坊ちゃん

 昨日の続きで、何時もと変わらない朝――のはずだった。


 店を開けて間もなく、けたたましい警報が鳴り響いた。天井と床の一部がクルリと回り、現れた巨大なタレットが入り口の人物へ素早く狙いを定めた。

 スーツを着た若い男だ。短め髪と彫りの薄い顔立ちに、さっぱりとした印象を受けた。いや、警戒心に欠けた顔……だったかもしれない。

 照射される光が赤いラインを引き、無機質な女の声が響いた。

「警告。武器を捨て、ラインより後方へ下がって下さい」

「は!? ちょ――待て待て待て! 落ち着け!」

 慌てて下がろうとしたものの、足がもつれて盛大に尻餅をついた。

「排除を開始します」

「わ! わ、待て! 落ち着け!」

 腰が抜けているのか、氷の上にでも居るようにツルツルともがいていた。

「3、2、1――」

 両手で頭を抱え、男がうずくまると同時に――間一髪で警報の解除が間に合った。

 ジェイは額の汗を拭い、ホッと息をついて男の元へ向かった。

「あの……大丈夫ですか?」

「ヒッ……!!」

 肩に触れると、そのままパタリと倒れて気を失ってしまった。

「……どうしよう」


 ――一先ず長ソファーへ寝かせて思案していると、エリーが現れた。

「ジェイちゃんおはよー」

「おはようございます。エリーさん」

「ワオ、キャサリンズが動いてる。で……それ誰? メンテの人?」

「分かりません。キャサリンズが起動しちゃって、撃たれそうになって……」

「え? じゃあ何か武器を持ってるんじゃない?」

「あ、そうだ……確かセンサーに銃が写ってました」

 エリーは男の上着をはぐり、ホルスターから銃を抜き取った。

「ジェイちゃん危ないよー。取り上げる前に警報の切ったら意味ないじゃん」

「いや、無害そうな感じだったんで……」

「そんな見た目で判断しちゃダメだよ。現に銃を持ち込もうとして……ほら! こんな物まで持ってる」

 顔の前でプラプラと手錠を揺らし、さらに男の所持品を漁った。


「身分証を証明できる物はなし……。きっと強盗だよ。いろいろ奪って、これでジェイちゃんを何処かに繋いで逃げるつもりだったんだよ。いや……ジェイちゃんを誘拐するつもりだったのかも!」

「僕なんか拐ってどうするんですか……」

「もう忘れたの? ジェイちゃん体はお金になるんだよ。ドクターに言われたでしょ」

「……そうでした」

「とりあえず起きちゃう前に縛っとこうよ」

 エリーはゴロリと男を裏返し、後ろ手に手錠をかけた。

「ジェイちゃんなんか縛る物とかない?」

「そういう物は置いて……あ、ボスのお散歩セットなら」


 ――男に首輪を取り付け、リードをテーブルに繋いだ。

「これ切れないかな……」

 エリーは細いリードを手に取って呟いた。

「大丈夫だと思いますよ。熊を繋いでも大丈夫だって言ってましたから。ボスいはく、シバの可愛さを強さに換算すると熊レベルなんだそうです」

「ふ~ん、ならとりあえず大丈夫だね。歯は何本か違うけど……生身だし筋肉量もたいした事ないし、これを千切るのはムリだね」

「歯の事なんて分かるんですか?」

「スキャンしたから。勝手にやるのは違法なんだけど……危ないお客も居るからね。あと、性感帯とかも分かって便利なんだー」

「……なるほど」

「ちなみに、この人は最近ご無沙汰でムラムラしてるねぇ……」

「……」


 エリーはカウンターへ向かい、セキュリティパネルを操作して再びタレットを起動した。流石は元従業員だ。二機のタレットが男に狙いを定めたのを見届け、エリーはいつもの席に腰を下ろした。

