銀の指輪とレモンケーキ3

指輪を無事に取り戻してから数日後、約束していた日にレイモンドはやってきた。もちろん灯と約束したお土産を持参して。

「はい、これが約束していたものです」

「ありがとう!!」

差し出された箱を受け取りながら、灯は上機嫌で席をレイモンドにすすめた。

甘い香りの中にまじる爽やかな香りに頬がゆるむのが止められないが、少しの我慢だと自分に言い聞かせて今すぐ開けてしまいたい衝動を堪えながら受け取った箱を近くの棚にそっと置いた。

そして席に座ったのを確認してから、灯は用意していたものを棚から取り出し彼の前に置いた。

彼が取り戻して欲しいと望んだ、指輪の箱を。

「これで間違いないかしら?」

「・・・・・・はい、間違いないないです・・・」

確認して、と言えば指輪の箱を慎重に持ち上げたレイモンドは箱を開け中身を確認するとすぐに自分の探していたものだと頷いた。

光を受けてキラリと光る石がはまる銀の指輪を大切そうに慈しむように眺める彼の姿に、それがどれだけ彼にとって大切なものなのか伝わってくる。

「これを盗んだ人は質屋に持っていったみたいだけど、安く買い叩かれたと憤慨していたわよ」

価値のわからない人である意味良かったわね。

そう微笑みかければレイモンドは視線を下に向けた。その為彼がどんな表情をしているのか、灯には分からない。

これを盗んだ男はこれの価値に気づいていなかった。だけど、質屋の店主はきちんと分かっていた。だからこそ他所に売り飛ばさたり、遠くに持って行かれる前に手に入れることが出来てよかったと思っている。

「・・・・・・貴女は気付いていたんですね」

「最初にレイの話を聞いた時は分からなかったわ。でも指輪を探す上で貴方の持つ母親の形見であるダイヤモンドがついた銀の指輪はどこにあるのか、と真実を映す水晶に問いかけても反応がなかったから、どうしてなのかと思ったのよね」

「・・・・・・そうでしたか」

あの時、なぜ反応しなかったのかと考えた。自分の作った魔法道具が失敗作だとは思っていなかったので、何が悪いのかと考えた結果一つの答えが導き出された。

そして試しに言い方を変えたところ、水晶はきちんと反応した。

つまりそれが答えた。

「でも、そんなこと関係ないもの。私が貴方に依頼されたのは母親の形見である指輪を取り戻す事でしょう?」

ここに来る人は誰だって強い望みを持って訪れる。他人にとっては些細なことでも、本人にとっては特別なことで、それに大小も無く、灯にとってもどんな望みであっても等しく望みは望みだ。だからこの指輪の価値を知ったところで、何かが変わる訳では無いのだ。

それに灯が気付いたように、彼だって分かっていたはずだ。


「貴方だって、知っていたはずでしょ」

これがダイヤモンドではない、と。


そう改めて言葉にすれば、彼は小さく息を吐き出した。それは自分の中の感情を落ち着かせるようにも見えた。

灯はその指輪を目にした時から気付いていた。

宝石や貴金属に詳しい訳では無いが、流石にその指輪についている宝石がダイヤモンドではないことはわかったし、更に言うなら鈍い輝きを放つ銀にその指輪が高価なものでないことも分かってしまった。

多分、銀は銀でも合金の割合が高いものだ。ましてや白金には似ても似つかない安物だ。

安く買い叩かれた、と言っていたがそれは正規の値段であり、その指輪の価値としてはおかしくない値段だろう。だからこそ、質屋の店主からすれば高価に見えた蜻蛉玉と交換で本当にいいのかと聞いたのだから。

そばにいたヴィクターが怪訝な顔をしたのも、これが理由だ。

レイモンドの母親、伯爵夫人が持つにしては質素・・・と言うにはあまりにも貧相な指輪に本当に伯爵夫人の形見なのかと思ってしまったのも理解出来る。

そんな灯の心境が伝わっているのだろう、レイモンドは昔を思い出すかの様子でゆっくりと口を開いた。

「・・・・・・これは、私の本当の父から母に贈られた物なんです」

「それって・・・」

「私は、ハニビア伯爵の本当の息子ではありません」

母が他所の男との間に作り産まれた子なのだと彼は語る。

「母と父・・・伯爵とは政略結婚でした。お互い納得の上での結婚だったのでしょうが、母の生家には多額の借金があり、母はその為に伯爵家に売られたも同然でした」

レイモンドの父親と母親は歳も離れており、若くして家の為・・・・・・借金の身代わりに一回り以上も歳上の男性の元に嫁ぐことになった母親が何を思っていたのか、母親が亡くなった今、レイモンドが知ることは出来ない。だが苦労していたことだけは知っていた。

