映し鏡とマドレーヌ

「ん〜〜んっ!今日もいい天気ね」

窓を開けた瞬間にふわりと入り込む風と日差しの温かさにそろそろ布団でも干そうかな、なんて思いながら灯は目を細めた。


こんないい天気の日はお外でのんびりお茶会なんていいかもしれない。


残念ながら気軽にお茶会に誘う親しい人も、簡単にここまで来れる人もいないので、ひとりぼっちのお茶会ではあるが美味しいお菓子と紅茶があれば問題ないだろう。

「そろそろ買い出しに行かないとなぁ〜ヴィーがいればたくさん買い込めるんだけど、別の厄介事が増えるしなぁ〜」

ここにはいない茶飲み友達(だと思っている)を思い浮かべながら、どうしようかと考える。

神様の恩恵を受けている灯が望めば、欲しいものは箱の中に出てくるし、大抵のものは手に入るがそれではつまらない。実際街に出て、店を覗いて自分で選んで買うのが楽しいのだから、本当にめんどくさい時以外、それを使うことはない。

それに魔女だからといって常に引きこもらなければならない理由もないので、わりと灯は好きに外出している。

特にお菓子を選ぶのは自分で見て選びたいし、何より出来たてのお菓子の香りにかなうものはない。焼きたてのパンや屋台だって同じだ。

それに今だけ、季節限定、なんてものは出歩かなければ出会えないのだから。

だから定期的に街で買い物をするのだが、灯が一度に買える量は限られている。ヴィクターに荷物持ちを頼むこともあるのだが、一緒に出掛けると目立って仕方ないうえに、たくさんの視線に晒されて別の意味で疲れる。

無駄に顔がいいヴィクターの隣に平凡な灯がいるとジロジロと見られることが多く居心地が悪いのだ。

正直ただの友人なのだから放っておいて欲しい。

そう思いはするが、わざわざそれを声高に叫ぶわけにもいかず灯は不躾な視線に耐えるしかない。

ヴィクターに悪気があるのでは無いとわかっているし、荷物持ちでも誘うと嬉しそうな顔をするから、そんな顔を見せられると彼が悪いわけでもないから余計に離れろとも言いづらい。

最近は灯がヴィクターの隣にいることを居心地が悪そうにしていることを気にしてかフードや帽子を被って顔を隠す、ということを覚えたのでいくらかマシだがそれでも向けられる視線の多さに疲れるのには変わりない。

「・・・・・・うん、やっぱり一人で行く方がいいわね」

色々とみたいものもあるし、ふらふらするなら一人で行く方が気楽だ。それにわざわざ忙しいヴィクターに声をかけるよりも、自分で行ってしまった方が早いというのもある。

たとえ手が帰るときに死んでも、それもまた買い物をした!という気持ちが味わえていいだろう。







「え〜っと・・・塩はまだあるし、砂糖は・・・・・・一応買っておこうかなぁ」

砂糖はあって困るものでは無いしね。

それに灯にとっては重要アイテムの1つだ。

必要なものを書き出しながら、今日の予定を考えていれば控えめ、というよりもはドンドンッと強めのノックの音が響いた。

「な、なにごと・・・?」

大抵の人は噂か本当か分からない魔女の存在に半分疑いながらも、どこか恐る恐ると言った様子で訪ねてくるのにさっきのノック音は明らかにここに魔女がいるのだと確信したような、もしくは慌てているのか随分と遠慮のないやり方だ。

「朝から来るなんてよっぽど切羽詰まってるのかしら」

それにしては、中から人が現れるのを待つようにそれ以上ノックの音は響いてこない。

さてさて、いったいどんな人が来ているのか。

そう思いながらも灯は玄関へ向かった。

「はい、お待たせしました」

ドアを開け、どんな人物かと思えばそこにいたのはどこにでもいそうな普通の見目の女性だった。

ただし眼鏡越しのその目は座っていたが。

「え、っと・・・・・・」

「貴女が、森の魔女様ですか?」

「はい、一応そう周りには呼ばれています」

確認するように問い掛けられて頷けば彼女はじっと私を見つめた後に、お願いがあってきました、と頭を下げた。

その態度も口調もさっきのノックの音とはかけ離れており、少々面食らった。

もちろんここに来たくらいなのだから、強い望み・・・願いがあって来たことは分かっていたが、てっきり灯が現れると同時に掴みかかる勢いで告げられるの気と思ったが、そういう感じでもない。

