第3話 地に堕ちし者ども

「凄い……これって」

 リイナは眼を見張った。

「移動式祠だな」

 モーリ、もっといい表現は出来ないのかよ。

 角ばった長細いボデイに高い車高。8人は乗れる運転部分と居住部分に分かれた巨大キャンピングカー「ランドポーター」。リアルで言うなら、自衛隊のトラックに似たフォルムを想像してくれ。但し、居住部分は幌じゃないが。

「冒険って、馬車とか歩いて行くもんじゃないの?」

 リイナが不満げにぶつぶつぶつ。

「この世界は、リアル世界の宇宙のように、果てしなく四方に増殖しているんだ。それに対応できるよう、定番のファンタジーRPGの世界とは違ってよりリアルな設定がされているからな」

 おれはこの世界のビギナーである彼女に、この世界の現実を語り掛けた。

 確かに、ケルト神話的な背景を望む者には、何でもこいのこの世界は殺伐としたものに感じるかもしれない。だが、自己増殖を続けるという独自の設定が生み出す他にはない環境設定に、心を躍らせる者も多いのは事実。賛否両論はあるものの、メディアでも取り上げられるほど人気のある仮想世界だから、それはそれで認められている訳なのだ。故に、よしとしてくれい。

「さあ、行くわようっ!」

 スウィルはライトセラミック製の鎖帷子をじゃらじゃら鳴らしながら後部シートに乗り込んだ。西方の技人ドワーフが手作りで仕上げた高級品。羽の付け根まできっちり覆われている優れものだ。これを常備しているってことはかなりの等級なのだろうが、まあそんなことはどうでもいい。気になるのは一緒に持ち込んだ重そうな皮の大袋だ。

「その革袋、中身はなんだ?」

 おれの追及に、スウィルはにまっと意味深な笑みを浮かべる。

「これよこれ!」

 ワインだ。それも何本も。こいつ、移動中に酒盛りでもするつもりか?

「ギルさん、食料その他もろもろ、御依頼の品は全て積み終わりました」

 丸顔の新人受付嬢が、額に汗を浮かべながらおれにそう告げた。この娘、受付だけでなく、購買も任されているのか。

「有難う。じゃあ行って来る」

「お気をつけてえ」

 彼女に見送られながら、おれは運転席に乗り込んだ。モーリは後部座席に乗り込み、早くもスウィルと酒盛りを始めており、助手席のリイナはと言えば、何となく不機嫌な表情で腕を組んでそっぽを向いている。

 後ろの二人のノリに不満を感じているのか。

 無理もない。正当な冒険者スタイルを胸に抱きこの世界に来たようだからな。

「ギルって、あの娘と仲いいのね」

 どこかむくれた表情で、リイナは前を向いたまま吐き捨てるように言った。

 車窓を睨み付ける先には、さっきの事務員の姿が見える。

 何なんだよこいつ。ひょっとして焼いてんのかよ。ちょっと待てよ。おれの彼女って訳じゃないのに、何この独占欲的態度。

「仲いいって訳じゃない。普段、仕事の会話しかしていない。それに、あの受付嬢は配属されたのつい最近だぞ」

「へええ」

 素っ気ない返事。嗚呼、面倒臭い奴。だが不自然に離れる訳にもいかず、なんせ車の中だし、逃げ場がない。

「じゃあ行くべ」

『承知しましたぜ』

 中年のオッサン的合成音声がとぼけた返事を返す。と同時に、エンジンが低い咆哮をあげた。

「ギル、あなた免許持ってんの? 高二なのに」

「ああ、この世界のやつな。こっちじゃとるのに年齢制限はないし、一日の講習でOKだから、誰だってとれる。それに車にはナビゲートしてくれる小妖精フェアリーが憑いてるし」

