第8話 扉の向こうはファンタジック

 予断を許さなかった襲撃もないままに、おれ達は何事もなくギルドの出入り口までたどり着いた。

「調査兵団の食堂で一杯やりながら作戦練るかあ」

 剣士が目を波打たせながら大きく伸びをする。

「承知した」

 おれ達は隊列を解くと一斉にギルドの外へ出た。

「……」

 言葉が出ない。

 何なんだよこれって――訳が分からない。

 いったい何がどうしたというのか。

 おれは、眼前に立ちはだかる光景を凝視したまま言葉を失っていた。

 整備された石畳の道も、立ち並ぶログハウスも、ギルド前に設置されていた庁舎兵団の無数のテントも、おれの眼に映る範囲には存在していなかった。

 その代わりに、とんでもなくファンタジックな世界が、ダークグレイの空と共に無数の殺気と邪気で余すことなく時空を埋め尽くし、おれ達に鋭い牙をむいていた。

 ジャンボジェット級の飛竜ドラゴンが空を飛び交い、全身赤く燃え上がる炎の鱗を纏った十トントラック級の火炎竜サラマンダーの群れが地を埋め尽くしている。

 その火炎竜の一群を従えているのは、あのクロウナの変態後(メタモルファーゼ)の姿を遙かに凌ぐ無数の巨人兵タイタンアーマー達。漆黒の甲冑を纏い、高層マンション級の剣を携えている。

 その足元を巨大なタガメの胴体に無数の脚がはえた大王甲殻虫グレートアーマーバグや毛むくじゃらでぶよぶよの体躯の屍鬼グールがわさわさと蠢いていた。距離にして数百メートル。接触は時間の問題だ。

 まあ、何だかんだでここはRPGの世界。こういう展開があっても不思議じゃない。

 だが問題はそれだけじゃない。妖獣軍団の後方に、得体の巨大な卵のようなものが直立している。

 それも、半端なくでかい。スカイツリーなんて目じゃない。

「おい、剣士殿。悪い冗談はよせ」

 周囲を取り囲む残虐な使徒を見据えながら、しんがりの剣士に声を掛ける。

「残念、私にはこんなセンスの良いジョークを仕掛ける才能はない」

 剣士は柄にもなく真面目な表情で答えると両手を胸の前でクロスし、剣を抜いた。

「仕組まれたか」

 おれは抑えきれない苛立ちにぎりぎりと奥歯を噛み締めた。

闇蠢者ダークウォーカーにか。いったい奴は何者なんだ」

 モーリが眉間に深い皺を寄せながら、苦悶の表情で呟く。

「時空の扉をすり替えたって訳ねえ。やってくれるじゃない。それもこんな悪趣味な歓迎までしてくれて。最高よねえ」

 スウィルはボウガンに矢を番えると、キリキリと弓を引いた。

「どうするギルっ!」

 リイナが悲痛な叫び声をあげる。

「いいかリイナ、ひとまず撤退する。大丈夫――大丈夫だから。そのままゆっくりと後退するんだ」

「駄目です。それは出来ない!」

 ハーフエルフが取り乱した声で叫んだ。

「どうした?」

 おれは前方を見据えたまま、彼女に声を掛けた。

「後ろからも来るっ!」

「えっ?」

 振り向いたおれの両眼には、最悪の現実が捕らえられていた。

 ぬるぬるした体液を滴らせながら、無数の異形がドアに詰め寄り、我先にとこちらへと侵入を試みていた。先程まで培養器に眠っていた人工変異体達だ。幸いにも先頭の大鎌蛙シックルフロッグがでかすぎてドアを通れずにいるため、かろうじて侵入は阻まれていた。

「挟み撃ちかよ」

 おれは吐息をつくと、ナイフを鞘から抜いた。  

 透明感のある光沢を放ち、押し寄せる災いの禍々しき瘴気をも一閃にして消し去るかの如く静寂の調べを奏でる刃を、じっと見つめる。

 おれは静かに秘文を紡いだ。聖なる文献に書かれていたものでも、古代遺跡の壁画に刻まれていたものでもない。おれ自身が念を込めて紡ぎあげた魂の言霊だ。生きるという、生き抜くという事だけに意識を収束させ、創り上げた言葉が織り成す覚醒の発動だった。

