第5話 うまい話にはとげがある

「皆さん、ありがとうございます」

 体格のいい白髪の老紳士は、おれ達に謝辞を述べると深々と頭を下げた。彼の名はクロウナ。山岳都市トオネの統治長だ。見た目は六十代の風貌だが、筋骨隆々の鍛え抜かれた体躯は、堅苦しいスーツを纏っていても明らかだ。恐らく元兵士か冒険者。それも相当の手練れと御見受けする。その横には、彼より二回りは小さい女性が、ぴんと背筋を張って姿勢よく直立している。彼の秘書のマチア。青い目に長い銀髪。猫のような眼は、小顔にはアンバランスな程大きい。黒いタイトスカートから伸びる長い脚はコンパスの様で、一見スリムな体系だが、着やせするタイプなのだろう。お辞儀をした時に白いブラウスの胸元から覗いた谷間にはそそるものあった。

「いや、たまたま出くわしたから、倒しただけで……」

 おれは苦笑いを浮かべながら、彼にそう答えた。

 おれ達は今、統治長殿の応接室にいる。薄汚れた格好のおれたちが腰を下ろすのはもったいない様な豪奢な革張りのソファー。その前には、これまた木柄の美しい高級木材のテーブルが置かれており、薫り高いひきたての珈琲が注がれた白磁のカップから、白い湯気がほわほわ立ち上っている。

 葡萄の房が幾つも垂れ下がっているかのような豪奢なシャンデリアといい、幾何学模様が微細に縫い込まれたふかふかの絨毯といい、また全体的に内装も真新しく、これだけでも都市が潤沢に潤っているのがわかる。

 あの長脚虫ロングレッグ変異体バグタイプを倒した後、山道を走らせていたら突然出くわした街。それがここだった。

 山肌に沿って住居が階段状にびっしり埋め尽くし、谷の方には巨大な工場らしい建造物が立ち並んでいる。又、建造物だけではなく、山肌を縫う道もきちんと整備され、ポーターのような大型車両でも楽々すれ違うことが出来る道幅が確保されているのだ。

 ギルドは、そんな街並みの入り口に建てられていた。

 関所を兼ねているのか、形式ばかりのゲートがあり、二人の青年が門番をしていた。歳はおれと同じ位の様だが、決定的な違いは二人とも頗るイケメンという点だ。但し、どちらも無表情で、渉外的にはどうかと思うのだが、リイナとスウィルはそんなのはお構いなしらしく、二人とも目がハートになっていた。胸につけられた身分証明書には入国管理官と書かれており、一人がワビィ、もう一人がサビィという名らしい。双子らしく、容姿が全く同じでどちらがどちらなのか区別がつかない。

 モーリはというと、ゲートをしみじみ眺めながら、こんなもんにオリハルコンなんざ使いおって宝の持ち腐れだとぶつぶつ呟いていた。

 ギルドへ長脚虫ロングレッグ変異体バグタイプ討伐報告に立ち寄ったことを伝えても、彼らは驚きの表情すら浮かべることなく、ただただ事務的にここに案内され、いきなり都市の一番偉い人に面通しさせられたという訳だ。

 でも、正直驚いた。

 以前、おれが冒険者だった頃に立ち寄った時は、この辺りは猟を賄いとする小さな村があっただけだっだ。それも僅かな平地を求めて建てられた小さなログハウスが、あちらこちらに散在していたのを記憶している。いつの間にこれだけ発展したのだろう。何しろ、この町のうわさは定宿のギルドでも皆無だった。クロウナの話では、この都市が発展し始めるよりも前から特異体が港湾都市に抜ける道に出没していたそうで、辺境にある我がギルドまで情報が届かなかったのはその為のようだ。ポーターのナビゲーションにはかろうじて村の存在は登録されていたが、彼もここまでの立派な都市国家として成立していたとは思いもよらなかったらしい。

「凄いですね。あの山村が、こんな都市に成長するなんて」

「ほう、以前こちらに来られたことが?」

 クロウナは手をすりすりとこすり合わせながら、嬉しそうに目を細めた。

「三年位前になるかな。まだ駆け出しの冒険者やってた頃です」

「あの頃は私も狩人でした」

「じゃあ長脚虫ロングレッグを狩ったりとかしてたんですか。あれは高級食材だから、結構稼いだんじゃあ」

「いやあ、長脚虫ロングレッグは対象外でした。すばしっこいだけでなく、あの硬い殻は矢を跳ね返しますからね。我々はの主な獲物は一角猪ヒトツノだったんですが、生息していたあの辺りは、特異体が出没するようになってから、まともに狩りが出来なくなりましてな。その代わりに、我々はそれ以上の獲物を手に入れることが出来ました」

「それは?」

「岩塩です。偶然、この近くの洞窟を探索中に発見しましてね。調べると上質の岩塩が見つかったんです。あなた方の住む東端の平原へは、あの化け物が道を閉ざしていたので流通はしていませんが、北方と西方にはかなりの量を出荷しているのですよ。皆さんのおかげで港町の方へ抜けれれば、われわれのビジネスチャンスは更に拡大します。近々皆さんの街でもノガナ産の岩塩が出回ると思います」

 クロウナはそう言うと、秘書にそっと目配せをした。

 秘書は黙って頷くと、部屋をそそくさと後にする。が、すぐに大きな袋の乗ったワゴンを押して再登場した。

「これはお礼です。あの特異体バグタイプには懸賞金が掛けられてまして。ぜひお受け取り下さい」

 秘書は華奢な体躯にもかかわらず、表情一つ変えずにテーブルの上に大玉西瓜クラスの麻袋を積み上げた。それも全部で十袋。ぱんぱんに膨らんだ袋の口から黄金色のコインが顔を覗かしている。

「こんなに頂けるんですか?」

 おれは目を見開いた。ざっと見て大鎌蛙シャックルフロッグの爪を売った時の十倍はある。

「それとなんでしたら、獲物の処分もこちらでやっておきますよ。ノーマルと違って、肉に毒気を含んでいますから、食用には向いていませんし」

「毒気? やっぱ食べれないのか」

 モーリが残念そうに呟く。

「処分は結構ですよう。大地の精霊スピリットに依頼して、もう地中に埋めましたからあ」

 スウィルは金貨の入った大袋に頬擦りしながらクロウナに答えた。

「では、遠慮無くいただいていきます。みんな、そろそろ行こうか」

 おれはソファーから立ち上がった。

「じゃあ、金貨はあっしが」

 ポーターが口をあんぐりと開けると、ひょいひょいと金貨の入った布袋を片手で放り込んでいく。

「ポーター、袋はいらないからねえ。ゴミになるだけだからあ」

「ンぐ」

 ポーターはスウィルの注文に敬礼で答えると、口から袋だけ吐き出した。それも、唾液でぐちょぐちょではなく、さらりと乾いており、しかもきちんと折りたたんでテーブルの上に積み重ねていく。

