夢とキャラメル

産まれた時から自由なんてなかった。

「お前は私の言う通りにすればいいのだ」

「お父様の言うことをよく聞きなさい」

厳格で誰よりも貴族らしくあろうとする父と、そんな父に従順な母。

親の望む自分であれと、理想の令嬢を目指し親が選んだ道を進んできた。其れが貴族として役目であり、男爵家に生まれた私の役割だと思っていたから。

そうすればいつの日か、認めてもらえると褒めてもらえると信じていたから。だからどんなに辛いレッスンにも耐えてきた。苦手なダンスも、窮屈なドレスを身につけ好きでもないお茶会に参加して愛想笑いを浮かべながら令嬢らしく振る舞って、これも全て親が望んだからだ。

「マリー様はどんな方がお好きなんですか?」

「え・・・・・・?」

だから令嬢の問いにすぐには答えられなかった。だって自分の意思で何かを決めたことなんて、一度もなかったから。

好きな人、と言われても考えたことも無いことに対する答えを持ち合わせていなかった。

このままずっと、親に言われるがままに親の選んだ相手と結婚して母のようになるのだと漠然と思い信じていたから。

「お前には自分の意思は無いのか」

だから、だからあの日、父の言葉に頭の中が真っ白になった。

これまでそうであることを望んでいたのは、他でもない父であったはずなのに。まるで自分が悪いとばかりに告げられたそれに、返す言葉がなかった。

そんな私をどう捉えたのか、父はため息と共にお前の結婚相手が決まった、と言った。

「けっこん、あいて・・・・・・」

「あぁ、歳は離れているが相手は伯爵家の次男だ。何も取り柄もないお前の婿になってもらうには十分すぎる相手だろう」

父はそれだけを言うと、もう興味はないというようにこちらを見ようともしなかった。

結局、父はマリーの事など見ていなかったのだ。ただの家同士の繋がりを持つための道具としか。これまでの努力も全て、父には最後まで伝わらなかったのだ。

それがわかった瞬間、何かが切れた。

そして初めて自由になりたいと望んだ。両親の望む自分ではなく、「自由に生きたい」と。









お姫様が好きだった。物語に出てくるようなキラキラとしたシャンデリアの下で、みんなが羨むような美しいドレスを着て踊ってみたかった。甘い見た事もない可愛らしいお菓子を食べて見たかった。

「マリア、またそんなもの読んでいるのか」

「そんなもの読んでないで早くご飯食べてしまいなさい!」

「はーい!」

だけど、そんな世界は程遠くキラキラしたドレスなんて一着も持っていない。執事なんていないし、自分のことは全部自分でやらないといけない。忙しい両親に代わって幼い弟たちの世話を見るために着る服だって動きやすい格好だったし、ヒラヒラとしたお姫様みたいなワンピースなんて一度も着た事がない。

同じ歳の女の子が可愛くて綺麗な洋服を着て出掛けているのを見る度に羨ましかった。

周りにいる子だって同じような子ばかりで、お茶会なんて洒落たものするような関係ではなかったし、遊ぶといえば森に入って木の実を取ったり、パンとぶどうジュースを持ってピクニックしたりするくらいだ。お淑やかな女の子なんて程遠い。

だから街に住む友達のように可愛い服を着たり、お洒落なブローチを身につけたりなんてした事がない。

「いつかこんな格好してみたいなぁ」

「マリアは本当に好きよね、お姫様」

「だって可愛いじゃない?」

「可愛いけど、私たちには無理よ」

友達の言葉に分かっていると返しながらも、マリアはうっとりとした表情でお気に入りの小説に描かれている挿絵の少女を眺めた。

本当は分かっている。

本に出てくるような紳士で素敵な王子様なんて身近にいないし、舞踏会もなければ、そんな話は夢物語だということも。

現実のマリアはお姫様とは程遠く、洋服はいつだって近所のお姉ちゃんのお下がりで、地味な色合いばかり。自由に使えるお金もないから、店頭に並ぶリボンやフリルがたっぷりのドレスを眺めることしか出来なくてため息も出ない。

それでもうちは貧乏だから仕方ないって、言い聞かせてきた。だって家にはまだ幼い弟たちがいて、お金がかかるしお母さんもお父さんも忙しいんだから仕方ないって。

それにいつか、きっと自分で稼げるようになったら好きな洋服を買ってお化粧して、綺麗になれるって信じてた。だから昔に近所のお姉ちゃんがくれたお花の髪飾りを眺めながら、いつかこれが似合う格好をして出掛けたいって思ってた。