 ナイフが、白い光に包まれる。

 その光に導かれるかのように、刀身が急速に伸長した。

「ギル、その刀……」

 リイナが驚きを隠せないまま、おれのナイフを食い入るように見つめている。否、もうナイフではない。刀身は数倍近く長くなっているから正しくは剣だ。細身の長剣といったところか。

「封印していたのさ。まともに振り回すと破壊力が半端ないから」

「何よそれ。出し惜しみ?」

 リイナがちょっとむっとした表情を浮かべる。

「気配りと言ってくれ。こいつを使うと周りの者も巻き添えを食らう恐れがあるからな」

「そんなに凄いの?」

「ああ。気付いた時には村一つ壊滅状態にしてしまったことがある。アンデッドが巣食っていた廃村だったから、まだよかったけどな。ん?」

 見ると、おれの半径十メートルから人影が消えていた。

「お、お前らなーー!」

「気を悪く悪くせんでくれ。わしらなりの気配りだわ。ギルが遠慮なく暴れられるようにの」

 モーリが岩陰に身を潜めながら苦笑いを浮かべた。

「ドアが破られるぞっ!」

 剣闘士が声を張り上げて叫ぶ。と同時に、立ち往生していた大鎌蛙シックルフロックがドアを枠ごと首に引っ提げて雪崩れ込んで来る。

「さあっ、来やがれっ!」

 おれは、剣を構えた。

 巨人兵タイタンアーマー達よりも、背後から現れた変異体の方が確実に射程距離に入っている。

 まず葬るのは、そちらの輩か。

 膨れ上がる闘気が、自ずと右手に握りしめた剣にシンクロしていく。

 おれは間近に迫る変異体バグタイプの奇襲部隊を両眼で見据えた。妙な違和感。奴ら、おれ達を見ていない。目線は遙か彼方に向けられている。

 変異体バグタイプの群れが左右に割れた。奴らはおれ達を大きく回避すると、その先に待ち受ける悍ましき一団に向けて突撃を開始した。

「これって……」

 レイナは呆然と立ちすくんだまま、変異体バグタイプ達の行進を見届けていた。

「神の計らい、かもな」

 剣士が天空を仰ぎながら呟いた。

「粋な計らいだな。心臓に悪い」

 おれは肩の力を抜くと、近付きつつある敵軍を見据えた。変異体バグタイプ

達の奇襲にも奴らは少しも動じることなく、行軍をやめるどころか、動じる素振り一つ見せない。

「いくら変異体バグタイプとはいえ、相手が悪過ぎる」

 モーリは表情を曇らせながら変異体バグタイプ達の攻撃をつぶさに見届けていた。 

 大鎌蛙シックルフロッグは得意の巨鎌を振り回して悪鬼ゴブリン屍鬼グールを次々に倒していく。羽の生えた大王甲殻虫グレートアーマーバグ

――有翼大王甲殻虫フラインググレートアーマーバグ飛竜ドラゴンの翼に毒牙を突き立て、透き通る肌の妖精フェアリーは超高速で中空を駆りながら秘文を紡ぎ、地を覆い行進する火炎竜サラマンダーに無数の氷の刃を降り注いだ。が、変異体バグタイプ達がさくさく狩れるのは悪鬼

《ゴブリン》や屍鬼グールまでだった。飛竜ドラゴンに組み付いた有翼大王甲殻虫フラインググレートアーマーバグは胴を食いちぎられ、妖精フェアリー達の秘文が織り成す火炎竜サラマンダーへの氷の刃攻撃も、接触する前に炎に炙られて解かされ、ダメージを与えるまでには及んでいない。そればかりか、妖精フェアリー達は、時折奴らの体表から立ち上る炎のプロミネンスに飲み込まれ、次々に燃え尽き、灰と化していた。