「何と!」

 クロウナがあっけにとられた表情でポーターを凝視した。

 秘書はと言うと、少しも動じるそぶりを見せずに、相変わらず無表情のままポーターを見つめている。

 ポーターは、あっという間に全ての金貨を呑み込むと、大きく息を吐いた。

「じゃあ、おれ達はこれで」

 おれ達は、茫然と佇むクロウナと能面づらの秘書に会釈をすると、のそのそ歩くポーターを先頭に部屋を出た。

「出口まで見送りには来んようだな」

 モーリが嫌味っぽく呟く。

「何かと忙しいんだろうよ」

 おれは皮肉を込めて返した。

 不意に、後ろのドアが開く。

 クロウナと秘書のマチアだ。彼らはおれ達に軽く会釈をすると、少し離れた後ろを歩き始めた。

「聞こえちまったかな」 

 モーリの問い掛けに、おれはにやにや笑いで答えた。

 庁舎を出るまで、おれ達は報酬で何を買うだの何が食べたいだの、他愛のない会話を繰り返した。

 結局、クロウナ達は車のそばまでついて来ると、おれ達の姿が見えなくなるまで見送っていた。

 おれはハンドルを元来た道方面に切った。

「ねえ、もういい?」

 リイナが苛立たし気におれの頬を人差し指で突っついた。

「まだだ」

 おれは言葉身近に答えると、メモ用紙にペンで走り書きをし、ポーターに見せた。

『車には何も仕掛けられていないな』

『へい。防御(ディフェンス)の滞留魔法を張っておきましたから。門番の若造が何回か近寄ってくる姿が記憶されてますが、結局何も出来なかったようで』

 おれのメモ書きに、ポーターがすばやく書き加える。

『金貨の選別はどうだった』

『各袋に一枚。計十枚、仕込んでありやした。後はみな本物ですぜ』

 ポーターが器用に舌先の上に金貨を十枚重ねて突き出した。

 おれは黙って頷くとアクセルを踏み込んだ。

 車は甲殻の丘陵を通過し、マコアの群生地に差し掛かる。

『そろそろ大丈夫よう』

 スウィルからメモが回ってくる。仄かなワインの香りが紙片から漂ってくる。

「腹減ったなあ、この辺で食事にしよう。車を止めるぞ』

 おれはわざとらしく大声でそう言うと、モーリに目配せし、新たなメモを手渡した。

『モーリ、ポーターからコインを十枚受け取って、外へ投げてくれ』

 モーリは黙って頷くと、ポーターが口から吐き出したコインを手に取り、リアウインドウから外へ投げ捨てた。

「よおし、みんな、自由にしゃべってよし」

 吐息ともとれるどよめきが、車

 内に沸き起こる。

 さっきの街での受付後、車中でおれはみんなに命じたのだ。一つは、ギルドでなにかだされても決して飲み食いしないこと。そしてもう一つは、車に戻っても、すぐに会話をしないこと。

 特異体バグタイプに遭遇する前から常に感じていた見られている感と、この街に入る前に感じた妙な違和感が気がかりで、念の為、仲間にそう指示したのだ。

 見られている感についてはスウィルに【探索(サーチ)】を施術してもらったら、あるわあるわ。至る所に監視カメラと盗聴器が仕掛けられている事実が判明。さっきスウィルが『もうそろそろいいわよう』と安全宣言を出した辺りまで、きっちり等間隔で設置されていた。

「あの捨てたコインは何だったの?」

 リイナが仏頂面でおれを睨み付けた。事情が呑み込めずに苛立っているようだ。まあ、タイミングと時間がなかったんで、ろくに説明しなかったのが気にくわなかったみたいだ。

「盗聴器とGPSですんよ」

 おれの代わりにポーターが妙な日本語で答えた。

「なんで、そんなものが……」

 リイナの表情が硬く強張る。

「奴らにとって、おれ達の行動が脅威なんだろうな」

「ギル、何故気付いたの?」

「予感だよ、予感。何となくそんな気がしたんだ。色々引っ掛かる点があったから」

「引っ掛かる点?」

「ああ。まず最初に感じたのは、あの都市に入った時だ。防御柵も堀も何もなかったろ。あれだけ巨大で、かもその体躯に似合わない跳躍力を誇る化け物が間近にうろうろしてんだぜ。まあ、それなりの策は講じてあったけど。ゲートとか」

「そう言われてみれば」

 リイナは上目遣いで記憶をたどりながら呟いた。

「それとクロウナが元狩人だと言っていたが、あれも嘘だな」

「それは何故?」

一角猪ヒトツノが主な獲物だって言っていたろ。有り得ないんだ」

「?」

 リイナは眉毛をハの字にすると首を傾げた。

一角猪ヒトツノ長脚虫ロングレッグの生育域とは被らない。一角猪ヒトツノにとって、マコアは触れるだけで命を落としかねない禁忌の植物なんだ。多分、アレルギーだと思うんだけどな。だから、この辺りには一角猪ヒトツノは生息しているはずがないし、いないものを狩れるわけがない。狩人なら誰でも知っている基本中の基本さ」

「極め付きは報酬よねえ。金貨の入っていた袋の口には気化毒のカプセルが縫い込んであったわよう。多分だけど、時間がたつにつれてカプセルが自然に溶けるタイプ」

「えっ?」

 スウィルが間延びした口調でとんでもない事実を語ると、リイナの顔が石造の様に固まった。

「金貨の山に頬擦りした時、さりげなく【探索(サーチ)】してみたんよねえ」

 リイナの顔から血の気が引いていた。あの時、スウィルのすりすりを困った顔で見つめていた彼女だが、あの行動の裏に秘められたスウィルの真意に、己の浅はかさを自覚したのか、何となく自己嫌悪に陥っているように見えた。

「スウィルが袋はいらないって言った時のクロウナの狼狽振りは笑えたわな。それに、あの特異体バグタイプ、あいつらが作ったのかもしれんぞ」

 モーリは顎髭を片手で撫でまわしながら、にんまりと満足げに笑みを浮かべた。

「えっ? まさか……」」

 リイナは表情を強張らせながら、神妙な面持ちで呟く。

「身が毒気を帯びているなんて、捕らえて調べない限り分らん事だろ。それに、手懐けて完璧にコントロールしていたとしたら、防御機能が無いのも説明がつく。あの特異体バグタイプ自体が街の防御機能なのかもしれん。厄介な番犬ってとこか」

 モーリの意見は最もな正論だった。あの都市で感じた違和感の根源が、全て包括されているのだ。勿論、彼の意見に誰もが頷き、否定の文言を発する者は一人も居ない。

「言われてみれば、おかしな点ばかりね。私、少しも気付かなかった」

 リイナは少し目に涙を浮かべながら、悔しそうに呟いた。

「あ、でも一つ気になったことがあったんだ。住居に、生活感がなかった。見えた限りでは、洗濯物を干してある家は一軒もなかった」

「よく見てるじゃないか。そう言われてみれば、そうだな」

 おれに褒められ、リイナは誇らしげにガッツポーズをとる。

「リイナの言う通りよう。あの住居は恐らくダミーね。誰も住んでいないと思うわ。少なくとも『人』はね」

 スウィルがふふふっと意味深な笑みを残す。

「道もギルドから先はダミーだった。知らずに反対方向にハンドルを切っていれば谷底へ真っ逆様だ」

 モーリがいたって真面目な表情でスウィルの言葉に一言付け加えた。

「いつ気付いたの?」

 リイナの問い掛けにモーリは申し訳なさそうに答えた。

「すまんすまん。ギルが獲物の管理を大地の精霊と保管契約を結んだ時だ。何気に精霊にこの先の道筋を問い掛けたら、そんな答えが帰ってきたんだな。ギルにはすぐ伝えたんだが、こいつはすでに感づいておった」

