銀の指輪とレモンケーキ

「指輪を、取り戻して欲しいんです」


そう告げた青年は、悲しげに目を伏せた。





この日、強い望みを持ってアカリの元に訪れたのは一人の青年だった。

「レイモンド・ハニビアと申します」

そう名乗った青年は身なりの整った柔らかな笑顔が印象的な、穏やかな人だった。

そんな印象を受けている灯とは対照的に、何故か今日も来ていたヴィクターはどこか考える様子で相手を眺めている。

「ヴィー?」

「ハニビア・・・と言うとハニビア伯爵の・・・」

「はい、ハニビア伯爵は私の父です」

黙っていてすみません、と謝る相手にその必要は無いと首を横に振る。

魔女である自分に、相手の身分など関係ないのだから。

それに言いたくないのなら、それでいいと思っているし、どんな相手であっても差別する気など灯にはない。

それに家柄を言われところで、私には分からないしね。

この世界では大切な事かもしれないが、どの国にも土地にも属さなさい、ある意味独立国家のような灯には権力も家柄も無意味でしかないことだ。

だから余計なことを言ったヴィクターに、黙っていろという意味も込めて足をヒールで踏みつけながら、灯はにこりと笑顔を向けた。その横で小さな呻き声が聞こえようが、強引にこの場に居座ったのだから知ったことではない。

「初めまして、森野灯もりのあかりよ。森の魔女でも、アカリでも好きに呼んでください」

「ではアカリと。ここにいる私は伯爵家の人間ではなく、ただのレイモンドとして来ていますので、私のこともレイと呼んでください」

「分かったわ。隣にいるこの人は置物とでも思ってくださいね」

「ひどいなぁ〜」

「うるさい、黙っていて」

魔女である灯にも貴族でありながら丁寧に接する彼に好感を抱きながら、どんな要件でここを訪れたのかと尋ねれば、彼は先程の穏やかな表情を暗く沈ませて、口を開いた。

「・・・・・・指輪を、取り戻して欲しいんです」

「指輪?」

「はい」

今回の依頼は探しものか・・・・・・。

そう思いながらも、詳しい話を聞く為にレイモンドの話に耳を傾ける。

「その指輪は母の形見なんです」

ただ一つ、母親が自分に残した形見である銀の指輪を取り戻して欲しいのだと。

「どこで失くしたのか、覚えていますか」

「・・・・・・お恥ずかしい話なんですが、先日恋人に振られまして・・・・・・その時についやけ酒をしてしまったんです」

レイモンドが言うには先日恋人にプロポーズしたが、振られてしまい悲しい気持ちと悔しい気持ちが綯い交ぜになって、つい普段はしないようなやけ酒をしてしまったらしい。

しかもそれが普段入らないような店でだったらしく、誰が店にいたのかも分からないうえに、記憶も曖昧だと言う。

「でも、そこで失くしたことは覚えているのね」

「えぇ、その店に入る前までは確かに持っていたので」

その店で最初は一人で飲んでいたのだが、途中誰かに話しかけられた記憶は薄らとだが残っている。ただ話しかけてきたのは知らない相手で、顔も何を話したのかも覚えていないそうだ。

そして気付いた時には指輪が消えていたのだと。

「なるほどねぇ〜」

「窃盗の疑いは?」

横から口を挟んできたヴィクターに視線を向ければ、彼は難しい顔をしており騎士としてこの国を守るものとして、この事件が気になっているのだろう。

「それも考え王都の兵士に伝えてはありますが、戻ってくる可能性は低いと言われまして・・・・・・」

「ただの指輪だけであれば、普通はそうだろうな」

「そうなの?」

灯が暮らしていた国では落し物であれば、ほとんどの確率で警察の元に届けられていたので、自分の元へ帰ってくる確率はとても高かった。それは海外でも評判になるほどだ。

窃盗であれば、その確率は低くなったとしても、犯人が捕まる可能性は高く決して低くは無いはずだ。だから犯人を探して、そこから辿ろうかと考えていたのだが、どうやらそれはこの世界では通用しないらしい。

「指輪一つだけであれば、大抵は金目的だろうし、その場合すぐに売り払われている可能性が高い」

一度人の手に渡ってしまうと、足取りを追うのは難しく、見つかる可能性も低くなるとヴィクターは言う。

「同じ事を兵士の方からも言われましたよ」

そう告げるレイモンドの声には諦めが混じっており、彼も普通に探しては戻ってこないと分かっているのだろう。だからこそ魔女の元まで来たとも言える。

少し重たくなった空気を払うように灯はコホンッ、と咳払いをして意識を自分へと向けさせた。

「レイ、指輪の特徴を教えてくれませんか?」

「・・・・・・引き受けて、くれるんですか?」

「もちろん、だって私は魔女ですから」

魔女はたった一つ、望みを叶える。

どんな願いであろうと、強くそれを望むなら必ず。

それはここで魔女として生きると決めた時に灯が自分の中で定めたルールだから。

いくつかの条件に該当しない限り、灯はそれを守ると決めている。だから今日の依頼者であるレイモンドに向かって、笑いかけた。

「それで?当然あまいもの、持ってきてくれたんですよね?」

さぁ、今日のお菓子は何?!