「ねぇねぇ、注文とって欲しいなー」

「あ、はい。只今」

 カウンターへ戻り、いつものドリンクを手渡して尋ねた。

「普通に警察を呼んで良んですかね? ちょっと面倒な事になりそうな……」

 ジェイにつられるように、エリーもタレットを振り返った。

「大丈夫だと思うけど……。そうだね、念のためアーロンかカレンに来てもらおうか」

 エリーはまぶたの裏でも見るように視線を漂わせ、プッと頬を膨らました。

「んー、どっちも出ないー。レンちゃんは?」

「昨日から連絡がつかないんですよ。お散歩から帰って、体を乗り換えて出かけたっきり……」


「お散歩って……ジェイちゃんと?」

「いえ、散々ゴネてはいましたけど……お散歩ドローンで」

「あたしに言ってくれればイイのに……」

「言ったんですけどね、エリーさんに頼むとそういうプレイって事で有料になるからヤダって」

「レンちゃんひっどーい。あたしもボディを揃えてバター犬プレイとか始めようかなー、って話はしたけど……。もし頼んできたって絶対やったげない。有料にする!」

 エリーがドリンクを流し込むと同時に、カランと鈴が鳴った。

「ジェーンさん。いらっしゃい」

「何これ? 物騒なもの置いてるのね」

 タレットに足を止めたジェーンは、ソファーの男に視線を滑らせた。


「あら……コイツ何してるの? アハハッ! いい気味! ……じゃなくて、ああ、えっと……誰?」

「もしかしてジェーンさんのお知り合いですか?」

「……知らないわ。知るわけないじゃない。誰よコイツ、赤の他人よ。全然知らない。知るわけないじゃない」

「そう……ですか」

「二回言った……」

「エリー。私をスキャンしたら逮捕するわよ」

「してないよ……」

「しようとしたでしょ?」

 エリーはプッと頬を膨らましてグラスを突き出した。

「だってすっごいウソ臭いんだもん。ジェイちゃんもう一杯」

「それで……、あれは何なの?」

 カウンター席へ腰を下ろし、ジェーンはソファーの男を振り返った。

「そうだ、ジェーンも警察官なんだよね。あれ持って帰ってよ。強盗と誘拐未遂の現行犯だよ」


「残念だけど、私は普通の警察官とは違うの。逮捕権は持ってるけど、あくまでもサイバーな犯罪についてだけよ。そういうのはアーロンやカレンに言いなさい」

「どっちも捕まんないのー」

「もう普通に通報しちゃいましょう」

「止めた方がいいわ。こんな凶悪なタレットが合法なわけないでしょ」

「防犯用に自宅や店舗の武装は認められてるじゃない」

「防犯って……オーバースペックにも程があるわよ。

 あなたね、これが本来は何に装備されてて、何を撃つ物なのか知ってる?」

「なんだろ? 戦車とかに付いてそうだよね」

「それを破壊する為のものよ。対戦車用の機関砲。もし発射されたらそのタレットから向こうは消し飛ぶわよ。本来なら強襲揚陸挺とかに装備されて……ねぇ、何でリボンが付いてるの?」

