予期せぬ訪問とショートケーキ3

「どう?これで納得していただけたかしら?」

ここがマジーク王国の領土ではない、と納得してもらうために森を抜けた先を見せた後、しばらく呆然としていて二人はその言葉にぎこちなくだが、納得したように頷いた。

それを確認してから灯は二人を引き連れて家へと戻ってきていた。その時にはぐれないようになのか、向こうに行った時より距離が近い気がしたが、彼らがそんなことでビビるはずは無いと思っているので気の所為だろう。

まぁ迷子になったら違う場所に出るかも、とは言ったけど。

「同じ森の中なのになぜ・・・・・・」

「森は同じだけど、外がそうとは限らないわよ」

この森はそう広くはない。外から森の入口をぐるっと歩いたところでそんなに時間もかからない。

現に灯の家から先程の場所まで10分も歩いていない。彼らが森に入って灯の家に着くまでだって変わらない距離だということは理解しているはずだ。それなのに全く違う場所に出るという事実を上手く処理しきれていないのだろうが、灯が言えるのはそれくらいだ。

それに強い望みのない者は灯の元へ辿り着くことなく、普通の森として抜けられらようになっていることは1度森に入ったことのある人間なら知っていることだろう。だからこそ、森を把握しているつもりだったアルフォンスは混乱しているのだろうが、神様がそうしたのだから、そういうものだと受け入れるしかないのだ。

それに詳しい仕組みは知らないが、灯が望む場所へときちんと案内してくれるので今のところ困ったことは無い。

「ここはどうなっているんだ・・・・・・」

「言ったでしょ?どこにも属さないって」

「それは、そうだが・・・・・・しかし・・・以前は・・・」

「アルフォンス様、アカリがそう言うならそうなんですよ」

「・・・・・・お前は理解出来たのか?」

「理解は出来てませんが、納得はしています。それにここは元々神が創った魔女の領域。俺らが口を出すこと自体が間違いなんです」

そうだろう?と確認するように視線で問うヴィクターに頷けば、彼の顔が安堵したように緩む。

まだ完全に理解が出来ていないアルフォンスは難しいことを考えているようだが、考えるだけ無駄だ。仕組みなんてものは、灯自身も分からないし、あってないようなものだから。

それでもただ一つ確かなことは変わらない。


「ここは強い望みを持った人が辿り着く場所、そして世界のどこでもない場所なのよ」


神様が定めた、灯のために与えた場所。


そう言えば色々と考えても無駄だとようやく理解したのかアルフォンスは数秒黙った後にわかった、というように頷いた。

細かいことを言えばこの森が地図上ではどこに属するのか、何ヶ国と隣接しているのか、という地理的なことは一応理解している。

そしてその国同士の境界に一応ある森だということも。だがそれはあくまで地図上でしかないので言う必要のないことだ。

世の中には明確にしない方がいいこともあるのだから、あえて面倒事を増やす必要なもない。

神様だってそんなことは望んでいないだろうし、灯の存在意義はあくまでもこの世界の安定剤なのだから自ら世界のバランスを崩すような争いごとの種にはなりたくない。

「だから国の争いごとなら私の関係ない場所で勝手にやってね」

もう一度自分はどこの国にも加担はしないという意味を込めて告げれば、苦笑が返ってきた。

「そういうつもりで君に会いに来た訳では無いよ」

「ならどんなつもり?」

最初からアルフォンスは灯に会いに来た、と言っていたがそれは建前だと考えていた。

周辺諸国できな臭い動きをしているところがあることは、街の雰囲気からなんとなく察していたから。てっきりそのことについて、何か言われるのだと最初からずっと考えていた。

