予期せぬ訪問とショートケーキ

それは突然だった。

いつも通りに庭の草木に水を与えていれば、森の奥・・・正確には入口が騒がしくなっているのを感じた。ザワザワとした感覚が湧き、実際これまで静かだった森の中にぶわっと風が吹き上げ灯の元へと抜けていく。

その突風を見に受けながら、灯はじっと森の奥へと目を凝らした。

ここは限られた人しか入ることが出来ない森だ。強い望みを持ったものだけが、訪れることが出来る場所。その資格を持たないものは自然と外へと弾かれるようになっているので、来たということはそういうことなのだろうが、それでもいつもと違う感覚に自然と体に力が入る。

「やぁ、アカリ」

「ヴィー・・・・・・」

しかし、森を抜け灯の前に現れたのはよく知っているヴィクターだった。普段と変わらない彼の姿に正直拍子抜けしたが、その後ろに誰かいるのに気付き観察するようその相手を眺めた。

「・・・・・・一体何を連れてきたのかと思えば・・・」

そこにいたのは灯と同世代にみえる青年だった。黒髪に珍しい紫の瞳をした青年はヴィクター以上に整った顔立ちをしており、この国の人達は美形ばかりなのかと少しばかり灯は思う。

街に暮らす人達と同じような動きやすい格好をしてはいるが、服装と雰囲気がちぐはぐなうえに、隠しているのだろうが隠しきれていない気品や相手から溢れるオーラは一般人のものではなかった。

森の雰囲気から良くないものでも引き連れてきたのかと疑ったが、見る限りではそうでは無いことは分かる。

ただ厄介事な予感には変わりないと思い、灯は気付かれないようにこっそりとため息を吐いた。

「アカリ?」

「なんでもないわ、それよりも今日は一体何」

いつもと比べて随分と早い時間の訪問であったし、何より誰かと一緒なんてこと今まではなかった。

ここに来ることの出来る人間は限られているとはいえ、例外がない訳では無い。その例外でもあるヴィクターが連れてきている時点で、あまり良い予感はしていないが一体どんな用件だろうか。

まぁ、雰囲気的に用があるのはヴィクターではなさそうなので、あくまでヴィクターは青年に頼まれて・・・といった形なのだろうが、だからこそ面倒だなと思うのだ。

「今日は俺ではなくて、こちらの・・・・・・」

「君が、森の魔女かな?」

そんな灯の気持ちなど知らない青年はにこやかに話けてくる。

「そうですが・・・・・・」

「あまりヴィクターを睨まないでやってくれ。私が君に会いたくて連れて来てもらったんだ」

つい面倒な気持ちが顔に出ていたのか、面倒事を持ち込んできたヴィクターを睨んでしまっていた灯に苦笑しながらそう言う青年の姿に、原因は貴方なんだけどな、と思いながらも一先ず気持ちを落ち着けるように息を吐き出した。

どうせここで追い返したところで、また来るだろうし、それなら遅いか早いかの違いでしかない。

どうせ面倒なら早いに越したことはないわ。

そう思うようにして灯は気持ちは切りかえる。

「・・・・・・まぁ、いいわ。とりあえず中へどうぞ、ヴィーも入れば」

「ありがとう」

そう言って穏やかな顔で微笑む姿は一見無害そうだが、その目からは何を考えているのか読み取れない。それが余計にモヤモヤとした気分になり気持ち悪いな、と思いながらも灯は家へと案内した。

「知っていると思いますが、私はここで暮らしています森野灯です」


森の魔女でも、アカリでもお好きにどうぞ。


今更だが名乗れば、今日会ったばかりの青年も名乗ってないことに気付いたのか短く謝罪しながら口を開く。

「いや、私の方こそ名前も名乗らずすまない。私の名前はアルフォンスだ、私の事も好きに呼んでくれて構わない」

「それならアルって呼ぶわね」

そう告げるとアルフォンスの背後にいたヴィクターの顔が一瞬強ばった気がしたが、本人の許可を得ているので気にはしなかった。

それに、私には身分なんて関係の無いことだから。

彼が誰で、どんな肩書きを持つ人物なのかなんて興味のない事だ。

灯が気にするのは、その人自身の中身だけだ。

だからいつもと違い距離の遠いヴィクターを無視して、灯はいつも通りに振る舞った。

どんな人が来たってすることは同じなのだから。

彼らの前でパチンと指を鳴らせば、数秒もせずに何も無かった空間からアンティーク調の丸テーブルと人数分のイスが現れる。更に指示するように指を動かせば、外に干してあったレースのテーブルクロスが窓から入りふわりとテーブルに掛けられた。それを見計らって近くの食器棚を指させばすぐにティーカップが卓上に並び、立派な茶会の完成だ。