紅茶色の髪、長めの前髪と眼鏡をかけた街でよく見かけるロングワンピース姿の女性はまっすぐ背筋を伸ばしてたっており、その立ち姿や見た目からも、彼女が真面目な性格の人なのだと感じた。ただその目力には少々気圧されたが。

多分、同じ歳くらいなんだろうけど・・・なんだろうこの禍々しい威圧感というか、オーラは。

若い女性が持つものでは無い気がしたが、とりあえず話を聞こうと、中へ招き入れると彼女は「ありがとうございます」と礼儀正しく告げて勧められた席へと座った。

「甘いものは平気?」

「はい、ですがお気遣いなく」

そう言われたが灯はいつも通り常備してあるクッキーの箱から数枚取りだして、皿にのせると彼女の前に差し出した。ついでに紅茶もいれて、予定とは違うが話を聞きながら、少し早いお茶にしようと決めた。予想だが、彼女の様子から外でのんびりお茶をする時間はなさそうだから。

まぁ、お茶会は天気が良ければいつでも出来るしね。

「ありがとうございます」

「私もちょうどお茶にしようと思っていたところだから」

今日の紅茶は柑橘の香りがするスッキリとしたもので、甘いバターたっぷりのクッキーと相性が良い。それに柑橘の香りは心を落ち着かせる効果もあるので、彼女にはちょうどいいだろう。

「・・・・・・いい香りですね」

「ふふ、でしょう?」

用意した紅茶の香りに少し気持ちが落ち着いたのか、先程までの禍々しいオーラが少しだけ落ち着いた気がする。

「クッキーも食べてね。私の自信作なの」

「魔女様が作ったんですか?」

「魔女でもお菓子くらい作るわよ」

驚いたようにクッキーを見つめる顔に笑いながら、灯は自分の口にそれを運んだ。

サクサクとした食感に噛んだ瞬間に香るバターの香り。中にいれたアーモンドがいいアクセントとなっており、自分でも満足のいく出来栄えににんまりと笑みがこぼれる。

「・・・・・・おいしい」

「それはよかった」

ポロッと思わず零れたのであろう声に灯は満足気な笑みを浮かべながら今回の依頼主であろう女性を観察するように眺めた。

長い紅茶色の髪を一つにまとめ、地味な茶色のロングワンピースを纏った彼女は始めてみた印象と変わらずきっちりとした真面目そうな印象を受けた。だからといって暗そうな印象はない。眼鏡と長めの前髪で瞳が隠れているため表情が少し分かりづらいのが残念なところではあるが。あと彼女の口調がおどおどとしたものではなく、ハキハキとしたものであるところにも好感を抱いた。

大抵の人間は魔女と呼ばれる灯を前にして委縮するか、見た目が若い灯を目にして態度を変えるものが多いが、家に招き入れた時から変わらないしっかりとした態度でもあったから。

歳も近そうだし、仲良くなれないかなぁ・・・・・・。あわよくば友達になってくれないだろうか・・・・・・。たまには歳の近い女の子とおしゃべりしたり、買い物したりしたい。

そろそろ一人ぼっちのお茶会に飽きてきた灯はそんなことを思いながら、あくまで表面上は魔女としての微笑みを携えて彼女の気持ちが解れるのを待った。

それから少しの間お互い無言でお茶とクッキーを口に運び、彼女が一杯目の紅茶を飲みきったのを確認してから灯はゆっくりと口を開いた。

「それで、あなたの望みはなに?」

来た時はあれだけ禍々しいオーラを纏っていたのだから、余程強い思いがあってきたのだろう。でなければあんな目はなかなか出来ないはずだ。

最近は恋愛関係が多いからもしかして、浮気男を成敗!とかかな?なんて考えていればカチャとカップを置いた彼女はすっと背筋を伸ばした。

「私を綺麗にしてください」

「綺麗に?」

「はい、男性が思わず振り返るような、声を掛けたくなるような、目を惹く誰が見ても魅力的な綺麗な女性にしてください」

彼女はそう言って何かを思い出したのか憎々しそうにギンッとカップを睨みつけた。

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