銀の指輪とレモンケーキ2
それからすぐに簡単に身支度を整えた灯は映し出された酒場がある街へと来ていた。
「なんで一緒に来るの」
最初から一人で来る予定だったのだが、何故か着いてきているヴィクターにそう言えば、なぜ一人で行かせてもらえると思ったのだと逆に言い返されてしまった。
「アカリ一人だと心配だからに決まっているだろう」
「私これでも貴方より年上よ」
「そうは見えないけどね」
むしろアカリ一人だと酒場に入れてくれないかもしれないよ?
なんてヴィクターに言われてしまい、自分でもそんな気がしていた自覚のある灯は黙るしかない。
どうせ私は童顔ですよ!!
二十歳を超えた今でも未成年だと間違われるのはもう慣れているが、それでも軽く落ち込むのだ。
だか今はそんなこと言ってられないので、大人しくヴィクターについてきてもらうことにする。
水晶に映し出された酒場に向かう道中に少しだけ街の中を散策しながら、灯は指輪のことを考えていた。
なぜ最初の問い掛けで起動しなかったのか・・・・・・。
水晶の答えは絶対だ。
そうなるように灯が作っている。質問の仕方を変えれば答えを出したということは、そこに鍵があるはずだ。
指輪を探して欲しいというお願いに間違いはないし、レイモンドの母親の形見というのも嘘ではなだろう。
それなら・・・・・・
「アカリ?どうかした」
「・・・・・・なんでもないわ。それよりもここがその酒場?」
「あぁ、そのはずだ」
一先ず考えることは先にして、アカリは目の前の酒場の扉を開いた。
カランカラン・・・・・・ッ。
軽快な音を立て開いた酒場の中はまだ昼間ということもあって人は疎らだ。だがざっと見渡してみれば、食事をしている人もいたので昼間もレストランとして営業しているのだろう。
とりあえず聞き込みをしようとカウンター席に座れば、店主らしき人と目が合ったのでにこりと笑いかけた。
「・・・・・・見ない顔だな」
「普段は森に引き篭っているので」
「森に・・・・・・ということは、アンタが例の魔女か?!」
驚いた顔をする店主に灯は笑みを深めることで答え、余計な話は不要だと口を開いた。
「少し聞きたいことがあるのだけど」
「・・・・・・魔女が俺に?」
一体なんの用だと、今度は怪訝な表情を浮かべる店主に灯はレイモンドが来た時のことを覚えていないかと尋ねた。
「あー・・・、そういや珍しく身なりのいい兄ちゃんが来たかと思うとベロベロに酔ってたから覚えてるぞ」
「本当ですか?」
「あぁ、そこの兄ちゃん程じゃねぇが、整った顔立ちしてたから客が騒いでたんでな」
隣に座るヴィクターを指差しながら言う店主にふむふむと頷きながら、話の続きを尋ねた。
「その時に、彼は一人でしたか?」
「おう、一人だったぞ。女の誘いも全部断って、だから余計に目立ってたからな」
「誰か彼に話しかけてた人が他にもいたと思うんですが」
「他?・・・あー・・・、確かビルがなんか話しかけてたような気もするが・・・」
「ビル?」
上がった名前に、その人はどこにいるのかと尋ねようとした。だがそれを聞く前に、新しく客が来たことを知らせるベルの音が聞こえたかと思うと男の人が入ってきた。
「・・・あぁ、そうこいつだ」
それと同時に今度はその人を指差す店主につられて視線をそちらに向ければ、いきなり注目されたからか固まっている男がいた。
「な、なんだよ・・・」
「ヴィクター、確保」
「はいはい、どうぞこちらでお話しましょうね」
「はぁ??」
灯の指示でビルと呼ばれた男を確保しに向かったヴィクターに男は反射的に逃げようとしたが、現役の騎士から逃げられるはずもない。
「な、なんだよっ、いきなり!!」
「少し話を聞きたいだけですよ」
半ば強引に灯の元まで連れてこられたか、怒りを浮かべる相手を落ち着かせるように静かに語り掛ける。だがあまり効果はないようで、むしろ連れてこられた理由が灯だと分かりふんっと思いっきり睨まれた。
「はぁ?子供が偉そうに一体俺に何を・・・っ」
「アカリが話を聞きたいと言っているのだから、大人しく話してください、ね?」
「は、はいぃぃぃぃっ!!」
しかしヴィクターの笑顔に先程までの勢いはどこに行ったのかと言うくらい、借りてきた猫のように大人しくなった。
そんなに怯えなくても、ヴィクターは何もしないわよ。
「そ、それで、そのっ、お、おれ、私になんの御用で・・・・・・」
「数日前、あなたがここで話した人について聞きたいの」
「数日前?」
「そう、正確にはその時彼が持っていた指輪について、ね」
そうハッキリと告げれば明らかに男の顔色が変わった。おまけに落ち着きがなく視線をさ迷わせる相手に、灯は笑みを深めた。
ビンゴ!