レイモンドは貴族らしいから、もしかしたら灯の知らない高級お菓子を持ってきてくれているかもしれない。そうではなくてもいつもよりもすごく美味しいお菓子を食べれるかも!とワクワクとしながら今か今かと報酬で渡されるお菓子はなんだろうかと待っていれば、ポカーンとこちらを見ている視線に気がついた。

「?なに」

「いえ・・・その、少し予想外だったというか・・・・・・」

「そう?でも私が甘いものが好きなことは知っているでしょ?」

「え、えぇ、それはもちろん用意してますが・・・・・・」

魔女はあまいものと引き換えにどんな望みも叶えるのだから。

それを知っていてここに来たのでしょ?と視線で問いかければ、何故かレイモンドは可笑しそうに笑い出した。

別に変なこと言ってないわよ?

「どうかした?」

「い、いえ、すみません・・・そのアカリが可愛らしくて」

「あら、ありがとう」

褒められたことは純粋に嬉しいので、素直に受け取っておく。なぜ褒められたかは分からないけど。

「アカリはずっと可愛いですよ」

「ややこしくなるからヴィーは黙ってて」

何故か張り合うように口を開いたヴィクターに釘をさしながら、話を戻そうと指輪について教えて欲しいともう一度尋ねた。

「銀の台座に宝石がついていて、それを母はダイヤモンドだと・・・・・・」

「ダイヤモンドがついた銀の指輪ね、他には?」

「確か・・・内側に花の絵が彫ってあります」

「なるほど・・・それなら内側を確認すればレイの探している指輪だと分かるわね」

銀の指輪にダイヤモンド・・・内側に花の絵。母親の形見というなら、婚約指輪か結婚指輪かしら?

それなら伯爵家の由緒ある指輪だろうし、とても高価なものだから窃盗目的の可能性が高い、と灯は思った。

「伯爵家に代々伝わる〜とか、引き継がれる伝統ある〜とかそういう指輪?それは」

「・・・・・・いえ、これは家のものではなく母個人の指環なので」

しかし、そう考えてレイモンドに聞けば、ゆるりと首を横に振られたので、初めの予想と違うなと少し思ったが貴族でも色々あるのだろう。

言いたくないものは聞かない主義なので、それ以上聞くことはせず頭の中で彼が告げた内容を反復しながら、灯はよし、と一つ頷いた。

「一週間、待ってもらえるかしら」

「分かりました、ではまた一週間後に。その時にアカリが気に入るようなお菓子も持ってきますので」

一先ずはこれをどうぞ。

「まぁ!素敵!!」

「お口に合えばいいんですが」

そう言ってレイモンドが取りだした箱と中身が何か分かり、灯のテンションは一気に急上昇だ。

「綺麗な焼き色に蜂蜜とバターの甘い香り!!百点満点!!」

差し出された可愛らしい箱に入ったマドレーヌを有難く頂いて、灯はレイモンドを見送った。






「それで?どうやって見つけるんだい?」

早速食べようと頂いたマドレーヌを小皿にのせて、しばらく幸せな気持ちでバターと蜂蜜の香りと共に眺めていればヴィクターにそう問いかけられた。

「指輪、何か考えがあるんだろう?」

せっかく貰ったマドレーヌを自分なりに堪能していたのに、急かすような声に何?と視線だけで問えば何故か灯以上に機嫌が斜めな顔がこちらに向けられていた。

いや、なんであなたがそんな顔してるのよ。

何がそんなに気にいらないのか、と思いながらも灯は持っていた小皿を一先ず置いて立ち上がる。

「アカリ・・・・・・?」

怪訝そうなヴィクターの声を無視して、灯は戸棚の一角を漁った。

「確か・・・この辺にあったはず・・・・・・」

色んなものが入っている戸棚の奥に手を伸ばしながら、目的のものが手に触れたのを確認してそりゃ!と掴みあげた。

「じゃーーん!」

「なんだい、それは」

ツルツルピカピカのボーリングの球程のサイズの球体を机の上に置けば、隣に並んだヴィクターはそれを同じように覗き込んでくる。

「これはね、真実の水晶よ」

「真実の水晶?」

「そう」

ただのガラス玉に見えるが、れっきとした水晶玉に両手で触れ、まるで占い師のように撫で回してみせた。もちろんそんなことをしても、現時点では何も教えてはくれないのだが、この水晶は灯があれば役に立つだろうと想像し作りだした、いわば魔法道具マジックアイテムの一つだ。

