嘘集め

「クソ、あんな粗末な嘘じゃ、あと数回の防御でまたぶつりょくが尽きちまう。……仕方ねぇ、ニャーナ!」


「は、はい!?」


「お前、風呂で用を足す事あるか?」


「ノーコメントです」


「尻掻いた後、その手を匂った事あるか?」


「ノ、ノーコメントです」


「実は◯◯◯が付いてるとか?」


「ノーコメ……付いてる訳無いでしょバカァ!」


「お前なぁ……そこはちゃんと嘘つけよ! 状況分かってんのか!?」


「そっちこそ状況分かってるのでしたら、もう少しまともな質問して下さい! 今の質問のせいで、その辺にいる輪廻者サンサーラー達の周りで『え? この人男なの?』って思念が巡りまくってるじゃないですかぁ!」


「んなもんどうだって……おい、今なんつった?」


「だから、輪廻者サンサーラー達が私の事を男かもって……」


「それ、輪廻者サンサーラー共の思考か? あいつら、自我が無いんだろ? んなもん考えねぇだろ」


「いえ。確かに自我はありませんが、思考回路自体はあります。能動的な行為に出る術を持たないだけで、基本的な見聞はどの輪廻者サンサーラーでも出来ています」


「マジか? んなもん初めて知ったぞ」


「閻魔科の初等部で習う内容ですけど」


「んぐ……今はそんな事どうでもいい。だとすれば――」


 その後も連続して放たれる刃に対し、ゾーマ殿は防御陣を張りながら目を閉じて何かを思案する。最初は粉々になっていた刃も、徐々に刀身を折るだけになり、次第にただ弾き返すだけとなる。更に勢いを増す刃の襲来に反比例して、ゾーマ殿の余力が尽きかけているのは明白だった。しかし突如、彼は顔を上げる。


「ニャーナ、今俺が考えている事、分かるか? 口に出すなよ。ハイかイイエで答えろ」


「ええと……ハイ。でもなぜ今更?」


「いいから! 分かるなら早くやれ!」


「は、はい!」


 ゾーマ殿が何を考えているのかは分からないが、私は目の前で生まれた思念「火災警報器を鳴らせ」と言う声に従って、自らの権限を使って衛門府中に警報を鳴らした。


 ジリリリリリリリリリリリリリリリ――!


 耳障りな音が休まず響き渡る。警報が鳴ったとしても、それに反応するのは職員である極卒だけ。輪廻者サンサーラー達は、指示と本能により歩みを止めずそれぞれの場所に向かうのみ。勿論ギリメカラも刃を止める事なく放ち続けている。


 しかし――


 バキィン!


 二撃目の時と同様に、刃が砕け散った。気が付くと、目に見える範囲全てに緑色の光が充満し、それら全てがゾーマ殿の中に入り込もうとしている。


「けっ。美味くはねぇが、こんだけありゃ十分だ」


「む……何を……これは?」


「クソマーラジジイには分からんだろうから教えてやるさ。ニャーナの言葉をヒントに、輪廻者サンサーラー共に『集団心理の嘘』をつかせたんだよ。こいつら全員、本当は警報にビビってる。だけども皆が普通にしてるし、歩かなきゃ極卒共に怒られるから、怖いけど自分も普通にしていようってな」


「そっか、ゾーマ殿。行動自体に嘘をつかせて……」


「おのれ……三障四魔達よ! 急げ!」


 ギリメカラは叫ぶ様に地獄門に呼びかける。しかしそこからは何も反応は返ってこなかった。


「無駄だと思うぜ。あんたの部下は出てきやしねぇよ。――もうな」


「もう? 一体どういう……?」


「声のデケェ魂権団体のせいでな、阿鼻地獄も極楽並の待遇に変わっちまってるんだよ。汗水たらして働いてる俺様達がバカらしくなるくらいにな」


「ご……極楽並? 破壊と殺戮を何よりの快楽とする我が部下達がその程度の事で心変わりなど……」


 ギリメカラは信じられない様な顔をしているが、当のこちらだって信じたくはない。阿鼻地獄を象徴とされている“全てを溶かす地獄の大釜”も、今は水温50℃程度と熱湯とも呼べない温度に設定されているのだ。罪を犯した代償がちょっと熱めのお風呂だなんて、真面目に働いている自分が時折虚しくなる。


「まぁそれはともかく――」


 一歩前に出てギリメカラに手をかざすゾーマ殿。顔こそこちら側から窺えないが、彼から醸し出される覇気はまさしく閻魔のモノだった。空気が、徐々に揺れ始める。


「お前は特別な地獄に堕としてやるよ。阿鼻地獄の特別地区、無間むげん地獄になぁ! ――ナラカ……」


 その呪文一言で、衛門府の景色が一変して真っ暗闇となる。


「アスラ……」


 他の輪廻者の姿は消え、マーラの真下に灼熱色の渦が作り出された。


「ま、待て――」


「ナーラーヤナーストラ!」


 渦は燃え盛る溶岩となり、マーラはその悲鳴ごと業火の海に飲み込まれた。


 バサッ、と、斜めに手刀を斬ったゾーマ殿の合図に合わせて景色は戻る。私達の目に映ったのは、何事も無かったようにそれぞれの還る場所へと向かう輪廻者サンサーラー達の姿だった。

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