「ボス曰く女の子なんだそうで……。ちなみに天井のがキャサリン・アンで、床のが次女キャサリン・ドゥです」


「じゃあ、もう誰でもイイから面倒臭くない人呼んで。警察で働いてるんだから、アーロンとカレン以外にもそういう人知ってるでしょ?」

「そうね……でもその前に、とりあえずお店を閉めとかないと、普通の客が入って来たら面倒よ」

 と言ったそばから、カランと鈴が鳴った。現れたのはウォルフマンだ。

「おう、キャサリンズは元気そうだな」

「いらっしゃいませ。Mr.ウォルフマン」

「Mr.は要らねぇつってんだろ……」

 お約束のやり取りを交わし、ウォルフマンはカウンターへ腰を下ろして見覚えのない端末を置いた。

「店に外に落ちてたぜ」

 いつものドリンクで喉を潤し、幸せそうに息をついた。

「もしかしてアイツのかな?」

 振り返ったエリーに続き、ウォルフマンもソファーの男へ目を向けた。


「ありゃ何やってんだ? 公開処刑でもすんのか?」

「強盗と誘拐未遂の現行犯だよ。どうやって警察に引き渡すか相談してたところ」

「ふーん。それはあの男の持ち物か?」

 カウンターに置かれた、男から没収した銃や小物を指した。

「ええ。そうです」

「ふーん」

「どうかしました?」

 代わりが注がれ、金属剥き出しの指がカツリとグラスを掴んだ。

「その銃に見覚えがあってな」

「なになに、ウルフちゃんの知り合い? 昔のよろしくないお仲間とか? ウルフちゃんって、昔は結構ヤバい事もやってたんだよねー?」

「その話はまた今度な。それより、その銃に見覚えがあってな。そいつはちょっと特別な代物だ」

「やっぱり盗品?」


「先月から警察に支給されてる警察限定のモデルだ。手に入れるには警官になるしかない」

 クイとグラスを空け、ジェーンに目を向けた。

「へー、そう。なに? どうして私を見るの?」

「お前さんも持ってるだろ?」

「持ってないわよ。入り口の変なロボットに預けたから。そもそも、持ってたら私もああなってるんでしょ?」

「今持ってるかどうかじゃなくてよ……お前さんなら見りゃ分かるだろって話だ」

「さぁ、銃の事なんてよく分からないし知らないから。銃なんてみんな同じでしょ? 違うの?」

「あー、ジェーンやっぱり嘘ついてるー!」

「エリー、いらっしゃい。あなたを逮捕するわ。スキャンしたら逮捕するって言ったでしょ?」

「スキャンしなくったって分かるよ!」

 その時、男が目を覚ました。


「……あれ、生きて……る?」

 意識を取り戻し、立ち上がろうとするも――手錠とリードに阻まれてソファーから転げ落ちた。

「痛って! 何だよこれ……どうなって――」

 二機のタレットが、じっと男を見つめていた。

「警告。急激な動きは敵対行動と見します。両手を頭に乗せ、直ちにラインの内側へ戻って下さい」

 照射された赤い光が、ソファーの上に四角い枠を描いた。

「警告。両手を頭に乗せ、直ちにラインの内側へ戻って下さい。従わない場合は、敵対行動と見做します」

「待て待て待て待て! 分かった! 分かったって!」

 何とか起き上がったものの……リードに引っ張られ、ひざをついて大きく傾いている。

「警告。両手を頭に乗せ、直ちにラインの内側へ戻って下さい」

「ちょちょちょ待て待て待て待て! これでどうやって手を乗せるんだよ……。手錠、手錠がさ、ホラ、ホラ!」

「排除を開始します。3、2、1――」

「待て待て待て待て! 止め、助けて!!」


 間一髪――ジェイの手が緊急停止ボタンを叩き、ギューン……とダウンしたタレットは項垂れ、男はへなへなと崩れ落ちた。

 やがて……男はゆっくりと周囲を見渡し、ジェーン見つけて目を見開いた。

「ジェーン……? おい、ジェーン! 助けてくれ!」

「……えっと、どちら様?」

「どちら様って……俺だよ! 俺!」

「んー、ごめんなさい。覚えてないわ」

「おいおい、冗談止めろって」

 笑っていた男の顔が、にわかに凍りついた。

「おい……、ウソだろなんてこった……。署内に居るって噂の生体パーツブローカーの手先って、お前の事だったのか……? マジかよ……ぼ、僕を売るのか……? いくら貰ったんだ? なぁ、倍だ倍払う、たたた助けてくれよ。頼む、頼むよ……誰にも言わないから! 助けてくれよ!」

 男はポロポロと涙を流して蹲った。

「何でだよ……そこそこ仲良いと思ってたのに……」

 ふと、何かに気が付いたようにハッと顔を上げた。


「もしかしてアレか? 僕が君のお茶請けをつまみ食いしてた事の腹いせか?

