんです。いくらボスでも危ないですよ……」


「フン、そんなに心配なら散歩に付き合えばいいじゃないか」

「もう……、だから何度も言ってるじゃないですか……」

「あーあー、いい、いい。お前には頼まん」

 キョロキョロと二人の顔を窺っていたエリーは、身を乗り出して声を潜めた。

「レンちゃんとケンカしてるの?」

「この間の戦車の一件からずっとこの調子で……」

「なるほど……」

「あの戦車壊してないんですよ? 別の場所でウォルフマンさんが元通りに組み立てて、ボスは普通に乗って帰ったって」

「ふーん。でもレンちゃんかなりへそ曲げてるよ」

「一体何が気に入らないのか……」

 ヒソヒソと話す二人へ、テーブル席から声が飛んだ。

「エリー、私のボウルと缶詰をもって来てくれないか?」

「ボス! エリーさんはお客様ですよ」

「ああ、そうだったな。お前は私なんかより客の方が大事なんだったな。お前の薄情さを忘れていたよ」

 ため息をつきつつも、ジェイはボウルに缶詰を空けてカウンターを出た。


「ここはお店なんですよ。お客様として受け入れた方を第一とするのは当然です」

 床にボウルにボウルを置き、踵を返した。

「……」

 ソファーを降り……ジッとボウルを見つめるシバを見かね、エリーが席を立った。

「はい、ボウル押さえておくから、どうぞ」

「ありがとうエリー。誰かとは大違いだな」

「ねえレンちゃん、どうしてそんなに怒ってるの?」

「別に怒ってなんかいないぞ。何時も通りだ」

「じゃあ拗ねてるんだ」

「何時も通りだと言っているだろ。普通だ、怒りも拗ねもしていない」

 カウンターから二人のやり取りを眺め、ジェイがため息をつくと同時に鈴が鳴った。現れたのはウォルフマンだ。

「今日も犬か……。二足歩行を忘れんなよ」

「いらっしゃいませ、Mr.ウォルフマン」

「ミスターはいらねぇつってんだろ……」

 お約束のやり取りを経て、ウォルフマンが席に着くと同時に、慌てた様子のエリーとレンの声が聞こえた。

「ちょっと、レンちゃん! まだ拭き終わってないよ」

「いい、散歩に行ってくる」


「えー、今お散歩から帰ってきたところだっ――」

 鼻と口にお弁当を付けたまま、シバは店を飛び出した。エリーの声は鈴の音に遮られ、諦めたように踵を返した。

「また随分と拗ねてるじゃねぇか」

「だよね、レンちゃん拗ねてるよね」

「ああ。ジェイ、何があったんだ?」

「分かりません。僕が聞きたいですよ……。戦車を受け取りに来た時は普通だったんですよね?」

「いたって普通だったぞ。幾つかジャンクも買ってって、むしろ機嫌は良かったな」

 ジェイはため息を漏らし、扉の鈴を見つめた。

「それにまたあの格好で一人で……」

「そこは多分大丈夫だよ。レンちゃん口からレーザー出せるから、パワードスーツぐらいなら真っ二つだよ。ドローンも武装してるみたいだし」

「旧式の小型レールガンを買ってったのその為か」

「あのドローンにレールガン付いてるんですか?」

「多分もう付いてんじゃねぇか。逆の心配をした方が良さそうだな。保釈申請のやり方ぐらい調べといてやれ」


 ため息を漏らすジェイへ、ウォルフマンは戸棚の酒瓶を指した。ドミニクにもらった酒だ。

「それはそうと……、ありゃなんだ?」

「さっきドミニクさんに頂いたものです。ネモリスで発見された果実で造ったお酒だそうです。飲んでみますか?」

「ああ、少しもらえるか?」

 中程まで満たしたグラスを受けとり、光にかざすようにゆらゆらと揺らした。

「ふーん」

 香りを確かめ、クイとグラスを傾けた。

「どうですか?」

「んん……。俺はもっと甘い方がいいな。砂糖入れてくれるか?」

