第2話 ギルド難民なおれだが、冒険に出る時もある

「これ、あなた一人で?」

 受付嬢はきょとん顔で感嘆の吐息をついた。彼女の前には、おれが持ち込んだ大鎌蛙シックルフロッグの爪が、山を成してこんもり積み上げられている。

「失った薬草の価格を差し引いても、たぶん結構な金額になりますよ」

 彼女はあたふたしながら、奥から小柄で小太りの男を連れて来た。黒のズボンに白いシャツ。えんじ色のネクタイを無理矢理短い首に巻き付けている。深い皺が刻

まれたふくよかな顔に、丸眼鏡が妙にアンバランス。尖った菱形の耳は人の十倍以上の聴覚を誇っている。このギルドの責任者、甫弥人ホビットの鑑定士だ。実はこのギルドの支配人でもある。

「やっぱりお前さんか! 凄い獲物を持ち込んだのがいると聞いて、そうじゃないかと思ったが、予想通りだったな」

 鑑定士は満面の笑みを浮かべた。

「これって、そんなに貴重なのか」

「ほう、お前さんでも知らぬこともあるのだな」

 鑑定士は何となく嬉しそうにおれを見つめた。

「まだまだ経験不足だからな。知の極者ゴウドの足元にも及ばない」

「相変わらず謙虚だの、お主は」

 鑑定士ゴウドは眼を細めた。

「こいつはな、最強の治癒薬の原料になる。瀕死の重傷を負った者が瞬時にして復活を遂げる程のな。普通の大鎌蛙シックルフロッグの爪なら、滋養強壮剤が関の山だが、変異体はそれと比べると組成そのものが全く違うのさ」

「成程」

「それにしても大したものだな。一万匹に一匹の比率でしか生まれる可能性の低い変異体をこれだけ大量に仕留めるとは」

「たまたまだ。元々こいつを捉える目的はなかったからな」

「薬草を試したのか?」

「ああ。ここでの情報は正しかった」

「そうか。あの剣士が来たら何か奢ってやってくれ」

 ゴウドは大玉のスイカが入るくらいの革袋をカウンターの上に置いた。

「だな。そうでもしないと罰が当たりそうだ」

「金貨で百五十枚だ。どうする?」

「五十枚だけ持って行く。残りは貯金だ」

「相変わらず堅実家だな」

 ゴウドは金貨を丁度五十枚取り出すと、皮の小袋に移し、おれに手渡してくれた。

 受け取った金貨から適当に一掴み取り出すと、カウンターの上に置いた。

「これはご祝儀。ゴウトの好きにしていい。でも、全部酒代にするんじゃねえぞ。そうだな、テーブルの連中と新顔の彼女にも何か御馳走してやってくれ。後は御前の奥さんと息子たちに」