 勝敗は圧倒的にこちらが押されていた。気が付けば、おれ達側に就いた変異体バグタイプ軍団はほぼ壊滅状態に陥っていた。

「どうする、ギル。今なら逃げられるぜ」

 剣士が顎先で後方の壊れたドアを示した。

「こうなりゃ逃げるわけにはいかねえだろ。先陣切って向かって行った連中に申し訳ないからな」

「そう言うと思った」

 剣士はニヤリと嬉しそうに笑うと、秘文を紡ぎながら両手に持った剣の切っ先を天に掲げた。刹那、天空に深く照れ込めた雲が大きく裂け、蒼白色の稲妻が彼女の剣を貫いた。

「封印を解くの、久し振りだな」

 剣士は涼し気な表情で刀身を眺めた。剣の形状に変わりはない。ただ、その刀身は今まで以上に殺意に満ちた気を孕んでいた。剣だけではない。剣士自身も、そっとするような渦巻く殺気を放っている。

「急に気の質が変わったな。死神でも降ろしたのか?」

「いいや、導き神さ。行き先は地獄だけどな」

 彼女の顔からいつもの笑みが消えていた。常に緩みっぱなしだった彼女の口角は、キリっと引き締まり、波打っていた眼は大きく見開かれ、間近に迫る敵軍を真っ向から見据えている。その表情は、元々の整った面立ちを更に際立て、妖艶さをも醸す魅力を存分に解き放っていた。

「危ないっ!」

 モーリが叫びながら大鉈を振り下ろした。

 視界を巨大な影が覆う。艶やかな黒光りするそれはいくつもの節が連なり、その節毎にかたい殻に覆われた脚が生えていた。

 有翼大王甲殻虫フラインググレートアーマーバグだ。正しくはその残骸。飛竜

《ドラゴン》に食いちぎられた体節の一部がここまで飛んできたのだ。

 モーリの振るった大鉈は、頑強な有翼大王甲殻虫フラインググレートアーマーバグの外殻を、まるで羊羹でも切り分けるかのようにすっぱりと両断していた。

 ふぎゅうううういいいいいいいいっ

 不意に、獣が嘶くような甲高い叫び声が背後から響く。

 しまった、奇襲か?

 振り向いたおれの眼に、数えきれない程の悪鬼ゴブリンが一斉に矢を放つのが映った。

 まずい。奴らはおれの体躯の半分ほどしかないが、機敏な上に意外にも弓が得意なのだ。

 鷲鼻を膨らませながら、奴らは勝利の雄叫びを上げた。

 防御の秘文が間に合わない。リイナも魔導士も背後からの敵襲には気付いていないに違いない。

 剣で払うしか――。

 止まった?

 全ての矢が、数メートル先の中空で停止していた。

 リイナの「ウォ―ル」か?

 違う。「ウォ―ル」なら、弾かれて地面に落下するはず。しかも範囲が限られており、せいぜいパーティ―一つ分。それもなるべく固まっていなければ保護エリアに入れない。それをこれだけの広範囲で空間操作をできるなんて。

 魔導士の成せる技か? 違うな。彼女でもない。

 おれ達を守ってくれたのは、彼女の前で漂いながら秘文を紡いでいる二人の妖精

《フェアリー》達だ。二人とも身長五十センチ位、一人はピンクの長髪にピンク色のワンピース、もう一人はブルーを帯びたショートヘアーに水色のワンピース。二人とも背中にトンボのような薄い透明な羽が生えており、これでホバリングしながら中空を漂っていた。

「あなた達、無事だったの……よかった」

 魔導士は涙ぐみながら、喜びに肩を震わせた。そうか、この二人、この世界を探索にむかったまま行方不明になっていた彼女の使い魔か。

「私達は大丈夫」

 ピンクの妖精フェアリーが鈴を転がすような澄んだ声で答えた。

「姉様、再会を祝うのは後!」

 ブルーの妖精フェアリーがむすっとした表情で叫ぶ。

「分かった」

 魔導士は徐に印を結ぶと口早に秘文を紡いだ。

「ゲーゲンアングリフ!」

 中空に浮かんでいた矢が、一斉に百八十度方向転換すると、その軌跡を辿るかのように放たれた方向へと空を駆った。

 あちらこちらで甲高い悲鳴と怒号が沸き起こり、不快な不協和音となって空気を震わせる。矢は次々に射ち放った本人を容赦なく貫き、一撃で倒していく。

 だが、まだ全てを一掃出來た訳じゃない。岩陰から顔を覗かせる無数の忌まわしき影が見える。悪鬼ゴブリン屍鬼グール、半々くらいの混合部隊だ。見る限りでは、数はざっと百は下らない。だがそのうち何匹かは大王甲殻虫グレートアーマーバグの残骸の下敷きになり、苦悶の唸り声を上げながらもがいている。さっきの叫び声は、どうやらこれのせいだ。もし、あれが飛んでこなければ、何の抵抗も出来ないままに奴らの餌食になっていただろう。