「えー、ウルフちゃんそれはぶち壊しだよ……」

「別に良いだろ。俺は旨いものを更に旨くしようとしてるだけだ」

「じゃあ普通に美味しいって言えばいいじゃん」

「旨い。これでいいか? じゃあ砂糖をくれ」

「……」


「……まあ、レンが好きそうな味だ。たまにはレンと飲んでみたらどうだ? 拗ねてる理由なんてどうせたいした事じゃねぇよ。一緒に酒でも飲みゃ忘れるさ」

 砂糖の瓶を受け取り、ドパドパと加えてかき回した。

「アイツは昔からそうだ。不機嫌の理由を察しろと言わんばかりにツンケンして……。で、毎度毎度、分かってみるとしょうもない理由なんだよ。あまり気にするな、放っといてもいずれ治る」

「そう言えばさ、ウルフちゃんとレンちゃんはどういう関係なの? レンちゃんとは随分付き合いが長そうだけど……」

「それは僕も興味あります」

 興味津々の視線に曝され、ウォルフマンはバツが悪そうに目を逸らした。

「まあ……腐れ縁だ」

 グイとグラスを空け、幸せそうに息をついた。

「ジェイ、こいつをメニューに加えてくれ」

「ウルフちゃん逃げた」

「名前はエスケープとかで良いですかね?」

 ウォルフマンは顔をしかめ、舌打ちを洩らした。


「ちょっと喋り過ぎたな……。昔の仕事仲間だよ。『Mr.ウォルフマン』シリーズを撮る前に、組んで一緒に仕事をしてた。そんだけだ」

「それって、ボスがあちこち飛び回ってたっていう頃の話ですか? それ詳しく聞きたいです」

「まあ、そうだな。ジャンクを求めて戦場を巡ってたからな、人が住むところは隅々まで行ったよ」

「ふ~ん。戦争には参加してないの?」

「あの頃の俺達は、何処の企業にもコミュニティにも属してなかったからな。自衛の為に戦う事はあったが、兵士としては参加していない」

「ふーん、その頃から気ままにプラプラしてたんだね」

「あのな、何処にも属さないってのはなかなか大変なんだぜ? 何でも自分で解決しなくちゃならねぇんだ。

 もしかして、誰からも口出しされずみんな友好的に接してくれる。そんな風に思ってないか?」

「違うの?」


「いくらでも口出しされて、誰も助けてくれねぇ。差し込まれるクチバシを押し返すなりへし折るなり、抵抗する事ができなければあっと言う間に飲み込まれちまう。

 何処にも属さない――中立ってのは、中立だから口を出されないんじゃない。出させないんだ。誰の肩も持たず誰にも口出しさせない。中立は双方の味方じゃねぇ、双方に敵対なんだ。双方と戦う覚悟があり、押し返せる力がなくては保てない。

 考えてもみろ、自分の事を無視するヤツを信用できるか? 中立ってのは非常に厄介で、危険な立ち位置なんだ。道楽者みたいに言うんじゃねぇよ」

「ふーん」

 気のない相づちに、ウォルフマンは鼻息を荒げた。

「俺達はな、相手が誰であろうと一歩も引かなかった。行く先々でスパイや密輸の容疑をこれでもかとかけられたが、俺達の船には、誰一人、一歩たりとも踏み込ませなかった!」

 鼻息荒く、ウォルフマンはグラスを逆さに振って滴を口へ落とした。

「そんなムキにならなくてもいいじゃない……」


 頬を膨らまし、ポコポコと気泡を作るエリーと、鼻を膨らすウォルフマンを見つめ――ジェイは緩るむ頬を誤魔化すように尋ねた。

「代わりは如何致しましょう?」

「いつものをくれ」

「今はウェイブス所属なんですよね?」

「ああ。国ってものの恩恵を痛感してるところだよ」

「ねえねえ、ジェイちゃん今何てお祈りしたの? それともお願い?」

「さあ……どっちでしょうね」

 シェイカーを振りながら、柔らかな笑みを返した――

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