「すごいな・・・・・・」

「どうぞ、座ってください。あなたもよ、ヴィー」

「いや、俺は・・・」

「座って」

「ヴィクター」

「・・・・・・分かりました」

二人が座ったことを確認して灯は再び指を鳴らす。そうすれば、すっと自然と棚が開き昨日作ったばかりである皿にのせられたカトルカールが現れた。

「甘いものはお好きですか?」

「・・・・・・嫌いではないよ」

「それならよかった」

それを人数分切り分けながら、魔法を使った灯に興味津々という様子を隠しもしない眼差しに苦笑した。

「魔法が珍しいですか?」

「魔法は珍しくはないが、君のように詠唱も魔法陣も無しでポンポンと使うのは珍しいな」

確かに灯のようにポンポンと魔法を使う人は見たことはないが、それはここが田舎の端っこにある森だからで、王都など華やかな街に出れば高位の魔法の使い手がいることを知っているし、それを仕事としている者だっていることも聞いている。それこそ国によっては王族専属の魔法部隊を作って抱えているところもあるくらいこの世界は魔法と密接な関係だ。

「あなたも出来るのでしょう?」

「君のようには無理だな」

「そうなの?」

「あぁ」

魔力はあるがそこまで自在に扱うのとは出来ない、と答える相手に意外だな、と思いながら灯はフォークでカトルカールを切り分けて口に運んだ。

一日置いたカトルカールはバターが馴染み焼き立てよりもしっとりとしていて、レモンの風味が鼻に香る。素朴ながらも昔からよく作っているレシピの一つなので、今では本を見なくとも作ることが出来るようになっていたお菓子に、今日のも良い出来だなと思いながら食べ進めていく。

そんな灯に慣れているヴィクターと違って、客人の前でパクパクとお菓子を食べる女性が珍しいのかじっと見てくるアルフォンスに「早く食べないとなくなるわよ」と声を掛けてから新しくケーキを切り分けた。ついでにポンッと生クリームを皿に盛れば、驚いたようにアルフォンスの目が瞬く。

「今のはどこから・・・・・・」

「冷蔵庫。こっちの方が早いのよね」

「君は自分の手足のように魔法を使うんだね・・・」

「使えるものは使わないと損でしょ」

せっかく神様から頂いたものだから、楽したい時に使わなくてどうするのだ。だけど、こんなことで魔法を使うのは彼的には有り得ないらしい。

詳しい理屈を灯は知らないが、この世界では平民よりも貴族の方が魔力が強いと聞いていたから、てっきり貴族たちは魔法をもっと自由に扱い、使うのだと考えていた。

それこそ目の前に座る彼はその頂点に最も近しい者だからその頻度は高いのではないかと。

しかし彼の言い方では生活において魔法を使うことは少なく感じた。確かに平民はあまり魔力を持たず使う機会も少ないだろうが、アルフォンスは目にする機会も多く違うだろう。


よく考えれば、私ってこの世界のことほとんど知らないのよね・・・・・・。


元の世界と全く異なる世界だという認識はありながらも、今まで困っていなかったので積極的にこの世界を調べることは無かった。

自分が暮らす森の位置も南にあるのか北にあるのか、世界のどの辺になるのかも、周辺にどういった国があり、その勢力図も興味が無いから詳しく知ろうとしなかった。

ただこの森を訪れた人の願いだけを叶えれば、よかったから。その人がどこの国の人で、どんなことをしているのか、その背後に何があるのか、ほとんどの相手が一度限りしか会うことの無い人だったから、知りたいとも思わなかった。

だけど、ヴィクターがこの森を何度も尋ねるように灯のことを知る人が増え、友人と呼ぶ相手ができた今、それではこれから先に困ることがあるかもしれない。この世界の感覚とズレているがために対応ができない事態が起きるかもしれない。だからこそ、この機会に改めてきちんとと知るべきなのかもしれない。


この世界のことを。


実際目の前に聞ける相手がおり、これ日ある意味絶好のチャンスでは?と思うから。

それにいずれは通らねばいけない道なら早い方がいい。後にすればするほど、面倒事に巻き込まれる可能性が高くなるのは目に見えている。現に彼がここに来た時点で、その可能性があるのだから。

そう思いながら灯は綺麗にカトルカールをお腹に片付けるとフォークを置いて改めて訪問客へと向き直った。何となく予想は着いているが、知らないふりをするには限度というものがあるし、明確にした方がいいこともある。それにいつまで経っても知らないフリなんて出来ないのだから。

「それで?こんな所に王族がなんの用?」


わざわざ、何をしに来たの。


前半の部分を強調して告げると、アルフォンスは初めて素の顔で驚いて見せた。

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