「へええ」

 リイナが感心した目線をおれに注ぐ。

「ポーターのナビには歩行者しか通れない山道しか載っていなかったからな」

「分かってていくつもりだったの?」

「ポーターを買ったのは、どんな道でも進行可能ってふれこみだったからな」

「はあ? それって、どんな悪路でもって意味じゃないの?」

 リイナが呆れた顔でおれを食い入るように見つめた。

「お嬢、嘘じゃありませんぜ。いざとなりゃあ、車両を呑み込んであっしが歩きますから」

 ポーターが、任せろとばかりにドンと胸を叩いた。

「確かに、進行は出来るか。でも、私達は歩きよね」

「まあ、その方が良いかと。人を呑み込んだことはねえんで」

 ポーターは目を細めると申し訳なさそうに首を垂れた。

「でもなんでこんな手の込んだことをするわけ?」

「公にしたくない秘密があるんだろ」

「秘密?」

「答えはついさっきモーリが言ったこと」

「まさか?」

「そのまさかさ。恐らく奴らはあそこで特異体バグタイプを作る研究をしている」

「旦那、前方から生命反応だ。数はでけえのが三つとヒトガタ無数。どっか抜け道があるのか、突然現れやがった」

 不意に、ポーターが緊張した面持ちでそう告げた。

 待ち伏せか? だがこれでUターンした所で返り討ちに会うだけだろう。

 やるしかなさそうだ。

「この辺りで車を止めるぞ。ポーター、悪いけどまた車を呑み込んでくれ。おれ達は追手を迎え撃つ。みんな、武器を持って車から降りたら藪に隠れろ。奇襲をかける」

 指示を飛ばしながらエンジンを切り、車を降りる。

 ポーターは全員の降車を確認すると、口をおっぴろげて車を一気に吸い込んだ。

「みんな、こちらへっ!」

 ススキに似た背の高い草が生い茂る藪に身を隠す。山間部の日当たりのよい所でよく見受けられるセイタカオトナシソウ――別名カクレミノ。多年草の植物で、冬季は枯れてしまうものの、今の季節は青々とした細長い葉をびっしり密生させている。この植物が密集している中に身を潜めれば、細かな毛の生えた葉が音を吸収し、気配を消してくれる為、外敵から身を守るのにもってこいなのだ。

「スウィル、矢に【追撃】の呪法を掛けれるか?」

 スウイルはおれに親指を立てて見せると、自信たっぷりの笑みを浮かべた。

「ギル、大物のレベルによるが、召喚術を使うかもしれん。そんときゃ後は頼むぞ」

 モーリは大鉈を握りしめながら、黙って頷いた。

「リイナ、ポーターを守ってくれ。頼んだぞ」

「分かった」

 リイナは緊張で強張る頬を引きつらせながら、かくかくと頷いた。

「お嬢、頼みましたぜ。あっしも何とか足手纏いにならない様、頑張りますでね」

 ポーターは口を一文字に閉じると、全身の毛を逆立てながらリイナに敬礼した。

「もうすぐ来るわよう」

 スウィルの声に、皆黙って前方を凝視する。

「最初に仕掛けるのはスウィルの矢だ。背後から狙え。出来るだけ派手にな。モーリ、精霊魔法はまだ使えるか? 足元の地面を軟化させてくれ」

「ああ、あと一回いける」

「十分だ。奴らがひるんだところを、おれとモーリで正面から切り込む。リイナは

ポーターを守りつつ、後方支援。スウィルが接近戦になったら補佐を頼む」

「いいよ」

 リイナが頬を紅潮させながら、上ずった声で頷いた。

 大したもんだ。少しもビビっちゃいない。今も恐らくアドレナリンビンビン状態だろう。

 大鎌蛙シャックルフロッグの変態――否、変異体バグタイプに追っかけられていた時と比べると、数段成長している。

 前方より、無数の靴音が近づいて来る。

 精悍な、というより清楚な顔立ちの若者達だ。男もいれば女もいる。中に見覚えのある顔がいくつかあった。思い出した、あの街のギルドにいた職員だ。彼らは胸当てや間接部分に保護具はつけているものの、至って軽装だった。武器は腰に下げた細身の剣のみ。恐らく他に短剣位は隠し持っているだろう。数は三十。一糸乱れることなく無機質な調べを刻んでいる。力でぐいぐい押すというより、技とスピードで相手を倒すタイプかもしれない。問題は、その前を歩く三人の人物だ。

 一人は、二十メートル近い長身の女戦士。ぴったりとした煌びやかな鱗状の帷子で全身を包み、豊満なボディラインを強調している。ウエーブのかかった紫色の髪は腰まで伸び、三角形の耳がその間から見え隠れしている。猫科の獣の様な眼は、黄金色の輝きを湛え、大きく前に突き出た顎からは鋭い犬歯が覗いていた。ヒトガタのボディにジャガーの顔を持つ獣戦士だ。極めつけは刃渡り二メートル近くある長剣を握った四本の手。四刀流とは少々厄介な存在。

 もう一人は、銀髪で色白の美青年。背はおれと変わらないくらい。彼も装備は軽装で、黒と黄色のストライブが入った軽量タイプの鎧を纏い、肩に身長の二倍近くはある長い槍を担いでいる。一見何でもない兵士の様だが、気になるのは背中に生えた羽根。猛禽類のそれのような、大きな白い羽根が油断ならない。

 最後の一人は、よく分からん。何だこいつ。身長は、隣の美青年よりも頭一つ分低いが、横幅は三回りでかい。毛根が死に絶えて黄昏た頭部、空いているか開いていないかわからないくらい細い目、つぶれた低い鼻、でかい顔の割にはバランスの悪い小さな口。でっぷりとした腹。特に武器を手にしているわけではなく、しかも全裸。幸いにもだらりと下がった腹の肉で、ナニは見えないものの、体を左右に揺らしながら変なステップを踏んで歩く姿は、一番得体のしれぬ不気味な存在で、余りにもエキセントリックな風貌に、おれは正直度肝を抜かれていた。

 距離にして五十メートル……四十……三十……今だっ!

