アニマルプラネット

 その日は朝からバタついていた。

 ジェイは大量に届いた荷物を片っ端から開け、カウンターに並べた。

 さまざまな種類のドッグフードにキャットフード、首輪にブラシなどなど……。両手一杯に抱えた箱や緩衝材をゴミ箱に押し込み、処理ボタンを押して慌ただしく部屋に戻った。プリンターが吐き出したポスターを取ると同時に、入り口の鈴が鳴った。

「ジェイちゃんおはよー」

「ああ、エリーさんいらっしゃい。すみません、直ぐに片付けます」

 カウンターへ戻り、並べた物を次々と戸棚に押し込めた。

「ペットフード?」

 エリーはカウンターに座り、缶詰の一つを手った。

 犬と猫の上に、天然素材100%の文字が踊る。

「ふーん、高級品だねぇ……」


 ――今朝の事だ。正確には何時もより一時間ほど早い目覚めだった。

「ジェイ! ジェイ、起きろ! テーブル席を貸し切ってパーティーの予約だ! もうすぐ荷物が届くから準備しといてくれ!」

 ボスの声で喚く端末に起こされた。

「飾りやポスターは仮眠室のプリンターに送ってある、後はお前のセンスに任せる! 昼には開始だ! 頼んだぞ!」

「え……っと、どんなパーティーなんですか? あれ? ボス? ボス――」


「それきり繋がらないの?」

「そうなんです……」

 いつものドリンクを手渡し、ため息を洩らした。

「手伝おうか?」

「いや、それは――」

「いいって、いいって。元バーテンなんだから、大丈夫大丈夫」

「そういう問題じゃ――」

「いいって、私は人間と違って眠ったりする必要ないし、今日は夜まで暇なんだ」

「それじゃ……お願いしてもいいですか?」

「代わりに、コレはキミのおごりでいいかな?」

 そう言って、虹色のドリンクをクイと飲み干した。

「はい」

「じゃ、何をすればイイの?」


「表にこのポスターを貼ってきてもらっても良いですか? あとこの花飾りも一緒に」

「そっか……ジェイちゃんまだ外に出れないんだよね」

「ええ。外に行こうとすると足がすくんで……」

「そっか、そっか。任せて」

 ポスターを手に取り、外へ向かいながらクルリと広げて中を見た。丸い惑星と思しき物の上に、様々な動物が描かれている。

「アニマルプラネット。エデンα-1緊急オフ会?」

 ポスターはエリーに任せ、ジェイはプリンターが吐き出すペットボウルを拾い集め、テーブル席の椅子を仮眠室兼自室へ運び込んだ。

「外は済んだよー」

 扉から顔を覗かせたエリーが、積み上げた椅子押さえるジェイに声をかけた。

「はい、ありがとうございます。あと、そこのポスターと飾りもお願いできますか? テーブル席の周辺に」

 そう返すジェイの声と鈴の音が重なった。


「お? 懐かしいな。ジェイはどうした?」

 アーロンの声だ。

「ねぇねぇ、アーロンも手伝ってよ」

「何かは知らんが、あいにく今日はお目付けが一緒でな」

 カウンターに腰を下ろしたアーロンから、一足遅れて一人の女性が入ってきた。

 両サイドを刈り上げた短髪もだが、むき出しの厳つい義手と、シックスパックの腹筋が目を引いた。