 だが安堵する余裕はない。悪鬼ゴブリン達は不測の事態にひるんだものの、弓を捨て、剣を抜くと一斉に岩陰から飛び出した。

 再び矢を放っても射抜かれるのは己達だと悟ったのだろう。粗暴で短絡的な奴らでも、学習はするらしい。

「シュテルクスト ヴァント!」

 魔導士の紡ぐ秘文が響き渡る。

 剣を振りかざしながら突撃してくる悪鬼ゴブリン屍鬼グール達が、おれ達の手前数メートルの位置でピタリと静止した。停止したというよりも、眼に見えない壁に張り付いたといった方が正しいだろう。

「敵の攻撃をリターンすることは出来ませんが、いかなる方向からも奴らはこれ以上攻め入ることは出来ません。が、こちらからの攻撃は可能です」

 魔導士が自信に満ちた声で朗々と語った。

「すごい……私のウォ―ルだと、せいぜい数メートル四方が限界なのに」

 リイナは感嘆のまなざしで魔導士を見つめた。

「リイナ、術師としてのキャリアは彼女の方が上かもしれないが、剣さばきは圧倒的にお前の方が上だ。なんせリアルでも剣士様だからな」

 おれの言葉に何かしら感じたのか、リイナは自分の手をじっと見つめた。

「ポーター、あの剣出せる?」

 リイナは徐に顔を上げると、岩陰に身を潜めていたポーターに呼びかけた。

「了解ですぜ、お嬢」

 ポーターはリイナに敬礼すると、直立した姿勢で口をあんぐりとおっぴろげた。すると、剣の柄がひょいと顔を出す。

「ひひふいへふはへへ」

 ポーターは目を白黒させながらリイナに訴えた。どうやら引き抜いてくれと言っているようで、リイナもすぐにそれを察したらしく、剣の柄を両手で握りしめると、するすると引っ張りだした。

「なにい、ラグナロクだあ? 本当にあったんだな。てっきりただの噂話かと思っていたよ。ギルドの武器一覧にも載っていないし。彼女、すげえの持ってんな」

 剣士が驚愕の声を上げた。

「でも彼女、まだレベル的に浅いだろ。使いこなせるのか?」

「レベル的にはまだまだだが、剣術はなかなかの腕前だぜ」

 リイナを心配してというよりも、物欲しげに剣を見つめる剣士殿に、そっと耳打ちする。

「ちょうどいい、お手並みを拝見できるわけだ」

 ラグナロクを正眼に構えるリイナの姿を、剣士は好奇の眼で見つめた。

「そろそろ」

「だな」

 問い掛けてきた剣士に相槌を打つ。

 魔導士の施術に足止めを食らいながらも、悪鬼ゴブリン部隊は行進をやめようとも進路を変えようともしなかったため、まるでラッシュ時の電車のように、結界部分で団子状態になっていた。

「お先にっ! 私は後ろ半分、みんな、前半分は頼んだ!」

 剣士が先頭をきって後方の悪鬼達に向かって行く。剣士は一気に間合いを詰めると、大きく身をひるがえしながら、奴らの中に飛び込んだ。彼女が操る二刀の剣はまるで閃光のように軌跡の残像すら残さず、敵を斬り倒していく。

「何言ってやがる。後ろは雑魚だけじゃねえか」

 おれは剣を構えると、真正面の敵目掛けて切りかかった。

 間合いはまだ詰め切れていない。剣を振ったところで、刃なんぞかすりもするものか――奴らの悍ましい顔には、嘲笑ともとれる冷笑が浮かぶ。が、一刹那後、冷笑は恐怖に彩られた驚愕に変わった。