 おれは静かに片手を上げた。

 スウィルが秘文を紡ぎながら、奴らではなく藪の奥に向けてボウガンを射る。それも連続にだ。

 矢は蜻蛉に変化すると、木々の間を擦り抜けるように駆け抜けると大きく弧を描き背後から敵兵を襲った。

 が、蜻蛉は奴らを射抜くことなく、一メートル手前の中空でぴたりと静止すると、元の矢の姿に戻るや、飛力を失い落下した。

「何? 呪術封じの魔法陣か!」

 おれは目を見張った。奴らが無防備に近い行進を続けていたのは、秘文術で奇襲対策を講じていたからか。裏を返せば、肉弾戦には自信があるって事だ。でも、あの輩の中の誰が施術したのか。

「ギル、陣を築いたのはあの裸のおっさんだ。信じられんかもしれんが。奴は妙なステップとリズムを取って歩いているだろ。奴は舞踏呪術師ダンシングシャーマンだ。ああやって踊りで秘文を刻んで時空に布陣を紡いているんだ。噂には聞いた事があるが、初めての御対面だな」

 モーリが苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

 となると、モーリの精霊魔法も使えない。

 信じられない……が、確かにあいつの足音、妙な旋律を刻んでいる。見掛けはどうであれ、奴が術師であるのは間違いなさそうだ。

 奇襲は失敗したものの、不幸中の幸いというか、奴らは後方に刃を構え、布陣を敷いていた。

 おれ達が進行方向にいる事に気付いていない。

「スウィル、続けて後方から射かけてくれ」

 おれはスウィルに囁いた。

「当たらないのに」

「構わない。敵の注意を引き付けてくれれば」

「了解!」

 スウィルは再びボウガンに矢を番えると、秘文を紡ぎながら連射した。

 蜻蛉化した矢が次々に敵の背後に迫る。

「モーリッ! 祭り開始だっ!」

「おうっ!」

 おれとモーリは奴らの前に躍り出た。後方に気を取られている女獣戦士の背後に回り込み、右脚の踵をナイフで斬る。巨体を支える腱を断ち切れば、こちらにも勝機が生まれるはず。

 不意を突かれ、絶叫を上げる獣戦士。だが、おれの一撃も肝心の腱までは届いていない。奴の鱗状の帷子が想像以上に頑丈で、辛うじて皮一枚断ち切るので精いっぱいだった。

 奴は憤怒に表情を浮かべながら、四本の刃をおれに振りかざす。凄まじい風圧と共に、刃がおれを襲う。後方に大きく跳躍。勢い余った刃が大地に食い込み、硬く踏み固められた道を難なく切り裂いた。不意に生じたクレバスを避けながら、刃の間隙を抜き、跳躍。 

 奴の豊満な胸の谷間に刃を突き立てる。

 駄目だ、帷子が硬く、刃が刺さらない。

 否、これは……帷子じゃない。

 おれは我が目を疑った。刃を突き立てた谷間を成す巨大な乳房に、生々しく形どられた乳首が目に映っていた。

 これって奴の皮膚だ。

 こいつも、あのおっさんと同じくすっぽんぽん?

 あああっ! それならせめて完璧なヒトガタにして欲しかったっ!

 嘆きのおれを、更なる不幸が襲う。

 視界を過る黒い影。風を切る羽音に顔を上げる。

 目と鼻の先に矛先。あの羽の生えたイケメンか!

 不意に矛先が急旋回。おれの目の前に二本の矢が落ちて来る。

「あんたの相手は私ようっ!」

 スウィルだ。

 四枚の羽根をしなやかにはばたかせながら、鳥イケメンに矢を射かけていく。

 鳥イケメンは槍を回転させながらスウィルの矢を弾き飛ばす。

 間一髪のところで窮地を救われたおれは、獣戦士の胸を駆け上がり背後に回ると延髄目掛けてナイフを突き立てた。

 がっちりと刃が首筋に食い込む。

 否、刺さっちゃいない。首筋の筋肉に、刃が挟み取られているのだ。

 獣戦士は肩越しに不敵な笑みを浮かべた。

 奴は大きく体を捻ると、激しく首を振った。

 強烈な遠心力に成す術も無く、おれは中空に降り飛ばされた。

 奴は身を反転させると、不安定な体制のおれに容赦無く剣を振る。

 風圧に煽られながらも、襲い掛かる刃の動線をおれは冷静に見極めていた。

 時間差で繰り広げられる剣技の中で、唯一生じるタイムロスは振り下ろした直後。剣を切り返すまでの僅かな時間だが,四本とも片刃の剣故に、その間攻撃は停止する。その時を狙うしかない。

 交差する剣。大きく空を薙ぐ刃を身を捻りながらかわす。

 今だ。

 一瞬停止した刃の峰に降り立ち、一気に駆け上がる。

 獣戦士は牙をむきながらおれを振り落とそうと剣を薙ぐ。

 同時に跳躍。別の剣の峰を蹴り、おれは奴の鼻に降り立つと、かっと見開いた両眼に矢をぶっ刺した。さっき、スウィルが放った矢だ。おれを援護射撃してくれた時、鳥イケメンが槍で払ったのを無意識のうちに引っ掴んだものだった。

 これぞ、溺れる者は藁をも掴む作戦。

 奴の鼻を蹴り、大きく跳躍して離脱する。

 獣戦士は、断末魔の咆哮を上げると四本全ての剣を放し、手で顔を覆いながら片膝をついた。

 おれは着地すると、獣戦士が落とした一振りの剣に駆け寄り、担ぎ上げた。

 くそう。半端なく重い。両腕のみならず、腹筋と背筋が悲鳴を上げながらぷるぷると痙攣している。これを難なく振り回しているのだから、獣戦士恐るべし。

 おれのナイフじゃ致命傷どころかかすり傷すら負わせないが、これなら奴の皮膚を貫けるかもしれない。と言っても普通に切りつけたって駄目だ。だいたいこんな重量級の剣なんか、たいして筋肉のついていないおれが扱うには無理がある。

 でも。あるのだ。唯一つ、狙える無防備な箇所が。

 躊躇する猶予はない。

 おれは剣先を立てると、跪く獣戦士の股間に飛び込み、下腹部に剣を突き立てた。

 獣戦士は甲高い叫び声を上げると、体を小刻みに痙攣させながら大きく仰け反った。刃が貫いた亀裂から、鮮血が滝のように溢れ出る。

 獣戦士の上体が揺らぐ。四本の腕はだらりと下がり、天を仰ぐ半開きの口からは舌がだらりと零れ落ちた。

 おれは奴から離れると、剣をもう一振り抱え起こした。

 奴の体が、ゆっくりと前に崩れる。

 とどめだ。

 おれは使を地面に固定して剣先を起こすと、ゆっくりと迫り来る奴の口に突き立てる。重力に自重が加えられ、刃は口腔から更に延髄を突き抜けた。

 やっと終わった。

 そうだ、みんなは?

 上空を見ると、ぎょっとした表情でこちらを見下ろす鳥イケメンの顔が映る。

 その隙に、スウィルがボーガンを鳥イケメンに投げつけた。

 はっと我に返った鳥イケメンは、反射的にボウガンを槍で突こうと――。

 刹那、スウィルが猛スピードで鳥イケメンの脇を通過。

 鳥イケメンの瞳孔が大きく開き、やがて輝きを失った。彼の上半身と下半身が綺麗に二つに分かれて地表に落下した。

 スウィルは瞬間的に羽を硬化させたのだ。硬化した羽は、彼女の飛行スピードと相まって、鋭利な刃物と化す。ボウガンを投げて敵の注意をそちらに引き付けた後、勝負に出たのだ。

 スウィルは、大きく身を翻しながらおれの横に降り立つと、落下してきたボウガンを何食わぬ顔で片手を伸ばし、受け止めた。

「終わったよう」

「お疲れ様」

 残りは、あの裸の変顔親父と歩兵団。

 おれはナイフを抜くと、道を遮る獣戦士の躯を跳び越えた。

 刹那、思いもよらぬ光景が、視界を埋め尽くす。

 三十人居た兵士達は、皆、地に伏せていた。その真ん中に、肩で荒い息をしながら仁王立ちしているリイナと見知らぬマッチョ。

 誰だあれは?