「カレン久しぶりー」

「あら? あなたがそこに立つのも久しぶりね」

「ねぇねぇ、カレンも手伝ってよ。そこでパーティーするんだって」

「ああ、すみません。アーロンさん、カレンさん。ちょっと手が離せなくて」

 仮眠室からジェイの声が響いた。


「ご注文は?」

 そう尋ねるエリーから、アーロンはチラリとカレンに目を動かした。

「あのね、アーロン。私は、勤務中にバーへ寄ることをどうこう言った覚えはないわよ。勤務中に酒をガブガブ飲むのを止めろと言ってるの」

「じゃ、アルコール抜きのテキトーでイイね?」

 言い終えるよりも早く、エリーは慣れた手つきでドリンクを用意した。

「なんだこりゃ?」

 口を付けたアーロンが顔をしかめた。

「トニックウォーター。ちょっと香りを着けた炭酸」

 それきり口を付けようとしないアーロンとは対照的に、カレンは気に入ったらしい。幾度か口へ運び、エリーへ尋ねた。


「アニマルプラネットってなんなの?」

「なんかねー、動物と一緒に暮らす事を目指してる人達の集まりみたい。動物と暮らせる国を作るとかなんとか……。さっき調べたんだけどよくわかんなかった」

「ふ~ん。今でも十分一緒に暮らせてると思うけど……」

 カレンは首を傾げ、アーロンは灰皿を引き寄せてタバコに火を着けた。

「ほら、ペット連れ禁止の所に無理矢理入ろうとする連中がいるだろ? どうせああいう手合だろ」

「でも変な話よね。大昔はアレルギーとかって問題があったみたいだけど、今は理由にならない。制限する理由って何なのかしら?」

 言いながら、カレンは実に自然な動きで手を伸ばし、指先でタバコの火種を潰した。

「さあな……臭いとか?」


 ギロリと睨まれ、カレンは我に返った。

「あ……失礼。あなた所構わずタバコ吸おうとするから、ついね」

「これも適量吸った方がいいって、大昔に証明されたのにな。くそ……最後の一本だぞ」

 空箱を握り潰し、弾みで根本からポッキリと折れたタバコを未練たっぷりに灰皿へ放った。

「ま、ともかくレンは居ねぇって事だな。じゃあ俺はタバコ買って署に戻るぜ」

 席を立ったアーロンへ、エリーはポスターと飾りの入った箱を手渡した。

「出る前にテーブル席の周りに貼ってきて。見てるから」

「たくよ……なんで俺が」

 ブツブツとぼやきながらも、アーロンはポスターを広げた。

「こんな感じか?」

「傾いてるし、お花とかハートの飾りも貼るんだからその辺のバランスも考えて」

「こうか?」

「それじゃ下過ぎ」

「あなた本当にセンス無いわね」


 カレンは空になったグラスを置き、アーロンの飲み残しを手に取った。

「お前、それ飲むんだったらお前が払えよ」

「いいわよ。半分ね」

「はぁ? 全部決まってんだろ」

「もう口を付けたじゃない。中古を定価で売るつもり? しかも小汚いオッサンの飲み残し」

「あたしなら有料だね」

「いいよ、いいよ、奢りだチクショウ……! この間はマーシーの分を払わされるしよ……どうなってんだよチクショウめ! そういや、マーシーの野郎は何処に行ったんだ? 署内に居るってのに一度も顔を見てねぇぞ」