 おれはステアリングを取るとアクセルを踏み込んだ。すると、ナビゲーションシステムのモニターに猫の顔が映る。

『私はポーター、この車のナビゲーションシステムですねん。だんな、どうします? お手伝いしましょか?』

「ああ、頼む。最短で闇蠢者ダークウォーカーの元へ」

「えっ? そんなのありなの? 道に迷い、時には遠回りして漸く目的地にたどり着く――困難を乗り越え、苦労を重ねてこそRPGの王道じゃないの?」

 リイナが般若のような憤怒の面相で、おれに食って掛かって来る。

「あのなあ、最短でも何日かかるかわからんのだぜ」

「えっ?」

「狭いフィールドを広く見せる為に様々な制約付きのちんけなRPGとは違うんだよ、この世界は。ポーター、道は?」

『旦那、手持ちのデータじゃ無理だわ。ヒットしねえ』

「じゃあ、それっぽい所でも」

『無茶振りですぜ、それって。何かないっすかね』

「地図があった。依頼書の地図が」

『旦那、今実体化しますんで、それを食わしてくり』

 正面のボードに、ぽんと白黒のもこもこが現れた。猫だ。白地に黒ぶちの丸々太った猫。モニターに映っていた顔と同じだ。

「旦那、地図を」

 猫――ポーターはそう言うと、うにょーと口を大きく開いた。

「このまま口に入れていいのか」

「あいっ!」

 ポーターは大きく口を開けたまま頷いた。

 口のサイズからして、どう考えても地図は入りそうにないのだが、躊躇するおれに、奴は早く入れろと手招きする。

 本当に入るのかよ。一見虐待だぞ、これって。

 おれは半信半疑ながらも、渋々彼の口に地図を突っ込んだ。

 入ったよ。すっぽりと。えずいたりするんじゃないかと思えばそれも無く。何事も無かったかのように平然とした面構えでおれをじっと見つめている。

「読み込み完了」

 ポーターは口を開けると、れろおおっと地図を吐き出した。

 リイナは汚いものでも触るかのように顔をしかめながら指先で地図を摘まむ、が、すぐにそれは驚きの表情に取って代わった。

「あれ、濡れてない」

 猫の唾液でべとべとになっていると思ったのか。

「旦那、目的地は北東一万二千キロの地点ですぜ。時速六十キロで走り続けても二十日間はかかるな」

 ポーターが淡々と語った。

「えっ? そんなにかかるの?」

 リイナが驚きの声を上げる。

「実際にはもっとかかるかもな。延々とこのゲームばかりやり続ける訳じゃないし。セーブとかして中断してりゃ、倍以上ってとこか。まあ、リアルとは時間の経過が多少違うから、何とも言えないけどな。どう、これでも歩いて行きたいか?」

 ちらっとリイナの顔を見る。リイナは既に疲弊したような虚ろな表情を浮かべると、静かに吐息をついた。

「ひゃっほうっ! 当分酒盛りようっ!」

 スウィルがワインの瓶を振り回しながら、嬉しそうにぎゃははと大笑いした。こいつにとって目的って何なんだ?

 車は市街地を抜けると、街を守る外壁のゲートの差し掛かった。

 門番がこちらに駆け寄って来る。

「あら、珍しい。モービルでお出かけ?」

 革製の防具を身に着けた小柄な女性が不思議そうにおれを見た。このゲートを守る馴染みの門番だ。この近くの聖羅樹の森に住むハイエルフの少女。とは言っても年齢はおれより百歳は上だろう。一見華奢な風貌だが、強力な攻撃念術を操るハイレベルの魔導士だ。

「神の勅命が下りました。久々の冒険です」

「へええ、貴方が冒険に出るなんてねえ」

 門番はくすっと笑うと不意に真顔に戻り、おれに敬礼した。

「お気をつけて」

「有難うございます」

 慌てておれも敬礼で返す。見掛けは少女でも、やはり年上には敬意を示さなければ。

 ゲートを抜けると、道は急激にその装いを変えた。

 緻密で恐ろしく濃厚な森だ。濃い緑の葉が幾重にも重なり、強い日差しですら心地良い木漏れ日に変えてしまう。この森の向こうにハイエルフのコミュニティーがある。森はそれを保護する自然の結界でもあるのだ。

 道は人工的な石畳から踏み固められた赤土に変った。

 やがて森を抜け、景色は背の低い草が生い茂る草原となった。

 草木の間に、巨大な岩が見え隠れしている。徒歩での行軍ならば、この辺りを闊歩している悪鬼ゴブリン屍鬼グールがちょくちょく襲い掛かって来るのだが、ランドポーターを警戒してか、影一つ見せずになりを潜めている。

 やがて草原も、植相がサボテンに似た植物に変わり始め、緑そのものがまばらになり始めた。反対に、ゴロゴロした黄土色の巨石が、至る所で自己主張し始める。

 荒野に差し掛かったのだ。

 舞い上がる土埃を引きながら、ランドポーターは力強く走り続ける。

 最初は不満いっぱいだったリイナも、車の心地よい揺れに身を任せているうちに、いつしか睡魔の誘惑に誘われたのか、深いまどろみの中を彷徨っている。虚ろな目を時折無理矢理開こうと試みているようだが、その抵抗ももはや風前の灯火だ。後ろの二人も気が付けば静かになっており、どうやら酔い潰れて寝ちまったらしい。

 一人きりではないのだが、妙な孤独感がおれの意識に隙間風の様な冷たい囁きを投げかけていた。

 平和だった。本来徘徊しているはずの悪鬼ゴブリン妖獣モンスターの類は全く姿を見せない。どちみち、この辺りは初級冒険者が経験を積むエリアだ。普段から大した輩は現れない。