 敵? 味方? 

 リイナが背中を貸しているのを見ると、味方なのか。

 白ベースに所々黒ぶちの毛で覆われた、アメリカンコミックに出て来る典型的なヒーローのような風貌。三角の耳に、無駄に濃い眉毛。そしてほりの深い顔――ええっ! ポーター?

「リイナ、無事か? それに、ポーター? なのか」

「うん、大丈夫」

 リイナは剣を天に向けて突き上げた。

「あっしも、大丈夫です」

 ポーターらしきマッチョは誇らしげな笑みを満面に湛えながら親指を立てる。

「ポーター、その姿はどうしたんだ?」

「バトルモードにギアチェンジしたっす」

 ポーターはガッツポーズで無駄に筋肉美を見せつけた。

「凄いわねえ、二人だけで歩兵部隊を殲滅しちゃったの?」

 遅れてやってきたスウィルが感心した面持ちで呟く。

「ほとんどお嬢が一人で」

 ポーターがリイナに尊敬のまなざしを送った。

「すげえな。剣一本でここまでやったのか」

「だけじゃないよ。奴らを油断させて魔法陣の外に誘き寄せてから、ウォールを上から地面に向けて落としたのよ」

 リイナが鼻息荒く得意気に言い放った。

 成程。確かに倒れている半数以上はちょっとグロい死に方――ぺちゃんこ状態だ。もっぱら防御主体の術なのだが、こんな使い方も出来るのか。

「大したもんだ。レベル的に言えば中級クラスだぜ」

「え、本当? うれしーー!」

 リイナは素直に飛び上がって喜びを表現。余り期待すんじゃねえぞ。実際にはギルドに戦果報告を出さないと評価は出ないのだから。

「後は、あの全裸男だけか」

 今だ攻防を繰り広げているモーリと全裸男に目を向ける。

 モーリは大鉈を振り回しながら全裸男に迫るのだが、意外にも、奴はその鈍重そうな風貌からは想像がつかないような軽やかな身のこなしとステップで、彼の攻撃をするするかわし続けている。

 おれはスウィル達に目配せする。同時に、全裸男の逃げ惑う先々に立ち、奴の退路を封鎖しながら包囲した。

 じわじわと間合いを詰める。

 全裸男もおれ達の動きを察したらしく、顔が硬く強張り、焦燥の色が浮かぶ。

 おれは奴の背後に立った。奴の動きを封じる決定的なきっかけが欲しい。

 何か、いいものは……これは?

 足元に転がる凶器に目が止まる。さっきまで鳥イケメンが誇らしげに振り回していた長槍だ。

 これは使える。

 足元に転がっていた槍を拾い上げると、回転を加えながら奴の足元目掛けて投げつけた。長槍はプロペラの様にスピンしながら裸男の脚を払った。裸男の両足が天を仰ぐ。奴は、 歩き始めた赤ちゃんの様に、無防備な状態で派手にすっころぶと、茫然とした面相で周囲をきょろきょろ見渡した。

「とどめを刺してやる」

 モーリがぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら、大鉈を大きく天に掲げた。

 全裸男の目に、ゆらゆらときらめきが浮かぶ。

 次の瞬間、奴は大声を張り上げて泣き始めた。まるで母乳を催促する乳児の様に、訴えかけるような旋律を刻みながら、大粒の涙をぼろぼろ流す。

 余りにもの唐突な奴の変貌ぶりに、モーリは気抜けした表情で振りかぶっていた大鉈を下ろした。

「何なのよう、もう」

 スウィルが苦笑を浮かべるとボウガンの照準から全裸男を外した。

 何考えてんだ、こいつ。

 涙を滝のように流しながらオンオンと声を上げて号泣する全裸男に、おれは完璧に戦意を喪失していた。マッチョ化したポーターも、ケツ割れ顎を目いっぱい下げて口をおっぴろげたまま、微動だにしない。

 ただ、リイナだけが妙なリアクションを取っていた。目を皿のように見開き、口をぽかんと開いたまま、顔を真っ赤にしている。

「ちっちゃ」

「お、おいなんだそのリアクションは」

 おれの突っ込みに、リイナは慌てて両手で口を塞ぐと、更に顔を真っ赤にして俯いた。

 彼女の目の前には、泣きながら駄々をこねるように足をじたばたさせている奴の下半身が御開帳していた。

 その一言、奴にとっては会心の一撃を受けたに等しいかも。否、それよりも、いったい誰のナニと比べてちっちゃいと言ったのか、むしろそちらの方が気になるのだが。

 リイナの一言に反応したのかどうかは定かではないが、全裸男は泣き叫びながら、ゆっくりと立ち上がった。

 刹那、鳴き声は秘文を込めた呪詛に変わり、ラップ調に先にくたばった仲間達をディスりながら激しくステップを刻み始める。

 不意に、奴がにやりとふてぶてしい笑みを浮かべた。

 くそう、こいつなんか企んでやがる。

 途端に、獣戦士の躯が、鳥イケメンの躯が、無数の兵士達の躯が、見えない糸でけん引されているかの様に、ずりずりと全裸男の周りに集結し始める。

「うわっ! みんな、離れろっ! 巻き込まれるぞっ!」

 おれは叫びながら慌てて全裸男から離れた。

 いったい、何が起ころうとしているのか。

 固唾を飲んで見守るおれ達を嘲笑うかのように、獣戦士達の屍は次々に全裸男を取り囲み、押しくらまんじゅうでもするかのように。ぎゅうぎゅうとその体をへらへら笑いを浮かべている全裸男に密着させていく。

 屍に異変が生じた。突然、火を点けた蝋燭の様にぐすぐす形状が崩れると、全裸男の皮膚に癒着し始めたのだ。全裸男は接触した仲間の屍と次々に融合し、異物な形状を成していく。もはや、原型はとどめてはいない。目と鼻と口はあるが、それ以外はお好み焼きの生地みたく、どろどろになっている。

「みんな、間合いを大きく取れ、呑み込まれるぞっ!」

 おれ達は一目散に四散した。

 全裸男は仲間の躯を全て体内に取り込むと、まだ満足しないのか、液状化した身体を伸長させ、更に森の木々を呑み込み始めた。木々だけじゃない。岩や土砂までも体に取り込んでいる。

 なんて貪欲な奴。

 平たく伸びた奴の体が、徐々に厚みを帯びて来る。と同時に、同化していた四肢が再び形状を成し始めた。変態はそれだけにとどまらず、無毛状態の表皮は赤茶けた剛毛で覆われ、顔は獣戦士のそれの様に大顎が前に突き出し、鋭い犬歯を覗かせた

 全裸男は、もはや元の贅肉だらけのおっさんではなかった。奴はむくりとその巨体を起こした。背中には鳥イケメンから受け継いだ羽の巨大化したものが生え、獣戦士由来の四本の腕はそれそのものが剣に変化していた。こいつも、ある意味変異体バグタイプだ。

 全裸男の変異体バグタイプは剣先を地面に突き立て、ゆっくりした動作で立ち上がった。ヒトガタに形状化する前に覆っていた地面は大きくえぐれ、道はその機能を完璧に失っていた。その道を覆うほどに木々が生い茂っていた森も、まるで山火事の跡であるかのように、地肌がむき出しになっている。