国は関係ない、と彼は言ったがそれでも王族であることには変わりないのだから立場上何かしら言われるか助力を求めてくるだろうと。

もしそうだった場合、この森を離れることまで視野に入れて考えていた。そうでなければ灯の存在知る人がいる以上火種は小さくなりはしないと思ったから。

しかし、そんな灯の考えとは裏腹にアルフォンスが言ったのは、そのどれでもなかった。

「・・・・・・お礼が言いたくて」

「お礼?」

お礼とは、なんのことだろうか。これまで王族に関わった覚えは無いのだけど。

予想外の答えに首を傾げれば、以前に王国の騎士を助けてくれただろうと言われた。

マジーク王国の騎士、と言われて思い当たることなんか1つしかない。

「君のおかげで私は大切な騎士を失わずに済んだ」

あの時の命令は自分が出したものだ、と教えられて当時の記憶が蘇る。




あれは灯がこの世界に来てすぐの頃だった。

今までいた世界とは全く違うファンタジーな世界に戸惑い、寂しさを感じながらも懸命にこの世界に馴染もうとしていた頃。

普段は鳥の声くらいしか聞こえない森がとても騒がしいことがあった。

「誰か、来たの?」

それにしては騒がしすぎるし、どことなく空気が変だ。何となく嫌な予感もする。

そう思いながらも気になることを放っておく事など出来ず、灯は家の外に出て音の聞こえる方に歩いて行った。

普通であれば、この森に入ることの出来る人は限られている。

灯りがそう願い、神様がそう定めた。

つまりここはある種の神域でもある。

だからこそ動物たちは安心したようにくつろぎ、争いごとから無縁の関係を築いている。

そんな場所であるはずなのに、今感じるのは何かに脅え息を潜めている動物たちの気配だ。

一体何が起きたのか。

「・・・・・・誰かいるの」

そう森の奥に問いかけ耳を澄ましていれば、ガサガサという音を立て現れた頭から血を流す男性。銀色の髪を赤く染め、ボロボロの甲冑に今にも倒れてしまいそうなほど荒い息をしながらも、彼の蒼い瞳は何かを探すように、そして縋るように灯を映した。

「た、すけっ・・・なかまをっ・・・!」

それがヴィクターとの出会いであり、魔女としての灯が生まれた瞬間だった。

そこから魔物に襲われた仲間を助けて欲しいと望むヴィクターの願いを叶え、怪我人たちを家まで運び、歩けるようになるまで看病したのだ。

血だらけのヴィクターを治療し、ひとまず動けるようにした後、案内されて発見した騎士たちの怪我は一目で重症だと分かるほど酷く、中には皮膚は焼け爛れて肉の焼けた嫌な匂いをさせていた。負傷者の中には今にも骨が見えてしまいそうなほどの大怪我を負った者もいた。

そんな彼らを前にして灯は初めて沢山の人に魔法を使った。

治癒された姿をイメージして手を翳し、血を流していた傷口を塞ぎ、皮膚や細胞を再生させ、折れていた骨を繋ぎ合わせ元通りに治して見せた。

本来であれば大量の魔力を消費し、大勢の魔術師でなければ治せない傷を1人で治してみせた灯に騎士たちは驚きの籠った眼差しを向ける。


「きみは、いったい・・・・・・」

「私は魔女、森の魔女」


そして望みを叶えるもの。


その時に灯は初めて自分が魔女であることを告げた。





そんな当時のことを思い出しながら、そういえばあの時助けた彼らはヴィクターの同僚なのだから当たり前だけど同じ王国騎士だったなと思う。

だけど、それはアルフォンスから感謝されるようなことではない。

「それはヴィーがそう望んだから」

ヴィクターの望みは仲間を助けてほしい、だった。

魔女として、務めを果たしただけだ。それでもアルフォンスは灯にずっとお礼が言いたかったのだと言う。

「怪我を治したあとも、君は手厚い看護をしてくれたと聞いた」

「それは望みごとの範囲よ」

「それでも君が助けてくれたことには変わりないだろう」

アルフォンスが言うには騎士たちは魔物の調査でこの森に派遣されていたそうだ。

普段であれば人もほとんど立ち入らず、危険な魔物も出ない場所なのでそこまで危険度はないのだが、この時はこの森近辺でこれまで確認されたことの無い魔物が出たという話を聞き、念の為に国が調査していたのだと。

そして運悪く火竜に遭遇してしまい、不意打ちで襲われて負傷したところを灯が助け出してくれたのだと言う。

言われてみれば確かに魔物はいたと思うが、それが火竜かどうかは灯には分からない。

ただ助けなければ、という思いで暴れていた火竜らしきものを氷漬けにして粉砕した覚えはあるが、それよりも怪我人を治すことで頭がいっぱいだった為、魔物の事はあまり覚えていないのだ。

それに治療だって自由に魔法を扱っている今とは違い、初めて使う魔法に手間取り思うように扱えないことに歯がゆかった想いの方が強く、感謝されるようなことではない。それこそゲームの中のように一瞬で治してしまえたらよかったのに、魔法の使い方が慣れていないせいか傷口を塞ぐだけで精一杯だった。だからこそ彼らの怪我がきちんと治るまで看病したのは、事実魔法の練習だったのだから。