知りたいことをこの水晶に向かって問いかければ、その答えを水晶は映し出し教えてくれるので、使いようによっては色んなことに使えるアイテムだ。

「嘘発見器みたいなものにしようとしたんだけど、それだと上手くいかなくて結果的にこうなったのよね〜〜」

「嘘発見器が何かはよく分からないけど、つまりこれで指輪の在処を見つけるってことかい?」

「そういうこと。どこにあるのか聞けば、この水晶が教えてくれるのよ」

どんな事でも、この水晶に問いかければ偽りのない真実・・・・・・答えを映し出してくれる。だからこそ、真実の水晶と名付けたのだけど・・・・・・実はコレ、欠点もあるのだ。

「ただし、詳しく聞かないと答えてはくれないの」

「詳しく、というと?」

どんな事でも教えてくれるのではないか?と聞かれ、それに間違いはないのだけど少しコツがいるのだと灯は説明した。

「例えばこの近くで一番美味しいお菓子は?と聞くでしょ」

両手で水晶に触れながら灯がそう尋ねるが、シーン・・・と水晶は何の反応もしめさない。

「ね、なにも出ないでしょ」

「壊れているんじゃないか」

「失礼ね、私が作ったのよコレ」

少し前に作ったばかりなのだから、そう簡単に壊れてもらっては困る。それに壊れているわけではなく、この水晶は少し細かいのだ。

先程の質問は幅広過ぎて、答えが複数あるので反応しなかっただけなので、質問の内容を狭めて条件を加えればきちんと反応してくれる。

「隣町で一番美味しいアップルパイは?」

その証拠に灯がもう一度条件と範囲を変えて尋ねれば、水晶の中でモヤモヤと煙のようなものが浮き上がったかと思うとすぐに文字が現れた。そこには灯が一番美味しいと思っているアップルパイを売る店の名前が書いてあり、きちんと作動したことを証明していた。

「ほらね?」

だからそれをヴィクターに見せれば、彼は納得したような顔に変わった。

「ならこの場合は・・・・・・」

「レイモンドが探している指輪の条件を言えば教えてくれるはず!」

そう思い早速水晶に向かって、灯は問いかける。

「レイモンドの母親の形見であるダイヤモンドがついた銀の指輪はどこ?」

誰のもので、どんなものか、かなり条件を伝えたのでこれですぐにどこにあるのか教えてくれるだろうと思っていたのだが、何故か水晶は反応しない。

「・・・・・・あれ?」

「言い方が悪いんじゃないか?」

「でも、レイモンドの母親の形見の指輪なんて一つしかないと思うんだけど・・・・・・」

ダイヤモンドの指輪よ?ちゃんと分かってる?と水晶に言い聞かせるように言ってみるが、相変わらず無反応だ。

「うーーん?」

何が悪かったのだろうか、そのまま伝えたずなのに・・・・・・と灯りは考えながら、もう一度レイモンドが告げた指輪を思い出す。

お母さんの形見で・・・・・・銀の指輪・・・ダイヤモンド、花の絵・・・・・・あっ。

一つ一つ言葉を思い起こし、彼の言葉と自分の言葉の違いに気付いて灯はもう一度水晶に問いかけた。

今度はレイモンドの言葉に正確に、彼が告げていたようにと意識して。

「レイモンドが母親から形見として貰った、銀の台座に宝石がついていて、中に花の絵が彫ってある指輪は今どこにある?」

そう言い直せば、先程は反応が無かった水晶の中にゆっくりとモヤが湧き上がり、文字と共に店のような場所を映し出す。

「ここって、バー?というか飲み屋さん?」

「酒場じゃないか?」

言い方が違うだけでどれも同じでは無いか、と内心思いながらも灯は映し出された場所を覚えるように見つめた。

「酒場か・・・」

映し出された場所に行ったことは無いが、そこにあるというなら行くしかないので灯はよしっと気合を入れるように頷いて立ち上がった。

「まずは行ってみないとね」

もし無かったとしても、何かしら情報は手に入るかもしれないし、もしかしたらその指輪のことを知っている人に出会うかもしれない。

そう思いながら、灯は出かけるための準備に取り掛かった。

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