 おれは奴を見上げた。

 でかい。半端なくでかい。まるでスカイツリーの様な桁違いのでかさだ。

 ここまででかいと、余りの現実味の無さに恐怖を超越してただ茫然と見上げるしかリアクションが出来ない。

 奴は遥か眼下のおれ達を見下ろすと、口元を釣り上げて笑った。

 四本の腕に生えた刃が、白い雲を引きながら、おれたち目掛けて振り下ろされる。

 おれは我に返ると、大きく跳躍し、其れをかわした。

 刃は風を巻きながら大地に食い込み、土埃を舞い上げた。同時に、亀裂が四方に走り、

 道に無数のクレバスを築いていく。

 なんて馬鹿力だ。

 真面にやりあうのは滅茶苦茶難有り。

「ギル、後を頼むぞっ! 召喚術を使う」

 モーリは大鉈を鞘に戻すと、ゆっくりと目を閉じた。指を複雑に組み合わせながら、低い声で静かに秘文を紡ぐ。

 頼みの綱は、モーリしかない。

 時間を稼がないと。

 おれはナイフを抜きながら、巨大化した全裸男の足元を疾走した。剛毛の生えた足首に切りつける。

 なんて硬い皮膚だ。刃が全く通らない。

 が、それでもいい。少しでも奴の気を引き付けられれば。

 全裸男はおれを踏みつぶそうと面倒臭そうに足踏みをした。

 振動で地面が揺れ、崩れた道に更に亀裂が走る。

 スウィルが連続して矢を射る。

 矢は次々に全裸男の太ももに当たるが、全て皮膚に刺さることなくぱらぱらと落下した。

 全裸男は面倒臭そうに四手の剣を振りまわした。

 風が轟と唸り声をあげ、褐色の土埃を舞い上げる。超強烈な風圧が、目に見えぬ拳となって容赦無くおれの全身を打ち据えた。

 砂がぎっしり詰まった麻袋を至近距離から連投されたような重い衝撃が、おれの身体を地面から無理矢理引きはがす。

 おれは無力な木の葉の様に、中空に舞い上げられると、激しく回転しながら硬く踏み固められた地面に叩き付けられた。

 息が出来ない。衝撃が交感神経にダメージを与えたのか、肺が呼吸機能を放棄していた。

 おれは喘ぎながら、体を起こし――刹那、凍り付くような衝撃が腹部を襲った。

 何が起きた?

 目を見開き、腹部を貫いた衝撃の正体に息を呑んだ。

 全裸男の腕から生えた巨大な刃が、おれの身体を容赦無く貫いていた。

 鏡のように研ぎ澄まされたそれは、冷酷な白銀職の輝きを放ち、おれの視界を隙間無く埋め尽くしていた。

 夥しい出血と共に、全身の筋力と気力が急速に萎えていく。

 全裸男が、唇を歪めながら満面にふてぶてしい笑みを浮かべている。

 痛みはない。例え死に直面するような大怪我を負っても、おれたち来訪者ヴィジターは痛みを感じることは決してない。その痛みが、リアルの方の精神と肉体に重篤な悪影響を及ぼす可能性が危惧されるからだ。

 だが、それだけに、状況によっては生殺し状態に陥ることがある。手をむしられ、足を引きちぎられ、胴体を裂かれても、命ある限り生き続けるのだ。

 そして、耐え難い虚脱感とやるせない徒労感に、意識が失せるまで苛まれる。

 刃が、ゆっくりと抜き取られていく。

 頭上で、全裸男の高笑いが腹立たしく響く。

 逃げる術の無い瀕死の獲物を前に、奴は口元を緩めながら、楽しくてたまらないといった感じで笑い続けた。

 抜き取った刃をもう一度振り下ろし、おれの首を刎ねるのか。それとも、他の手に生えている刃も交えておれの身体をミンチ状に叩き斬るつもりなのか。

 唯一体得している治癒術――小治癒の秘文を紡ぐ。

 唇は強張り、舌は蝋石のように硬い。それほど長くない真言にもかかわらず、その一文字一文字の言霊を刻むのが恐ろしく苦痛だった。それはあたかも気の遠くなるような重労働を課せられたかの如く。自分のダメージを軽減させるはずの秘文を紡ぐ工程が、反対におれの活力と体力を奪い去ろうしているようにすら思えた。

 口が、舌が、声帯が、おれの意志をそむき、次々に業務放棄し始める。

 もはやここまでか・・・・・・例え正確に秘文を唱えられたとしても、これだけの大怪我だ。小治癒の秘文では焼け石に水かもしれない。

 唇が、秘文を閉ざした。

 視界が朧げな像へと移ろい始める。

 意識がゆっくりとフェイドアウトしていく。

 何だろう。

 聞こえる。力強く韻を踏む治癒の秘文の旋律が、落ちていくおれの意識に手を差し伸べようとしている荘厳で静謐な調べが。

 この声は、リイナか。

 危ない。何してやがる。

 おれの事なんかほっといて逃げろ。

 大体、お前のレベルじゃせいぜい小治癒が関の山だ。秘文が成就しても、かろうじて傷口が塞がった遺体が出来るだけだ。

 ふと、おれは気付いた。

 リイナの秘文、何だかおれの知っている小治癒の秘文とはスペルが違う。より複雑でより長い戦慄と独特な韻が、おれの意識に、肉体に、次々と流れ込んで行く。

 これは、ひょっとして大治癒極之秘文、なのか?

 無理だ。

 最高位の神官かヒーラーでなくては紡げない特殊な呪文。リイナのレベルでは、到底成就不可能な高位の秘文だ。

「リイナ……逃げてく……れ」

 ありったけの気力を振り絞り、おれの思いを彼女に伝えた。

 でも。

 彼女はやめない。

 必死でおれを救おうと、身の丈に合わない秘文を紡ぎ続けている。

 嬉しかったよ。

 でも。

 苦痛だ。

 彼女を命に係わる危険にさらさせている元凶が、おれにあることが。

 再び、おれは彼女に退散するよう語り掛けた。

 つもりだった。

 駄目だ。

 おれの声は、もう言葉を成す力を失っていた。

 覚悟は出来ている。

 ただ、せめてもの心残りは、闇蠢者ダークウォーカーと対峙できなかったことか……。

 妙だ。

 全裸男は、おれに何故とどめを刺さない? 

 朧げな視界の中に、中空を飛び交う人影が写る。

 スウィルだ。空を小刻みに旋回しながら、矢を全裸男に射かけている。彼女は矢で奴の両眼を射抜こうとしているのか、全裸男は面倒臭そうに腕の剣を交差させて顔を隠し、矢を受けている。スウィルの俊敏な動きに、奴は残像すら捕らえることが出来ずにいるらしく、防戦に強いられているようだった。

 どうりで、おれにとどめをさせない訳だ。

 リイナ、スウイル、すまない。

 これじゃ、おれが諦める訳にはいかないな。

 絶対に。

 おまけに、今だ意識が残っている。

 ていうか、戻って来ている。

 薄れかけていた身体の感覚と意識の存在が、熱くたぎる拍動と共に、着実におれという器の中に歩み寄って来るのを感じる。

 リイナの秘文が効いているのか?