 辺りに悪鬼ゴブリン屍鬼グール達の絶叫と悲鳴が響き渡る。奴らの土色の肌は大きく裂け、どす黒い体液に濡れた臓物が大地を汚していく。

 おれの剣は、剣士のそれのように魔力を秘めたものじゃない。ただ、違うと言えば、おれ自身の気が剣に宿り、形を成しているというべきか。 

 剣は媒体に過ぎない。おれにとって刃は剣そのものではなく、ち密に研ぎ澄まされた闘気そのものなのだ。奴らを斬るのは、おれが抱く殺意が形象化した目に見えぬ刃。それは、刀身の数倍にも及ぶ効果的破壊圏を誇る。

 当惑し、躊躇する悪鬼ゴブリンどもを、おれは容赦なく斬った。

 間合いが読めないおれと剣士の攻撃に、奴らは慌てて剣を捨て、再び弓を取った。が、矢を番える間もないままに、奴らの首を閃光が貫く。スウィルのボウガンから放たれた矢だ。それも同時に二本放った矢が、曲線を描きながら連続して数十匹もの獲物を貫いていた。

「名付けてスワロウアタックようっ!」

 スウィルが得意げにガッツポーズ。そのリアクション、ちょっと古いだろ。

 奴らはお互い顔を見合わせながら、ゆっくりと後ずさりし始めた。

 代わって、奴らの向こうから巨大な黒い影が顔を出した。一匹、もう一匹と続々と数が増え始める。敵の大王甲殻虫グレートアーマーバグだ。

 奴は発達した牙のような大顎を開き、おれ達を威嚇する。その後方で、悪鬼ゴブリン達が勝ち誇ったような気勢を上げながら剣を天に突き上げた。

 おれは躊躇わない。一気に間合いを詰めると、体節の節目を狙って斬りつける。セラミック製ナイフをへし折る程の強度を誇る大王甲殻虫グレートアーマーバグの殻も、体節の隙間は脆弱なのだ。真っ二つにぶった切った大王百足は緑色の体液を撒き散らしながら苦しみ紛れに動き回り、そばにいた悪鬼ゴブリンを跳ね飛ばした。

 仲間を倒されて怒り狂った大王甲殻虫グレートアーマーバグが一斉におれ目掛けて襲い掛かる。身を反転させながら大顎を交わした刹那、大きく跳躍した拳闘士が大王甲殻虫グレートアーマーバグの額に拳を撃つ。   

 超硬質の額が熟れた西瓜のように砕け散り、潰れた脳漿が弾け飛ぶ。更に横から拳闘士を噛み殺そうと大王甲殻虫グレートアーマーバグが大顎を開く。

 次の瞬間、大王甲殻虫グレートアーマーバグは頭から末端まで真っ二つに裂けた。

 とんでもなく派手な立ち回り。剣士か?

 リイナだった。ラグナロクを振り下ろしたまま、周囲を右往左往する悪鬼ゴブリン達をじっと見据えている。残りの三匹の大王甲殻虫グレートアーマーバグが狂ったような怒りの咆哮を上げながら、今度はリイナ目掛けて襲い掛かる。

 気迫に満ちた咆哮と共に、リイナはラグナロクを薙いだ。

 刃は一閃と化し、迫り来る大王甲殻虫グレートアーマーバグに軌跡を刻む。三匹の大王甲殻虫グレートアーマーバグは一瞬にして首と胴が真っ二つに切断された。

 悪鬼ゴブリン達の中でどよめきが沸き起こる。

 リイナは一歩足を踏み出した。途端に、悪鬼ゴブリン達は武器を捨てると一斉に逃げ出した。

「凄いな、これがラグナロクかよ。それにあの娘、十分に使いこなしてるじゃないか」

 剣士は感慨深げに嘆息をついた。

「だろ? それも今日初めて使ったんだ。信じられるか?」

 おれの答えに剣士は更に目を丸くした。

「気に入った。リアルでデート申し込もうかな」

「悪いが先約済みだ――来るぞっ! 空だ。飛竜ドラゴンが六頭」

 空から急降下してくる飛竜の群れを両眼にとらえる。

 不意に、地上から高速移動する飛翔体が視界を過る。ハーフエルフだ。手に槍を携え、飛竜ドラゴン目掛けて真っ直ぐ突き進んでいる。スウィルのような羽はない。ということは、飛行魔法が使えるのか。