 いかん。こんなこと言っているとこの前みたいに変異体バグタイプの群れが押し寄せてくるかもしれん。

 おれは周囲に意識を配りながら車を進める。

 と、前方の道のど真ん中。

 妙なものが見える。

 何だありゃ。白っぽい布の塊。

 人だ。

 おれはブレーキを強く踏み込んだ。車は予期せぬ障害物の数メートル手前で停止した。

「うわっ! 何?」

 急制動の反動で大きく前のめりになったリイナが、驚きの声を上げるとぱちりと目を見開いた。

「道の真ん中を見てみろ」

「あ、人が倒れてる。ね、刎ねたの?」

「違うっ! 最初から倒れてた。こいつ、ひょっとすると――」

「旦那、生体反応がありますぜ」

 ポーターが気の存在を調べたらしい。

「助けなきゃ」

「あ、待てっ! 出るなっ!」

 遅かった。リイナはおれの静止を振り切り、ドアを開けると車外へ飛び出した。

 彼女は路上に横たわる人物に駆け寄ると、警戒する素振りを微塵も見せずに声を掛けた。

 刹那、その人物はばね仕掛けのびっくり箱のように跳ね起きると、間髪を入れずにリイナの喉元にナイフを突き立てた。

 細く引き締待った身体。土埃にまみれて煤けオレンジ色の髪。不精髭を生やしてはいるものの、端正な顔立ちをしている。歳も若そうだ。おれと同じかチョイしたってところか。

 状況が呑み込めていないリイナは、鳩が豆鉄砲を食らったかのような愕然した表情で、おれの顔をじっと見つめている。

 まったくもう。だから出るなって言ったのに。

「この娘の命を助けたかったら、車と荷物をそっくりそのまま置いていけっ!」

 男は勝ち誇った笑みに顔を醜く歪めながらおれをねめつけた。

 盗賊だ。それも、実にべたなトラップ――に、見事引っ掛かってしまうなよ。このっ!

「おいこらあっ! 聞こえてんのかあっ!」

 オレンジ髪の男が唾を飛ばしながらいきり立つ。おれが一向に反応しないのが気に食わないらしい。本人は自分が舐められていると思っているのか、それとも単に短絡的な性格なのか、すこぶる機嫌が悪い。

「周りを見てみな、おれ一人じゃねえんだぜっ」

 奴の言うとおりだった。得意げに吠える奴の声が合図だったのか、近くの陰から出るわ出るわ。いかつい奴から痩身痩躯の者まで、様々な容姿の猛者達が、長剣やら槍、トマホークといった多種多様の武器を手にぞろぞろと出現した。

「飛び道具の使い手はいない様ね」

 スウィルが間延びした声で呟く。こいつ、酔いつぶれてなかったのかよ。

 背後で、微かなモーター音。リアウィンドウが開く音だ。それに交じって、弦を引く音が静かに響く。ちらりと振り向くと、肩越しに、ボウガンに矢を込めている彼女の細い指先が見える。

「ギル、行ける?」

 スウィルの声に、おれは黙って頷いた。

 鋭い風切り音が空を裂く。

 オレンジ頭の眼が、大きく見開く。

 奴の額を一本の矢が射抜いていた。

 男の手から、ナイフが零れ落ちる。

 へなへなとその場にうずくまるリイナ。腰が抜けてやがる。

「後でリイナのパンツを用意しておいてくれ」

 おれはドアを開けると車外へ飛び出した。

 怒号と共に襲い掛かる盗賊共。が、おれに刃を振り下ろす前に、奴らの額は次々に矢に貫かれていた。スウィルの矢だ。流石、バグ・スレイヤーにスカウトされるだけあって凄い腕前。これだけの命中率を誇る射手に今まで出会った事がない。

 鋼の鎧に身を固めた長身のごつい男がおれの前に立ちはだかった。おれの身長よりも長い刃の剣を軽々片手で携えている。

 男は剣を大きく薙いだ。

 同時に、おれは地を蹴る。

 おれの足の下三十センチを刃が過ぎる。

 奴が慌てて中空のおれの姿を追う。

 刹那、がら空きになった奴の喉元にナイフを突き立てる。

 長身の剣士は声一つ上げずに地に伏した。

 すぐさまナイフを引っこ抜くと、奴の背後からトマホークを振り回しながら突っ込んできた坊主頭の攻撃をよける。

 こいつもでかい。こいつの場合、縦ではなく横にだ。それでも身長はおれよりも高いが、横幅はおれの三人分は優にある。

 おれは足元に転がっている大剣の柄を足で撥ね上げる。さっき倒した剣士が振り回していた獲物だ。

 中空に浮いた剣の柄を片手で握ると、闇雲に突進して来る巨漢の胸に、容赦なく突き立てた。

 ぶっ倒れた巨漢を飛び越え、その向こうで腰を抜かしているリイナを肩に引っ担ぐ。

 臀部に回した手が、じんわりと生暖かく湿っている。

「逃がすかっ!」

 ちぐはぐな鎧や兜を纏った男達が、身の程知らずの長剣を構えながら突っ込んで来る。

 皆、盗品なのだろう。武器と防具は見事に体躯と能力に合っていない。バランスの悪い装備では、例え腕のたつ者でも、挙動に無理が出て来るものだ。

 不意に、奴らの足元の地面に波紋が生じた。

 不思議な光景が、おれの前で展開していた。

 硬く踏み固められたはずの地面が、まるで液体のように流動すると、奴らの身体を一気に引き摺り込んだ。輩を首近くまで飲み込むと、地面に広がっていた波紋が消え、再び硬質なそれへと変貌を遂げる。