自分の家よりも格式が高い家に嫁ぎ、貴族として振る舞うこと、貴族としての務めに疲弊し、あまり外に出ることを好まなかった母親は自室で過ごすことが多かった。例えお飾りの妻だと外野から言われようとも、息子であるレイモンドにだけは常に優しかった。だからこそ、彼女は自分に真実を話して大切に隠すかのように持っていた指輪を与えてくれたのだろう。

「私の本当の父親は、駆け出しの画家だったそうです。母の絵を描くことになり、伯爵家に訪れたのがきっかけだったと聞いています」

物腰柔らかな、笑顔が素敵な人だったと。その相手から贈られたのだと教えてくれたそうだ。

それを聞いて、今のレイモンドは実の父親似なのだなと灯は思った。伯爵に会ったことがないので、推測でしがないが本当に愛した人の子だからこそ、彼の母親はレイモンドを大切にし愛したのではないかと。

「宝石としての価値が無いとしても、母の形見なので私にとっても特別な指輪なんです」

そして渡される時に好きな相手に贈りなさい、と母親に言われたそうだ。

「母にとってはどんな宝石のついた指輪よりも大切な指輪でしたし、私にとってもそれは同じでした」

宝石としての価値はないが、母にとっては大事なもので、自分にとっても大切な思い出だから。

だからこそ、恋人にも自分の想いを理解して受け取って欲しかったのだが結果は惨敗だった、とどこ諦めが混じった声で彼は告げた。

「もしかして、それがフラれた理由?」

「えぇ。私が欲しいのはこんな小さな石がついた指輪じゃない!って言われましたよ」

婚約指輪の代わりに渡そうとした指輪はレイモンドの予想と違い、恋人であった彼女には受け取って貰えなかった。

「彼女にとっての俺は伯爵家の人間でしかなかったんですよね」


愛していた。


そう言って彼は悲しげに微笑んだ。


レイモンドは今でも彼女と初めて会った時のことを覚えている。

彼女の素直な言葉に、明るい笑顔に惹かれ、偽りだらけの上辺しか見ない貴族とは違うと、勝手に思い込んでいた。

だけど、それは自分の勝手な思い込みで彼女の本質に自分も気付けていなかった。指輪を差し出した瞬間にキラキラとした笑顔からさっと表情を変えた恋人に、その後の言葉に気持ちがついていかなかった。

『私が貴方から欲しかったのは、こんな指輪じゃないわよ!!』

なぜ、どうして?と思いはしたが、冷静な頭の部分ではあぁ・・・彼女も同じだったのだと分かってしまった。

そして手酷く振られてしまいはしたが、それで良かったのだと今では思える。


だからレイモンドは自分の望みを叶えてくれた魔女である灯に向かって、丁寧に頭を下げた。

「見つけてくださって、ありがとうございました」

そんなレイモンドの態度に灯は特に反応を見せることなく冷静に「それが私の役目だから」と答えた。

世の中にはいろんな人がいて、いろんな悩みを持っている。他人から恵まれているように見えていたって、大なり小なり何かを抱えているものだ。

それは魔女と呼ばれる灯だって同じだから。

「今度は宝石の価値なんか関係なく受け取ってくれる恋人が出来るといいわね」

「貴女みたいな?」

先程とは違い、多くの人を魅了する笑みで灯を見つめるレイモンドに同じような笑みを浮かべた。

「残念ながら私は恋人は募集してないのよ」

「それは残念です」

全くもって残念ではない声色を受けながら灯は席を立ち、棚に置いておいたお菓子の入った箱を取り出した。

「でも、美味しいお菓子を持ってきてくれる友人は何時でも大歓迎ですよ?」

いつだって美味しいお菓子の甘い香りは人を幸せにしてくれるのだから。

箱を開ければ、予想通りアイシングで綺麗に化粧をしたレモンケーキが入っており、流石は伯爵家お墨付きのお菓子だわ!と心が踊った。それを早速切り分けて彼の前にも並べれば、少しだけ目を見開いて灯を見ていた彼はくしゃりと今度こそ泣きそうな顔で笑った。その笑みは先程見たものよりも自然でとても好感の持てるものだと感じた。

「・・・・・・はい、また今度美味しいケーキを持ってきます」

「楽しみにしてる」

そして今日も甘い香りが家には漂っていた。


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