第3話

 トワとの記憶がはっきりと残っているのは私がまだ若かった頃に出会っていたからだろう。

 彼女は顔がまずく肉の厚い女だった。

 その不できな容姿のため初めて見た時は内心で「豚」と罵った事を覚えている。そのくせに「あまり物を食べない」と聞いてもいないのにのたまった時などどうしたものかと笑いを堪えるのに必死であった。浅ましき醜人の戯言は下手なジョークより喜劇的で、こいつはいったいどうしてこんなにおかしいのだろうかと真剣に考えてしまくほどだった。


 そして私はその日のうちにトワの純潔を奪った。

 具合の方も酷い物で、生娘だというのにだらしなく初物の悦びも台無しであったが、貫いた時に彼女が薄らと浮かべた一雫には男を愉しませる作用が含まれていた。あぁ。こいつは白痴みたく意味のない戯言を述べるのだが、しっかりと女然としているのだと、いたく感動を覚えたのである。


「ねぇ。私、あなたの事、好きになっちゃった」


 肉を弛ませながらそんな事を言うトワの滑稽な様子といったらなかった。「どうして君はそんなにも醜いんだい」と喉元まで出かかったがさしもの私もそこまでの非道は致しかね、またトワに対して不憫にも思ったのでやめておいた。


「そうかい。僕もだよ」


 確かそんな事を言ったように記憶している。酒に酔っていたし、適当にはぐらかしとおけばいいとおざなりに応えたのであまり明瞭ではないのだが、私の返答に大層満足したらしい彼女が「嬉しい」と抱きついてきたのは鮮明であった。あの肉の感触は、忘れようにも忘れられない。


「私、貴方と一緒になりたい」


 この言葉もまた嫌でも刻まれてしまった。彼女はその後、幾日経っても、事ある毎に同じ台詞を吐くのだから。


「そうだね。じゃあ、どこかに家を買おうか」


「ううん。私、そんな贅沢しなくたっていい。どこかの荒屋を借りて、小さい部屋で一緒に抱き合っていたいの。ねえ、それが幸せってものでしょう? そうに決まってる」


「そうだ。それが幸せだ」


「ね。ね。そうでしょう。それが幸せなの。幸せなの」


 そんな馬鹿な話を何回もしたが、ついぞトワと暮らす事はなかった。私は彼女と一緒になるなんてまっぴらだったし、彼女の方も彼女の方で、いつか叶うかもしれない、叶わざる夢を語るのに幸せを感じている節が当時はあった。私もトワも、心底では同じ道を歩むなど決して考えてはいなかった。ただ、辛苦に、虚無に、しがらみに、煩いに、僅かな清涼が欲しかったに違いなかったのだ。


「キスして」


 トワは話を終えると私の唇を求める女で辟易としていたが、私はしてやった。すると満足そうに笑い、彼女は眠りにつく。立派に出た白い腹が動く度、私は笑ってしまわぬよう工夫するのに難儀した。




 そのトワが時をおいて私の前に姿を見せたのだから驚きもするだろう。引越しの際に捨てた犬がわざわざ、厚かましくも新居にやって来たようなもので、私は困惑と怒りを込めて「何の用だ」と凄んだのだった。


「やぁね。決まってるじゃない。一緒に住みましょう。貴方」


 彼女の右目に見据えられた私は心臓を掴まれた思いがした。静かに燃える執念が、彼女の茶焦けた瞳に宿っていた。ケラケラと笑うトワに対して私は、反射的に頬を殴り唾を吐きかけてしまった。暗い帰り道でなければ、私は捕まっていたかもしれない。


「帰れ」


 倒れた彼女を見下ろしそつ吐き捨てる。しかし、彼女は未だ笑い続けて唇を動かすのだった。


「嬉しい」


 トワの右目が、私を見据えた。

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