 その時、ようやくジェイが顔を出した。


「ああ、すみませんアーロンさん」

 バタバタとカウンターを出て、アーロンと代わった。

 席へ戻ったアーロンは、舌打ちを洩らしながら精算を済ませ、ペタペタとテーブル席を飾り付けるジェイを眺めた。

「アーロン。あなたもこういう感性を磨きなさい。少しは娘に懐かれるわよ」

「……うるせ」

 飾り付けを終え、ジェイはテーブルの高さを調整しながらカウンターを振り返った。

「犬と猫に合う高さってどのぐらいですかね?」

「……さぁ」

 と顔を見合わせた三人を尻目に、テーブルの調整を続けた。

「あくまでも動物が主役?」

 カレンはアーロンからせしめたドリンクに口を付け、カウンターの隅に積まれた色とりどりのペットボウルを眺めた。

「えっと、多分そうですね。ボスが送ってきた荷物もプリントデータも、人間用の物はありませんでしたし」

「ふ~ん」


 調整に納得したのか、息をついてカウンターへ戻るジェイをエリーが押し返した。

「座って」

「いや、それは……」

「すわーって」

「……はい」

「ご注文は?」

「えっと、じゃあ……エデンドロップ」

 不満そうに口を尖らせたエリーであったが、素直に水を注いだ。

「ありがとうございます。なんとか間に合ったかな……」

 水を流し込み、ホッと息をついた。その時、ガラガラと大きな音を響かせ、仮眠室の扉を押し開けて椅子が転がり出た。

「ああ、もう……。前はきっちり収まったのに……」

「そりゃ二年近く住んでりゃ荷物も増えんだろ」

「それがね、ジェイちゃん何にも持ってないんだよ。自分の服すら持ってないんだよ? いっつも制服。あ、下着は自前かな?」

「いい加減引っ越したら? もう結構貯まってるんでしょ?」


「え……っと」

「まさか口座も持ってねぇとか?」

「……ええ、まあ。でもボスがちゃんと管理してくれてるみたいですし」

「おいおいおい、本当か? 服のプリントデータ買ったりパーツ買ったりに消えてんじゃねぇのか?」

「ボスはそんな事しませんよ。ああ、でも……そう言えばボスの服とか増えましたね。あと何かのメンテマシーンと、あのでかいプリンターもですね」

 思わず、アーロンはカウンターへ入りレンの仮眠室兼ジェイの自室を覗き込んだ。

「お前……この隙間に住んでんのか?」

「まあ、ベッドのスペースがあれば十分ですよ。狭い方が落ち着きますし……。80年もカプセルに詰まってたんです、大丈夫ですよ」

 っとその時、カランと鈴が鳴った――


「ワン!」

 犬だった。ゴールデンレトリーバー。

 一声吠え、入店した彼に続いてゾロゾロと犬と猫が入ってきた。

 コリー、ハスキー、プードル、シバ、ダックスフント、そして妙に大きなシャム、ラグドール、チンチラ……と、駆け出したダックスフントは尻尾を振り回してジェイの足にまとわりついた。

 他はパーティー会場を見つめて「ワンワン、ニャーニャー」と歓声? を上げた。

「い、いらっしゃいませ……?」

 ジェイのは足元のダックスフントを抱えて一団へ歩み寄った。

「ああ、すみません。彼女は本物ですので、少々粗相があっても多目に見ていただけると助かります。名前はフェリシアです」

 そう答えたのは、先頭にいたゴールデンレトリーバーだ。

わたくし、アニマルプラネットの代表を勤めますクーパーと申します。この度は大変急なお話にも関わらず、会場をご提供下さいまして誠にありがとうございます。

 ところで、私達『アニマルプラネット』の活動についてご存知でしょうか?」


「えと……、動物と暮らせる国を作る……?」

「はい。真に動物と共に暮らす事を目指す集まりです。本当は言葉を使うのは禁止のなのですが、人間社会で生きている以上やむをえません。建国が叶うその日まで、あくまでも人間社会の一員として活動を続けております。

 しかしながら、この辺りの対応を社会に求める一部過激派が居りますことも事実……。ですがそれは、本当に一部でございます。誤解のなきようお願い申し上げます。

 ですが、もしも既にそういった輩に迷惑を被った経験がおありでしたら、アニマルプラネットを代表してお詫び申し上げます」

「共に暮らすって、こういう事……」

 ポカンと彼らを見つめ、カレンが呟いた。しかし、下がった目尻から察するに、動物好きなのかもしれない。


「動物として暮らしたい者が当たり前にそれを選べる。そんな理想郷を目指して活動をしております。

 まずはコロニーを打ち上げて新な国『アニマルプラネット』の認証を取ります。そして更に資金を調達し、定住できる惑星の捜索もしくは買い取りを目指しております。

 もし、我々のこころざしに賛同いただける同志が居られましたら、是非ともアニマルプラネットへのご登録をお願い申し上げます。その際、コロニー建設費用のご寄付を一口頂けると幸いに存じます。

 もちろん、強制ではありません。登録だけでも大歓迎でございます」

「ちなみに、今何人ぐらい居るんだ?」

 カウンターからアーロンが声を挟んだ。

「今現在、全銀河で2563819名の同志が活動しております」

「へぇ、結構居るんだな」


「あ、大事な事を言い忘れておりました。動物の中には当然ながら人間も含まれております。そして、『飼育されたい』『誰かのペットとして暮らしたい』といういう願望を持っておいでの方も多数居られます。そういった方々の要望にお応えできる人間やアンドロイドの方々も募集しております。