誰がどう見ても黒としか言いようがない男の仕草に、灯はヴィクターに視線を向けて男が逃げないように背後にまわってもらった。
「お、おい・・・」
「別に取って食ったりはしませんよ」
正直に話せば、ね。
にっこりと笑う灯に男は怯えた顔に変わり立ち上がろうとしたが、逃げようにも背後にはヴィクターがいる為逃げられない。
「ほら、座って」
ガタン、とやや乱暴にヴィクターが男を椅子に座らせたのを確認して、灯は確信を持って男に問いかけた。
「彼が持っていた指輪はどこ?」
「お、俺はそんなもの知らねぇ!!」
「本当に?」
「本当だ!」
「先日ここで飲んでた男性が持っていた、ルビーのついた金の指輪よ?」
「金の指輪なんか知らねぇよ!俺が見たのは銀の指輪で・・・・・・っ!!」
「あら、知ってるじゃない」
「っ!!」
あえて金の指輪と言ったのだが、男性はまんまと引っかかってくれた。
「銀の指輪、知ってるのね」
「し、知らねぇっ」
「ならどうして銀の指輪なんて言ったの?」
「そ、それは・・・・・・」
そう言ったきり黙り込んだ男の顔色は真っ青で、自分でも分が悪いと分かっているのだろう。このまま黙りを決め込まれると、灯としても面倒なのでさっさと要件を済ませる為に鞄の中から小瓶を取り出し男の前に置いた。
「これ、なんだと思う?」
「・・・・・・・・・・・・」
「自白剤って分かるかしら?」
「・・・・・・・・・・・・」
「飲んだらね、どんなことでも話したくなってしまうお薬なの。もちろん嘘なんてつけないわ」
ペラペラペラペラ、相手が聞いた事ぜーーんぶ。更には自分が隠したいことまでね、と目を見て語れば男の顔色が青から白にさーーっと変わっていくのが分かる。
「そ、それをどうするつもりで・・・っ」
「それはあなた次第よ」
今は使うつもりはないけれど、男の出方次第では使うことも考えなければならないだろう。飲んで、といったところで、素直には飲まないだろからその場合はヴィクターに強制的に飲ませてもらうようになるが。
ニコニコとそう話せば男の体が小刻みに震え出す。
「ビル、お前知っていることあるなら大人しく話した方がいいぞ。・・・・・・この人は森の魔女だ」
「ま、魔女?!」
更には店主からもそう言われて男は裏返った声を上げる。先程までの見下したような視線が嘘のように怯えに変わるので、灯は人を見た目で判断しないで欲しいわ、と思いながらもさぁどうするの?と聞けば、引き攣った声が男から零れた。
「っ、話します、話しますから!!ど、どうか命ばかりは!」
「命なんか取らないわよ」
それよりも早く話して、と視線で促せば男はボソボソとその時のことを話し出した。
ビルと呼ばれた男は、数日前にやはりここでレイモンドに会っており身なりの良さにどこかの貴族か商人だと思い、カモにしようと近付いたそうだ。
「その時に指輪を盗んだのね」
「・・・・・・借金があったんだ、売れば金になると思ってつい・・・」
「それでも窃盗には変わりがないだろう」
「申し訳ありませんっ!!」
土下座する勢いで謝罪する男に、相手が違うだろうと思いながらも今聞きたいのはそれではないで灯は本題を尋ねた。
「それで?その指輪は今どこにあるの?」
「・・・・・・・・・・・・さっき質屋に売っちまったよ、でも大した金にはならなかったぞ!!」
「アナタが指輪を盗んだ事実とそれは関係ないでしょ」
「ぐっ・・・!」
予想はしていたが、質屋に売り飛ばしたと言う男に灯はため息を引き出した。
多分水晶に問いかけた時はまだこの男が持っていたので、ここが指摘されたのだろうが少し遅かったようだ。すぐに売り飛ばさなかったところを見ると、この男にも葛藤があったのかもしれないが、金にならないと言っているのを見ると良い値で買取ってくれるところを探していたのかもしれない。
今度は質屋か・・・・・・。
水晶の精度をもう少し上げないとダメね、と思いながら、どこの質屋なのか問い質し灯は席を立った。
「アカリ?」
「もう用は済んだから、次に行くわ」
「あ、あの、俺は・・・」
恐る恐るもう解放してくれるのかと聞く男に、とりあえず欲しい情報は得たので、ご協力ありがとう、と述べて解放した。
あからさまにホッとする男を後目に、灯は次の目的地に行くためにさっさと酒場を出て質屋へと向かった。
「ここね」
「これまた古そうな・・・」
「後ろめたい気持ちが多少あったんじゃない」