 一頭の飛竜ドラゴンがハーフエルフに気付き、ホバリングしながら甲高い咆哮を上げると、牙を向いて襲い掛かった。が、スピードと小回りはハーフエルフの方が数段上だ。二度目の咆哮を上げた瞬間、ハーフエルフは槍を奴の口腔目掛けて投げた。槍は青白い炎を纏いながら奴の口腔から喉、そして延髄を貫通する。飛竜

《ドラゴン》の背後に回り、再び槍を手にした彼女は、更に奴の翼を切断する。バランスを失った飛竜ドラゴンはきりもみ状態になりながら地表に落下した。

 ハーフエルフは、やや不満減表情でおれの傍らに降り立った。

「おいおい、まだ五頭残っているぞ」

 剣士が、何故か嬉しそうに愚痴った。

「残念ながら、もう勝負はついている。悔しいけど、私がやったんじゃない」

 ハーフエルフは更にむすっと呟いた。

 彼女がそう言った刹那、五頭の飛竜ドラゴンはきりもみ状態で火炎竜サラマンダーの上に落下すると、奴らの炎に焼かれ、激しく燃え上がった。

「いやあ、すまぬすまぬ。遅れてしもうた」

 白い着物姿の少女が、ふわりふうわり天から舞い降りて来る。龍の姫様だ。ということは……。

「モーリ! 召喚術を使ったのか!」

「ああ。巨人タイタンの武装兵相手じゃ流石にまともな方法じゃあ勝てんからな。しばらくおれは動けないが、この結界の中なら大丈夫だろ」

「残念ながら、そうはいかん」

 龍の姫様はモーリの肩に腰掛けると、奴の後頭部をこぎみよく叩いた。

「お前も一緒に戦うのだ」

「それは、無理じゃ――」

「我がお前の中に入る。合体技じゃ」

 龍の姫様は、仄かな笑みを湛えながらモーリに囁いた。

「へっ? 龍姫殿、儂にそのような嗜好はござらんですぞっ!」

 モーリは両手をぱたぱたと振り回しながら、彼女の申し入れを拒絶した。

「何を考えておるかっ! このうつけものっ! 儂が一時お前に憑依するだけじゃっ!」

 龍の姫様がモーリの頭頂部を思いっきり手で叩く。

「なあに、安心しろ。お前も我の力を受け入れられるまでにスキルアップしたって事よ。さ、行くぞ、お兄」

 龍の姫様はモーリにそっと微笑みかけた。途端に、姫様の姿が、すううーっと吸い込まれるようにモーリの身体の中へと消えた。

 モーリは大きく深呼吸すると、愛用の大鉈を担ぎ上げた。

 すげえ。

 火傷しそうなくらい熱い闘気が、モーリの身体から自噴井のように噴き出している。

「参る」

 モーリは軽快な足取りで間近に迫る火炎竜サラマンダーの群れ目掛けて駆け出した。

 魔導士の結界を出た瞬間、彼の身体に異変が生じた。全身金色の光に包まれると、見る見るうちに巨大化し、同時に腰からは尾のようなものが生え、大きく伸長した。上下の顎はは鰐の様に前に突き出し、手には鋭利な爪が伸びる。

 蜥蜴人リザードマン――否、龍人ドラゴンマンだ。でかい。敵の巨人兵タイタンと同じくらいの大きさで、しかも身体の巨大化に伴い、体を覆う防具や武器も巨大化していた。

「モーリ、やってくれるはねええ。これぞ、究極の召喚術ねええ」

 スウィルは感極まったのか、なみだをぽろぽろ流しながら巨人化したモーリを見上げた。

 モーリは火炎竜サラマンダーを足で蹴散らして一掃すると、その後ろに控える巨人兵タイタンに切りかかった。

 モーリが振り下ろした渾身の一撃を、巨人兵タイタンはかろうじて長剣で受け止める。が、モーリは尾を振り巨人兵タイタンに足払いをかけると、、奴がバランスを崩して転倒したところへ大鉈を振り下ろした。甲高い粉砕音を撒き散らしながら、鎧は陶器のように砕け散り、刃は奴の胸に深く突き刺さった。