 しかしながら、こちらには若干の審査がございますので、予めご承知いただきたく存じます」

「なるほど、ペットか……」

 呟いたカレンへ、アーロンはニヤリと笑みを溢した。

「おい、今誰を飼う事を想像した? 俺は署長室の豚が浮かんじまったよ」

「それサンドバッグでしょ。私はもっとカワイイのだよ、ちゃんと愛でてられるヤツ」

「ジェイちゃんはダメだよ。ジェイちゃんが動物になったらあたしが飼う」

「あいつはもうレンのペットみたいなもんだろ。小屋みてぇな部屋に引きこもって外にも出ねぇ。住んでるっていうより、飼育されてるって方がしっくりくるぜ」


「ところで、お二人ともグラスが空だよ」

 ふと、アーロンは横目でカレンと視線を交わした。

「今日の予定って覚えてるか?」

「ああー、動物なのか人なのかよく分かんない集団の監視じゃなかったっけ?」

「そうだよな。んじゃこれは経費だな」

「私は同じの」

「俺はお茶とか珈琲とか、そんなん」

「警察がこんなんだからこの町は治安が悪いのね」

「何言ってんだ、警察がサボれるほどの余裕があるなんて良い町じゃねぇか。この町はこのぐらいがちょうど良いんだよ。おいジェイ、タバコはねぇか?」

「え? あ、はい。たしかあったと思います」

 ジェイはバタバタとカウンターへ戻り、戸棚を漁った。

「銘柄は分からないんですど、たしかこの辺に……」

「煙が出りゃ何だっていい」

「あれ……向こうかだったかな」


「ねぇねぇ、ジェイちゃん。珈琲の場所変えた?」

「ああ、そうでした。お茶と一緒にあそこに……」

 狭いカウンターの中で、行き違う度に鼻先が触れ合いそうなほどに体が密着し、ジェイは気まずそうに囁いた。

「すみません……何度も」

「今回だけは特別にタダだけど、本来あたしに触るのは有料だからね」

「すみません……。あの、この上なんです」

 密着して向き合ったまま、反対へ抜けようとしないエリーへ囁いた。

「動くと溢れちゃう」

 と、エリーはカレンへ出すドリンクを掲げて見せた。

 仕方なく、ジェイはそのまま頭上の戸棚に大きく手を伸ばした。体は前へ傾き、抱き合ったように迫った顔の置き場に苦慮していると……エリーの手に握られた珈琲のビンが見えた。

「あれ? エリーさんそれ……」


「えへへ、バレちゃった。ジェイちゃん枯れてるのか興味がないのか、どっちなのか気になってたんだ」

 エリーはするりと脇に抜け、ドリンクを置いて珈琲を淹れた。

「で、どっちなんだ?」

 ニヤニヤと尋ねるアーロンへ答えるように、ジェイを振り返った。

「我慢は体によくないよ? お友達価格で安くしとくから、何時でも言ってね」

「結構です」

 ムスッと返し、タバコを置いて例のペットフード取り出した。

「アンドロイドはお気に召さないか?」

「そういうんじゃないです」

「別に隠すこたぁねぜ? アンドロイドに人権を認めるってのと、生理的に受け付けないってのは別の問題だ。それを差別だなんて言う奴には、あの虹色のドリンクでも飲ましとけ」

「アンドロイドだからとかじゃなくて……。そういう気分になれないってだけです」


「だってよ、エリー」

「じゃあ、気分次第でチャンスはあるんだね! 信用できるお得意様はいくら居てもイイからね。何時でも声かけてね」

 ジェイは大きなため息を洩らし、ペットフードを次々とボウルに空けた。

「ねぇねぇ、ジェイちゃん。私は向こうのお手伝いするね。カウンターをお願い」

 ボウルを手に取り、ウキウキとテーブル席へ向かうエリーへ大きな板を手渡した。表と裏に、大きな文字でメニューが羅列されている。

「メニュー表?」

「基本的に喋るのはクーパーさんだけです。あと、みなさんの名前は首輪に書いてあります」

「はーい」

 ワンワン、ニャーニャーと盛り上がるテーブル席を見つめホッと息をついた――


「それで……、今日はどういうパーティーなの?」

 長ソファーに腰を下ろし、フェリシアを膝に乗せたエリーが尋ねた。

「実は、コロニーの建造費用が目標の90%を越え、遂に建造が始まり建国は秒読みとなったのです!