店を眺めて告げるヴィクターにそう返しながら、古いと称した店を見上げて灯は躊躇なく扉に手をかけた。
中に入れば、意外と綺麗に整えられたアンティーク調な店内に少し驚きながらもぐるっと飾られているものに目を向ける。
ステンドグラスのランプに、古い図鑑、年季の入った人形や貝殻で出来たオブジェ。金の懐中時計などが並べてあるのを順番に見ていけば、ベルベット地の青い箱に銀の指輪が納まっているのが目に入った。
「・・・・・・見つけた」
そっと箱を持ち上げて、レイモンドから教えてもらった特徴と照らし合わせていく。
銀の指輪、台座に石、指輪の内側に花の絵・・・・・・うん、あるわね。
条件全て当てはまる指輪に、灯はニンマリと口角を上げた。
「これが・・・・・・?」
「えぇ、そうよ」
間違いない、と明るい表情で頷く灯とは対照的な顔で指輪を覗き込むヴィクターに気づいてはいたが、ひとまず気づいていないふりをして灯は店主の元にそれを持って行く。
「聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「・・・・・・嬢ちゃんが、俺に?」
怪しむ店主の声に気付かないふりをして、灯はこれはビルという男が持ち込んだものかと指輪の箱を突き出し問いかけた。
「それがどうした」
「この指輪は、盗まれたものなの」
ビルがレイモンドという人から盗んだ品であることを伝え、とても大切なものなので返して貰えないだろうかとお願いしてみたが、それを聞いた店主の反応はあまりよろしくない。むしろそれがなんだ、と言いたげな態度だ。
予想はしていたから、別に驚かないけどね。
「・・・・・・それで?嬢ちゃんは俺にどうしろと?」
「出来れば返してもらいたいのだけど・・・・・・」
「それは無理な話だな」
どんな事情があれ、これは正式に客から買い取ったものだからタダで返すことは出来ない。
そう店主から言われ、まぁそうなるわよね、と灯は納得するが隣にいるヴィクターは不満そうに店主を睨んでいる。
「これは盗品だぞ?」
「それが何だ?俺にはそれが真実なのか知る手段はねぇよ」
だから例えそれが真実だとしても、証明出来るものがない限り他の商品と同じように扱うのだと。
その言い分はもっともで、灯はそれに反論する気は無い。ヴィクターはまだ納得がいかない顔をしているが、こればかりはどうしようもないので抑えてもらうしかないだろう。だから灯はそれも想定して持ってきていた物をカバンから取りだして、店主の前に置いた。
「なら、これと交換はどう?」
「・・・・・・これは」
「私の国の工芸品よ」
こちらの国にはないと思うわよ、といえば興味を持ったようで男はそれをしげしげと眺めている。
「触れても?」
「どうぞ」
見た目とは裏腹に慎重に灯が差し出したそれを受け取ると、店主は丁寧にゆっくりとそれを観察していく。
青地の硝子玉に白の花が描かれているそれは、灯が住んでいた国のものだ。昔、旅行をしていた時に立ち寄った硝子工房でお土産として購入していたものの一つだ。
硝子はこの世界にもあるが、細工は難しいと聞くし、特に細かく小さな硝子玉に絵付けがされている蜻蛉玉のようなものの価値は高いと灯は考えたのだ。実際それをこの世界に来てから見た事がないので、この国の人にとっては珍しいものにも見えるだろう。
事実、蜻蛉玉を観察し終えた店主は満足そうに頷いている。
「・・・・・・これと交換ならいいぜ」
「ありがとう」
すんなりと事が運べたことに灯も満足そうに微笑む。
そして見つけた指輪の箱を丁寧に閉まっていれば、蜻蛉玉を眺めていた店主が声を掛けてきた。
「だがよぉ、本当にいいのか。嬢ちゃん」
それに顔をあげれば、店主は蜻蛉玉を掲げたまま何か言いたげにこちらを見てくる。
「交換しておいてなんだが、こんな上等なもんと交換で。この指輪は・・・・・・」
「いいんです、分かっていますから」
それに灯は店主が何を言いたのか察して問題ないのだと頷いた。
灯にとって蜻蛉玉は旅の思い出の一つではあるが、無くてならないものでは無い。例え価値があろうとも、指輪と比べたところで意味などないのだ。
灯だってそれは分かっているし、きっとヴィクターだって気付いている。それでも灯はこの指輪でなければならないと知っているから。
「物の価値は人それぞれ、そうでしょう?」
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