第4話

 私は舗装の杜撰なアスファルトに倒れるトワを見て官能の動きを覚えた。長らく満たされなかった情動が、トワを殴った拳が、熱く、滾るのだ。


「ねぇ。好きよ。貴方」


 溶けるような声を出すトワの肢体は相変わらず弛んでおり醜く見えたがその不細工な体躯が逆に劣情を誘い、震えた。彼女をその場で嬲り、甚振り、辱めてやりたい衝迫が理性の檻を揺さぶる。秘めていた獣の性が牙を見せ始めると、私はトワの腹を蹴り、踏み潰した。彼女から発せられる苦悶に思わず笑ってしまう。


「やっぱり。貴方は私の事、好きなんだ」


 咳とえづきの合間にトワはそう言った。彼女の右目は私を捉えて離さない。私の負い目や欲望を、しっかりと掴んで、絡み付く。


「馬鹿をいえ。お前の顔など見たくもなかった」


 僅かに意識のある理性を頼りに私は彼女から背を向け帰路を急いだ。このままでは取り返しがつかなくなる。何もかもを失ってしまう。そんな恐れが、私を冷静にさせたのだ。


「そんな事言っても、私は貴方と一緒になるんだから。結婚の真似事なんて止めて、私と暮らそう?」


 貫くようなトワの嬌声が帰路に急ぐ私の歩を止めた。なぜ彼女がここにいるのか。どうして私の居場所を知っていたのか。家は。会社は。ナナセの事は、私の事をどこまで探っているのか。次第によっては平凡な、至って退屈な日々が崩れてしまうかもしれないという恐怖が私を襲った。

 想像されるこの先の悲劇。顛末。どこを取っても無残としかいえない生涯。恥ずかしながら私は、人並みの、月並みの生活をなにより望んでいた。先行き見えぬその日暮らしなど真っ平だったし、金に困ったり世間様に悪くて言われる事を極度に恐れていたのだ。満足のいかないナナセと契りを交わしたのも安穏な日々を送るためである。彼女は私の理想を遂げる為には欠かせぬ存在であり、だからこそ渇いた毎日を送ってきたのだ。

 それをトワに、こんな女に、たまたま遊んだだけの女に台無しにされるわけにはいかなかった。


 殺すか。


 咄嗟にそう思い立ち振り返るとトワはいつの間にか少し先の曲がり角に立っており、こちらに手を振って消えていった。夜道とはいえ女を追って走れば誰かの目か耳に留まるだろうと考えた私は彼女を見送るしかなかった。しばし立ったまま虚空を睨み、拳を握り、近くにあった壁を殴った。不安と欲望が混然となり、私の心を乱すのだ。

 ようやく、覚束ぬ足取りで歩きはじめた私は、この感情を如何に処理するかを考えた。すると至極簡単で容易な手が頭に浮かんだ。下手を踏めば取り返しのつかぬ手段であったがしかし、私は私を止める事ができなかった。




「お帰りなさい」


 帰宅してそう迎えてくれたナナセを私は玄関で押し倒し、犯した。内に生じたリビドーと破壊的な欲求の吐口としてナナセを使ったのだ。

 身体を打つける度に漏れる彼女の嗚咽を聞きながら想うのは先に見たトワの、あのだらしのない身体と、彼女を殴った時に感じた拳の感触だった。衝動に身を任せたのはいつぶりだっただろうか。甘美なる悪徳の果実が焦がす。私は湧き上がった破壊への羨望を、吐き出さずにはいられなくなっていた。


「痛いです……痛い……」


 力に任せて陵辱している為かナナセは悲痛な訴えを向けたがそれは獣の血を沸かせる効果しかもたらさなかった。私は一層激しく犯しナナセを跳ねさせたり伏せさせたりして弄び、果てた頃には彼女ははばからず泣きじゃくってじってしまっていて、嫌な熱気の中で、私は満足感と後悔と、より強く肉を求める気持ちが錯綜し彼女を見据えた。その様子実に悲惨で、美しく、淫靡で、そしてあのトワの姿とよりにもよって重なり、再び、私は自身を制御できなくなった。


「嫌……嫌!」



 その時私は恐らく笑っていたと思う。暴力に屈し、理不尽に晒されるナナセを見て、私は笑っていたのだ。

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