 そこで、全銀河を巡り同志の皆様へ、直接のご挨拶と御礼を申し上げる旅をしておりまして、ここエデンα-1へ参上致しました。突然の訪問にも関わらず、このような場まで設けていただきましてーー」

 カウンターから様子を眺めていたカレンは、ふとアーロンへ尋ねた。

「そう言えば、あんた随分前から家建てるって言ってるけど……幾ら貯まったの?」

「……」

「へーそう。言えるような額じゃないってってことね」

「貯めてねぇんじゃなくて貯まらないんだよ」

「あら、私は高額過ぎて言えないのかと」

 舌打ちを洩らすアーロンと、楽しげに微笑むカレン。二人のやり取りに自然と笑みが溢れた。


 確かに、エリーの言うようにこの町の治安は良くなのだろう。毎日毎日、事件の報道が山のように流れてくる。それを見る限り、お世辞にも良とは言えない。

 だが少なくとも、ここへ来る人々はそれを苦に感じている様子はない。むしろ何処か楽しんでいる節さえある。アーロンの言うように、このぐらいがちょうど良いのかもしれない。込み上げてくる笑みが心地良く、暫し二人の様子を眺めた。

 ――ふと、カリカリと何かを引っ掻くような音で、ジェイは我に返った。目を向けると、カウンターへ入り込んだシバが戸棚を引っ掻いていた。

「ダメですよー、勝手に入っちゃ」

 へッへッへ、と振り返ったシバの頭を撫で、脇に手を入れてヒョイと抱き上げた。

「以外と重いんだな……」

 赤子を抱くように掲げ、無意識に寄せた顔を慌てて離した。

「そうだった、フェリシアちゃん以外は……すみません、つい」

 そう、中は人間だ。


「首輪を見せてくださいね。えっと……レンちゃんかな? ん? レン……?」

「おい、ジェイ」

 シバが喋った。

「ジェイ、私だ」

「ボ、ボス!?」

「チュウしようとしたのか? 構わんぞ。好きなだけ愛でるといい」

「ボスも会員なんですか……?」

「私も例のコロニーに出資していてな。打ち上がったら優先的に家を買えるんだ。と言っても犬小屋だがな」

「じゃあコロニーが完成したら引っ越すんですか?」

「いや、ここと往復する二重生活だ。そうだジェイ! お前も会員になってアニマルプラネットの市民になれ。週末は飼い主として私の世話をするんだ。上司を文字通り犬のように扱えるんだぞ、興奮するだろう?」


「いや、そういう趣味はないですよ」

「そうか……粗相した私を叱ったりしたくないのか?」

「中身が人間だって知ってたら無理です」

「エリーなら、金さえ払えばそういうプレイもしてくれるじゃねぇか?」

 呆れ顔のアーロンが割り込んだ。

「あ、そうだった。アーロン、お前に用があったんだ。ジェイ、さっき私が引っ掻いていた棚の奥にリボンがついた箱があるはずだ。取ってくれ」

 シバをカレンへ預け、ジェイは戸棚へ戻った。

「良くできてるわね……本物みたい」

 カレンはカウンターにシバを置き、まじまじと見つめた。

「流行りの生体パーツだ。表面的には本物と全く同じだ」

「ふ~ん。脳ミソは何処に入ってんだ?」

「特別頭の大きな種でない限りはだいたい胸の辺りに入ってる。ネコ達が大柄なのはそれが理由だ。遠隔操作の場合もあるが、それはちょっと邪道だな」


「ふ~ん。なるほどなぁ……」

 と感心しつつ、カツカツとカウンターを歩き回るシバの尻尾をつついた。

「どうだ? このクリクリの尻尾が最高にキュートだろ?」

「あっ、ボス! 足跡付いてるじゃないですか!」

 ジェイは慌ててシバを抱え上げた。

「カウンターに上るならちゃんと洗って下さいよ。いや、そもそも上がっちゃダメです」

 おしぼりでシバの足を拭いながら不機嫌に溢した。

「中身が人間でも出来るじゃないか。できれば赤ちゃん言葉でやってくれ」

「嫌です」

 シバをアーロンの隣に座らせ、不機嫌にカウンターを拭いた。

「それでジェイ、箱はあったか?」

「ああ、そうでした。これですよね?」

「そうだ。アーロンに渡してくれ」


「俺に?」

「ああ。もうすぐ娘の誕生日じゃないか、ちょっと早いが私からのお祝いだ。ギリギリまで待ってると、去年みたいにタイミングが合わずに渡してそびれてしまいそうだからな。先に渡しておく」