「おおっ、有難う! 太っ腹だな。承知した」

 ゴウドは満面の笑みを浮かべると、酒場のカウンターに素っ飛んでいく。

「あ、あのう、御馳走さまですう」

 受付嬢は甘たるい声で礼を述べると、何となく熱い視線をおれに注いだ。

「気にするな。世話になったからな」

「後ろの方、お連れさんですか?」

 彼女は、探るようにおれの背後を覗き込んだ。

「ああ、駆け出しの魔導剣士だ。彼女が大鎌蛙シックルフロッグ変異体バグタイプに追われてたのをおれが助けた」

 リイナは、恥ずかしそうにぺこりと頭を下げた。

「リイナさん!」

 受付嬢の一人が、突然リイナに抱き着いた。古株の、馴染みの娘だ。と言ってもまだ二十代。若いながらもその手腕を見込まれ、ここの受付を取り仕切っている係の長だ。

「良かったあ、あなたは無事だったんだあ」

 あっけにとられるおれ達をよそに、彼女はわき目も降らずわんわん泣き出した。

「レベル的にきついの知りながら、独断で大鎌蛙シックルフロッグ討伐を許可しちゃったの、ずっと後悔してたのよう」

「え、あれはおねえさんが悪いんじゃなくて、私が無理に頼んだから」

「良く帰ってきてくれました。怪我、ないよね? 足、あるよね? 幽霊じゃないよね?」

「は、はい」

 受付嬢の狼狽ぶりに、リイナは困惑顔で苦笑を浮かべた。

「よかったよう。助かったの、あなただけよお」

「え?」

「他のパーティー、全滅したのよ。たった今、後続の調査兵団から連絡が入ったわ」

「そんな……皆、中級以上の人達ばかりだったのに」

 かっと見開かれたリイナの瞳が不安げに揺らぐ。

 体が、小刻みに震えていた。まずい、昨日の恐怖がフラッシュバックしているのか。ここで取り乱さなければいいが。

「曼荼羅池からおれと出会ったところまで距離にして六キロ。良く逃げ切れたな。大したものだ」

 おれは慌てて彼女に話し掛ける。

「え、そんな……まあ、逃げ足だけは速いから。それに、ギルがいなかったら、助からなかった」

「ギル?」

 馴染みの受付嬢がはてな顔でおれを見た。

「彼女が勝手に名付けた。あだ名みたいなもんだ」

「ちょっと失礼」

 彼女は徐に両手でおれの頬を引っ張った。

「な、何ら?」

「ごめんなさい、妖魔レイスが巧みに化けてたらと思って」

 受付嬢は申し訳なさそうにハの字眉毛でおれに詫びた。

「間違いなく本物だ。どんな妖魔レイスが化けようが儂の眼は誤魔化せない」

 金貨をじゃらじゃらさせながら戻って来たゴウドが、おれの傍らで豪快に笑い飛ばした。

「察するに、ギルド難民だからギルか」

「はいっ!」

 リイナの顔がぱっと輝いた。

「良く分らんうちにそう呼ばれてて、めんどくさいからそのままになっている」

 おれは、あくまでも「ギル」と呼ばれている事が不本意である事実をやんわりと訴えた。

「ま、良いんじゃねえか。どちみち、御前の名前なんざ、あって無いようなもんだしな」

 ゴウドは一人納得したようにうんうん頷く。

 おいおい、当事者が納得してないのに、おめえが納得してどうすんだ。

「ま、飯でも食ってゆっくりしてけ、御前の奢りだけどな」

 全く、調子のいい事言いやがって。

 いつの間に持ち出したのか、ワインの瓶を片手に事務室の奥に向かうゴウドをおれは苦笑いを浮かべながら見送った。

「食事にするか?」

「いいの?」

「ああ。ここまでの道中、何も食べてないだろ?」

 おれの問い掛けに条件反射したのか、リイナのお腹がぐぐううとなった。

 祠で目覚めたのは彼女の方が先だった。おれが起きた時、彼女は自分の食糧で朝ご飯の準備をしてくれていたのだ。

 オニオンスープとライ麦パン。

 窓から差し込む明るい陽射しを受けながら、十六歳の女の子と朝食を食べる。こんなこと、リアルでは到底実現しない夢物語だ。リアルはどうかわからんが、こっちの彼女は派手ではないが可愛いし。おっと、これってセクハラ?

 その後、ギルドに戻るおれに彼女も一緒にくっついてきたのだった。

 六時間ほどの道程だったが、彼女は常に緊張しっぱなしで、妖獣は現れなかったものの、相当疲れたと思う。

「リイナ、聞きたいことがあるんだが」

「何?」

「リアルに戻った時、どうだった?」

 おれの問い掛けに、リイナは顔を真っ赤にしながら両手をばたばた振り回す。。

「それを言わんでくれーー! 聞いてこないから忘れてるって思ってたよ」

 忘れるものか。おれのケープまで被害を受けたのだから。

「もう、大変だったよ。こっそり後始末しようと思ったら母にばれるし。母は母でストレスが原因でやらかしたと思ってマジ心配しちゃって、せっかくの日曜日だから、ゆっくりしてなさいって。でもおかげで今日は朝からゲーム出来たし」