「ざっとこんなもんよ」

 いつの間にか車外に降り立っていたモーリが、得意げな笑みを浮かべた。

「何を召喚したんだ? 土龍神か?」

 おれの質問に、モーリはにやにやしながら首を横に振った

「いいや、召喚するまでも無いさ。この地に巣篭る大地の精霊スピリットに協力を乞うた。奴さん達もこの賊どもには腹を立てていたらしいからな」

「こいつら、何しでかしたんだ?」

精霊スピリット達の寝場所に立小便したらしい」

 おれは頭だけ残して地中に沈んだ賊どもに憐みの支線を投げ掛けた。大地を司る精霊を怒らせたという事は、奴らは二度とこの地に入ることは許されないという事になる。否、それ以前に、存命すらままならぬ状況ではあるが。

「スウィル、御注文通り首から上は残しておいたぜ」

 モーリが振り向きながら車中のスウィルに声を掛けた。

「有難う。すぐ照合するから」

 スウィルは軽やかな身のこなしで車から降りると、携帯で賊達の顔をパシャパシャと写真に撮り始めた。

「何してんだ?」

 おれは思いっきりでかい疑問符を添えてスウィルの行為を眺めた。

「お尋ね者かどうか照合するの」

 スゥイルは楽しそうに賊達の画像を取り続けると、高速指使いで携帯の画面のタッチ。

「んほほーい! こいつらみんなお尋ね者よ。冒険者くずれの集団ね。創造神が異端バグと呼ぶ存在。つまり、私の獲物って事。この地で旅人を襲って金品や物資を奪っていた。あっ……もっと酷いことしてる。こいつら、異世界民ネイティヴの女性達を集団で襲ってたらしい」

異世界民ネイティヴの?」

「そう。絶対に女だから。私達来訪者ヴィジターと違ってね」

 スウィルの眼に、冷酷な輝きが宿る。彼女は矢をボウガンにつがえると、地に埋まっている先頭の若い男の前にしゃがみこんだ。

「ここから出せっ! 糞野郎っ!」

 男は血走った目でぎろりとスウィルを凝視すると、緑色の毛髪を振り乱しながら口汚く喚き散らした。

「私のパンチラ、見えてる?」

 スウィルは妖艶な笑みを口元に浮かべると、艶っぽい声で男に囁いた。

 男は一瞬戸惑ったものの、猥雑な笑みを浮かべてスウィルの太腿の奥を目で追った。

「残念だけど、これが見納めよ」

 スウィルは男の額にボウガンを突き付ける。

 男の瞳孔が一気に収縮。

 スウィルの指が、容赦なく引き金を引く。

 放たれた矢は男の額を貫く。が、其れだけに留まらず、後ろに続く男達の額を次々に貫き、最後尾の男の頭蓋を貫いたところで停止した。

 ボウガンの弦がうみだす弾性力だけじゃ、ここまでの破壊力は無い。賊どもに対するスウィルの激情が憑依しているとしか思えない現象だった。

 全てを焼き尽くす憤怒の炎を凝縮し、込められた裁きの矢とでも言うべきか。

「容赦無しだな……」

「容赦? こいつらにそんな価値なんてないよ」

 スウィルは口元に冷ややかな笑みを浮かべた。抑揚の無い声で言葉を綴るスウィルの言霊は、不思議なくらい荘厳で、反論の余地のない説得力に満ちていた。

 陽気にバイオリンを弾きながら踊っているいつもの姿からは想像出来ない、厳粛な気を纏う彼女に、おれの中で男女の意識を超えた不思議な興味が芽生えていた。

「ギル、下ろして」

 おれの傍らでか細い声がする。リイナだ。

「あ、ああ」

 リイナをゆっくりと地面に卸す。

「大丈夫か」

「ありがと。ごめん、トラップとは思わなかった」

 リイナはバツが悪そうに小声で呟いた。

「まあ、何事も経験だな。駆け出しの冒険者が良く引っ掛かっちまう手合いだ」

 モーリが大きな腹を揺さぶりながら大笑いした。

「神殿と連絡取れた。こいつらの個人データは神も掌握しているようね。もう二度とこの世界に来れない様にするそう――」

 不意に、スウィルの表情が強張った。身体が、ゆっくりと前のめりに倒れる。

「どうした?」

 モーリが慌ててスウィルを抱きかかえた。

 背中に、矢が刺さっている。丁度、羽の付け根、セラミックの帷子では隠し切れない僅かな隙間を縫って、深々と突き刺さっていた。

「ご、めん、な、さい……油断、し、た」

 スウィルは荒い呼気を繰り返しながら、言葉を綴った。

「しゃべるな、じっとしておれ」

 モーリは矢を掴むと、ゆっくりと引き抜いた。

「ぐうううっ」

 スウィルの喉から苦悶の唸り声が漏れる。傷口からどくどくと流れ出る鮮血。だがそれよりももっと深刻な事実をおれは目の当たりにしていた。傷口周辺が、青紫色に変色している。しかもそれは見る見るうちに拡大していく。