それなのに・・・・・・

「なに、これ・・・・・・」

いつも仕舞っている場所にいれていたはずなのに、帰ったら髪飾りはぐしゃぐしゃで、飾りの花は取れて壊れていた。そんな私の反応を伺うような視線を背後から感じて振り返れば弟がいて、誰がやったのかすぐに分かった。

「おねぇ、ちゃ・・・」

「・・・・・・アンタがやったの」

感情が溢れて、思わず睨みつければ今にも泣きそうな顔で見上げられたが泣きたいのはこっちだ。

「ふざけるなっ!!私が、私がどれだけっ」

どれだけこれを大切にしていたのか・・・っ!

これがあったから頑張ってこれたのに!!

思わず怒鳴る声が聞こえたのか、部屋の外から母親が顔を出した。

「なに喧嘩してるの?」

「お母さんっ!!」

弟が!と話を聞いて貰うよりも早く、母はこちらを見るとため息を吐き出した。

「そんなものよりも早く晩ご飯を食べて片付けてちょうだい、お母さんたち忙しいんだから」

「っ!!」

それ以上何も言うことなく、マリアの話を聞くでもなくその場を去った母に唇を噛み締めた。

誰も、マリアの気持ちなんて分かってない。分かってくれない。どれだけ我慢してきたのか、家族のためだからと言い聞かせてきたのか。

それなのに心の支えとしていた大切なものを家族に壊されてしまって、心の中はぐちゃぐちゃだ。

初めて家族のことが嫌いだと、こんな生活もう嫌だと思った。

「一度でいいから、贅沢なお姫様みたいな暮らしがしたい」

そう強く願った。






そして二人の少女は噂話を信じて森へと向かい、彼女と出会った。

「なら入れ替わってみない?」

森の魔女と呼ばれる女性は彼女たちの話を聞き終わると、まるで明日の天気は晴れだとでも言うように軽い口調で笑って提案してきた。

これには流石に強い決意と願いを持って森の中を進み魔女の元へきた、マリー・オルガノ男爵家令嬢とマリアは初対面だというのに思わず顔を見合わせてしまった。

「入れ替わる、ですか・・・・・・?」

「この子と?」

確認するように問いかけるマリーとそんな彼女を指さすマリアに変わらない顔で灯は頷く。

「だってそうでしょう?貴方は親から離れて自由になりたい、貴方はお姫様みたいな暮らしがしてみたい。ほら、お互い条件ピッタリでしょ?」

マリーは親の決められた許嫁と結婚することが嫌で、これから先もずっと親の言いなりになる自分がもう嫌で、自分の意思で全てを決められる自由な人生を歩みたいと望んだ。

マリアは好きなものを我慢しないといけない今の生活を抜け出して、お姫様みたいに綺麗なドレスを好きなだけ着れる贅沢な暮らしがしてみたい。

そう望むのなら、お互い入れ替わって生活すればいい。そうすれば一から新しい環境をそれぞれに用意するよりも早く望みを叶えることが出来る。

だから灯はちょうどいいと言ったのだが、言われた2人は考えるように数秒黙った。

まぁそれも仕方の無いことだろう。いきなり初対面の人間と入れ替わればいいと言われたのだから。

「ゆっくり考えるのも手だとは思うけど、せっかく出会ったんだから別人に変わって、違う人生を歩むのも手だとは思わない?」

強い望みを持って2人は魔女の元へ訪れた。そんな2人が魔女の元で偶然出会うことも、またひとつの運命であり、導きではないかと灯は告げる。

「・・・・・・確かにうちの親はあれこれ指図しないし、厳しいマナーレッスンなんてものはないけど・・・・・・」

「お姫様とまでは言いませんが、それなりに綺麗なドレスや髪飾りも持っています、一応男爵家なので・・・・・・」

そう言いながらもお互いを見つめる瞳には最初のような困惑がまだあるが、その瞳の奥にこれからのことを考えているのだろう好奇心が見え隠れしている。それを見つけた灯はにっこりと満足気な笑みを浮かべた。

「なら決まりね」


これからあなたたちは別人になり、新しい人生を歩むのよ。


そう灯りが言い終わると同時に2人の意識は暗闇の中へと落ちていった。

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