 分かった! 認める、認めるよ! ちょくちょく食ってたし、君のお気に入りのティーカップを割ったのも僕だ! 認めるし謝る! この通り!

 でで、でも言い訳ぐらいさせてくれ、いいだろ? 聞きたいだろ? 戸棚を漁るのは癖なんだよ……。

 ほら、前に話したよな? ガキの頃僕はトレジャーハンターを目指してたんだ。だからついつい宝探しをしちゃうんだよ、食い物に全く縁のない部屋の戸棚からお菓子とか出てきたら、他にもないか探しちゃうだろ? 宝を求めるトレジャーハンターの血がそうさせるんだよ! その過程で、運悪くティーカップを落として割ってしまうなんて事故はままある事なんだよ! 悪気があったわけじゃないんだ!

 ……たしかに、黙ってたのは……その、悪いと思う。弁償する。もちろん弁償する! いや弁償させてくれ! それだけじゃない、今まで食った物も全部返す! 買って返す! なんなら君のお茶請けはこれからずっと僕が買ってくる! も、もちろん僕の金だ、好きなだけ使ってくれ!」

 おもむろに取り出したジェーンの端末が、彼の声で彼の言葉をつらつらとおうむ返しに返した。


「あら? リースじゃない。こんな所で会うなんて奇遇ね。あと一人称が僕に戻ってるわよ」

「……」

「ああ、ジェイ。この人警察官よ。アーロンの部下」

 ジェイは急いで男の元へ向かい、首輪と手錠を外して男を助け起こした。

「申し訳ありません。警察の方だとは知らずに……。銃をお持ちでしたので……あの、何かお飲みになりませんか? お詫びに一杯おごらせて下さい。どうぞ」

「……いや、僕の方こそ。すぐに身分を明かして名乗ればよかったのに、パニくってしまって……」

 自由になった男は、ジェイに導かれてカウンターへ腰を下ろした。

「何になさいますか?」

「……トニックウォーター。砂糖が入ってないのを」

 差し出されたグラスに口を付け、ホッと息をついた。


「ねぇねぇ、アッチの方が溜まってるみたいだったけど大丈夫?」

「キミは……」

「あたしエリー。料金は150から、スッキリしたかったら声かけてね」

「キミは人間? アンドロイド?」

「アンドロイドだよ」

「すまない……アンドロイドはムリなんだ……。いや、キミはすっごく可愛いし、正直タイプだよ。ど真ん中。なんだけど……ちょっとトラウマがあってね……」

「そっかー、残念。暴走系のトラブル?」

「うん……。その、アレを引き千切られてね……ローンを組んで何とか再生させたけど、あの恐怖と痛みは忘れられないよ……」

「リース。あなたそんな話をしに来たわけ?」

「ああ、そうだった」

 リースはカウンターに置かれた銃や小物をしまい、最後に端末を手に取った。


「えっと、ジェイさんですよね?」

「はい」

「レン・スメラギをご存知ですか?」

「はい。私の上司で家主で身元保証人ですが……何かあったんですか?」

「昨夜、港のジャンクヤードであった乱闘騒ぎはご存知ですか?」

「いえ……、もしかしてボスが?」

「はい。ああでも大丈夫です、怪我とかはありません、はい」

「あの、もしかして……?」

「ええ、加害者の方でして……」

「……」

「現場に着いたとき、被害達の頭とトイレの浄化槽を繋ごうとしてまして……」

「え? 達? トイレに頭?」

「ああ、被害者はみんな全身義体のサイボーグですので、死人は出てません。まあ……細かい事はいずれ本人お聞き下さい。

 とまあ、そんなわけで一旦は逮捕したんですが……被害達がレン・スメラギに対するあらゆる訴えを取り下げまして、釈放となったんです。それで私が来たというわけです。釈放前に身元保証人に直接関係を確認するいう決まりになってまして……」