「まずいな……」

 モーリは顔をしかめながら右掌を傷口に翳す。分厚い唇が、静かに癒しの秘文を紡ぎ始める。

 出血が止まった。

 だが、皮膚の青紫変は留まることなく、徐々にその領域を広げていく。

「毒が仕込んであったか」

 モーリが忌々しげに呟く。彼の癒しの施術でも、スウィルを蝕む毒気を昇華することは出来ない様だ。

「モーリ、毒じゃないぜ。もっと厄介な奴だ」

「まさか、大呪の術か?」

 青ざめた表情で呟くモーリに、おれは黙って頷く。

「早くスウィルを連れて車の中に。シートの後ろに薬箱がある。大鎌蛙シックルフロッグ変異体バグタイプで作った例の薬が入っているから使ってみてくれ。ゴウドが餞別に少し分けてくれたんだ」

「よっしゃあ」

 モーリはスウィルを抱えると、車の後部シートに飛び込んだ。

「ウォール!」

 リイナの気迫に満ちた声が、辺りに響く渡る。

 刹那、複数の矢が、おれを射抜く寸前で中空に停止した。

 リイナは魔導剣士。確か、いくつかの術は使えると言っていたな。

「すまん。助かった」

 おれの前に立ちはだかるリイナに礼を言う。

 いったい、何処から射かけて来たのか。さっきは左方向から。今度は正面だ。

「ギル、まだ何人か敵はいるみたい。矢を射る方向がばらばらよ」

 リイナが不安げに周囲を見渡す。

 そう言っている矢先に今度は右斜め方向より矢が跳んで来る。

 おれは足元の矢を拾った。スウィルの背を射抜いた忌まわしき矢だ。

 こいつの主は何処にいる。

 右手で矢を握りしめる。重く冷たい霊気が、矢の柄を握るおれの手に氷の牙をたてた。矢から滲みいでるどす黒い霊気は、殺意に満ちた怨念の波動となっておれを威嚇する。

「モーリ、スウィルのボウガンを貸してくれ」

「おうっ!」

 車に向かって叫ぶと、モーリが開いたリヤウインドウからボウガンを差し出した。

「矢は?」

「いらない」

 ボウガンをモーリから受け取ると、おれは足元に散らばる矢を拾い上げた。

「リイナ、もう少しだけ持ちこたえてくれ」

「うん、何とか」

 リイナは額に汗を滲ませながら笑みを受かべた。

 おれは弦を曳くと、立ちはだかるリイナの影から正面の藪に狙いを定めた。

「そこだあっ!」

 おれは矢を放つ寸前、照準を右方向へ九〇度旋回、間髪を入れずに引き金を引いた。コンマ〇一秒刻みで続けざまに二本目、三本目を放つ。

 標的は、道のど真ん中。

 誰もいない。

 でも、奴らはそこにいる。間違いなく。

 三本の矢が中空に停止する。同時に、何もない空間に波紋の様な歪が生じた。

「あれはっ!」

 リイナが驚きの声を上げた。

 何もなかった道のど真ん中に、三つの人影が佇んでいた。黒いマントを羽織り、フードを深々と被った魔導士の女。どす黒い柄の弓を握りしめた長身痩躯のダークエルフの男。そして、セラミックの鎧と兜、盾で身を固め、長い肉厚の剣を右手に携えた剣士。

 見覚えのある顔だった。おれが薬草を治めに行った祠で出会った連中だ。あの時は三名だけだったはず。まだ大してたってないのに、よくもまあこれだけのごろつきを集めたものだ。この現れ方からして、恐らくはこの集団の頭目だろう。

 剣士の両脇を固める魔導士とダークエルフの身体が大きく揺らぎ、後方に沈んだ。二人の口から、矢の羽が生えていた。おれの放った矢が、二人の口を封じ、首筋の延髄を破壊していた。

『目くらましのトリックウォール』は消費霊力が少なくて済むので、持続性はあるが、リイナの『ウォール』の様に攻撃そのものを防御することは出来ない。おれが二人の口を封じたのは、魔導士の『目くらましの壁』とダークエルフが矢に念じた『大呪』を封じる為。矢の進路を自由に操れる風の精霊を矢に宿らせるのはエルフやニンフの属性を持つ者の特技だが、その中で禁忌の呪術『大呪』を使うのはダークエルフしかいない。