灯からすれば彼らは体の良い実験体だった。

それでもそれが言えなかったのは、アルフォンスがとても真剣な目をしていたからだ。

「ありがとう。騎士たちを助けてくれて」

君のおかげで今も彼らは元気に働いている、と言われるとなんだがむず痒いものを感じる。

隣でヴィクターが嬉しそうな柔らかい顔をしているから、特に。

なんだか気恥ずかしくなって視線を逸らしてしまったが、注がれる視線は変わらず優しくて頬が熱くなる。それを冷ますようにカップに口をつけたが、多分アルフォンスには気づかれている。

そんな顔でこっちを見ないで欲しい。

「・・・・・・それが、言いたかったこと?」

「あぁ。あとその代わりという訳では無いが何か困ったことがあったら私に相談してほしい」

これでも王太子なので力になれる、と笑う相手に灯は首を横に振った。

「国としての力は借りないわよ」

騎士を助けたことだって、ヴィクターの望みであり、例えマジーク王国の騎士だったとしても、それは理由にはならないし、そこに国は関係ない。だから断わろうとしたのだが、それならというように彼は提案してくる。

「では、友人としてなら問題ないだろう?」

「・・・・・・友人」

「あぁ、友人だ」

王族と友人ってどうなのかしら・・・身分が釣り合ってないと思うんだけど。そもそも私なんかと友人になるメリットがあるようには思えない。

そんな思いを知ってかアルフォンスは他意はない、と言うように笑いかけてくる。

「私はただ純粋に君と友人として話がしたいだけだ」

「・・・・・・本当に?」

「あぁ、私は君に興味があるからな」

「アルっ!」

「と言っても、ヴィクターのような気持ちとは違うぞ。普通に世間話しや魔法について話したいだけだ。城にいるものではできる話も限られるからな」

そう言われたら、そうだろうなぁと納得してしまう。王族であるアルフォンスには立場というものがあるし、気軽に何でもかんでも誰彼構わず話すことは出来ないだろうから。

そういう意味では国の政治など関係ない灯は、良い話し相手になるだろう。それに灯もこの世界のことを知ろうと考えていたので、彼が相手であればより詳しい情報を教えて貰える可能性があるうえに、下手に変な相手に聞くよりも彼に聞いた方が正しい情報を得られるというメリットもある。

それにアルフォンスが来るならヴィクターも一緒に来るだろうし信頼度は高い。

だがそれでもずっと王族と関わることを考えると、色々悩むものがあるのでやはりすぐには頷けない。

そんな灯の様子に、さらにこれならどうだとばかりにアルフォンスは自分と友人になるメリットを上げだした。

「私と友人になると王族専属のシェフの料理が食べれるぞ、もちろんお菓子もな」

「お菓子」

「あぁ、あと珍しい果物や調味料も手に入れることが出来るな。市場ではなかなか出回らない貴重なものとかな」

「・・・・・・」

「もちろん来る時には王都で人気の茶菓子も持ってくると約束する」

「・・・・・・・・・・・・っ」

「どうかな?」

その提案はとても魅力的で思わず頷きそうになる。だけど王族と親しくなるリスクを考えると・・・・・・といろんなことを天秤にかけてみたが、結局の所お菓子には叶わない。

友人としてなら、友人としてなら大丈夫だよね、うん。

「・・・・・・アルフォンスとして、個人的に友人になるだけだからね」

そんな灯の言葉にアルフォンスはにっこりと楽しそうに微笑んだ。

「では、これからは友人としてよろしく頼む」

「よろしく、アル」

差し出された手をきゅっと握り返せば同じようにしっかりと握られた。その時にアルフォンスの手が意外と大きくそれでいてきちんと仕事をしている人の手だと気が付いた。

甘やかされて育った傷一つない柔らかな手などではないと知って、灯はまだ何も知らないアルフォンスのことをきちんと知ろうと思えた。

「・・・・・・いつまで手を触っているつもりですか、アル」

「心の狭い男は嫌われるぞヴィクター」

「うるさいですよ。ほら、アカリ離して」

「ヴィー?」

強制的に手を離されながら変な顔をしているヴィクターに一体どうしたんだろうか、と思いながらも二人にしか分からないやり取りを眺めた。

仲がいいのは何よりだけど、忘れられないようにこれだけはアルフォンスに言っておくことがある。

「アル」

「なんだ?」

「ちゃんとお菓子は持ってきてね」

「もちろん。ちなみに何をご所望で?」

なんでもいいぞ、と流石王族というように太っ腹ぶりを見せるアルフォンスに灯は今日1番の笑顔で返した。


「ショートケーキ、生クリームと苺たっぷりでね!」


定期的に訪れるようになったアルフォンスに、王子は甘いものが好きだという噂が城で流れるようになったと苦笑と共にヴィクターから聞かされるのは遠くない未来の話だった。

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