 ハイレベルの術師でなければ成し得ない治癒の術を、彼女は……。

 身体が焼けるように熱い。

 リイナの紡ぎあげた秘文が、時空の間に潜む生命エネルギーを呼び起こし、夥しい噴流となっておれの心身に注ぎこまれて行く。

 秘文を紡ぐリイナの声が一段と大きく響き渡る。

 おれの身体を、白い光がすっぽりと包み込む。

 力強く脈打つ心臓の拍動を、全身で感じていた。

 失われた血液は秒刻みでどくどくと生み出され、切断された組織は新たな細胞が芽生えて次々に結合していく。

 リイナが、秘文の韻を結んだ。

 怒涛の如く押し寄せる生命の光が、おれの身体に余すことなく注がれていく。 

 気が、全身を満たしていた。おれに憑依していた虚脱と無気力を司る亡霊は、跡形も無く消失していた。

「ありがとう、リイナ。助かった」

 心配そうにおれを見つめる彼女に、静かに笑いかける。

 リイナは、安堵の表情を浮かべながらそっと微笑むと、糸の切れたマリオネットのようにおれの胸に倒れこんできた。

「お、おい、大丈夫か?」

 慌てて身を起こし、彼女を抱きとめる。

「良かった……助かって」

 微笑む彼女の瞳は、涙で揺らめいていた。

 不意に、バサバサと鳥の羽音らしき異音が頭上で響く。全裸男が、背に生えた翼を大きく広げていた。羽毛で分厚く包まれた猛禽類の様な翼は、奴の胴体の数倍以上の表面積を誇り、発達した胸筋が、決して見せ掛けではない事実を物語っていた。

 スウィルと空中戦を交えるつもりか?

 違う。

「スウィル、逃げろっ!」

 おれは声を張り上げて叫んだ。が、それを打ち消すかのように、全裸男は羽を大きく羽ばたかせた。

 風が轟と唸り、乱気流となってスウィルを襲う。彼女はバランスを崩すと、猛スピードで森の中に墜落した。彼女の華奢な体躯では、裸男の巨大な翼が生み出す風の圧力に耐え切れない。

 これが奴の狙いだったのだ。俊敏性ではかなわない故にとった力技。極めて単純な攻撃だが、効果は絶大だ。

 スウィルは無事か?

 助けに行かないと――?

 不意に巨大な影がおれの頭上に差し掛かった。

 深く刻まれた皴、赤土がこびりついた表皮、その末端にはごつごつした太い指――これは、足の裏だ。間違いなく、巨人化した全裸男の。

 自分置かれている状況を、おれは瞬時に悟った。

 奴はおれ達を踏みつぶそうとしている。

 急加速で迫り来る足裏を、おれは身じろぎもせずに凝視した。

 動けなかった。傷は癒えたとは言え、疲労困憊のリイナを抱きかかえて高速移動するには力不足だった。

 足裏のすえたような異臭が鼻を突き、表皮の紋様が超拡大レベルで視界を埋め尽くす。

 止まった。

 一秒後にはおれ達を完璧に踏みつぶしていたはずの足裏が、中空にとどまったまま停止している。

 何故……?

 その答えを目の当たりにしたおれは、底知れぬ驚愕に魂を打ちのめさられていた。

 おれの傍らに、一人の童女が立っていた。上下ともに白の羽織と袴と言ったいで立ちで。身の丈は百から百二十センチくらい。その小柄な体躯にもかかわらず、右肩にスウィルをしょっている。腰ほどまでに伸びた黒髪はきちんと櫛を通され、艶やかな光沢を放っている。前髪は眉の上で綺麗に切りそろえられ、その下の大きな瞳が、申し訳なさそうにおれを見つめていた。

「すまぬ。少々遅れてしまった。これではそなたの友人に叱られてしまうな」

 童女の透明感のある澄んだ声が、やさしく響く。

「あ、いえ……」

 おれはそれ以上の言葉を見つけられず、唯々口をぱくぱくさせていた。

 驚くべきことは、スウィルを肩にしょっているからだけじゃない。もう一方の手で、裸男の足裏を支えているのだ。それも、人差し指一本で。決して全裸男が手加減しているわけではない。その証拠に、奴の足裏は筋肉が硬直し、深く刻まれた皺がプルプルと震えている。

 いったいこの娘、何者?

 おれの友人に叱られるって言ったが、どういう事か。

 まさか、モーリの召喚術で呼び出された? 

 モーリとの付き合いは長いが、お互いソロの冒険者だったから、彼の召喚術を目の当たりにするのは、これが初めて。だから、彼に召喚されし者の姿を、おれは知らないのだ。

 それにしても。

「指一本で、大丈夫……なのか?」

 ふと脳裏をよぎった疑念のフレーズが言葉となって零れ出る。

 間抜けだった。他に言うべき事があるだろう。 

「十分だ。見るからにばっちいから、接触は最小限に止めたいのでな」

 童女はおれの場違いな問いかけに飄々と答えると、全裸男の足裏を支えている人差し指を、つんと押し返した。

 全裸男の体が大きく宙を舞い、頭から地面に突っ込む。

 鈍い重低音と共に、地面に無数の亀裂が走った。

 彼女はそれを見届けると、膝をかがめながらスウィルを慎重に地面に下した。

「安心しろ、羽人ニンフは無事だ」

 彼女は抑揚のない口調でつぶやいた。その言葉に答えるかのように、スウィルはゆっくり右手を上げると、力ない指使いでVサインを披露する。

 刹那、獣のような恫喝の叫びに、大地が激しく震えた。全裸男が頭を左右に振りながら上半身を起こそうとしているのだ。

「一分で片を付ける」

 童女は表情一つ変えず、ふらふらと立ち上がる全裸男を見据えながら、迷いのない足取りで、すたすたと歩みを進めた。

 全裸男は憤怒で顔を醜く歪め、四本の剣を地面に突き刺し、一気に巨体を起こした

 裂けた口から反撃の咆哮を絞り出すと、全裸男は四本の剣を童女に振り下ろす。巧に時間差で繰り出す刃は、明らかに童女から退避する隙を奪い去っていた。

 が、童女は避けなかった。

 轟音を巻いて切りかかってくる刃を素手で軽くあしらう。

 刹那、けたたましい金属音をまき散らしながら、刃はガラス細工のそれの様に粉々に砕け散った。

 童女は一気に間合いに詰めると跳躍し、うろたえる全裸男の股間を容赦なく蹴り上げる。

 全裸男は絶叫しながら大空へと一直線に素っ飛んだ。

 彼女は袴の裾を翻しながら大きく宙転すると、おれ達のそばにふわりと着地した。

「なりの割には小者だな」

 童女は仄かな笑みを頬に湛えながら、意味深な台詞を呟くと、空を見上げ、全裸男の姿を追った。

 全裸男は巨大な羽をゆっくりと羽ばたかせながら、中空を漂っていた。奴の顔は怒りと苦悶に大きく歪み、おれ達を殺意に満ちた目で見下ろしている。

「奴をぶっ倒したら、その足で帰る。モーリにはよろしく言っておいてくれ」

 童女はそう言い残すと、軽く地を蹴り跳躍した。そう、軽く。にもかかわらず、彼女の身体は超高速で中空をかっとんでいく。

 と、同時に、彼女の身体が黄金色の光を放つと、一気に大きく伸長した。

 おれは息を呑んだ。

 金色に輝く無数の光鱗が猛スピードで視界を埋め尽くしていく。黄金色の鱗で覆われた身体は空を覆いつくし。太くて長い尾はその先が遠く続く山の尾根の向こうに隠れている。口には巨人族の矢じりのような鋭い牙がびっしりと生え、何やら小振りな獲物を咥えこんでいた。