 だが、奴らの攻撃パターンと矢に宿る念が軌道に刻んだ気の残渣が、奴らにとっては命取りとなった。

「貴様、やっぱりただのギルド難民ではないな。硬質セラミックの盾を打ち抜くとは」

 剣士はうすら寒い笑みを口元に湛えた。台詞の割には動揺している素振りは無い。って言うか、たて続けに仲間を倒されて、言った台詞がこれかよ。

「落ちるとこまで落ちたな。ギルドを追放された挙句の果てが盗賊団の頭目かよ。それに、仲間が壊滅状態だってのに。おれが言うのもなんだが、少しくらい恨みの台詞があってもいいんじゃねえの?」

「弱い輩に同情してどうなる? いずれ足手まといになるだけだ」

 剣士は感情の昂りを一切見せずに、淡々と語った。

 前に会った時と何か違う。前は粋がる外面とは裏腹に、相反する弱い内面が言葉の端々に見え隠れしていたのだが、今の奴にはそれが全然感じられない。

 何となく無駄に強くなっている。

 否、強くなったというより、欠如したというのが正しいだろう。良しも悪しきも、以前多少はあった人間性が完全に失われているような気がする。

「おれは別に貴様のモービルが欲しいわけじゃない」

 奴の眼が、おれを真っ向から捉える。重く冷徹な輝きを秘めた瞳の奥に、もう一人の奴の存在を感じる。我欲に満ちた、恐ろしく冷酷な意志の像を。

「おれが欲しいのは、貴様の命だ」

 剣士はそういい放つと、盾を捨て、一気に間合いを詰めた。

 ボウガンに矢を込め、トリガーを曳く。

 刹那、奴の姿が消えた。

 上空だ。

 甲冑を装備していながらも数メートルは跳躍している。いくらこの世界故にとは言え、スキルバランスが無茶苦茶だ。重装備の剣士は防御力と攻撃力を得る代わりに敏捷性を失いがちなのだが、それおも卓越している。

 職業のスキル設定を無視したキャラクター。こんなことできる奴は……。

 おれはボウガンを真上に投げた。

 同時に、腰に差したナイフを抜く。

 迫る剣先。

 奴の眼が、勝機にゆるむ。

 が、その眼先を影が過る。

 さっき放り投げたボウガンだ。

 一瞬、奴の切っ先に迷いが生じた。

「てえええええええっ!」

 リイナが雄叫びと共に奴の手首に剣を振り下ろす。

 セラミックの手甲が砕け散り、刃が手首に食い込む。

「ぐおっ!」

 奴は呻き声をあげると剣を手放した。

 地面に転がった奴の剣を奪い取る。

 その横を、自由落下中のボウガンが視界を過る。地面に着地する寸前、スリムな足がそれを軽快に蹴り上げ、しなやかな指で受け止めた。

「もう少し大切に扱ってよねえ」

 スウィルが、とぼけた口調で笑みを浮かべながら矢を二本番うと、同時に放った。

 矢は剣士の両眼を容赦無く打ち抜く。

 大きく仰け反る剣士。がら空きになった喉元に、拾い上げた奴の剣を突き立てる。噴水の様に吹き上がる血飛沫をよけながら剣を抜くと、今度は心臓目掛けて突き立てた。刃がセラミックの甲冑を砕き、無防備となった胸部に滑り込む。

「スウィル、大丈夫か?」

「ほら、油断しちゃだめ」

 スウィルはおれを窘めると、すぐに次の矢をボウガンに番った。

 奴は倒れていなかった。リイナに右手首を断ち切られ、スウィルに両眼を射抜かれ、おれに喉元と心臓を一突きにされても、奴は立ち続けていた。

 奴の右足が弧を描く。

 おれはやむなく剣から手を離し、後方へ飛んだ。

 高々と撥ね上げた奴の爪先が天空をつく。死んでもおかしくない状態なのに、おれに蹴りを放ってきやがった。否、こいつ、死んでるだろ?

 剣士は自分の胸を貫く剣の柄を両手で握りしめると、一気に引き抜いた。吹き出る鮮血が、更に地面を赤く染めていく。

 どういう事だ?

 まさか、アンデッド化したのか?