 リースの端末から書類が表示され、目を通すジェイへサインを求めた。

「よろしければ最後にサインを」

 指先でJDと書き込んだジェイへ、リースが声をかけた。

「あの、イニシャルではなくフルネームでお願いします」

「いえ、これが本名なので」

 ジェイが手をかざすと書類が承認され、リースはポカンとジェイを見つめた。

「……あ! ああ! もしかして……、ア、ア、アイスマン……?」

「そう呼ばれた事もありましたね」

「80年! 冷凍カプセルで宇宙を彷徨さまよった男、アイスマン!」

 リースは勢いよく立ち上がり、ゴシゴシと服で手を拭いジェイへ差し出した。

「あ、握手してもらっても良いですか? いつか直接お話を伺いたいと思っていたんです!」

「期待を裏切るようで申し訳ないんですが……記憶は脳ミソごと削り落としてしまったので、大したお話はできないかと……」


「ええ、存じてます。あなたの記事は全て読みましたから。二年前に、パッタリとあなたに関する記事が出なくって……てっきり何処か他所に移住されたのかと思っていました」

 握手を交わし、腰を下ろしたものの……リースは興奮覚めやらぬ様子で、座面の貼り付いたテープを尻で剥がしているかのようにモゾモゾソワソワと落ち着きを失っていた。

 何から話そうかと迷っている様子の彼へ、ジェイが尋ねた。

「あの、リースさん。その前にボスは……? レン・スメラギの件は……」

「あ! ああ、そうでした! 申し訳ありません、つい興奮してしまって……。いやはや、こんなに興奮したのは10才の誕生パーティーに父がMr.ウォルフマンを呼んでくれた時以来ですよ。ハハハハ。それで……えっと、レン・スメラギですが――」

 エリーに肩をつつかれ、リースは言葉を止めて彼女を振り返った。

「それならジェーンの隣に居るよ。Mr.ウォルフマン」

 弾き飛ばされたように立ち上がったリースは顎を震わせ、ウォルフマンを指差した。

「ウォ、ウォ、ウォルフマン……ミ、ミミミスターウォルフマン……」

「10才の誕生パーティー……? ああ、お前ドアラのボンボンか?」

「……こんな所で、また会えるなんて……。しししかも覚えてる……ボボボクを……Mr.ウォルフマンが……。伝説のトレジャーハンター! Mr.!! ウォルフマンが!!」