「そりゃあ、幸せ者だ。おれなんか、そんな心配されたことないからな。まあ、結果的には良かったって事か」

「うん、まあ、そだけど」

 リイナはもそもそ呟きながら俯いた。

「よう、御馳走になってるぜ」

「御馳走様」

 奥のテーブルを陣取っている難民仲間から次々に声がかかる。

「名前変えたんだってえ?」

 羽人ニンフのバイオリン弾きがニマニマ笑いながらおれとリイナにワインの入ったグラスを手渡す。。細身の体躯を包む、淡い水色のドレスは背中が大きく割れ、そこには透明でしなやかな羽が四枚生えており、今は重ねてたたみ込まれているが、空中飛行の際にはこれが大きく開いて優雅にはばたくのだ。こちらでの性別は女だが、リアルは知らない。

「変えたわけじゃない。そう呼ばれているだけだ」

「あらあ、お似合いじゃなあい! みんなあ、我らがギルにカンパーイ」

「カンパーイ!」

 周囲で身勝手な乾杯の儀式が一斉に起きた。

 むすっとして答えたものの、羽人ニンフにはおれの真意が分からんのか、それとも分かっていての態度なのか、ワイングラス片手に煽る煽る煽りまくる。

「ギルさん、ご注文は?」

 馴染みのウェイトレスまでもが、クスクス笑いながら注文を取りに来た。

 えーい、もう何とでもしてくれい。

「ステーキセットで。リイナは?」

「うーん、どうしようかな。軽くつまむ程度に……」

 メニューを見ながら思案顔のリイナだが、その台詞を全否定するかの如く、お腹はぎゅるぎゅる鳴っている。

「安心しろ、おれの奢りだ。それに、ここでどんだけ食べても、リアルでは太んないから」

「じゃあ、ギルと一緒で」

 おれの一言で安心したのか、リイナは満足げにメニューを閉じた。

「よう、宝の山、当てたって?」

 浅黒い顔をした白髪交じりの男がおれの肩を叩いた。種族は技人ドワーフ。おれと同じ、ギルド難民の仲間だ。こちらでの名前はモーリ。ホームベースの様な角ばった顔つきとがっちりした体躯の割には、動きは頗る敏捷で、その戦闘時の立ち振る舞いは、神殿舞闘士が脱帽するほどの芸術的な舞闘をお披露目してくれる。

「まあ、運が良かった。ここでの情報が役に立ったよ」

「薬草か? てっきり眉唾物かと思っていたがな」

「即効性抜群だった。あの時の剣士に礼が言いたい。最近見かけてないか?」

「遠征中だな。北東の山岳地帯に向かったと聞いている。何でも、国の調査兵団にやとわれたらしい」

「ああ、例の調査のな」

「例のって?」

 リイナが眼を大きく開いておれの顔を覗き込む。

「おっ? おまえさんもとうとう彼女が出来たか」

 モーリがニヤニヤ笑いながらおれを見た。

「違う違う、この娘が宝の山に追われてたのを、おれが助けたんだ。この先の予定が決まってなかったんで、とりあえずギルドまで案内しただけだ」

「そうです! そうです!」

 モーリの浅はかな推測を否定するおれの横で、リイナもフォークを握った手を振りまわしながら全否定した。

「そりゃ失礼した。見た感じ、お似合いだがの。儂はモーリ。見ての通りの技人だ。こいつとはこのギルドの酒場で知り合った。言わば難民仲間だな」

「リイナっていいます。魔導剣士なりたてのほやほやです。よろしくお願いします」

 リイナは相変わらずフォークを握りしめたまま、モーリに深々と頭を下げた。

「んで、さっきの例のって?」

 リイナは顔を上げると、唐突におれに絡んで来る。

変異体バグタイプの調査さ。今までもいることはいた。でも出現率は極めてまれで、俺達は神の気まぐれって呼んでた。ところが最近、あっちこっちで現れるようになったんだ」

「そこで、国が調査に乘り出したんだ。有能な冒険者を雇ってな」

 モーリがジョッキに入ったビールを旨そうに飲み干す。因みに、彼はリアルでは一滴も酒が呑めないらしい。

「神の気まぐれ?」

「気まぐれどころか気変わりに近いな。だが、実際にはそうじゃない。神の意に反して生まれているんだ」

「え、でもそれって――」

「ありうる話ではある。この世界は決まったストーリーがなく、ベースは日常だ。イベントは神の意向でランダムにプログラムされているが、参加者が増え、イベントがより複雑になると、新たなイベントが自然発生的に発生する。神の気まぐれ以外にな。でも今新たに発生している異変は、そうじゃないような気がするんだーーおい、人の話聞いてるか?」