 奴の仲間には祈祷師も練魂術師もいないはず。

 不意に、剣士の身体が左右に割れた。

「死にぞこないめがっ!」

 ゆっくりと左右に分かれて倒れる剣士の間に大鉈を握りしめたモーリの姿があった。

妖魔レイスを葬る鬼切りの大鉈だ。破魔を念じて打ち上げてある。もはや立ち上がることは出来まい」

 モーリの言う通りだった。先程まで不死さながらの生命力を誇示していた剣士の身体はもはやピクリとも動かない。

「助かったぜ、モーリ」

 モーリは得意げにVサインで返す。が、すぐさまその表情に陰りが生じた。

「何じゃこりゃあ?」

 訝し気に剣士の屍を見下ろすモーリの視線の先には、剣士の断面から流れ出る鮮血があった。

 否、違う。

 黒い液体――と言うかスライム状の異形が、どろどろと止めども無く流出していた。

「近寄るな、こいつ、幽鬼魂デビルスピリットだ」

 おれは異形を凝視した。異形はゆっくりと凝縮すると、今度は大きく縦方向に延び、人型を形状し始める。

 幽鬼魂デビルスピリットは憑依型の式神だ。多くは球体のままだが、稀に、術師の姿そのものを表す時がある。何かしらのメッセージや警告を告げる場合にだ。たちの悪い術師が仕込んだ幽鬼魂デビルスピリットだと、触れるだけであの世に引っ張って行かれてしまう。

「こいつ――」

 おれは息を呑んだ。

 幽鬼魂デビルスピリットは、少女の姿を成していた。十代。否、もっと幼いか。身長はおれの腰ほどまでしかなく、その体躯の腰程までに伸びた長い髪。凹凸の無い身体が幼体である事を物語っている。

 少女は、怒りに満ちた険しい表情で、じっとおれを見据えていた。

 不意に、形状が四散した。

「消えた……」

 リイナが茫然と呟く。

 痕跡一つ残さず、幽鬼魂デビルスピリットは消え失せた。

「何も仕掛けてこなかったな」

 モーリが神妙な面持ちで呟いた。

「いつでも殺れるって事さ」

 おれは苛立つ気持ちを奥歯でぎりりと噛み殺す。

 なめ切ったメッセージよこしやがって。

「あれ、何?」

 リイナが恐る恐るおれの顔を覗き込んだ。

闇蠢者ダークウォーカー

 おれの答えに、リイナの顔色が変わった。

「えっ! だってまだ小学生じゃ。この世界に入れるのは、確か十三歳以上でしょ?」

「リアルはどうか知らん。この世界での年齢性別種族は自由に選べるから、あの姿なんだろう」

「ギル、あなた闇ニ蠢ク者のこと、知ってるの?」

 リイナの眼が、探る様におれを見つめる。

「まあな、以前一度顔を合わせた事はある。それだけだ」

「ギルは、この世界で唯一闇蠢者ダークウォーカーの姿を見た者、よね?」

 スウィルの補足説明に、おれは黙って頷いた。

「ほんとにあんな子供だったの?」

 リイナが疑い深い表情を浮かべる。

「ああ」

「それ、いつ?」

「二年前。東方の山岳地帯の遺跡を調査した時だ。神託に基づいて書かれた遺跡の地図にはない、新たに発見した遺跡だった。何組かのパーティから発見情報が入ったものの、生きて戻って来る者はいなかった。そこで、国が調査隊を立ち上げて、徒党を組んで向かったんだ。総勢二百名はいた。奴はおれ達が遺跡に忍び込んだところで姿を見せた。あの姿に油断して、多くの冒険者が瞬殺された。辛くも逃げ延びられたのはおれだけだ」

「ギルも冒険者だったんだ」

「まあな。その後、何度か遺跡に向かったけど、奴はおろか遺跡すら見つからなかった。勿論、目撃情報もぱったり途絶えた。それからさ、おれがギルド難民になったのは。闇蠢者ダークウォーカーの情報を得るためにね。ギルドに居れば、他のギルドの情報も入って来るからな。まあ、まったりとした時間を楽しんでいたのは事実。正直、このままでもいいかと思ったりはしてたけどな」

 おれは重い吐息をつくと、雲一つない天空を仰いだ。憂鬱なおれの気持ちをあざ笑うかのように、頭上には澄み切った青空が広がっている。

 あの時、おれは決定的な力の差を見せつけられ、連戦無敗の実績とプライドを根底から粉砕されたのだ。幼い風貌に勝ち誇った笑みを浮かべながら向かっていった冒険者達は、遺跡の中に足を踏み入れた刹那、武器や防具が分子化され、一瞬にして消失した。その間、奴は何一つ手を下していない。ただ、一斉に躍りかかる冒険者達を、憂いに沈む瞳で一瞥しただけだ。

 無防備になった冒険者達を、奴は自分の背丈程の長剣を巧みに操りながら、容赦なく次々に斬り捨てた。

 何処か寂し気な笑みを浮かべながら。

 ほんの一瞬の出来事だった。

 疾風が、戸惑う冒険者達の間を駆け抜けた刹那、彼らはただの肉塊となり、現実世界へと回帰していった。

 運命を分けたのは、おれの直感とささやかな工夫だった。他の冒険者達が遺跡への突入を試みようとした時、不意に意識を捉えた妙な違和感と戦慄が、おれに二の足を踏ませたのだ。