 リースの興奮は頂点に達し、気を失いどさりと床に倒れた――


 結局……長ソファーに戻ったリースをカウンターから眺め、ジェイがぼやいた。

「結局……ボスは? 釈放されるんですよね……?」

「承認は出来たんでしょ? なら大丈夫よ」

「あのボウズは警官になったのか……人生どう転ぶか分かんねぇもんだな」

「二人とも有名人でいいなー、羨ましいなぁー」

 エリーはカウンターに顎を乗せ、ドリンクに挿したストローを咥えてプクプクと泡を立てた。

 その時、微かな地揺れを感じた。

「地震……かしら?」

「いや……コイツは足音だ」

「足音?」

「えーっとねぇ、データベースによると……ウェイブス社製の自立型無人多脚戦車だね」

 入り口の赤灯が回り――扉ではなく、扉が取り付けられた壁が丸ごとゆっくりと上へスライドを始めた。

 壁に見えたそれは、それ自体が大きな扉だ。倉庫であった頃の名残で、今まで扉だと思っていたものは、そこに穴を開けて取りつけた後付けの物だ。

「リィィーース!!」

 聞き覚えのある拡声器の大音声と共に、それは姿を現した。

 装甲に覆われた太い四脚と丸みを帯びた胴体。右腕に連装ミニガン、左はグレネード。肩にはレールガンとミサイルポッドが見える。

 正面の空間に現れたホロディスプレイに、ドットで描かれた怒り顔が表示されパクパクと口を動かした。


「リィィーース!! 何時まで待たせる気だ!! 黙って言うことを聞いてやったら調子に乗りやがって!!」

 身を屈め、どう見ても入らない体を無理矢理ねじ込み、リースへミニガンを突き出した。

「ボ、ボス!? 何ですかそれ!?」

「私は実弾派だ! エナジーウェポンは好かん!」

「そうじゃなくて!!」

 ミニガンの銃身が、キューンと回転を始めた。

「リィィース!! 遺言はあるか?」

「お、お、お落ち着けレン・スメラギ! 手続きは無事に終わった! 頼むからそういう物を向けないでくれ!」

「そうか。じゃあもうお前に用はない」

 換気扇に板を差し込んだような、ブーンという切れ目のない射撃音とリースの悲鳴が重なった。

「止め――痛ッたたたた、痛い! 止めろ!」

 リースに当りバラバラと飛び散った不揃いな弾丸は、カウンターに座る他の面々も襲った。

 しかし、エリーは素早くカウンターの向こうへ逃れておりジェーンの悲鳴だけが響いた。


「痛っ! ちょっとレン! 痛い!」

 ウォルフマンはカウンターに散らばった弾丸をつまみ上げ、ヒクヒクと鼻を動かしたエリーがパクパクと食いついた。

「アーモンド、カシューナッツ、ピーナッツ……どれも天然物! アレの弾丸の十倍はするやつだよ! ドクターに持ってって何かに交換してもらおうっと」

 エリーは散らばったナッツをいそいそと拾い集め、ウォルフマンは目の前に転がってくるそれをコリコリと摘まんだ。

「ハハハ! 驚いたか? 次は実弾だ! 大丈夫、形は残るさ。だが手足の一本や二本は覚悟しろ!」

「ふ、ふざけるな! 先月アレのローンを払い終えたばかりなんだぞ!」

「じゃあ、今度こそパパに泣きついて払ってもらうんだな!」

「おい、よせ止めろ!」

 その時、再び回転を始めたミニガンの前にジェイが割り込んだ。


「ボス!! いい加減にして下さい!!」

 初めて聞く、怒気を孕んだジェイの声。初めて見る、怒気を孕んだ彼の瞳……。

「……冗談だ。そんなに怒るな」

「今すぐに乗り替えて下さい!!」

 ジェイは仮眠室にあったシバボディを突き出した。

「それ以上お店の中でそれを動かさないで下さい!!」

「そんなに怒るな……」

 胴体から細いアームが現れ、シバボディを受け取ったものの……。

「ここで乗り替えるのは……ちょっと」

「今、すぐ!!」

 ジェイの気迫に押され、プシューっと胴体の一部が開きシバボディを引き込んだ。

 やがて……装甲に覆われた正面ハッチが開き、小さな窪みに収まったシバが現れた。

「着替えたぞ。満足か?」


 ジェイは不満げなシバを抱え、ウォルフマンに向き直った。

「Mr.ウォルフマン、お仕事の依頼です。この戦車の解体と搬出をお願いします」

「そんな必要はない。私が乗って帰れば良いだけの話だ」

「床や壁をこれ以上痛めずに出れるのであればどうぞ。出来ないのであれば黙ってて下さい」

「……」

「今日のお代が奢りってんなら、いいぜ」

「お願いします」

「おい、ジェイ。それはお気に入りなんだ、勘弁してくれ」

「スクラップにするわけじゃないんです、好きなところに持っていって組み立てれば良いでしょ」

