第5話
職員室を出ると、たくさんの生徒たちが遠巻きに見ていた。いたたまれなかったが、視線の網を突き破るようにして、廊下を早足で歩いていく。今日はもうこのまま早退させてもらうことになったから、下駄箱をいっさんに目指す。少年少女たちのささやきあう声が追いかけてきた。
僕と西園寺は、互いに求め合う関係だと思われているらしい。警察官に捕まって、初めは不審者とみなされたものの、スタジオアルファでの不祥事に警察も眼をつけていたらしく、僕も被害者の一人と思われて、異常なほどの同情と労りを受けた。そのまま学校にも報告されて、誤解を是正するにも真実は話せずに、噂が出回ってしまったのである。
西園寺を懲らしめることはできた。しかし相討ちというべきダメージを受けてしまった。こうなってはもう本当に学校にはいられまい。
玄関にたどり着く。もう授業が始まるから、ロビーは静まり返っていた。下足箱から靴を出して履き、校舎から出たところで、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「ちょっと待って」
島崎美久だった。走ってきたのか、少し息を弾ませている。彼女の手には、生物の教科書が握られていた。
「これ、広重君のでしょ。西園寺君から預かったの」
と、手渡される。何も言えずに受け取ると、彼女はすぐに踵を返して走り去った。気のせいか顔を赤らめていた気がする。
確かに僕の教科書だった。警察署に夜遅くまでいたので、取りに行く暇もなかったのだ。見てみると何やらメモが挟まれている。開きなれたページを開くと、島崎美久の絵が満面の笑みを浮かべていた。
「彼女からの手紙だよ。わたしも内容は分からないの」
これは、ひょっとしたらと思った。彼女だけは、真実を知ってくれたのではないか。すぐにメモを開いて、大人びた文字を眼で追った。
『広重君、ありがとうございます。あなたのおかげで、私は自分の真実の気持ちに気づきました。ご存知だったかどうかは分かりませんが、私は西園寺君とお付き合いしていました。けれどもやはりお断りします。なぜならば、昨晩あなたが彼に裸にされているのを見た時、私はとても興奮したのです。どうやら私は、男の人同士が好き合っているのを見るのを好きな性癖を持っているようです。これからは、自分の気持ちに正直に生きようと……』
平面彼女 鮭鳥羽一郎 @bertie
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