「何時も悪いな……。ありがとう」

「なに、気にするな。今年は首輪とリードのお散歩セットだ。アニマルプラネットが打ち上がったら、最初に私を散歩させる権利付だ」

「へー……キットナミダナガシテヨロコブゼ」

「冗談だ。お散歩セットはジョークでちゃんと本命も入ってる」

「私からはこれ」

 カレンは端末に何かを表示させ、アーロンも自分の端末を取り出して読み込ませた。

「これとっくに売り切れたって……」

「色々とコネがあんのよ」


「マジか……あいつ滅茶苦茶欲しがってたんだよ! ありがとうカレン!」

「なんだ?」

「あの何とかってアンドロイドアイドルの限定ライブチケット」

「それって……ボスが何時も食べてるシリアルの?」

「リニアちゃんだ。私もファンなんだぞ、名前ぐらい覚えておけ」

「すみません……」

「さて、私はパーティーに戻る。ジェイ、下ろしてくれ。犬は高い所が苦手なんだ」

 ジェイはシバを床に下ろし、クリクリと巻いた尻尾をつついた。

「確かに、この尻尾カワイイですよね」

「そうだろ。でもそんなに凝視されると……いろいろと丸出しで恥ずかしいんだが……」

「あ……す、すみません」

 テーブル席へ戻るクリクリ尻尾を見送り、ジェイもカウンターへ戻った。


「娘さんはお幾つになられるんですか?」

「今年で十四だ」

「難しいお年頃ね」

「そうだな……。お前が十四の時ってどんなだった?」

「私は参考にならないよ、私の父親オヤジはとんでもないクソ野郎だったからね。

 ロクに働きもぜずに酒ばかり飲んで、母を殴り私を蹴飛ばし、弟を二階から放り投げた事もあったわ。

 私は、いつかコイツをぶちのめしてやる! ってひたすら体を鍛えてたわね。十四歳っていったら、念願叶ってアイツをボコボコにした歳ね」

「そして、通報で駆けつけたのがグラハムの爺さんか」

「そう。あの時はまだ現役だったからね。そして私はこうなった」

 カレンはクイとグラスを空け、何か尋ねたそうなジェイへ答えた。

「母と弟は今も一緒に住んでるわよ。あのクソ野郎は刑務所って名前の拷問施設に居るけどね」


「セクター5……ですか?」

「悪名高い監獄コロニー。あなたにまで知られてるなんてさすがね」

「ちょいちょい話に出てきますから」

 そこへ、シバを抱いたエリーが割り込んだ。

「ジェイちゃん、ジェイちゃん。レンちゃんがお食事の追加と、ゲームやるから賞品を出してくれって」

「賞品って……首輪とかブラシとか?」

「ワン!」

「はい。ではお持ちしますので、席でお待ち下さい」

 シバの鼻をツンツンとつついた。


 ――何かのゲームが始まり、カウンターからワンワンニャーニャーと盛り上がるテーブル席を眺めていたジェイが、唐突に声を上げた。

「そうだ、アーロンさん」

「ん?」

「僕も何かプレゼントを用意できないかなと考えてたんですけど……」

「気持ちだけで十分だよ」

「ここで誕生パーティーなんてどうですか? テーブル席だけといわず全部貸し切って」

「良いわねそれ。子供の頃そういうのに憧れたわ」

「ありがたい申し出だが……、さすがにな。気持ちだけ貰っとくよ」

「別に構わんぞ。好きに使うといい。ジェイ、お前の好きにしていいぞ」

 フェリシアと共に駆けてきたシバが割り込み、ボール咥えてかけ戻って行った。

「では、そういう事で。当日のご来店をお待ちしております」

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