 龍だ。それも、超絶的で圧倒的に巨大な。モーリが召喚術で寄せた童女の正体は、この世界で最高にして最強の神獣。その大顎に咥えている小振りの獲物は、さっきおれを踏み潰そうとしていた全裸男だった。巨大化した奴ですら、龍の前ではただの貧弱な獲物にすぎなかった。

 龍は首を軽く振り、全裸男を地面に投げ捨てた。その何気ない動作に反して、全裸男は猛スピードでおれの視界を過ると、爆音とともに地面に激突した。

「伏せろっ!」

 おれはリイナとスウィルの上に覆い被さった。砕け散った路面の細かな土片が、石礫のように降り注ぎ、おれの身体を打ち据える。

 手の隙間から垣間見ると、硬く踏み固められたはずの地面が大きく粉砕し、深い谷が刻まれている。言うまでもなく、全裸男はその奥底に沈んでいる。

 凄い。おれが全く歯が立たなかった全裸男を、まるで赤子の手を捻るように弄んでいる。

 龍は黄金の瞳を瞬かせながら眼下を見下ろすと、金属音に似た甲高い咆哮を上げた。途端に、無数の稲妻が空を駆り、一斉に峡谷目掛けて降り注ぐ。出来たばかりの峡谷から巨大な火柱が立ち上ると、更に深いクレバスが大地を分断し、次々に周囲の木々を飲みこんでいく。

 龍は満足気に一際高らかに咆哮を上げると、見る見るうちに空の彼方へと消えた。

 渓谷からは焦げ臭い匂いが立ち上って来る。全裸男は燃え尽きてしまったのだろうか。今のところ這い上がってくる気配はない。

「助かった……」

 リイナが安堵の吐息をついた。

「リイナ、スウィル、二人ともありがとう」

 おれは二人に深々と頭を下げた。

「そんな……私、いつも助けられてばっかだし、こんなことくらいしか出来ないし」

「何言ってやがる。助けられてんのはおれの方だ」

「謙虚ねえ。でもお礼を言うならモーリだよう」

 スウィルが笑みを浮かべながらウインクした。少し疲労感の漂う翳りを表情に浮かべているものの、意識ははっきりと覚醒しているようだ。

「そういやあ、モーリとポーターは?」

「旦那あ~、こっちですぜ」

 数メートル道から逸れた薮の中から、マッチョ化したポーターが心配そうな硬い表情でこちらに手を振っている。駆け寄ると、彼の足元には、押し倒した藪に身を横たえ、微動だにしないモーリの姿があった。胸の上で手を組み静かに横たわる姿は、さながら棺の中の躯の様に思えた。ただ、分厚い胸が微かに上下し、辛うじて生の息遣いを示している。

 見るからに外傷はないし、生きてはいる。

「こうなると、彼は当分起きないからねえ。召喚術は気を相当持ってかれるらしいから」

「召喚術?」

 リイナはきょとんとした表情を浮かべた。

「さっきの龍の姫様を呼んだの、モーリよお」

「ふぇええっ! そうなの?」

「そうよお。私見たのこれが二回目」

「おれは初めて見た。噂には聞いていたけど、半端な召喚術じゃないな」

「ギルならこの世界の事、何でも知ってると思った」

「そんな訳ないよ。未だ知らないことばかりだ。それに、ここの世界は日々変化し続けているからな。古い情報ばかりじゃ役に立たん」

「だから、ギルド難民してたんよねえ」

「まあな」

「旦那、どうしやす? これじゃあ引き返すことは出来ねえ」

 ポーターが、不安げに道を見ている。

 確かに、道を中心に大きく開いた峡谷は果てしなく深く、回り道をするにも木々が密集した森を抜けなければならず、車での移動は不可能。最悪歩いて行くとすればモーリを背負っていかなければならない。

 流石にそれは、ちときつい。

「前に進むしかないか」

「大丈夫?」

「大丈夫じゃないな。多分、何かしらの罠を仕掛けてくる。リスクはあるが、やむを得ない。それか、せめてモーリが目を覚ますまでここで野宿をするかだ」

「それも危険よお。モーリは少なくとも丸一日こんな感じだし。ここで待機していたら、やつらもそれなりの装備を揃えてリベンジに来るかも」

「ここで迎え撃つか、奴らが動揺しているであろう今、こちらから攻め込むか」

「ギル、どうする?」

「攻める。どちらにせよ、モーリ抜きでの攻防だ。ならば、奴らが戦略を立て直す前に攻め込む」

「分かった」

 リイナの表情が硬く強張る。

「旦那、車を出しますぜ」

 ポーターは形態を元の猫タイプにメタモルファーゼすると、口をあんぐりと明けた。マッチョモードでは口が開かないのか。

「ぶふぉおおお――っ」

 ポーターの口から車がどおんと飛び出す。

 おれはモーリを担ぎ上げた。肩に成人男性一人半分位の重量が、一気に圧し掛かる。すかさずスウィルがおれの傍らに寄り添い、モーリがずり落ちないように支えた。

「ポーター、居住スペースのドア開けてくれ」

「はいなー」

 転倒しないように一歩一歩踏みしめながら、車の居住スペースに乗り込んだ。彼は当面戦線離脱なのでベッドに横たえる。

「スウィル、モーリがベットから落ちないよう、付き添っていてくれ」

「ワカツタ」

 スウィルはベッドの片隅に椅子を持ってくると、モーリの傍らに腰を下ろした。

「リイナ、ポーター、出発だ」

「了解!」

「しますたぜ、旦那」

 おれ達は居住スペースからコックピットに移動すると、各々の定位置についた。

「今のところ、敵の気配はありませんぜ」

 ポーターが、目を皿のようにして前方を凝視する。

「全方向を警戒しろ。意表をついて妙なところから突然出て来るかもしれないからな。さっきの輩も都市とは正反対の方向から来ただろ。あちらこちらに抜け道を作っているかもしれん」

「確かに」

 ポーターは目を見開いたまま、うんうんと何度も頷いた。

 おれは静かにアクセルを踏んだ。

 カメラやら盗聴器やらがあちらこちらに仕掛けてある位だから、奴らにこちらの状況は 筒抜けのはずだ。

 こっちとしては正面突破しかあるまい。小手先のトラップを仕掛けても見透かされているに違いない。

 ポーター(車の方)は、長脚虫ロングレッグの殻で出来た丘を抜け、山岳都市へと続く林道を滑走していく。

 今のところ、奴らは何もしかけてこない。既に、万全の体制でおれ達を迎え撃つべく、息をひそめて待ち構えているのか。それとも、もはや反撃するだけの手駒を持ち合わせてせていないのか。

 まあ、ここまで来たら、もはや余計な詮索は無用だ。

 どちらにせよ、やるしかないのだから。

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