「俺に頼むって事は、スクラップにするって意味なんだがな……。ま、壊さねぇようにやるわ。手伝ってくれるんならな」

「すみません……。よろしくお願いします」

 ジェイは、改めて戦車へ向き直った。


「見てくださいボス。床はグシャグシャ、壁と天井もバッキバキ」

 店に栓をするように、多脚戦車が詰まっていた。

「居候ですけど、ここは僕にとってとても大切な場所なんです。もっと大事に扱って欲しいです」

「フン、自分の店をどうしようと勝手だろ」

「そうですね。たしかにここはボスの店でボスの物です。ボスがどう扱おうと自由です。でもお客さんは違います」

「……」

「ボス。言うことがあるんじゃないですか?」

 リースとジェーンの前に突き出されたシバはプイとそっぽを向いた。

「ボス!」

「いいのよジェイ。気にしないで」

「ああ、気にしないでくれアイスマン。コイツから謝罪を引き出すなんて、空気から金を生成するより難しい。それに……」

 心なしか……シバを見つめるリースの目尻が下がっている。

「犬は好きなんだ。中身があいつだと分かっていても……」


 リースは思わずシバへ手を伸ばし、噛みつく気配を察したジェイが慌てて引き離した。

「気安く触るな!」

 カツンと空を噛み、シバは牙を剥き出して唸りを上げた。

「ボス!」

「どうしてお前はコイツの肩を持つんだ!? 警告を無視して銃を持って押し入ったクソ野郎だぞ!」

「ボス……見当はついてるんです。ジェーンさん、店のセキュリティシステムのログを見てもらっても良いですか?」

「ええ、いいけど……」

 しばらく端末を操作し、ジェーンが呟いた。

「なるほど……。リースが入店した時だけ警告が切られてるわね。管理者権限で」

「警告?」

「リース、あなたここへ来た時、表の金庫みたいなロボットに武器を預けろってしつこく絡まれなかった?」

「いや……何も。あ、いや違う。銃を抜けとか言ってた気がする……」


「ボス?」

「うるさい、黙れ! 散歩の時間だ!」

 シバはするりとジェイの腕を逃れ、カツカツとカウンターを駆けた。

「エリー、お散歩に連れていってくれ」

「えー……私に頼むと、そういうプレイって事で有料なんでしょ? いくらにしようかなー」

 シバは再びカウンターを駆け、ウォルフマンの元へ向かった。

「ウォルフマン、お散歩に連れていってくれ」

「俺は仕事だ」

 と、戦車を振り返った。

 シバは再びカツカツと駆け、今度はジェーンの元へ向かった。

「ジェーン、お散歩に――」

「ごめんねレン、そろそろ仕事に戻らないといけないの」

「僕もそろそろ勤務に戻らないと」

「お前には聞いてない!!」

 牙を剥き出してリースを一喝し、踵を返して「クゥ~ン」と鼻を鳴らしながらウォルフマン、エリー、ジェーンの間をうろうろと歩いた。


「はぁ……」

 と、ジェイはため息を漏らし、エリーに向き直った。

「エリーさん……今回だけお願い出来ませんか?」

「んー、ジェイちゃんの頼みなら、仕方がないなー」

 エリーがカウンターのパネルを操作すると、トイレの小部屋が横へスライドし、扉が現れた。

「じゃ、搬出が終わった頃に戻るねー」

 エリーはシバを抱え、お散歩セットを手に裏口から姿を消した。

「それじゃ、私もそろそろ行くわ」

 ジェーンは精算を済ませ、リースに尋ねた。

「ねぇ、リース。さっき言ってた生体パーツブローカーの話って、出所は何処?」

「出所もなにも署のデータベースと端末に来る回覧に……」

「ふ~ん、これね……」

 端末を見ていたジェーンは、ポツリと呟いて何処かへ通話を繋いだ。


「私よ。お願いがあるんだけど、マーシー……じゃなかった、私のデスクにある箱を蹴っ飛ばして、全部見てるわよってささやいといてもらえるかしら? ええ、おもいっきり蹴っ飛ばして良いわよ」

 通話を終えたジェーンはグラスの残りを流し込み、席を立った。

「それじゃ、またね」

 続いてリースが席を立った。

「僕もそろそろ行かないと……。あの、Mr.ウォルフマン。今度ゆっくりお話を伺いたいのですが……」

「ここに居る時ならいいぜ。暇な時はだいたいここに居る」

「ありがとうございます! あの、アイスマン。君にも……」

「僕は何時でもここに居ますよ」

「そうか……、ありがとう」

 ジェーンとリースの背を見送り、ウォルフマンはクイとグラスを空けて戦車を振り返った。

「さて……。ジェイ、手を貸してくれるか?」

「……はい」

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