「んぐんぐ」

 首を縦に振るリイナの口はステーキでいっぱいになっている。

 おれが思わず吐息をつくと、その横でモーリがぐはぐは笑った。

「確かにな。変異体バグタイプの異様な出現率からすると、何か得体の知れぬ力が動いている気がするわな」

 蓄えた顎髭を片手で何度もしごきながら、モーリはうんうん頷く。

「それが何かが分からん。ここもそうだが、他のギルドにもこれぞという情報は入ってきていない」

 おれはステーキを口に運んだ。少し冷めてはいたが、味は上々だ。

「ただ、気になる存在はある。確証はないが」

闇蠢者ダークウォーカーか」

 モーリの黄色く濁った眼が、怪しい輝きを放った。

「姿を見た者はいないし、本当にいるのかどうかも分からないにもかかわらず、吟遊詩人に語られ広まった稀有な存在だ。でも煙の立たないところに噂は起きないものだろ。国もそちらの探索にも力を入れるべきだ」

「私達で調べてみませんか?」

 リイナが熱いまなざしをおれに注いだ。

「ん、私達って?」

 きょとんとしているおれの傍らから、モーリがそろりそろりと逃げようする。

「どうせなら頭数いた方がいいよね」

 羽人ニンフのバイオリン弾きが、モーリの襟首を掴んで逃走を阻止する。

「おいおい、どういうこった? おれ達ギルド難民だぜ」

 羽人ニンフはおれの消極的な態度を黙殺すると、口元に笑みを浮かべながら、一枚の紙をばんとテーブルに置いた。

「見てよこれ」

 国が発行した調査依頼書だ。『急募! 闇蠢者探索依頼』と赤字ででかでかと書いてある。

「国家がとうとう存在を認めたって事か」

「そういう事よね。実体がないとは言え、これだけ話が膨らんじゃうと、何も手を打たないわけにはいかないもんね」

「んで、問題は、その調査の発起人」

「政府の役人だろ?」

「違うのよ、ほら」

 羽人が指差したのは、書面の末端に書かれた署名欄。

「創造神……」

「そう、冒険者に対して神からの勅命が下ったって訳」

「てことは」

「そう、一連の噂話に神は加担していないってこと。変異体バグタイプの事はかかれていないから、そちらの関連性は分からないけど。依頼事項としては最高ランク。報酬は最高レベルの称号と金貨一億枚。但し条件としては闇蠢者ダークウォーカーの抹殺」

「これ、いつから貼ってあった?」

「昨日からよ。それで、冒険者たちは装備強化の資金稼ぎに曼荼羅池の水を抜こう作戦に参加したわけ」

「それであんなに殺到してたのか」

 昨日受付を埋め尽くしていた雑踏の訳が分かった。

「でもみんなやられちゃったからね。助かったのこの子だけだから。ひょっとしたら、ギルが倒したお宝の群れは、闇蠢者ダークウォーカーが御膳立てしたのかもね」

 陽気な羽人の表情に、めずらしく憂いの影が過る。

「リイナは、その遺志を継ごうと?」

 おれの問い掛けに、リイナは首を横に振った。

「そんな、かっこいい理由じゃないです。ただ、事実を知りたいだけで」

 彼女はフォークを皿に置くと、重い吐息をついた。彼女の言葉に偽りは無いように思えた。口先では何とでも言えるが、欲に駆られている奴は、何処かギラギラした雰囲気を醸している。それは表情、話し方、目つき、態度のいずれかにはっきりと表れて来る。が、彼女から、燃え盛る欲望の炎は小指の先程すら感じられない。