「凄いな。戦闘レベルが桁違い過ぎる」

 おれは舌を巻いた。攻撃力と俊敏性を兼ね備えた巨人となれば、はっきりいって無敵だ。

「ギル、火炎竜サラマンダーが後ろからも来るっ!」

 剣士の緊迫した声が背後から響く。

「後ろ半分は剣士殿の持ち場では?」

悪鬼ゴブリン屍鬼グール限定」

「都合のいいこと言いやがって」

 慌てて背後を振り返ると、正面からの一群と同じくらいの数の群れが、後方からも押し寄せて来るの見える。

「ギル、あいつら……」

 拳闘士がおぞましげに顔を歪めた。彼女の指さす方向に目線を投げ掛け、絶句した。悪鬼ゴブリン屍鬼グール大王甲殻虫グレートアーマーバグの死骸を貪り食っているのだ。

「こいつら、皆、飢えているのか」

 ひょっとしたら、おれ達を確実に殺すために、あえて飢餓状態に陥れていたのか?

「みんな、おれにちょっとした策がある。これから一斉にモーリの近くまで走れ」

 俺はしつこく襲い掛かってくるをぶった切りながら叫んだ。

「そんなの無理よ。火炎竜サラマンダーの群れが迫ってるのにっ!」

 リイナが悲痛な面持ちで答える。

「よく見てみろっ! 火炎竜サラマンダー巨人兵タイタンを避けて進んでいるだろっ!」

 おれの指摘に、リイナや剣士達は驚きの表情で巨人兵タイタン達を目で追った。おれの言った通り、火炎竜サラマンダー巨人兵タイタンを避けて進んでいる。奴らはモーリと巨人兵タイタンの豪快な立ち回りの巻き添えを喰らうのを恐れ、大きく回避しながら行進しているのだ。

 巨人兵タイタンのリスクもあるが、今のこちらの面々はそれをリスクとは捉えないスキルの持ち主が揃っている。

「雑魚どもを一掃するトラップを仕掛ける。やることやったら、おれもすぐみんなの後を追う」

「何しでかすつもりだ?」

 剣士が不服そうにおれをねめつける。

「私が移動すれば、あなたまで防御の術が届かない。無防備になりますよ?」

 魔導士は沈痛な表情で驚きの声を上げた。その横で、二人の妖精フェアリー

も神妙な面持ちで頷く。

「まさか、囮になるつもりじゃあ……」

 リイナが心配そうに涙目でおれを見つめた。

「んなわけねえだろ。後で説明する。自分の身ぐらい守れるよ。さあ、もう時間がない! 火炎竜サラマンダーの大群が来ちまう。早く行ってくれ」

 おれはわざと素っ気なく言い放つと、認識プレートを地面に置いた。

 みんなが走り出すのを見届けると、おれは大地に手を触れ、秘文を紡いだ。

 途端に、防御の魔法陣から外れたおれに気づいた悪鬼ゴブリンどもが、一気に攻めてくる。

 おれは剣を大きく振った。剣に宿る闘気の刃が、妖獣モンスター達を一気に切り裂いた。一瞬にして、半径数十メートル内の輩どもは、全て上半身と下半身がばらばらになっていた。

 おれの依頼が届くかどうかは分からない。だめなら、その時はその時だ。

 秘文を唱え終わる。が、何も起きない。

 ただ確実に言えるのは、新たな火炎竜サラマンダーの大群が、間違いなくこちらに迫り来ること。そして、その大群と制止する術がもう他にないこと。 

 再び迫り来る妖獣モンスターどもの足音が間近に響き、仲間達の声が遠くで聞こえる。モーリに合流して巨人兵タイタン達と戦っているようだ。 

 おれは灰色の大地から認証プレートを拾い上げた。

 こうなりゃ、おれがくい止めるしかない。

 剣を構え、近付きつつある紅蓮の大群を見据える。勝算は……考えたくない。ただ、リイナに嘘をつくことになりそうだ。

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