 冒険者達を葬り去った奴が、おれに刃を向けた刹那、瞬時に張った【雷撃の壁】。それが一瞬、奴の眼を逸らせる事が出来た為、おれは奇跡的に凶刃から逃れられたのだ。従来の攻撃念術【雷撃】をおれなりに改良したオリジナルな術式。空を走る稲妻を壁のように交差させながら攻撃と守護を同時に出来る優れものだ。だが、瞬時に多くのエネルギーを消費するため、一回きりの大技だった。

 だが、おれの奥の手も、奴の前では自分の身を守るだけで精いっぱいだった。

 術の効果が解けたおれの目の前に、奴は静かに佇んでいた。それも先程のような苦悩ともとれる憂いの表情ではなく、仄かな笑みを口元に湛え、澄み切った青い瞳でおれをじっと見据えていた。

 おれはそれを、勝機掌握の笑みだと悟った。

 これで、終わってしまうのだ。他の冒険者達同様に、瞬時にしてこの世界との契約を断ち切られ、身を分子レベルにまで分解されてしまうのだ。

 おれは、深呼吸とともに、肩の力をゆっくり抜いた。

 最後くらいは、堂々と死んでやる。

 その開き直りのような感情が、おれの意識に気の抜けたような妙な落ち着きを呼び込んでいた。

 おまえは 私を救えるか?

 あの時、彼女は、水琴窟の音色のような透明感のある神秘的な声を紡ぐと、おれの眼前から掻き消す様に姿を消した。

 同時に、遺跡は闇に包まれ、突如襲った地滑りとともにがれきの下へと消えた。

 渾身の力を完璧に使い果たし、身動きができなくなったおれを、後続の調査隊が見つけたのはそれから三日後のことだった。

 あの日から、おれはこの世界を訪れても、ほとんどの時間をギルドの酒場で過ごすようになった。疲れ切った心身を癒しながら、他の冒険者達の情報に聞き耳を立てる日々を送っていたのだ。謎の言霊をおれの心に刻み、消えた『闇に蠢くダークウォーカー』の動向を探る為に。

 屍と化した輩達の姿が、点描画の様に像を崩し始めると次々に消失した。

 この世界に存在する者達は、リアル同様のライフサイクルに支配されている。だが、おれ達来訪者が絶命した場合、身体は腐敗する前に短時間で分子化されてしまうのだ。

 多くの冒険者達は一からの再チャレンジとなるが、禁忌の鉄槌を踏んだこいつらは、二度とこの世界に踏み込めない。

 リイナが、ぶん、と音を立てて剣を振り下ろす。

「あのガキ、今度会ったらお仕置きしなきゃね。でも、本当にお子様? 実はむさいおやじだったりして」

「かもしれん。おっさんなら抵抗なく殴れるな」

 リイナの言葉に、おれは思わず苦笑いを浮かべた。暗い表情で物思いにふけるおれの気

 を紛らせるために、わざとおどけて見せてくれたのだ。

 パーティーの不安要素は一瞬にして他の面々に伝播する。場合によってはそれが命取りになって全滅する場合もある。事実、おれは同様の事例を何度も目撃してきた。その危険性を一番理解しているおれが、禁忌を犯してしまうところだった。

 余計な気を使わせてしまった。

 リイナには感謝。

「ひゃっほーい! 今の輩捕獲処分でお金が入ったよ~ん」

 スウィルは、携帯の画面を見ながら、くねくね体を動かして一人大喜び。

「スイーツ食べようよ。私がおごるから。ね、ギル、この近くに道の駅ない?」

「道の駅はないだろ」

 いろんな意味で、道の駅はない。何でもありなこの世界でも、さすがにそれはない。おれが語るのもなんだが、一応はファンタジー世界の冒険譚なのだから。

「ポーター、この辺で一番近い町は?」

 おれは車に乗り込むなり、ポーターに検索を依頼した。道の駅はないにせよ、町か村に行けば何かはあるだろ。

「だんな、山一つ越えればノースベイに出られますぜ。この道まっすぐ行ってよし」

 ポーターは悩むそぶりを見せることなく、即答で返事を返す。

 ノースベイか。あそこなら、知ってるスイーツの店がある。

「ギル」

 不満げな声とともに、助手席からリイナがおれを睨み付ける。

「ん? どうした? 安心しろ。道の駅は本当に無い」

 ファンタジー重視のリイナにすかさず返したが、不満げな表情に変わりはない。

「何、これ」

 リイナが怒りに声を震わせながら、右手に握りしめた白い何かを、おれの眼前に突き出した。

「あーそれね、リイナのパンティー。さっきギルが用意してくれって」

 スウィルが何の躊躇いもなくのたまった。

 あ、そういやあ、リイナを助けに行く時、スウィルにそう言ったな。

「どういうことよ」

「状況判断。現に担いだ時、スカートが湿っぽかったぞ。早く履き替えた方がいいんじゃないのか」

「あれは冷や汗っ!」

 リイナの右掌が、白い残像を空に刻みながらおれの視界を埋め尽くした。


                        

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