 でも、さっきおれに向けた熱い眼差し。漸く彼女が解き放った心意には、探求クエストを志す純粋で聡明な意志を秘めていた。

 無論、探求はこの世界に限らず、他の世界でも基本中の基本の心構えではある。

 だが、彼女が瞳に宿す探求の輝きは、何となくちょっと違うような気がする。

 憂い、悲しみ……それに似た重い感情が、彼女の瞳の奥で渦巻いているような気がする。単なるおれの思い違いかもしれないが。

「この世界に入ったばかりの連中は、最初は金と経験、技の習得に勤しむものだが、貴女はちと違うようだな」

 モーリが興味深げな目線をリイナに注いだ。

「まあ、リアルでも良く変わり者だって言われてます。何か気になったら、とことん追求しなきゃ気が済まない性格なので」

「じゃあ決定! 四人でパーティー組もっ!」

 羽人ニンフが陽気にVサイン。

「でもさ、バランス悪く無いか?」

 一人暴走気味の羽人ニンフに一矢を報いる。

「え、そう?」

 羽人ニンフがきょとんとした表情でおれ達の顔を見回した。

「ギルド難民二人にバイオリン弾き、それに駆け出しの魔導剣士だぜ。攻撃力も守備力も底辺に近い」

「ご謙遜を。召喚術を操り武道に長けた無敵の技人ドワーフと、賢者を凌ぐ知識と多種多様の攻撃力で一度も転生していない冒険者が、何ゆえに及び腰?」

 羽人ニンフがにんまりと笑う。淡いグリーンの瞳は、全てを見透かしているかの様な怪しい輝きを放ちながら、おれを真正面から捉えていた。

「え、そんなに凄い人だったんですか?」

 リイナは両目を出目金の様におっぴろげると、モーリとおれを凝視した。

「買いかぶり過ぎだ。死ななかったのは運が良かっただけ。それに知識と言ってもここのギルドに入る情報だけだぜ」

「わしも召喚と言ってもあれだ。どこにでもいる大地の精霊スピリットに頼み事をする程度しか出来ないぞ」

 モーリは苦笑を浮かべながら地面をくいっと指差した。

「能ある鷹は何とやらね!」

 羽人ニンフのバイオリン弾きはおれ達のさりげない牽制をもろともせず、平然と嘯いた。

「ところでさ、御前、何者? 馴染みのはずだが、いくら考えても名前を思い出せん。何か妙な術でも使ったか?」

 おれはバイオリン弾きを凝視した。右手はそっと腰に差した短剣の柄に触れさせておく。

「そういや、儂もこの娘の名前、聞いたこたあなかったな」

 モーリは腕を組むと首を傾げた。呑気過ぎるぞ、モーリ。と思ったが、おれはその言葉を発することなく呑み込んだ。気付いたのだ。彼の右手に、いつの間にか小振りのハンマーが握られているのを。おれ同様、さりげなく警戒しているらしい。

「あれえ、名のってなかったっけ。私はスウィル。ただのバイオリン弾きよ――って言っても信じてくれないよねえ」

 羽人ニンフは口元に笑みを浮かべた。

「いいわ、教えてあげる。同じパーティーを組む仲間だもんねえ。本職はバグ・スレイヤーよう」

「バグ・スレイヤー?」

 リイナが怪訝な表情でスウィルを見た。

「バグ・スレイヤーか。聞いたことがあるな。神の勅命でこの世界の存続に悪影響を与える異端者を極秘に始末する、言わばこの世界の委託管理人」

「流石ギルねえ。その通り。私は元々冒険者だったんだけどね。神からの依頼を受けて転職したわけ。ストーリーの無いこの世界で起きるイベントの根源は、神の気まぐれ以外は人々の欲望。ただそれが度を過ぎると、風紀に係わるからねえ」

 スウィルは椅子に腰を下ろすと、細い腕と脚を見せつけるように組んだ。おれ達に何かしようと企んでいないという意思表示だ。

「警備隊や兵団じゃ手の出せねえ、かなりやばいのも引き受けているらしいな」

 モーリはそう言うと、右手のハンマーを腰に下げたバッグにしまい込んだ。

「今回の依頼も元々はそうだった。でも、私達じゃ手に負えなくて公開することになった」

「私達ってことは、まだ何人かいるのか?」

「ええ。みんなには教えられないけど。最高機密なので。これ、神との契約上の関係でね。私があなた達に教えたのも、仲間を集めるために神が特別に許可したから。だからあーー」

 おれの問い掛けを、スウィルは追撃を辞さない回答でさらりとかわす。

「どう? 私は回復系と攻撃系の念術を少し使えるし、飛び道具も使えるよう」

 スウィルが自信に満ちた表情でおれ達を見渡した。

「どうせなら、他にも声を掛けるべきじゃねえか。大勢いた方がいいだろ」

「他に誰がいるの?」

 スウィルが小馬鹿にしたような仕草で周囲に目線を投げかけた。

「それりゃ失礼な言い草だろ。難民だって元冒険者とかいるんだから――」

 いない。

 誰もいない。

 さっきまでただ酒とただ飯を食らってた連中、少なくとも二十人はいたはずなのに。おれ達と受付嬢以外、誰もいない。

「残念だけど、みんな逃げ出しちゃったみたいよう。自分達も声かけられると思ったんじゃない? ちょっと面倒な依頼だしねえ」

 スウィルが嘲る様にとぼけると、足を大きく上げて組み替えた。白いパンティーを至近距離で目撃したものの、その余韻に浸る余裕などおれには無かった。否、もとよりリアルが男か女か分からん奴のパンチラに心ときめく程、おれは落ちぶれてはいない。

「私、リアルでは剣道やってました。二段です。だから、他の初等級一位の剣士よりも、腕は立つと思います。魔道術も初期念術なら使えます。防御系がメインで、まだ、強力なものは使えませんが」

 スウィルはリイナの告白を頷き乍ら嬉しそうに聞き入っていた。

 防御系が使えるのか……それでだ、受付嬢が彼女にどう見ても能力的に難しい大鎌蛙退治参加を許可したのも。

「受付嬢さん、パーティ―登録をします」

 スウィルが受付に声を掛けると、新人が書類片手にぱたぱたと走って来た。

「お待たせでええす。この用紙に登録番号を記入してください」

「たったそれだけでいいのか?」

「はい、たったそれだけです。おとといから登録処理が簡易化となりました。ついでにこちらにもサインを」

 案内嬢が指差したのは、さっきスウィルが告知板から引っぺがした依頼書だ。おれ達四人がするするとサインをすると、依頼書に大きな波紋が浮かんだ。

「え、何?」

 リイナが驚きふためきあたふたするのを、スウィルがほくそ笑む。

「見ていれば分かる」

 落ち着きなくきょどるリイナを窘めると、おれは依頼書の変貌に意識を注いだ。

 紙面に浮かんだ無数の波紋は、やがて形状を整えながら複雑な曲線を描き始める。

「これは……」

 リイナは息を呑んだ。

「地図じゃよ。神の導き示す道程だな」

 モーリが眼を細めながらしみじみ呟く。

「ここが今、私達がいる所。んで、ここが、神が怪しいと睨んだ場所」

 スウィルが指差した場所ってのが、地図の端っこから端っこ。しかも対角線で結ばれる点の両端ときた。

「遠いな」

 率直な感想を述べるおれの横っ腹に、リイナがどおんと肘打ちをぶち込んだ。

「近過ぎたら冒険にならないじゃん」

 リイナの目付きがRPGモードに変貌していた。初心者に有りがちなビギナーズ・ハイだ。これから展開するストーリーに興奮し、全ての感情がマキシマムに達する現象だ。だが残念ながら、これはゲームじゃない。

 ガチだ。

「ゴウド、貯金はやめだ。全部探求クエストの装備に充てる」

 おれは、カウンターの向こうで、ワインの瓶片手にすっかり出来上がっちまっている彼に向かって叫んだ。

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